第3話 マスタールーム
「寝心地のよさそうな場所だな」
マスタールームに入るなり地面を前足でトントンと叩きながらシルヴィーが言う。
「迷宮創造主の嗜好に合わせた部屋になるのかもね」
じゃあ自分が創造主になったら自分の部屋みたいになるのかな……って、あれ?
「そういえば自分はもうここの創造主になってるんですか?」
「ううん、まだなってないと思うよ」
「どうやってなればいいんですか?」
「ダンジョンを創造した者の許可を得る必要があるらしいよ」
「随分と簡単ですね。シルヴィーさん、自分も創造主になっていいですか?」
「まぁいいだろう」
許可を得たが部屋には何の変化もない。
「……終わりですか?」
「一回部屋を出てみよう」
全員でマスタールームを出てから再び中に入る。
「おぉ」
マスタールームに再入室するとさっきまで木だった壁が中央から半分だけ白い壁紙に変化していて、それに合わせて地面も半分だけフローリングになっている。家具なんかも自分の部屋を再現したような配置になっていて、使えるかどうかはわからないけど家電やゲームなんかも置いてある。
「これは凄いね」
ユリスさんが感想を呟きながら土足で入ろうとしてる。
「あ、そっち側に入るときは靴を脱いでください」
「ん? 何で?」
「その辺の道具は自分の世界にあるものと同じ形をしてるんですが、中身も同じだとしたら泥とかが入ると壊れちゃうので」
「そっか、じゃあそうする」
自分とリューズさんは履いていた靴を脱いで部屋に上がり、シルヴィーは足が汚れているのを気にしたのかフローリングの手前で座った。
ユリスさんはマントの下に鎧のようなものを着ているらしく、脚に着けている装備を脱ぐのに時間が掛かっている。
「ハジメさんの世界には魔法がないんですよね?」
「はい。ないですよ」
「魔法がないだけで魔力はあるんですか?」
「いえ、ありませんよ」
「あれは魔道具ですよね? 魔力がないのにどうやって動かすんですか?」
「あぁ。あれは家庭用電気機械器具といって電気を使って動かします」
「電気ですか?」
「はい、使えるかわかりませんがちょっとやってみます」
確かコンセントはテレビ台の裏とドアの近くにあったはずなのでまずはテレビ台を少し動かして裏側を確認する。
「ん? ないな」
テレビ台の裏にはコンセントらしきものが見当たらない。
次はドアの近くだけど、そもそも本来ドアがあるべき場所にドアが存在しておらず、そしてその近くにあるはずのコンセントもない。
窓もないし換気口もないから外部に繋がる部分は再現されてないのかもしれない。
「すいません、電気を供給するための場所が見つかりませんでした」
ったく、使えないなら家電なんか置くんじゃないよ。
「ハジメの能力で動かせないのか?」
「……天才ですか?」
「まぁ、控えめに言って天才だな」
シルヴィーが胸を張ってドヤ顔っぽい顔をしている……気がする。基本的に狼だから表情は読めない。
「ここにある全ての家電に規定量の電力を供給しろ」
反応がない。ただの家電のようだ。
……とりあえずタブレットの電源を入れてみるか。
「お、ついたついた」
電源ボタンを長押しすると見慣れたロゴマークが現れてロック画面が表示されたのでスライドさせてロックを解除する。
ホーム画面にはプリインストールされているアプリやダウンロードしたゲームなどの見知ったアイコンが並んでいる。ネット環境なんてないんだからこんなところまで再現しなくてもいいのに……と思ったけど、もしかしたらこれも固有能力でなんとかできるのかもしれない。暇なときに試してみよう。
「ん?」
知らないアイコンがある。
ダンジョンマネージャーという名前の書かれたそのアイコンをタップすると普通のアプリと同じようにロゴが表示され、演出が終わると〈創造〉や〈被造物管理〉などのメニューが表示された。誰が作ったのか知らないけど無駄に凝ってる。
「これでダンジョンの強化ができるみたいです」
「じゃあ強化しよう」
「我はどうすればいいんだ?」
「ハジメ君の能力で方法を知ることはできる?」
「やってみます。シルヴィーさんがダンジョンの強化を行う方法を教えろ」
〈ダンジョンの管理を行いたいという意思をマスタールーム内で示すとメニューが現れます〉
目の前に窓が現れて文字が表示された。
ダンジョンピボットを使うのかなぁとか思ってたけど全然違うのね。
「この部屋でダンジョンの管理をしたいという意思を示せばいいみたいです」
「うむ。我はダンジョンの管理がしたい」
シルヴィーが意思を示すとシルヴィーの足元に広がっていた芝生がふわりと舞い上がり地面が露わになった。
舞い上がった草の群れはそよ風に吹かれるように空中をフラフラと漂ってシルヴィーの元へ流れていき、シルヴィーの前に辿り着くと形を変えながら整列していく。
「これで強化ができるみたいだぞ」
目の前で起きている魔法的な現象を食い入るように見つめていると、いつの間にかメニューが出来上がっていた。
「うん。それじゃあ今度こそ始めよう」
「何から始めるんですか?」
「そこは皆で決めよう」
「定石のようなものはないんですか?」
「ペアの能力によって動きが変わるし相手が使う戦術によっても対応が変わるから定石はないと思うよ」
確かに。
「守るほうが有利になるんじゃないか?」
「私もそう思います」
「自分も初めは守りを固めたほうがいいと思います」
自分のダンジョンなら戦力の補充も簡単だろうし、何があるかわからない敵のダンジョンに乗り込むよりも罠を仕込んだダンジョンに誘い込むほうが断然有利なはず。
「うん。じゃあまずは防衛力を強化する方向で進めよう」
「「はい」」「うむ」
「何から始めます?」
「私はダンジョンの拡張とモンスターの配置をしたほうがいいと思う」
「私は第一階層の木を増やして環境に合ったモンスターの配置をしたほうがいいと思います」
モンスターの配置は確定として、ダンジョンを広げるか道をわかりづらくするかが問題だな…………ん?
「あの、付かぬことをお聞きしますが、他のダンジョンも入り口の裏側にマスタールームがあるのでしょうか?」
「急に改まってどうしたの?」
「たぶん、あの球がダンジョンピボットですよね?」
天井の近くにある球を指差す。
「うん。たぶんそうだね」
「ここって入り口の裏側にありますよね?」
「うん。あるね」
「ダンジョンを広くする意味ってあります?」
ただの無駄じゃない?
「敵はボスを倒さないとこの部屋には入れないんじゃないの?」
「自分もさっきまでは創造主じゃなかったので敵みたいなものだったと思いますけど」
「……言われてみればそうだね」
「リューズさんは何か知ってますか?」
「いえ、私もユリスさんと同じ考えでした」
「そうですか……」
二人とも同じことを考えてるってことは普通のダンジョンはそういうものなのかな。
まぁ異世界の常識は置いといて、とりあえずダンジョンピボットかマスタールームの場所を移動させる方法を探さないと。
タブレットのスリープを解除してダンジョンマネージャーを表示する。
さっきは見てなかったけど〈創造〉や〈被造物管理〉の他にも〈ステータス〉〈ダンジョンモニター〉〈モンスター一覧〉〈マスタールーム管理〉が並んでいる。
とりあえず一番可能性が高そうな〈マスタールーム管理〉から見ていくかな。
〈マスタールーム管理〉を選択すると〈拡張〉や〈分割〉などと共に〈鍵〉と〈登録者変更〉という項目が表示された。
〈拡張〉とか〈分割〉も気になるけどひとまず〈鍵〉をタップする。
「条件があるみたいですがマスタールームに鍵を掛けられるみたいです」
〈鍵〉を選ぶと〈ダンジョン内に鍵を置く(入り口に接触)〉〈ダンジョン内のモンスターを鍵として設定する(打倒)〉〈ダンジョン内のオブジェクトを鍵として設定する(破壊)〉という三つの項目が表示された。
さっきユリスさん達が言ってたのはモンスターを鍵として設定した場合の解錠方法かな。
「どんな条件があるの?」
「ダンジョン内に鍵を置く。ダンジョン内のモンスターを鍵として設定する。ダンジョン内のオブジェクトを鍵として設定する。この三つです」
「モンスターとかオブジェクトを鍵に設定した場合はどうやったら鍵が開くの?」
「たぶん普通の鍵は入り口に接触させると開いて、モンスターとオブジェクトは倒されたり破壊されたりすると鍵が開くんだと思います」
〈ダンジョン内に鍵を置く(入り口に接触)〉って書いてあるし、たぶん括弧の中に書いてあるのが開錠の条件で合ってると思う。
「モンスターやオブジェクトにした場合は倒されたり破壊された瞬間に鍵が開くってことですか?」
「たぶんそうだと思います」
「それには書いていないんですか?」
「はい」
説明するよりも見てもらったほうが早そうだな。
「こんな感じになってます」
タブレットの画面を三人に向ける。
「この枠の中に入ってるのが鍵を開くための条件ってことですか?」
「たぶんそうだと思います」
「ハジメさんの能力で調べることはできませんか?」
「やってみます。マスタールームの鍵を開く条件を教えろ」
窓が開いて開錠の条件が表示される。
「括弧の中に入ってるのが鍵を開く条件で合ってるみたいです」
開いた窓にはそれぞれの鍵を選択した場合の条件が表示され、そのどれもが括弧の中に書いてあるものと同じ内容だった。
「そっか。じゃあ普通の鍵を置く?」
モンスターとオブジェクトは倒されり壊されたりしたらその瞬間にマスタールームに入れるようになっちゃうけど鍵は見つかってもマスタールームまで持ってこなきゃ意味がない。普通の鍵を置く以外を選ぶ理由がない気がする。
「それがいいと思います」
「そうですね。私達のダンジョンは色々と隠すのに適している地形ですし、鍵を置くのがいいと思います」
「それに我がいるからな」
突然シルヴィーが訳のわからないことを言い始めた。
「……急にどうしちゃったんですか?」
「ん? どうもしてないぞ? 我らシルヴァリルは森の王と呼ばれていて、意思を持つ生物となら言葉を交わさずに意思の疎通ができる」
「それは何の役に立つんですか?」
動植物と話せるのはちょっと羨ましいけど、普通の動植物なんてモンスターの餌になるだけじゃないか?
「意思を持つ草に頼めば鍵を隠してもらったり敵に見つからないように鍵を移動させてもらうことができるぞ」
「草って動けるんですか?」
「意思がある草はだいたい動けるぞ」
マジか。
「なるほど。じゃあ鍵を置くってことでいいですか?」
「うむ」
「うん」
「いいと思います」
〈ダンジョン内に鍵を置く(入り口に接触)〉を選ぶと配置する場所を選択する画面に切り替わった。
マスタールームに置けたら無敵だと思ったんだけど配置する階層の候補には第一階層しか出てきてない。
「鍵は第一階層のどこかに置かないといけないみたいです」
「シルヴィーはどこがいいと思う?」
「我の能力を活かすなら木の中や草の近くがいいんじゃないか?」
「鍵の形や大きさはわかりますか?」
「……書いてませんね」
そうか。鍵っていう言葉のイメージから勝手に持ち歩ける大きさを想像してたけど、人より大きいかもしれないし持ち歩ける重さかどうかもわからないのか。
「ハジメさん、お願いします」
「はい。鍵の形や大きさを教えろ」
新しい窓が開いて鍵の形や大きさが表示された。
鍵は指輪にアルファベットのエフが付いたような形をしていて、全長は九センチで重さは二十一グラムらしい。割と普通の鍵だ。
「普通ですね」
鍵を見たリューズさんがそんな感想を漏らした。
「そうですね」
「その大きさならどこにでも隠せそうですね」
「そうですね」
「どこにする?」
「森の中で一番見つかりづらい場所ってどこですか?」
「土の中か空だな」
「そうなると土の中ですかね?」
「そうだな」
「じゃあとりあえず鍵はどこかに埋めるとして、今はどこに配置すればいいですか?」
「今から私とリューズさんがマスタールームの外に行くから私達が出たらマスタールームの前に置いてくれる?」
「わかりました」
リューズさんが靴を履き、そこに少し遅れて装備を着けたユリスさんが合流すると二人はマスタールームを出ていった。
それを見届けてからタブレットに目を戻し、マスタールームの入り口付近を選ぶ。
「置けたか?」
「はい」
「なら行こう」
「はい」
タブレットを置いて立ち上がり、自分の靴を履く。
あ、どうせならタブレットを持ち出せるか試しとこうかな。
「どうした?」
「忘れ物をしました」
片方だけ靴を脱いで部屋に上がり、タブレットを手に取り再び靴を履く。
「持っていくのか?」
「とりあえずマスタールームの外に持ち出せるか試してみようかと」
「そうか」
まずはタブレットを外に出し、タブレットが外に出せることを確認してからゆっくりと身体を通す。
「大丈夫だったな」
「はい」
身体が出せなくなるかもしれないと思ってゆっくり通ったんだけど杞憂だった。
「何してたの?」
「部屋を出るついでにこれを持ち出せないか試してました」
ユリスさんにタブレットを見せる。
「それって泥が入ったら壊れちゃうんじゃないの?」
「はい、壊れます。マスタールームの外で強化できるか試したいんですが、戻してきたほうがいいですか?」
「うん。壊れたら困るしそれは鍵を隠してからにしよう」
「わかりました」
マスタールームに戻りタブレットを机の上に置く。
「あ、そうだ」
複製できたら壊れる心配とかしなくてもいいな。
「タブレットを複製しろ」
流石に無理かなぁと思いながらも机に置いたタブレットの横に複製が出るようにイメージすると、次の瞬間には机の上にタブレットが二つ並んでいた。
「……神の系譜さん万能過ぎひん?」
新しく出てきたほうを手に取って電源ボタンを長押しする。
……返事がない。ただの家電のようだ。
「このタブレットにも規定量の電力を供給しろ」
電力を供給して再び長押し。
画面に光が灯ってロゴマークが現れた。
「ついちゃったよ……」
自分の能力が怖いぜ!
とりあえずオリジナルと区別するために油性ペンで裏に印を付けて、印が消えたときのためにビニールテープも貼り付ける。それからダンジョンマネージャーを起動し、特に異常はなさそうだったのでマスタールームを出た。
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