第13話 アンデッド

「……ふぅ」

「お疲れ様です」

 一番神経を使ったであろうユリスさんを労う。

「うん。ありがとう」

『皆さん無事ですか?』

『大丈夫ですマスター』『大丈夫ですよぉ』『無事です』

『マスター。焦って弾を持ったまま水の中に入っちゃいました』

 何で逃げるときにわざわざ銃弾なんて持ったんだよ。重たいだろ。

『あとで交換するんで水気を取っておいてください』

『了解であります!』

『噛まれた人は大丈夫ですか?』

『傷も治ってますし元気そうですよぉ』

『わかりました。一応マスタールームに戻ってから状態の確認もしますが何かあったら教えてください』

『わかりましたぁ』

『それじゃあセレス以外の皆は所定の場所に戻って待機をお願いします。セレスはさっきまで待機していた場所に行ってください』

『了解』『了解しましたぁ』『わかりマスター』『了解であります』

「自分達はマスタールームに戻ります?」

「うん。用事は済んだし一旦戻ろう」

「わかりました。さっき出した窓を消して自分達をマスタールームの草地に移動させろ」

 ルビアのステータスと真偽を表示させていた窓を消してからマスタールームに戻るための命令を行うと次の瞬間にはマスタームの草地にいた。

「雑巾を出せ」

 このままリビングに行くわけにはいかないので汚れを落とすために横に長い雑巾を出す。

「乗ってください」

 皆が雑巾に乗ったのを確認してから神の系譜で全身の汚れを落とし、土足のままリビングに向かう。

「おかえり!」

「ただいま」

 ウムルに答えるとソファーに座りタブレットを手に取る。まずは噛まれたモンスターの状態確認だ。

〈モンスター一覧〉から噛まれたモンスターを選択するとステータスが表示された。

 状態の欄は〈健康〉になってる。傷の治療もしてあるし大丈夫そうだな。

『もう水気は取れましたか?』

『バッチ来いです!』

 マジか。水気を拭きとるもの渡し忘れてたんだけど。

「濡れた銃弾を新しいものに変えろ」

 使えるかわからないものを回収しても意味がないので神の系譜で丸ごと交換する。

『どうですか?』

『バッチリです!』

『じゃあいつでも撃てるように準備しておいてください』

『了解であります!』

 よし、必要なことは済ませたな。

「噛まれた子は問題なさそうですか?」

「はい。ステータスを見た限りでは特に問題なさそうです」

「ウムルちゃん、私達がルビアさんと話してる間に何かあった?」

「ううん、何もなかったよ!」

「そっか。ありがとね」

「うん!」

「ルビアさんは大丈夫でしょうか?」

「見てみますか?」

 あのスペックで何かあるとは思えないけどね。

「はい。お願いします」

「ルビアの状況を見せろ」

 全員が見られる場所に大きめの窓が現れてルビアの様子が映し出された。

 ルビアは周囲が岩のようにゴツゴツしている薄暗い場所を歩いている。そんなに時間は経ってないのはずだけどもう着いたのか……。

「敵のダンジョンぽいですね」

「そうですね」

 プシュケーやスケルトンらしきモンスターがルビアに近づいていくが、ルビアがおもむろに腕を薙いだかと思うと白い炎が現れてそれらを飲み込んだ。

 無双だ。

「大丈夫そうですね」

「そうですね」

「状況を聞いても大丈夫ですかね?」

「あの様子なら大丈夫じゃないですか?」

「声を出さずにルビアと話せるようにしろ」

 自分達のほうから一方的に話すことはできるけど相手の声が聞こえない状態なのでお互いに言葉が届くようにする。

『どうですか?』

 画面に映るルビアが一瞬動きを止めて再び歩き始めた。

『一応お聞きしますがどこのどなたでしょうか?』

『創です』

『やはりそうでしたか。申し訳ありません、先程から探しているのですが奴を見つけることができず、まだ消せておりません』

『マスタールームにはいないんですか?』

『はい。最初に向かったのですが姿がありませんでした』

『そうですか……』

『こちらにいないということはそちらに行っている可能性が高いと思うのですが、そちらは問題ありませんか?』

『確認するのでちょっと待ってください』

 ダンジョンの外を確認したけど特に変化はない。気が付かないうちにダンジョンの中に入られたのか……?

『何か異常はありませんか?』

 第一階層のモンスターに状況を聞く。

『ありませんよぉ』

『ないですマスター』

『ないですね』

『問題ありません』

 侵入者の姿を見えるようにする命令が今も活きているだろうし、第一階層のモンスター達が感知してないってことはダンジョンの中には入ってないか。

「リッチの居場所を教えろ」

 命令すると地図らしきものが表示されて地図上に赤い点が付けられた。

 うん、どこだかわからん。

「これはどの辺ですか?」

「私達のダンジョンはこの地図の左下にある森の中だから、結構遠くにいるね」

「何してるんですかね?」

 地図の縮尺の問題かもしれないが赤い点が移動している様子はない。

「見てみればいいんじゃないの?」

「そうですね。リッチの様子を見せろ」

 ルビアが映っている窓の横に同じ形の窓が現れてリッチの様子が映った。

 リッチは皺一つない暗い紫色のローブを着ていて、右手には背丈を超える大きさの杖を持っている。

「何をしてるんだと思います?」

 リッチに動く様子はなく、ただ植物の生えていない平地に立っているだけだ。

「立ってますね」

「そうだね、立ってるね」

「立ってるな」

「地面に立ってるだけだね!」

 やっぱり立ってるだけだよな。

 こっちに向かって来るわけでもなければ新たな策を弄するわけでもない。でもルビアは送り込んでくる。……ルビアを待ってるのか?

 まぁいいや。とりあえずルビアに連絡しよう。

『リッチが見つかりました』

『どこにいるか教えて頂けますか?』

『自分達のダンジョンの北東の方角にある荒原にいます』

『? あのゴミはそんなところで何をしているのですか?』

『自分達にもよくわかりません。一応皆にも意見を聞いてみたんですが、ただ立っているだけという結論に至りました』

『ただ立っている、ですか……。私をそこに送って頂くことは可能でしょうか?』

『はい。何か思い当たることでもあるんですか?』

『いえ、特にありません。ですが碌なことをしないと思いますので動く前に殺ってしまおうかと』

『そういうことですか。今すぐに送っても大丈夫ですか?』

『はい。私のほうはいつでも構いません』

「ルビアをリッチの後ろに移動させろ」

 命令するとルビアの様子を映した窓の映像が切り替わってリッチとルビアのツーショットになった。

 リッチはルビアが現れたことに気が付いていないのか従属状態のルビアでは攻撃ができないと思っているのかはわからないが、相変わらず背を向けたまま突っ立ったている。

 そんなリッチを尻目にルビアの口からは炎が溢れ出し、身体を少し反らせるとリッチに向けて勢いよく炎を放った。

 炎でリッチの姿が掻き消える。

 リッチを覆い隠すほどの炎は地面を熱し、大地が赤みを帯びていく。

 それでもルビアは攻撃の手を緩めない。リッチを消すと言っていたので骨まで残さず燃やし尽くす気なのかもしれない。

「リッチのステータスを見せろ」

 炎に包まれてて状況がわからないのでステータスを確認する。

〈名前:ルッツ・エイブラハム

 種族:リッチ

 レベル:十

 状態:既死

 生命力:レベル負の九(負の十)

 魔力:レベル十

 筋力:レベル六

 硬度:レベル七

 魔法抵抗力:レベル十

 種族特性:黒の鬼火 死への導き手 不死者創造クリエイトアンデッド

 固有能力:冥府神の加護〉

 ……全然効いてない。しかも何かヤバそうな能力もある。

〈自身の魔力を消費して生み出した黒い火の玉を操ることができる〉

〈手で触れている者の生命力を徐々に零へと近づけることができる〉

〈自身の魔力や素材を使ってアンデッドを生み出すことができる〉

〈全属性耐性と不死者への命令権を得る。冥府神より格下の神による直接的な干渉を大幅に減衰させる〉

 なるほど。

 ……神の系譜は神に含まれるんだろうか? 含まれるとしたら明らかに格下だから自分はほとんど役に立てないかもしれない。

「ん?」

 リッチのステータスを見ていると視界の端が黒くなった。確かあっちはルビアとリッチの様子が見られる窓があるほうだ。

「何があったんですか?」

 顔をそっちに向けると二つの窓が真っ黒になっていた。

「リッチが発動した魔法の魔法陣が黒く光ってるせいで画面が見えなくなっちゃったんです」

「魔法陣の光ってこんなに強いものなんですか?」

「いえ、私が知っている魔法陣はこんなに光を放ったりしないので、たぶんリッチがいた世界の魔法だと思います」

「なるほど」

 画面を見ていると徐々に黒い光が引いていき、二人の姿が見えるようになってきた。

 相変わらずリッチは荒原に立ったままだがルビアは空を飛んでいるらしく、ルビアを映した窓には空中の映像が映っている。

『大丈夫でしたか?』

『はい。私のほうは問題ありません』

 あ、ステータス見ればいいのか。

「ルビアのステータスを見せろ」

 窓に表示されたステータスを見る。

『魔力は減ってますが状態異常とかは受けてないみたいですね』

『はい。ただ、面倒なことになりました』

『何がですか?』

「ハジメ君」

 ユリスさんのほうを見るとリッチを映した窓を指差していたのでそっちを見る。

「あぁ、そういうことですか」

 リッチの周りには土が盛り上がっているところがたくさんあり、地面から手足や顔などが突き出している場所もある。

 どう見てもアンデッドだ。

 窓に映るギリギリの場所にも不自然な盛り上がりがあり、結構な範囲で同じことが起きていると思われる。

「リッチ以外のアンデッドを成仏させろ」

 さっきとは真逆の白い閃光で画面が満たされ、光が消える頃にはリッチ以外のアンデッドは全て成仏…………してない……。

『こっちからはリッチとライオンみたいなアンデッドが見えてるんですが、そっちからは他に何が見えますか?』

 窓に映る映像だと全体を把握できないので現地にいるルビアに尋ねる。

『リッチを含めて五体のアンデッドが見えています』

『意外と残ってますね』

 神の系譜が効かないってことは残ったやつらも冥府神の加護みたいな能力を持ってるってことか?

『あれはわざと残したわけじゃないよね?』

『はい。リッチが冥府神の加護という能力を持っていて自分の能力が効きづらいみたいなんですが、たぶん残ってるやつらも同じような能力を持ってるんだと思います』

『それはハジメ君の能力が効きづらくなるだけなの?』

『いえ。他の加護についてはわかりませんが冥府神の加護は全属性への耐性とアンデッドへの命令権があるらしいです』

『打撃とか斬撃は?』

『そういうことは書いてないので効くと思います。ただ、リッチの手に触れると生命力が減るみたいなので接触は避けたほうがいいかもしれないです』

『そっか。一応他のアンデッド達のステータスも教えて貰っていい?』

「はい。あそこにいるアンデッド達のステータスを見せろ」

 アンデッドのステータスを確認する。

〈ラムレフ〉

 種族はリビングデッド・ネセルバリオ。ステータスは筋力が十で魔法抵抗力が七、他は八か九。種族特性は砂の副腕サブルムアルム砂の鎧サブルムアルマ。固有能力は獣神の守護。

〈ウィルオルム〉

 種族はリビングデッド・ククルガンド。ステータスは生命力が負の十で筋力が九、他は七か六。種族特性には再生と電磁反響定位EMロケーションとあるがなぜか再生のほうは暗転している。固有能力は治療神の守護。

〈イルフール〉

 種族はリビングデッド・ラヴェニクス。ステータスは生命力が負の十で、他は七か八。種族特性は飛翼、炎の粉塵、自焼転身だが、さっき見た再生と同じく自焼転身は暗転している。固有能力は太陽神の守護。

〈ミルド・アルサス〉

 種族はリビングデッド・ヒューム。ステータスは筋力が七で、他は六か五。種族特性はないが剣影舞闘ターニェツ・サーブリャミと剣神の守護という固有能力を持っている。

 全員神様の守護が付いてるな。

〈獣神の加護を受けていた者がアンデッドになったことでランクダウンしたもの

 全属性への耐性を高め、獣神よりも格下の神による直接的な干渉を減衰させる〉

 神の守護ということでリッチが持つ冥府神の加護と同じような能力なんじゃないかと思って確認してみると、加護の下位互換の能力だった。

 獣神の守護の詳細を確認してから他のアンデッドが持つ神の守護も見ていくと、神の名前が違うだけで効果は全部同じだった。

『今から敵の情報を読み上げるので聞いてください』

 剣神の守護まで確認してから種族特性や他の固有能力の詳細を確認し、自分が見た情報を味方全員で共有するために手早く読み上げる。

『以上です』

『ルビアさんは一人で全部倒せる?』

『恐らく厳しいです』

『ならミルド・アルサスっていうアンデッドは私が戦ってもいいかな?』

『私は腐れリッチさえ灰にできればそれで構いません』

『他のアンデッドは誰が相手をします?』

『二体くらいであれば私だけでも対応できると思いますのでリッチと獅子以外の相手をお願いします』

『ケリュネイア達を送りますか?』

『ウィルオルムの相手は我にさせてもらえるか?』

『シルヴィーさんがそうしたいなら自分はそれでいいと思いますが』

『じゃあもう一体は私が行きます』

『自分は……』

『ハジメはここで我らの支援だな』

『そうですね。ハジメさんは実戦経験が少ないですし、あのアンデッド達にはハジメさんの能力が効きづらいみたいですからね』

『すみません。ありがとうございます』

 優しい世界だ。

「じゃあ送ってもらっていい?」

「リューズさんはどこに送ればいいですか?」

 ステータスは確認したけど自分にはどれがどのモンスターのステータスなのかさっぱりわからない。

「私はラヴェニクスのところに送ってください」

「わかりました。ユリスさんをミルド・アルサスの後ろへ、リューズさんをイルフールの後ろへ、シルヴィーさんをウィルオルムの後ろへ移動させろ」

 自分が命令すると三人の姿がマスタールームから消えた。

「三人の様子を見せろ」

 サポートを行うために新たな窓を開いて三人の様子を映しだす。すると早速リューズさんが動き出した。

 リューズさんの相手は炎の粉塵を纏った鳥で、体高はリューズさんよりも少し高いくらい。その鳥を視界から外さずにリューズさんは魔導書を取り出し、ページを確認することなく魔導書を開いた。

 リューズさんが魔導書を開くと装丁が解かれて紙が宙に舞う。

 バラバラになったページはリューズさんを中心に輪を描くように並び、リューズさんがそこに手を伸ばして指を横に滑らせると輪がリューズさんを軸に回転した。

 そうして目の前にある紙を変えながらいくつかの紙に触れたかと思うとリューズさんが淡い光を帯び、更にページを選んで光を重ねていく。

 鳥は気付いているのかいないのか未だに背を向けたまま隙を晒している。

 リューズさんはその期を逃すことなく何度か光を重ねると新たなページに触れ、掌を鳥に向けた。

 直後、放電。

 電撃は狙いを違わず鳥に命中し、鳥は倒れて動かなくなった。

 ステータスを確認すると鳥の生命力は変化しておらず、代わりに状態が麻痺に変化なっている。さっきの電撃はダメージ与えるためのものではなく相手を麻痺させるためのものだったようだ。

 リューズさんが今度は掌を鳥に向けたまま口を動かしている。

 すると鳥が白い光に包まれて暴れ始めた。

 ここからだとただ光に包まれてるだけのように見えるけど、暴れるってことはリューズさんが何かしら攻撃系の魔法を行使しているということだろうか? 気になる。

 それから二度三度と鳥が白い光に包まれ、そろそろではないかとステータスを確認すると鳥の生命力は半分以下にまで減っていた。このままいけばすぐに片が付きそうだ。

 リューズさんのところは大丈夫そうだし他のところを確認するかな。

 ウィルオルムという名前のアンデッドのところに飛ばしたシルヴィーは巨大な蛇と対峙している。ただ、こちらは睨み合いが続いているらしく土埃もなければ二人が動く様子もない。次だ。

 ユリスさんとミルド・アルサスは向かい合って交互に口を動かしている。何かを話してるみたいだ。次だな。

 ルビアは獅子とリッチの二体を同時に相手取っているため片方に集中しようとするともう片方に邪魔をされて上手く攻められないでいる。今も丁度白い炎を手に纏って獅子を殴ろうとしていたところをリッチに邪魔されたところだ。

 ユリスさんのところはよくわかんないけど他はどこも膠着状態みたいだしリューズさんの手が空けばこっちが優勢になるかな。

「リューズさんの魔法の威力を上げて魔力を回復させろ」

 できるだけ早く倒してもらうために魔法の威力を底上げして魔力を回復する。

 命令を行ったところで睨み合っていた蛇とシルヴィーに変化が起きた。

 普通の狼のようだったシルヴィーの身体が大きくなり始め、顔や手足が細長くなっていく。

 身体が大きくなるにつれて首周りの毛や尻尾が長くなり、元は黄色っぽかった目の色も右目が赤で左目が薄い青に変わっている。

 外見の変化が終わるとシルヴィーの手首と足首に着いている銀色のバングルが平たい紐の束に変わってシルヴィーの周囲を漂い始めた。

 それを見た蛇がシルヴィーに向けて何かを吐き出す。

 シルヴィーはそれをその場から大きく距離を取るように飛ぶことで回避し、蛇が吐いた物体は標的を失い地面に落ちた。

 落下地点からは煙が立っている。あれは酸みたいなものなのかもしれない。

 蛇が再び酸らしきものを吐き、シルヴィーがそれを避ける。

 避けられた蛇は再びシルヴィーを狙って酸のようなものを飛ばし、シルヴィーがまたそれを躱す。

 それを何度か繰り返すとシルヴィーの手首の辺りから銀色の紐が数本ずつ放出され始め、新たに生み出された紐はシルヴィーの周囲を漂っていた紐と合流して蛇の元へ飛んでいく。

 紐で何をするつもりなのかと思っていると紐同士が空中で結びついて形を変え、一本の矢になるとそのまま蛇の背中に突き刺さった。

 矢が刺さるとその周囲が焼けて矢が蛇の中に沈み込んでいくが、蛇は痛みを感じていないのか微動だにせずシルヴィーを正視している。

 再び睨み合いが始まった。

 睨み合っている間もシルヴィーの手首からは銀の紐が放出され続けており、流れ出た紐は上空に集まり球体を形成している。

 動きが止まったので皆の戦況を確認しておこう。

 リューズさんのところは相変わらず横たわる鳥が光ったり光らなかったりしている。

 ユリスさんのところは話が盛り上がっているのか戦ってすらいない。

 ルビアのところはさっきと少しだけ状況が違い、リッチを殴ろうとしたところを獅子に阻まれている。

 どこも状況が変化してなかった。

 全員の様子を確認してからシルヴィーの画面に戻ると銀の球体が蛇の胴を超えるほどの大きさになっており、地上に大きな影を落としていた。

 異様な存在感を放つ球体は姿を変え始め、一振りの剣に変化した。

 なんの意匠も施されていない巨大な剣。

 それは蛇に向かって飛び出すと横を通り過ぎて頭の後ろに回る。

 蛇は剣を目で追うこともせずに静止している。

 銀の尾を引く剣が首に迫る。

 一閃。

 銀閃に遅れて蛇の首が焼き切れて頭が落下。続いて胴体が倒れ込む。

 蛇は切断面から灰化が進んでいる。今の一撃で生命力が零になったみたいだ。

 シルヴィーが灰に近づいて頭上を見上げ、上空に向けて吠えるような仕草をしている。

 ……シルヴィーから蛇の相手をするって言い出したし知り合いだったのかな。

 急ぐ必要もないだろうから少しの間そっとしておくことにして、リューズさんの戦況を確認しよう。

『今どこに向かってます?』

 リューズさんは既に戦闘を終えたらしくどこかに向かって移動をしていた。

『誰からも連絡が来ていないので一番近くにいるルビアさんのところに向かってます』

『そうですか。じゃあシルヴィーさんのところは今終わったところなので少し休息を挟んでからユリスさんのところに向かってもらいます』

『わかりました』

『さっき魔法の威力を上げさせてもらったんですが何か問題とかなかったですか?』

『多少魔力の調整が難しいですが特に問題はなかったです』

『戻したほうがいいですか?』

『いえ、あと何回か使えば慣れると思うのでこのままでお願いします』

『わかりました。じゃあ魔力の回復だけしておきますね』

『はい。お願いします』

『移動はどうしますか?』

『お願いしてもいいですか?』

『リッチ達の少し後ろでいいですか?』

『はい』

「味方の魔力を回復させてリューズさんをリッチの少し後ろに移動させろ」

 とりあえずこれでルビアのところは大丈夫そうだな。

 問題はユリスさんのところだ。一向に戦闘を開始する気配がない。

『ハジメ』

『はい』

 ユリスさんのところをどうするか考えているとシルヴィーから声を掛けられた。

『他はどんな感じだ?』

『リューズさんが鳥を倒してルビアのところに向かってます』

『そうか。じゃあ我はユリスのところに向かえばいいのか?』

『んー……どうなんですかね? 何かずっと喋ってるみたいなんですけど』

『知り合いなら戦いづらいんじゃないか?』

『でも自分で行きたいって言ったんですよ?』

『何か話してるんだろ? なら話が終わったら戦うんじゃないか?』

『まぁそうですね。それはそうと、シルヴィーさんはもう大丈夫なんですか?』

『うむ。もう大丈夫だ』

『本当ですか?』

『本当だぞ』

『本当に本当ですか?』

『本当に本当だぞ』

『わかりました。じゃあ移動させますよ?』

『うむ、頼む』

「シルヴィーをユリスさんのところに移動させろ」

 ユリスさんを映した窓とシルヴィーを映した窓が同じような映像になり、シルヴィーがユリスさんに近づいていく。

 あとはダメージが入ったり魔力が減ったら回復するだけの簡単なお仕事だ。

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