第12話 ルビア・ヴァトラストイ

「このあとどうします?」

「まずは噛まれたモンスターを助けたほうがいいんじゃない?」

「そうですね。あいつの口を……」

「待て、さっきのミイラのことを考えると水の中に入れたままはマズいんじゃないか?」

「そうですね。動きを止めたままあいつを水から出せ」

 鎖に搦め捕られたドラゴンがそのままの状態で移動して水中から出てきた。

「あいつの口を開けろ」

 口の中に光る棒が現れて徐々に伸びていき、ドラゴンの口が無理やり開けられていく。

 折角のドラゴンなのに絵面がよくない。

「味方の傷を癒せ」

 ドラゴンの口から味方のモンスターが出てきたので傷を癒す。

『皆さんはドラゴンから離れててください』

 モンスター達が近づこうとしていたので離れるように言う。

 あいつはモンスターを連れていこうとした。目的がモンスターなのであればモンスターは近づけるべきじゃない。

「あいつのステータスを見せろ」

〈名前:ルビア・ヴァトラストイ

 種族:炎征竜ブレイズルーラードラゴン、迷宮創造主

 レベル:十

 状態:従属(ルッツ・エイブラハム)

 生命力:レベル十

 魔力:レベル十

 筋力:レベル十

 硬度:レベル十

 魔法抵抗力:レベル十

 種族特性:飛翼 耐熱 炎の息吹ブレイジングブレス 眷属製出クリエイトサーヴァント 炎操フレイムコンダクト

 固有能力:炎の草花フラムグラス

 ……強そうだとは思ったけど、スペック高すぎないか? 全部カンストしちゃってるぞ?

 種族が迷宮創造主になってるってことはこのドラゴンも自分と同じように召喚されてこの世界に来たってことだよな? 状態が従属になってるってことはこのスペックのやつを従わせてるのが今回の敵ってことか?

「厄介な能力でもあったか?」

「あ、いえ、ステータスにある従属っていうのがちょっと気になっただけです」

「そうか」

 飛翼はウムルも持ってるやつだからいいとして、他の能力を確認していくか。

〈熱に対する耐性を持つ〉

〈自身の魔力を消費して口から炎を放つことができる〉

〈自身の鱗から眷属を製出できる〉

〈炎を操ることができる〉

〈他者の生命力を糧にして成長する炎の草花を周囲に張り巡らせる〉

 ステータスが高いくせに能力も強そうなんだけど……。

「普通に強いですが特に変わった能力はないです」

「ハジメ君さっき従属って言ったよね?」

「はい」

「他に何か書いてある?」

「従属の横にルッツ・エイブラハムって書いてあります」

「そっか……」

 それだけ言うとユリスさんが何かを考え始めた。

 何を考えているのかはわからないけど難しい顔をしながら「んー」とか「どうしようかな」とか呟いている。

 しばらくユリスさんを見ていると何かに納得したのか何度か頷き、話し始めた。

「よし、あのドラゴンと話をしよう」

 えー。

「直接ですか?」

「うん。敵に手の内を晒す必要はないし、あの鎖みたいなのを増やせば安全でしょ?」

「ブレスとか吐かれたら火傷じゃ済まなそうなんですけど」

「そこは私がなんとかするよ」

「なんとかできるんですか?」

「うん。たぶん大丈夫」

 たぶんかぁ。

「信じますよ?」

「うん。最悪でも火傷で済ませるから安心して」

 確か身体の何割だかを火傷すると助からないって聞いたことがあるなぁ。こっちは回復魔法があるから大した怪我じゃないのかなぁ。

「……誰が行きます?」

 話を聞くだけなら全員で行く必要はないんじゃなかろうか。

「何かあったときのために全員で行こう」

「……そうですか」

「じゃあハジメ君の能力で私達をドラゴンの前まで連れてってもらえる?」

「ウムルも一緒ですか?」

「あ、ううん。ウムルちゃんにはここで外の様子を見ててもらって、何かあったら報告してもらいたいかな」

「任された!」

「じゃあ行きます。自分達をドラゴンの前まで移動させろ」

 一瞬で視界が切り替わり、気が付くと目の前に自分の倍以上はありそうな赤黒いドラゴンがいた。

 ドラゴンは捻じれた太い角と六枚の翼を持っていて、胸の辺りは熱した鉄のような橙色の光を放っている。

 画面越しに見てたから大きいのはわかってたけど、実際目にすると全然違うな。

「あ」

 口の中の棒がそのままだったから口の中が丸見えだ。

「あのままで話せますかね?」

「わかんない。私が試してみるから皆は私の後ろにいて」

「わかりました」

 皆でユリスさんの後ろに移動すると、ユリスさんが少し固い声で話しかけた。

「その状態で話せる?」

「話せますが恥ずかしいので外して欲しいです」

「攻撃しないと約束できる?」

わたくしの腕が見えますか?」

 ユリスさんの肩越しにドラゴンの腕を確認すると、ドラゴンの腕に無骨な腕輪がはまっているのが見えた。

「うん」

「これは隷属の腕輪という魔道具らしいのですが、着けた者に命令されると勝手に身体が動いてしまうようなのです」

「隷属……?」

「はい。今はここのモンスターを攫うように命令されているのでそれ以外のことをするつもりはありません」

「貴方の言ってることは信用できない」

「なぜですか?」

「私の仲間に貴方の状態を確認できる人がいる。その人が言うには貴方は隷属ではなく従属状態にある」

「その者が嘘の情報を流している可能性は?」

「ありえない」

 ユリスさんは少しの迷いもなくそう答えた。

 短い付き合いなのにそこまで信用してくれていたとは……。

「自分で言うのも何ですが私はそれなりに高位のドラゴンです。ただのヒュームに状態を看破できるとはとても思えません」

 なるほど。自分が嘘吐きの雑魚ってことですかそうですか。

 話し方が丁寧だから最初のやつと違っていいドラゴンなのかと思ったけどそうでもないのかな。

「その者はそこにいますか?」

「うん」

「腕輪の能力を確認してもらえれば私が嘘を吐いていないことがわかると思うのですが」

「少し相談するから待って」

 ユリスさんはドラゴンにそう言うと前を見据えたまま声を出さずに話しかけてきた。

『どうしようか?』

『ドラゴンに腕輪を着けたという敵がどこで見ているかわかりませんし、この状況でわざわざ確認する意味がないと思います』

『自分も賛成です。自分達の能力を確認するためにあいつが嘘を吐いてる可能性だってありますよね?』

 腕輪を着けると状態が変わるっていうのは本当だとして、命令を受けてるっていうのは嘘の可能性もある。

『じゃあまずは敵がここを見られないようにしてから言葉の真偽を確認して、嘘を吐いてた場合はここで倒す、嘘じゃなければ仲間に引き入れる、って感じでいい?』

『仲間にするんですか?』

『うん。あのドラゴンを従属させてるのがどんなやつかわからないし、戦力は多いほうがいいでしょ?』

『確かにそうですね』

 あのスペックだし仲間になってくれるのならありがたいか。

『リューズさん達はどう思う?』

『それでいいと思います』

『我もそれでいいと思うぞ』

『敵から見えなくするときに見られるのはどうすればいいですか?』

『目を瞑ったまま小声で発動してみるとか?』

『やってみます』

 目を瞑って少し下を向く……これ敵が見てたら明らかに不自然な動きだな。

 靴の紐を直す振りをしながら目を瞑る。

「こちらの様子を敵が見聞きできないようにしろ」

 命令してから目を開けて立ち上がると、自分達とドラゴンを一緒に覆う黒いドームのようなものが上から下に向かって消えていくところだった。

「大丈夫でしたか?」

「うん。ちゃんと発動してたよ」

「じゃあ続けますね。さっきの会話でドラゴンが発した言葉に嘘があったかどうか教えろ」

〈ありません〉

 とりあえずここで倒す案は保留か。

「嘘はないみたいです」

「うん。じゃあ腕輪の確認をお願い」

「はい。あの腕輪の詳細とあいつのステータスを出せ」

〈隷属の腕輪:着けた相手を自分に隷属させる腕輪〉

 二つの窓が同時に開き、腕輪の情報が一つ目の窓に表示され、二つ目の窓にステータスが表示された。

「本当に隷属の腕輪みたいです。一応自分が嘘を吐いてないことを証明するためにステータスも出しましたが確認しますか?」

「ううん、私はこのままでいいから二人に見せて」

「わかりました」

 窓の前にいると二人が見られないので少し避ける。

「ルッツという相手に従属する状態になってます」

「うむ。ちゃんと従属になってるぞ」

「じゃあお互いに嘘を吐いてなかったってことだね」

「そうですね。じゃあとりあえず口に入ってるやつを取りますか?」

「うん」

「あいつの口に入ってる棒を消せ」

 光の棒が消滅して口が閉じた。まだ鎖で縛られてるから残念なのは変わらないけど少しはマシな姿になったな。

「今からあいつが発する言葉の真偽を教えろ」

 念のため命令すると目の前に窓が出てきた。これに表示されるってことか?

「じゃあ話を続けるよ。貴方は迷宮創造主なんだよね?」

「……はい」

 ドラゴンが質問に答えると窓に〈真〉と表示された。

「ルッツというのは召喚した人?」

「いえ、それは私達と同じ迷宮創造主である糞リッチのことです」

「他に仲間はいないの?」

「いません」

「召喚した人は?」

「二人ともあの糞がモンスターに変えてしまいました」

「今回の作戦は?」

「実体を持つモンスターの中に実体を持たないモンスターを紛れさせてダンジョンの核を破壊させるというものです」

「そっちのダンジョンの構造は?」

「一階層が洞窟で二階層は溶岩流です」

「罠は?」

「二階層にはありませんが一階層はリッチの野郎が管理しているのでわかりません」

「モンスターは?」

「一階層はスケルトンやグールに似たモンスターがいましたが詳細はわかりません。二階層はラヴァゴーレムと私の眷属サーヴァントを配しています」

「ピボットは?」

「ダンジョンの管理をする部屋に一つありましたが他はわかりません」

「なるほど。ハジメ君、どう?」

「全部本当です」

「そっか」

「はい」

「どうして貴方はまだこの戦争に参加してるの?」

「こんなものを着けたまま帰るわけにはまいりません」

「じゃあ外せば帰るの?」

「外せるのですか?」

「うん。たぶん外せるよ」

「帰る前にリッチを消す時間を頂けませんか?」

「んー……どうしようか?」

 外してからリッチを倒しに行ったとして、そのあと帰るという保証がない。

「従属する相手をここにいる誰かに変えればいいんじゃないか?」

 それはドラゴン的には何の解決にもなってない気がするんだけど。

「それでいい?」

「はい。構いません」

「誰にする?」

「自分の国ではドラゴンのことを竜と呼んだりもしますしリューズさんでいいんじゃないですか?」

「いや、誰でもいいなら本人に選んでもらえばいいんじゃ……」

「うん、それもそうだね。誰がいい?」

「ではヒュームの男性でお願いします」

「自分ですか?」

「はい」

「何でですか?」

「この中で貴方が最も強いのではありませんか?」

「いえ、自分は固有能力がちょっとおかしいだけで他は大したことありませんよ?」

「? 固有能力も貴方の力なのでは?」

「これはこっちに来て身に付いたものですし、ギフトで強化されてるので自分の力とは言えないですね」

「そうでしたか。ですが貴方でお願いします」

「はぁ。まぁ貴方がいいならいいんですが。このドラゴンの従属する相手を自分に変えろ」

 確認のためにステータスを見る。

〈状態:隷属(辰子創)〉

 ……ん?

「あの、状態が隷属に変わってるんですが」

「何か不都合がありますか?」

「いえ、そういうわけではないんですが」

「私はそれなりに魔法に対する抵抗力が高いので魔道具の効果が十分に発揮されていなかったのだと思います」

「何で急に変わったんですか?」

「私がハジメ様に隷属してもいいと思ったからではありませんか?」

「創様?」

「先程そちらの女性がそのように呼んでいたと思ったのですが、違いましたか?」

「あ、いえ、自分の名前は創であってます。自分が引っ掛かったのはそこではなくて敬称のほうです」

「主となった者を敬うのは当然ではありませんか?」

「まぁそれはそうなんですけど、自分は仮の主なので必要ないです」

「ちなみに私のことはルビアとお呼びください」

 あ、これ話が通じてないな。

「まぁまぁ、これが終わったら外すんだからどっちでもいいでしょ?」

「んー……まぁそれもそうですかね?」

「では彼奴あいつを殺りに行くので鎖を外してもらってもいいですか?」

「その前に自分達を攻撃できないようにしたいんですがどうすればいいですか?」

「私がハジメ様達を攻撃するなんてことは万が一にもありえませんが、アレは普通に命令していたと思います」

「そうですか」

 となると神の系譜も同時に発動しちゃいそうだな。

「自分や自分の味方に攻撃をするな」

「……我が主の仰せのままに」

 ふざけてないか?

「拘束を解け」

 ルビアを縛っていた鎖が消えた。

「では行って参ります」

 自由になったルビアは身体を伸ばすと翼を広げて浮かび上がり、自分達に挨拶をすると来たときと同じように空を切りながらダンジョンから出て行った。

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