第4話 モールクリ・ケット
「お待たせしました」
「遅かったね」
「ハジメさん、それ」
「あ、はい。なんか複製できたので複製のほうを持ってきました」
「複製ですか?」
「はい。一応ダンジョンマネージャーが起動することも確認できたのであとで強化できるか確かめようと思ってます」
「そうでしたか」
「はい」
「じゃあ鍵を埋める場所を決めよう」
「普通にここから一番遠いところでいいんじゃないですか?」
一番遠いところに置いたほうが時間も稼げるし、奪還の機会も増えるから一石二鳥だと思うんだけど。
「敵が探知系の魔法を使えた場合はどうしますか?」
……おぉぅ。全然考えてなかった。探知系の魔法を使えるやつが相手だったら土の中に埋める意味がないな。
「探知系の魔法って偽物を置いたら騙せたりしますか?」
「どうなんでしょう? 私は使えないのでわかりません」
「私は生き物の位置を探ることしかできないから参考にならないかもしれないけど、生き物の場合は魔力とか見た目が同じなら区別できないよ」
「我は探せる物に制限はないが見た目や匂いが同じ場合は区別できないぞ」
「そうですか……」
神の系譜さんなら見た目とか匂いが同じ鍵を作れたりするかな?
「ユリスさん、鍵を見せて貰ってもいいですか?」
「うん」
「マスタールームの鍵としての機能を失った状態の鍵を出せ」
タブレットを持っていないほうの手を上に向けて手の平に偽物の鍵が出る姿を頭に浮かべると、手の上に本物と同じ見た目の鍵が出てきた。
「これをたくさん作ってダンジョンのあちこちに置いたら誤魔化せますかね?」
「相手が我ならたぶん誤魔化せるぞ」
「じゃあ探知魔法への対策はハジメ君に偽物をたくさん作ってもらうってことで」
「わかりました。マスタールームの鍵としての機能を失った状態の鍵を三十本出せ」
命令を行うと自分の足元に鍵が現れた。
「じゃあ適当に埋めに行きます?」
「あ、少し待ってください」
「はい」
「本物の鍵は土の中を移動できるモンスターに渡しておいて見つかったら逃げてもらうというのを思いついたんですが、どうでしょうか?」
「……うん、それいいね。地の利はこっちにあるしそれでいこう」
ユリスさんが少し考えてから答えた。
「じゃあ偽物はそこらに埋めて、本物の鍵はモンスターに持たせるってことでいいですか?」
「うん」
「そのモンスターはいつ生み出します?」
「こっちでもそれが使えるか試すついでに今作っちゃえばいいんじゃない?」
ユリスさんがタブレットを指して言った。
「わかりました。オススメのモンスターとかっていますか?」
「それなら丁度いいやつがいるぞ」
「あ、準備するのでちょっと待ってください」
タブレットのスリープを解除してダンジョンマネージャーを起動する。
起動してすぐに表示されるメニューの中から〈創造〉を選択すると〈モンスター〉や〈オブジェクト〉〈罠〉などの項目が表示されたので、その中から〈モンスター〉を選ぶ。
〈モンスター〉を選ぶと創造するモンスターを選択する画面に移り、アリやセミなどの見知った生き物からゴブリンやオークのようなファンタジーな生き物まで多種多様なモンスターの画像がタイル状に表示された。
こっちだとアリとかセミもモンスター扱いなのか。
このままだと探しづらいので画面の上のほうにある〈おすすめ(降順)〉と書かれたボックスをタップする。
必要魔力量……?
ボックスに触れると画面に〈五十音順(昇順)〉〈五十音順(降順)〉や〈必要魔力量(昇順)〉〈必要魔力量(降順)〉などが表示された。
「あの、モンスターって魔力を使って生み出すんですか?」
「うん。迷宮創造主の魔力を使って作るらしいよ」
「そうですか……」
マジかぁ。
ってことはダンジョンの強化をすればするほど魔法の練習ができなくなるってことか。
…………。
嫌だなぁ。
まぁでもこればっかりはどうしようもないかなぁ……「魔法の練習をしたいので強化はできません!」なんて言えないしなぁ……。
「準備できました」
うだうだと考えながらも表示されているモンスターの画像を五十音順に並べ替え、それから表示の方法を画像だけがタイル状に並ぶものから軽い情報が付くものに変更した。
「うむ。我のオススメはモールクリ・ケットというやつだ」
「わかりました」
スクロールバーを動かしてモールクリ・ケットがいそうな場所まで移動させ、そこから適当にスクロールさせていると程なくして見つかった。
「これで合ってますか?」
タブレットには猫っぽいものが映っている。
画面に映っている猫は二本足で立っていて、お腹と手足の先端が白い以外は全体的に毛が黒く、背中側には虫の翅のようなものが生えている。どう見ても自分の知ってる猫じゃない。
「合ってるぞ」
画像の横にある情報欄には名前や必要魔力量の他に種族特性と備考が書かれていて、備考欄には〈飛行可能で地中も自由に移動できるが水中には入れないので注意〉と書いてある。
「種族特性っていうのはモンスターの種族毎に共通の能力ってことでいいですか?」
「うむ」
「そうですか」
画像をタップすると大きいサイズの画像が表示され、その横に名前や種族、各能力のレベルなどが表示された。
ステータスの中で一番高いのはレベル六の魔力で一番低いのは筋力のレベル二、あとは全部レベル三か。レベルの最大がいくつかわからないけど自分のステータスと比べるとだいぶ低い気がする。
「全体的にステータスが低めなんですけど大丈夫ですか?」
「そいつらは戦闘力は低いが空を飛べるし地中も飛ぶように移動するから本気で逃げられると我でも追いつけないぞ」
外見が犬っぽいシルヴィーが捕まえられない二足歩行の猫か……。犬よりも猫のほうがすばしっこいイメージがあるし、シルヴィーがどのくらいの速さで動けるのか知らないから凄さがよくわからんな。
「二人はオススメのモンスターとかっていますか?」
「シルヴィーさんが言ったモンスターに似てるものになりますが、フトゥルシム・オプスというモンスターは土の中と水の中を泳げるのでオススメです」
「逃げるだけならゴキブロスっていうモンスターがオススメだけど、動きがちょっと苦手なんだよねぇ……」
「あ、私も少し苦手です」
「じゃあシルヴィーさんがオススメするモンスターかリューズさんがオススメするモンスターのどっちかってことですかね?」
「うん」
「じゃあ空を飛べるほうにするか水中を移動できるほうにするかって感じですね」
「この辺からは見えないけど、ここって湖があったりするの?」
「調べます?」
「うん、お願い」
「このダンジョンにある水場の大きさを教えろ」
〈このダンジョンに水場はありません〉
水場はないのか。モンスターも水を飲んだりするだろうからあとで作らないとな。
「ないみたいです」
「じゃあシルヴィーが言ってた空を飛べるモンスターだね」
「はい」
モールクリ・ケットの詳細と一緒に表示された〈創造〉と書かれた場所を押すと〈このモンスターを創造しますか?〉という文章と選択肢が現れたので〈はい〉を選び、鍵を配置したときと同じように階層を選択する画面になったので第一階層をタップする。
またしても階層を選択する画面には第一階層しか表示されなかったので、モンスターも鍵と同じくマスタールームには配置できない仕様なのかな。
「どこに配置します?」
「ここでいいんじゃないの?」
「モールクリ・ケットというのは危険なモンスターなんですか?」
「いや、あいつらは戦闘能力はあまり高くないし悪いやつらじゃないぞ」
「それならここでいいと思います」
「わかりました。じゃあ配置しますね」
マスタールームの前に配置する。
配置した瞬間に身体から何かが抜けるような感覚があり、それと同時に自分達の少し前に生えている草が風に巻き上げられるように渦を巻きながら上空に飛んでいった。
上空にやった目を地面に戻すと露出した土の一部が小さく盛り上がっており、その小山が割れると中から二枚の丸い葉を持つ芽が顔を出した。
芽が現れると空気中に光の粒子が舞い始め、その粒子達は芽から少し上方に昇った空間へと集まっていく。
粒子は粒子と結びつくと次第に大きくなっていき、無数の粒子が集まり直径一センチほどの小さな球体を形作ると二枚の葉の中央に向かって緩やかに落下を始め、音もなくそっと双葉の間に降り立った。
光が芽に触れると芽から新たな葉が生えて球体の肌に沿うように伸びていき、球体の中程までを隠すと最初から生えていた二枚の葉が動き出して球体を上から覆うように閉じていく。
光の球は葉に包まれたことで完全に光を遮られ、今はただの葉っぱの塊にしか見えない。
その変化を見守っていると球体が独りでに浮かび上がった。茎の部分はちぎれたらしく地面に置き去りになっている。
球体は自分達の腰ぐらいの高さに達すると停止し、淡い光を明滅させながら少しずつ大きくなり始めた。
「これ大丈夫ですかね?」
爆弾とかが爆発する前のエフェクトって大概こんな感じじゃない?
「危なくなったら私が盾になるから安心して」
それってユリスさんを盾にしろってことだよな? 守ってくれるのはありがたいけど女性を盾にするのは何だか気が引けるなぁ。早いとこ自分の身を守れるくらいには魔法を使えるようにならないとな。
自分達がそんなことを話している間も球体は大きくなり続けており、抱えられるくらいの大きさになると光が消えて膨張も収まった。
「終わりですかね?」
「どうなんだろう?」
「石でも放ってみるか?」
「そうですね」
周りに葉っぱがあるんだし小さめの石ころなら当たっても割れたりしないよな?
「不完全な状態で生まれたりしませんか?」
「可能性はあるね」
自分が小石を拾っているとリューズさんが不吉なことを口にした。
不完全な状態……腐った猫……う、想像もしたくないな。やめとこう。
「それなりに魔力を消費するみたいなんで絶対にやらないでください」
モールクリ・ケットを配置したときに感じた身体から何かが抜けるような感覚はたぶん魔力を失ったときの感覚だと思うんだよね。
「出てくるみたいだぞ」
球体を包んでいる葉に数えきれないほどの亀裂走った。亀裂は亀裂を呼び、球体の表面が罅で埋め尽くされると球体が弾け飛んだ。
「我が輩はモールクリ・ケットである。名前はまだ痛い!」
花吹雪ならぬ葉吹雪が舞う中、支えを失い地面に降り立ったモールクリ・ケットは片膝をついて下を向いていたが自己紹介が終わったのか顔を上げてこちらを見ている。
「え、痛い名前なんですか?」
「せっかく我が輩がカッコよく自己紹介してるのに誰か石投げたよね!?」
「あぁ、それ自分です」
「すごく痛かったんですけど!? すごくとっても痛かったんですけど!?」
米粒くらいの小石を軽く放り投げただけなんだけど……。
「よく石が飛んできたってわかりましたね」
「マスター達の話が聞こえてたからね!」
「あぁ、それで」
「『あぁ、それで』じゃないでしょ! まずは『石を投げてごめんなさい』でしょ!」
「石に苔が生えてたみたいで手が滑っちゃったんです」
決して自己紹介を止めたかったわけではないんです。
「あ、そうなの? じゃあ仕方ないね。次からは気を付けるように!」
「わかりました」
まぁ手が滑っただけで石は滑ってないんだけどね。
「終わった?」
「あ、はい」
「この子がモールクリ・ケットさんなんですね」
「普通に話せるんだね」
そういえば普通に話してるな。
「我も普通に話してるだろ?」
「シルヴァリルもモンスターなの?」
「我の住んでた場所では違ったが他の場所ではモンスターとして討伐されることもあるらしいぞ」
「こんなに話せるのにモンスター扱いされるんですか?」
「お主らも相容れない場合は争うだろう?」
「はい」
「言葉が通じるかどうかは争わない理由にはならないんじゃないか?」
「なるほど」
むしろ言葉が通じるからこそ争うってこともあるか。
「ねえ、もう我が輩のことは放置なの? まだ生まれて数分なんだけど。まだ赤ちゃんなんだけど」
「赤ちゃんは自分のことを『我が輩』だなんて言いません」
「様式美じゃん! 猫といえば我が輩じゃん!」
「猫は二本足で立たないし翅も生えてないから君は猫じゃありません」
「我が輩はモールクリ・ケットである。名ま痛い!」
あ、また手が滑った。
「何でまだ持ってるのさ!?」
「何個か拾っておいたので。また同じこと言ったら滑ります」
「ずいぶんと都合よく滑るね!」
「まぁまぁ、少し落ち着きたまえよ」
「マスターのせいだよね!?」
「ハジメ君、もう少し見ていたいところだけど時間が惜しいから話を進めてもいい?」
「あ、はい。すいません」
「じゃあ君……えっと、名前はあるの?」
「名前はまだないよ」
あっぶねぇ。また手が滑りそうになった。自分グッジョブ。
「じゃあ名前を考えないとね」
「モンスターの名前って考えたほうがいいんですか?」
これからどれだけのモンスターを生み出すのか知らないけど、全員に名前を付けられるような語彙もセンスもないんだけど。
「ダンジョンのモンスターの場合はわかんないけど外にいるモンスターは基本的に名前があるほうが強いよ」
「シルヴィーさんもそうなんですか?」
「うむ。単純に身体が丈夫になるというのもあるが、名前の意味や込められた思いが身体や能力に反映されるぞ」
名は体を表すってことか。
「シルヴィーさんはどんな風に変わったんですか?」
「我の毛は綺麗な銀色だろう? 元は緑色だったんだがシルヴィーという名をもらったときに銀色になった」
「他に何か変わりました?」
「身体が少し大きくなって魔力が増えたのと、あとは能力が少し変わったな」
「強くなったんですか?」
魔力が増えるってのは強くなったってことなんだろうけど、身体が大きくなったり能力が変わったりっていうのは必ずしも強くなったとは言えないと思うんだけど。
「そうだな、慣れるまでは少し弱くなった気もするが結果的には強くなった気がするぞ」
「気がする」って……情報が曖昧だなぁ。
「ただ、名付けには名を付ける側の魔力と体力が必要らしいから注意しないと死ぬぞ」
「え、マジですか?」
「マジだぞ」
ってことはこれから生み出すモンスター達に名前を付けようとする度に死のリスクを背負わなきゃいけないってこと?
「まぁ、体力のほうはそこまで必要ないらしいからハジメ達くらいの若さなら最悪でも魔力がなくなって気絶する程度で済むだろ」
何だ、気絶するだけか。死ぬのに比べたら意識が飛ぶのなんて些末な問題…………って、そんなわけないよな? 人生において気絶するって結構大事じゃないか?
「誰が名前を付けます?」
「魔力量が多い人でいいんじゃない?」
「魔力量ってどうやったらわかるんですか?」
「勘かな」
「そうですか……」
魔力がないわけけじゃないからたぶん魔力は備わってるんだろうけど量とかは全くわからんな。
「私達は子供の頃から魔力があるからなんとなくわかるけど、ハジメ君は今日知ったんだもんね」
「はい」
「ハジメの能力で見てみればいいんじゃないか?」
「そうですね。ここにいる人にそれぞれの魔力量を見せろ」
それぞれの前に窓が現れた。
「私はレベル六だね」
「私は七です」
「我は九だ」
猫の前にも窓は出てるけど威圧感にやられてるのか反応がない。
そういえば三人は反応が遅れなくなってる。戦闘で相手の動きを止めたりできるんじゃないかと思ってたけど慣れたら普通に耐えられる程度の威圧感しか出てないなら多用はできそうにないな。
「自分は十一です」
さっき見た魔力のレベルと一緒だな。
猫を生み出すときに魔力を使ったはずだけどさっきと変わらず十一のままだ。これは今の魔力量じゃなくて最大値が表示されてるのかもしれないな。
「十一?」
「ハジメさん正気ですか?」
「え?」
正気を疑われた?
「それ見せて貰ってもいい?」
「はい」
窓を動かす方法がわからないので少し後ろに下がり二人に見てもらう。
「本当だ……」
「本当ですね……」
「マズイんですか?」
「ううん、何もマズくないよ。ただ、もしも誰かがこのことを知ったらハジメ君は攫われてなんやかんやされちゃうかもしれないけど」
「なんやかんやってなんですか?」
「身体を半分にされたり、内臓だけ外に出されたり?」
おぅ……。
「何でそんなことになっちゃうんですか?」
たかだかレベル十一だよ?
「ハジメ君は自分のステータスを見てたよね?」
「はい」
「そこに体力とか魔力のレベルって載ってた?」
「はい」
「それが私達の知ってるものと同じだとしたら、体力や魔力の限界はレベル十なんだよ」
「いや、ありますよ?」
目の前に。
「うん。だからなんやかんやされちゃうんだよ」
「これは自分の能力で出したものなのでこの世界にあるものとは違うんじゃないですか?」
「ううん。私のレベルがいつもと同じだからたぶん同じだと思うよ」
「リューズさんの魔力はどうなってます?」
「私もいつもと同じです」
「そうですか……」
あ、でもよく考えたら自分の魔力量を他人に話す機会なんてないだろうし全然大丈夫じゃないか?
「知られないようにすれば問題ないですよね?」
それに魔力が多いってことは魔法の練しゅ……じゃなかった、ダンジョンの強化がいっぱいできる! やったぜ!
「うん。そうだね」
「じゃあ自分の魔力量は絶対に口外しないということでお願いします」
「うん」「はい」「うむ」「わかった!」
「それじゃあ自分が名前を付けるってことでいいんですかね?」
「うん。一番魔力が多い人だからハジメ君だね」
「名前も自分が考えるんですか?」
「それは直接聞いてみればいいんじゃないの?」
あぁ、そうか。喋れるんだから本人に聞けばいいのか。
「君に名前を付けようと思うんだけど、能力とか見た目の希望ってありますか?」
「我が輩はこんな虫みたいな翅じゃなくてもっとカッコいい翼が欲しい!」
「ドラゴンみたいな感じですか? それとも鳥みたいな感じ?」
「鳥みたいな感じで!」
んー……真っ先に思いつくカッコイイ単語っていうとフリューゲルだけど、見た目が二本足で立つ猫だからなぁ。フリューゲルって感じじゃないよなぁ。
「性別を教えてもらえますか?」
「どこからどう見ても女の子でしょ?」
どこをどう見たら女の子に見えるのかはわからないけど女の子なら尚更フリューゲルって感じじゃないか。
「フェザ子というのは……」
「ダサイからイヤだ!」
ですよねー。
「好きな鳥とかいますか?」
「鳥じゃなくてモンスターだけど、スィー・ムルグがカッコよくて好き!」
「じゃあ、それをそのまま名前にするのはどうですか?」
「我が輩の名前なんだから我が輩だけの名前がいい!」
「ですよねー」
スィー・ムルグか……。
「……ヌイグルム、というのはどうですか?」
スィー・ムルグの要素を取り入れつつヌイグルミっぽい見た目を的確に表している。我ながら素晴らしい名前だ。
「我が輩っぽくない!」
さいですか。
「……じゃあ、ウムル、というのはどうですか?」
スィー・ムルグのムルの前に羽を付けてみた。響きは悪くないしカタカナ表記にすればいい名前かなぁと思う。
「我が輩っぽいかはわかんないけどいいと思う!」
「わかりました。じゃあ君はこれからウムルです」
「うん! よろしくね!」
「はい。よろしくおねがいします」
ウムルに名前を付けると身体から魔力が抜けていき、ウムルの翅がはらりと地面に落ちた。
「なんか背中が軽くなった!」
「「「「…………」」」」
「どう? カッコいい?」
「あ、えっと……」
翅が落ちましたよ。なんて言えないよなぁ。
「ん、なんか耳と尻尾の辺りがムズムズするよ」
ウムルがじたばたしていると耳の下辺りに生えている毛が伸びて小さな束になり、耳の先端に生えている毛が少し長くなった。
「ちょっと後ろを向いてもらってもいいですか?」
「うん」
こっちからは見えないだけで翼が生えてるかもしれないので後ろを向いてもらう。
尻尾の両サイドに小さな白い翼らしきものが生えている。残念ながら背中には変化が見られない。
……いや、一応変化はあったのか。
「あ、今度はなんか背中がムズムズする」
ウムルが背中を気にして身体を捻っている。
さっきは耳と尻尾を気にし始めてから変化が起こった。そして今度は背中を気にしている。これは来た。
「うわっつ!」
ウムルの背中から炎が吹き出した。
「大丈夫か?」
「あ、はい。たぶん大丈夫です」
シルヴィーに答えてからウムルを見ると、炎はウムルの背中で翼のような形になっていた。
なんか想像と違うなぁ……。もっとこう、ブウァサァって感じの翼が生えてくると思ったんだけど……まぁ、一応は翼が生えたから結果オーライか?
「熱くないですか?」
「うん、全然熱くないよ」
「そうですか」
まぁ、背中から出てるってことは身体がそれを維持する構造になってるんだろうし熱くなくて当然か。
自分が馬鹿みたいな質問をしていると翼が白くなり始めた。
……また吹き出したりしないよな?
全体的にオレンジ色だった炎が徐々に白さを増していく。心なしか質感も変わっていってるように思う。
そのまま翼は白くなり続け、真っ白になると綿のようなものが翼からふわりと浮かび上がった。
浮かび上がった綿は空中で一旦静止し、急に動き出したかと思うと勢いよく天井を目掛けて昇っていく。
それを目で追っていると見上げるほどの高さまで上昇し、突然火が付いたかと思うと一瞬で燃え尽きた。
次から次へと昇ってきては燃える羽根を少し眺めてからウムルの背中に視線を戻す。
綿のような羽根が離れたせいで翼は虫食い状態になっている。
……まさかこのまま全部飛んでったりはしないよな?
余計なことを考えていると少しずつ浮かび上がる羽根の量が減っていき、最終的には浮かび上がらなくなった。
「終わりですかね?」
「どうだろう?」
「もう終わったんじゃないか?」
ウムルの背中では白い翼が仄かな光りを放っている。
綿みたいな羽根は表面を覆っていただけで本体じゃなかったらしい。
全部なくならなくて本当によかったですありがとうございます。名前を付けたせいで翼がなくなるなんてことになったら申し訳ないし掛ける言葉がない。
「じゃあ話を進めちゃおう。ウムルちゃん、こっち向いて」
「うん」
「ウムルちゃんにはこの鍵を持って逃げ回ってもらいたいんだけど……大丈夫?」
「大丈夫!」
そういえばウムルは迷宮戦争で使うモンスターだったな。
「これをダンジョンに入ってきた人に渡さないようにして欲しいんだけど、できる?」
「できる!」
「じゃあお願いね」
「任せといてよ!」
「あの、自分のイメージだとダンジョンのモンスターって使い捨ての駒というか、次から次に湧き出てくるイメージがあるんですが、実際のところはどうなんですか?」
「それであってるよ」
「じゃあウムルもそうなるんですか?」
全く気が進まないんだけど。
「うーん……流石にここまで自我があると普通のモンスターみたいには扱いづらいけど、ウムルちゃんだけ遊ばせておくわけにはいかないし……」
「我らと同じように扱えばいいんじゃないか?」
「一応はダンジョンのモンスターだし、流石に私達と同じようには扱えないよ」
「じゃあ自分達とモンスターの間くらいの扱いって感じですか?」
「うん、そういう感じだね」
自分で言っといて何だけど、自分達とモンスターの間ってなんだろう? 「自分のことはいいから先に行け!」みたいなことを優先的にやってもらう感じ?
「そういえば能力は変わってないのか?」
「見てみます」
タブレットを使ってウムルの能力を確認する。
そういえば何も考えずに希望だけ聞いて名前を付けちゃったけど、能力が変化してたら元も子もないな。
ダンジョンマネージャーのトップ画面にあるメニューから〈モンスター一覧〉をタップしてウムルを選び、ざっとステータスに目を通しながらスクロールして能力を確認する。
ステータスは生命力が五に、魔力が八に、魔法抵抗力が四に上がっている。
〈種族特性:水嫌い、飛翼
固有能力:癒しの羽根、代行者〉
種族特性は変わってないけど固有能力が付いてる。
癒しの羽根は羽根に癒しの効果があるんだろうけど、代行者って何だ?
〈使用者の意のままに操ることができる代行者を生み出す〉
いや、だから代行者って何なんだよ。
「種族特性は変わってないみたいです」
「そっか。それじゃウムルちゃん、お願いね」
「あ、ちょっと待ってください」
「どうしたの?」
「固有能力に代行者というのが増えてるんですが、よくわからないので使ってみてもらってもいいですか?」
「どんな能力なの?」
「ウムルの意思で操れる代行者というのを生み出すみたいです」
「代行者っていうのはどんなものなの?」
「わかりません。なので一度使ってもらえないかと」
「そっか。じゃあウムルちゃんお願い」
「わかった!」
ウムルが手を前に突き出して構える。
「“代行者!”」
ウムルが能力名を叫ぶとウムルの足元にぼんやりと光る魔法陣が現れた。
「なにこれ?」
状況を理解できていないウムルを尻目に魔法陣の光は強くなっていき、光がハッキリしたところで魔法陣が上昇し始めた。
「え、なにこれ?」
魔法陣はウムルを中心に据えたまま頭上まで移動すると崩れてバラバラになり、ウムルの少し前の地中に吸い込まれるように消えていった。
「今のなに?」
「失敗ですかね?」
自分が問いかけたのと同じタイミングで魔法陣が吸い込まれた場所に三角形の魔法陣が現れた。
「そうじゃないみたいだな」
今度の魔法陣はさっきの魔法陣と違って初めから強い光を放っている。さっきの魔法陣が再構成されたのか?
現れた魔法陣の光が更に強くなる。
その明るさに目を細めていると、魔法陣から代行者らしきものが出てきた。
「これが代行者なの?」
「たぶんそうだと思いますけど……」
代行者の背格好はウムルと同じくらいで、猫の耳を模したような三角形の膨らみがあるフードの付いた白いローブを身に着けている。代行者はその猫耳フードを被った状態で立っているのでシルエットだけならウムルとそんなに差はないように思う。
ただ、白いローブに隠れされていない部分は暗闇のように黒く、目に当たる部分には二つの光が灯っていて口が在るべき場所には閉じたファスナーが付いている。首元にはフードを巻き込んでランタンが付いたチョーカーのようなものが巻かれていて、そのチョーカーから口のところにあるファスナーを繋ぐように謎の紐が伸びている。
手足の先端も指ではなく短めの三叉槍を思わせる円錐が三つ付いているためなんとなく見た目が敵キャラっぽい。
「ウムルちゃん、ちょっと動かしてもらってもいい?」
「うん!」
代行者はその場で何度か跳ねると走り出した。
「どう? 自分の思った通りに動いてる?」
「うん!」
「じゃあ、そのまま地面に潜れるか試してみてくれる?」
「わかった!」
代行者が速度を維持したまま地中に沈んでいく。
土の中に入っていったのに跡がどこにもない。不思議だ。
「大丈夫そうだね」
「そうですね。ウムルは代行者がどこにいるかわかりますか?」
「なんとなくわかるよ!」
「そうですか」
じゃあ見失うことはないか。
「そいつは空を飛ぶこともできるのか?」
「やってみる!」
地面から代行者が勢いよく飛び出してきたがすぐに勢いが衰えて着地した。
「飛べないみたい」
「そうか」
「飛べないとどれくらい捕まえやすくなる?」
「飛ばれるのが一番厄介だからな。かなり捕まえやすくなると思うぞ」
「じゃあやっぱりウムルちゃんにお願いするしかないか」
「ちょっと代行者の能力を確認してみてもいいですか?」
「うん、いいよ」
「代行者のステータスを開け」
ユリスさんに確認を取ってから命令を行うと代行者のステータスが表示された。
基本的なステータスは今のウムルと同じだな。種族特性は……飛翼が暗転してる。飛翼は確か翼での飛行が可能になるっていうような能力だったから翼がなとダメなのかな?
「翼がないと飛べないのかもしれません」
「そっか。ウムルちゃんは代行者に翼を生やせる?」
「やってみる!」
ウムルが代行者を見ながら小さく唸っている。
「翼よ生えろ!」
ウムルが叫ぶ。しかし何も起きない。
「……生えないね」
「一度消して翼が付くイメージで出してみるというのはどうですか?」
「やってみる!」
代行者が光る煙になって空気中に溶けていった。
「“代行者!”」
さっきと同じようにウムルの足元に魔法陣が現れて光が強くなる。
しかし今回は光が強くなっても魔法陣が浮かぶことはなく、そのままウムルの前方に移動して三角形に変化すると代行者が出てきた。
代行者の背中にはさっきまではなかったものが生えている……というよりは着ているローブが翼っぽい形に変化したって言ったほうが正確かな。
「これは翼が生えたってことでいいんですかね?」
「飛べたらそういうことになるんじゃない?」
代行者の足が地面から離れてゆっくりと浮かび上がり、空中で停止した。
「飛べるみたいだよ!」
「じゃあ鍵は代行者に持たせてウムルちゃんは遠くから操作してくれる?」
「わかった!」
「じゃあよろしくね」
「うん!」
「じゃあ偽物を埋めに行きますか?」
「もしかしてハジメ君の能力で配置もできたりする?」
「たぶんできるんじゃないですか?」
この短い間で結構色んなことやってるし、たぶん神の系譜さんにできないことなんてないんじゃないかな。
「じゃあ不規則になる感じでお願い」
「わかりました。偽物の鍵を適当に配置しろ」
足元に転がっていた鍵が全て消えた。
「できたね」
「はい」
ん? タブレットが震えた気がする。ファントムバイブレーションってやつかな?
一応タブレットを見るとダンジョンマネージャーの通知が出ていたのでバナーに触る。
…………マジか。
「あの、ユリスさん」
「何?」
「宣戦布告されたらしいです」
〈当ダンジョンへの宣戦布告が為されました。これより当ダンジョンへの進入に制限が掛かります。開戦まで残り七十一時間五十九分〉
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