第百六十三話 悪意の解放

ビクニが……ビクニが連れていかれちゃった……。


女神を復活ふっかつさせるだとか、たましいがどうとか言っていたけど。


まさかビクニを生贄いけにえにでもするつもりなんじゃ……?


「さてと、ずいぶんと手間取てまどったがこれで終わりだな、吸血鬼きゅうけつき


ワルキューレは不気味ぶきみな笑みをかべると、その手をソニックにかざした。


こっちのことなんかまるっきり相手にしていないのは、さっき言っていたようにぼくのことを、小動物しょうどうぶつと同じだと思っているからだろう。


ソニック……動いて!


じゃないと殺されちゃうよ!


ぼくがわめいても、ソニックはただうめくばかりでろくに反応はんのうしてくれない。


ワルキューレの剣――“女神の慈悲じひ”に体をつらぬかれたのがよほどいているんだ。


安心あんしんしろ。地獄じこくにはお前の眷属けんぞく大勢おおぜいいる。けしてさびしくはないはずだ」


ぼくは……またなにもできないの……?


ビクニは連れていかれちゃって、このままソニックが殺されちゃうのをただ喚きながら見ていることしかできないの?


そんなの……そんなのイヤだ……。


ぼくは自分の無力むりょくさに苛立いらだちを感じていると、次第しだいに体内にためんでいた悪意あくいがふくれ上がっていった。


そうだよ……全部……ぼくがよわいのがいけなかったんだ。


ぼくが……ぼくが強ければ……。


ビクニやソニックをまもれるくらい強ければ……。


ヴァイブレも死なずに誰もきずつかずにすんだんだ。


「うん? な、なんだ、この強力きょうりょく魔力まりょくはッ!?」


ワルキューレがぼくのほうを見て驚愕きょうがく表情ひょうじょうになっていた。


あわてながらぼくのほうへとり返って、そのおどろいた顔のまま身構みがまえている。


ぼくは自分でもよくわからないけど。


とてつもないちからが体内からあふれ出してくることだけは理解りかいしていた。


ただ、これ以上好きな人に傷ついてほしくない。


それだけが頭の中をグルグルと回っている。


「ググ……やめろ……。悪意に飲み込まれちまったら……。あのときみたいに……お前がお前じゃなくなっちまうぞ……」


ソニックの弱々よわよわしいけど、こころのこもった声が聞こえる。


ぼくのことをすごく心配しんぱいしてくれているのがわかる。


大丈夫だいじょうぶ……大丈夫だよ、ソニック。


ぼくが……ぼくがビクニときみを守るから……。


「まさか、あんな小さい幻獣げんじゅうがこれほどの魔力をかくしていたとは!? この強さ、バハムートに匹敵ひってきするぞ!」


ワルキューレが一人でさわいでいる。


小動物と思っていたぼくが、じつはものすごく強かったことが予想外よそうがいだったみたいだ。


「やめろッ! やめろググッ!」


ソニックが大声でぼくの名をさけんでいる。


体にあなが開いているのに無理むりしちゃって。


でも、ぼくはそんなソニックが大好きだよ。


もちろんビクニも……。


今までの二人とのたびで出会えたみんなのことも……とっても好きだ。


「ま、まずい!? 魔力を消費しょうひしている今の私では!?」


ワルキューレのその言葉を聞いたのを最後さいごに。


ぼくは完全に意識いしきうしなった。

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