第7話 ゲームの前には手を洗う

「ユリスさん達が戻ってくるまで何します?」

「げぇむっていうのはないのか?」

「ゲームですか?」

「うむ。ハジメは目を離すとすぐにげぇむを始めるってユタカに聞いたぞ」

 自分はそんな風に思われてたのか。まぁ否定はできないけど。

 手元にゲームがあって他にすることがなかったらゲームをやるしかないと思うんだよ。だって他にすることがないんだから。

「ちょっと待ってくださいね」

 机の引き出しを開けて本体とコード類を取り出してシルヴィーに見せる。

「やります?」

「それは何をするんだ?」

「あれに繋いで遊びます」

 テレビを指差しながら説明する。

「まずハジメがやってみせてくれ」

「わかりました」

 準備を済ませてからテレビとゲームの電源を入れてテレビの前に座る。

「シルヴィーさんはそこで大丈夫なんですか?」

 シルヴィーはフローリングと草地の境界線にいるためテレビから離れた場所にいる。

「泥が付いたら壊れるんだろ?」

「はい」

「じゃあ我はここでいい」

「そうですか……」

 うーん……どうせなら横に並んで一緒に楽しみたいよなぁ。

 洗面所とかお風呂があれば……って、そういえばここって何もないな。

「あの、ちょっと話が逸れちゃうんですが、自分達はどこで生活するんですか?」

「我が知ってると思うか?」

 ここじゃ飲み水も確保できないし食べ物もない。……第一階層の森で取るのか?

「ウムルー」

「マスタールームはマスター達の部屋だよ!」

「うん、それはわかってるんですが、水とか食べ物ってどうするんですか?」

「ダンジョンの能力で作れるよ!」

「お風呂とかも作れますか?」

 身体が汚いと皮膚の異常とか感染症が起こりやすいって聞いたことがあるからできるだけ清潔な状態を保ちたい。

「作れるよ!」

 マジか。

「わかりました、ありがとうございます」

 お風呂があれば魔力を使って水を出す必要もないし、お風呂に入れば疲れも取れる。魔力の節約と疲労回復、それに健康の維持もできて一石三鳥だな。

 よし、作っちゃうか。

「ではお風呂を作ろうと思います」

「ユリス達に聞かなくていいのか?」

「生きていくには水が必要不可欠なのでたぶん大丈夫だと思いますが……一応聞いたほうがいいんですかね?」

「そのほうがいいんじゃないか?」

「じゃあ聞いてきます」

「いや、帰ってきてからでいいんじゃないか?」

「それじゃゲームができなくなるじゃないですか」

 何のために風呂を用意するんだって話ですよ。

「マスター!」

「何ですか?」

「さっきからマスターが使ってる能力で水は出せないの?」

「……たぶん出せますね」

 普通に忘れてた。

 神の系譜さんなら水を出すどころか水を使わずに全身を綺麗にすることもできそうだ。

「身体を綺麗にするので立ってもらってもいいですか?」

「うむ」

 綺麗になっても地面に身体が付いてたら意味がないので立ち上がってもらう。

「シルヴィーの身体に付いた雑菌や汚れを全て……あ、いや、ダメか」

 神の系譜さんのことだから自分の思考を読み取っていい感じに調整してくれるかもしれないけど、範囲を全てにすると必要な菌まで落とされちゃうかもしれないので文言を変えよう。

「シルヴィーの身体に付いた雑菌や汚れをシルヴィーに害のない範囲で取り除け」

 命令を行うとシルヴィーの毛に艶が出て色も少し明るくなった。

「ハジメ。我の毛の色、変わってないか?」

「はい、変わってますね」

 シルヴィーは動くことなく自分の変化を言い当てた。

「何で見てもいないのにわかったんですか?」

「鼻が見えるてるからだな」

「あぁ、そういうことですか」

 視界にマズルが入るのか。

「これは綺麗になったからこの色なのか?」

「たぶんそうだと思います」

 色素が汚れとして判断された可能性もあるけど、神の系譜さんがそんなヘマをするはずがないからシルヴィーの毛は元々こういう色だったに違いない。

「これでもそれなりに気をつけてるんだが、思ったより汚れてたんだな」

「定期的に洗ったりしてるんですか?」

「うむ」

「水だけですか?」

「いや、ユタカにぬるま湯で洗ったほうが綺麗になるって言われてからは魔法でぬるま湯を出して洗ってるぞ」

「じゃあ洗浄力が足りなかったのかもしれませんね」

「うむ」

 水だけだと皮脂とかが残ってたっていう可能性が高いけど、お湯で洗ってたならあとはシャンプーとかで洗浄力を上げるしかないと思う。

「じゃあ次ですね。濡れたタオルを出せ」

 出したタオルをシルヴィーの前に置く。

「一応それで足を擦って土を取ってから入って下さい」

「うむ」

 シルヴィーは片方の足でタオルを押さえながら反対側の足を拭き、後ろの足も同じように拭いてから自分の横に座った。

「ウムルはどうします?」

「我が輩も見たい!」

「わかりました。健康に害のない範囲でウムルの身体に付いた汚れや雑菌を取り除け」

 ウムルは生まれたばかりなのでシルヴィーのときと違って目に見える変化は起こってない。

 やっぱりシルヴィーの毛はくすんでただけで神の系譜さんがミスったわけじゃなかったんやな。

「じゃあウムルもそれで足を拭いてください」

 シルヴィーが使ったあとだけどまだ綺麗なのでウムルにも同じタオルを使ってもらう。

「わかった!」

 ウムルは足を拭き終わると歩いてきてシルヴィーとは逆側に座った。

「じゃあ始めますね」

「うむ」「うん!」

 ソフトを起動する。

 今回やるのは戦闘がコマンド選択式のロールプレイングゲームだ。

 個人的にはアクションゲームとか格闘ゲームも好きなんだけど、シルヴィー達の手だと上手く操作できなくて面白くないだろうから難しい操作が必要ないものにした。

 ボタンを連打してタイトル画面まで移動し、はじめからを選択すると冒頭の無駄に長いムービーが始まった。

「絵が少しずつ動いてるように見えるんだが、これは何なんだ?」

「あぁ、それはアニメーションと言って、少しだけずらした絵をたくさん繋いで動いてるように見せてるんです」

「また出てくるか?」

「ゲームを進めたら出てきますよ」

「じゃあ早く進めてくれ」

「はい」

 ムービーが終わると少しだけ会話があり、いきなり戦闘が始まった。

「お、画面と音が変わったぞ」

「はい。戦闘のときはこの画面になります」

 ここはイベント戦で何をしても勝てないのでボタンを連打して適当に敵を殴っていく。

「あ、そういえばシルヴィーさん達ってここに書かれてる文字は読めてますか?」

「読めてるぞ」

「我が輩も読めてるよ!」

「じゃあ説明しながらやりますね」

 適当に殴るのは止めてバトルシステムを説明しながら戦闘を進めていく。このゲームは仲間のレベルが高い状態で始まるからシステムの説明がしやすくていいな。

 説明しながら強力な魔法を使い続けていると急に戦闘が中断させられた。

「倒したのか?」

「いえ、まだです」

「何で画面が戻ったんだ?」

「見てればわかりますよ」

 戦闘終了後に高レベルの仲間が全員裏切り、主人公は服以外の全てを奪われた状態で放りだされた。

「ただいまー」

「ただいま戻りました」

「おかえりなさい」

 ようやく本格的にゲームが始まるというところだったけど、もうゲームオーバーみたいだ。

「これありがとね」

「いえ」

 ティッシュとゴミ袋を受け取る。

「もう大丈夫なんですか?」

「うん。少し自然の空気を吸ったらよくなったよ」

「そうですか。じゃあダンジョンの強化を再開しても大丈夫ですか?」

「うん。私はいいけど、二人はまだ魔力に余裕はありそう?」

「我はまだ大丈夫だ」

「自分もたぶん大丈夫です」

「じゃあ再開しよう」

「はい」

 あ、その前に水の確保をしたほうがいいか。

「あの、強化を始める前に一つ作りたいものがあるんですが」

「うん、何?」

「お風呂があったほうがいいんじゃないかと」

「作れるの?」

「はい。ウムルが言うには水や食料もダンジョンの能力で作れるらしいです」

「そっか。ハジメ君の世界のお風呂は水も電気で出すの?」

「いえ、水を送るための管が地面の下に埋まっていてそれを使って水を送ります」

 あれ? ってことは水道管がないからお風呂を作っても水が通らないのか。

「そっかぁ……。私達のところは魔力を供給しないとお湯が出てこないから、あんまり頻繁には入れないかもしれないね」

「自分の世界にあるものは自分の能力で水を通せば使えるかもしれません」

 電線がない場所に電気が通せるんだから水道管がないところに水を通せない道理はない。

「シルヴィーのところは?」

「使ったことがないからわからん」

「そういえばハジメ君の能力って何を使ってるの?」

「? どういうことですか?」

 言葉を使ってるとかそういうこと?

「魔力とかを使って発動してるの?」

「あぁ、そういうことですか」

 言われてみれば神の系譜って何を使ってるんだろう?

 何回も使ってるけど何かが減ってる感じは特にない。神の瞳があるから代価を払ってないっていう可能性もあるか?

「わかんないですね」

「調べてみてくれる?」

「はい。神の系譜の代価を教えろ」

〈魔力です〉

 え……。

「……魔力を使うらしいです」

「どれくらい使うの?」

「調べます。神の系譜を使うのに必要な魔力の量を教えろ」

〈現時点では最大魔力量の一割程です〉

 ……マジか。

「一割使ってるらしいです」

「結構使わせちゃったけど大丈夫?」

「はい。特に異常はないと思いますけど」

 たぶん十回以上使ってると思うんだけど、なぜか心身ともに健康だ。

「それならいいだけど、調子が悪くなったらちゃんと言ってね?」

「はい。魔力がなくなるとどうなるんですか?」

「魔力が減ってくると身体が重くなって少し走るだけで息が切れるよ」

「なるほど……」

 風邪を引いてるときに近い感じかな。

「ちょっと調べてみます。神の系譜を使ってるのに自分が元気な理由を教えろ」

〈魔力が数秒で回復しているためです〉

 ……ほうほう。なるほどなるほど。

 個人的にはとても喜ばしい。でもたぶん普通じゃないよな。

 さて、どう伝えたらいいものか……。

「どうしたの?」

「ユリスさんは自分の魔力量がどのくらいだったか覚えてますか?」

「え? 六だけど、それがどうかしたの?」

「あ、違います違います。ユリスさんのじゃなくて自分のです」

 自分を指差しながら言う。

「あぁ、ハジメ君のか。十一だよね?」

「はい、そうです。自分はこれまでこの世界には存在しなかったであろうレベル十一の能力を持つ人間です」

「うん、そうだね」

「それを踏まえた上で自分の魔力が尽きていない理由をお聞きください」

「わかった」

 よし、これでだいぶハードルが上がったはず。

「何か神の系譜で使った分の魔力が数秒で回復してるらしいですよ」

「「「…………」」」

 ……あれ? 神の系譜を使ったわけじゃないのに反応がないぞ?

「……ユリスさん、ハジメさんは何を言ってるんですか?」

「うん、私にもよくわからない」

「我もそれはないと思うぞ」

 酷い。

 ハードルが上がったところに軽い口調で言うことで「なんてことないな」という感じを演出する作戦だったんだけど、見事に失敗したな。

「ハジメ君の魔力は基本的に尽きないってことでいい?」

「派手に使わなければ尽きないっぽいですね」

 何を生み出すにしてもタブレットの操作が必要になるからたぶん操作してる間に回復する。

「じゃあ強化し放題ってこと?」

「普通に使う分にはそうだと思います」

「そっか……。じゃあ、まずは普通に生活できる環境を整えてもいい?」

「はい。自分もお風呂とか欲しいですしそれでいいと思います」

 できるだけ日常生活でのストレスは少ないほうがいいだろうし、魔力量による制限がほとんどないなら環境をよくしない手はない。

「私はお風呂とトイレとキッチンと寝室が生活に必要なものだと思うんだけど、ハジメ君はどう?」

「自分もそれでいいと思います」

「皆は?」

「それでいいと思います」

「我もそれでいいぞ」

「我が輩も!」

「ということでハジメ君、よろしくお願いします」

「わかりました」

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