第2話 迷宮創造

 迷宮創造主召喚の間を出て女性が目星を付けていた場所をいくつか見て周り、今は最終候補地である森の中を歩いている。

 これまでに見てきた場所は既に入り口ができていたり近くに他のダンジョンがあったりで全て不採用となった。

 迷宮創造主召喚の間を出た当初は怖いお兄さん達がいるところに案内されるんじゃないかと内心ビクビクしてたけど、実際は普通に候補地を見て回るだけで何もされなかった。それどころか少し話をした感じでは女性も女の子も犬っころも結構いい人そうだった。

「あそこだ」

 先頭を歩いていた女性がとある木を指差している。

 その木は一見すると周囲に生えているものと同じようだが、幹には大きな空洞がある。

 ダンジョンの入り口を作るには洞窟や落とし穴のような既存の穴が必要らしいのでこの木に空いた穴を使うんだろう。

「始めてくれ」

 木の前に着くと女性が自分たちのほうを向いて言った。

「我らは何をすればいいんだ?」

「まずは入り口を作って欲しい」

「どうやって作ればいいんだ?」

「迷宮創造主にはわかるという話しだったが……作れそうな感覚などはないか?」

「ないな」

「自分もないです」

 ダンジョンが作れそうな感覚って何さ。

「そうか……」

「魔法を使うような感覚で作ってみればいいんじゃないでしょうか?」

「うむ、やってみよう」

 ん? 魔法?

「あの、皆さんは魔法が使える感じですか?」

「使えるぞ」「当然だ」「はい」

 やっぱり魔法があるんだ。

「どうやったら使えるんですか? 魔力とかあるんですか? 呪文は必要ですか? 属性とかありますか? 判定方法は? 自分にも使えますか? 修行しますか? いつやります? 今やります? 今やりますね? 今やりましょう!」

「……お主、魔法が使えないのか?」

「使えないというか、そもそも自分の世界には存在しないというか」

「本当ですか?」「本当か?」

 女の子と女性が同時に声を発した。

「はい」

「……本当に使えないのか?」

 何か凄い疑ってくる。こっちとしては魔法が使えるほうが疑わしいんだけど。

「はい。創作物の中には似たようなものが登場しますが自分の目では見たことがないので実在はしないと思います」

「そうか」

「詳しい話は中で聞こう。試してもらえるか?」

「うむ」

 犬っころの存在感が増していく。魔法を使うような感覚で開くって言ってたから魔力的なものを練ってるんだろうか?

「これって場所がバレたりしないんですか?」

 犬っころは集中してるだろうから女の子に聞く。

 魔法に触れたことがない自分でもわかるってことは日常的に魔法に触れてる人なら簡単に場所の特定ができちゃいそうなんだけど。

「たぶん場所は知られてしまうと思います」

「大丈夫なんですか?」

「はい。魔力の場所がわかっても魔力の持ち主まではわからないと思うので簡単には攻めてこないと思います」

「なるほど」

 藪をつついて蛇が出てきたら困るってことか。

「この圧力みたいなのが魔力なんですか?」

「いえ、それはたぶん魔力の大きさを圧力として感知しているんだと思います」

「なるほど」

「【“開け!”】」

 自分が女の子から魔力指南を受けていると犬っころが魔法名らしきものを唱え、それまで感じていた圧力が消えて幹に空いた穴の入り口に黒い点が現れた。

 犬っころの魔法で現れたであろう黒い点は音もなく空間を侵食し始め、じわじわと範囲を広げていく。

 他の三人が何も言わないので自分も何も言わずにその様子を眺めていると黒い点が木の幹に触れたところで侵食が止まり、最終的に木の洞と同じ大きさの黒い円になった。

「これが入り口ですか?」

 入り口というからにはダンジョンの中に繋がっているんだろうけど、正面に立っても中の様子が全く窺えない。

「このタイプの入り口は君の世界にはないのか?」

「はい」

 というかそもそもダンジョンがないです。

「そうか。では行こう」

「え、あそこに入るんですか?」

 黒い円は木に空いていた穴と同じ大きさなので犬っころがやっと通れるくらいの幅しかないし、少し高い位置にある。

 中の様子がわからないからなんとも言えないけど火の輪くぐりのように勢いを付けて飛び込まないと中に入ることができそうにない。

「あぁ、私が先に行くから付いてきてくれ」

 女性が歩いて入り口に近づいていく。

 特に勢いを付けるわけでもなく普通に近づいてるけど、あんな速度で中に飛び込めるんだろうか?

 自分がそんなことを考えている間にも女性と入り口の距離は縮まっていき、女性があと一歩で入り口に身体を入れられる場所にまで進むと黒い円が突然大きくなり、女性はそのまま歩いて中に入っていった。

 へ?

 …………へ?

 自分が驚いていると女性に続いて女の子も入り口に向かって歩き出し、そのまま黒い楕円の中に消えた。

 え、入り口が木の幹よりも大きくなっちゃってますけど?

「行かないのか?」

 女の子の後ろを歩いていた犬っころが入り口の手前で止まり自分のほうを向いて言った。

「行きます」

 自分の返事を聞くと犬っころはダンジョンの中へと入っていったので、自分もそれに続いて中に入る。

 女の子や犬っころが通るときは大きさが変わらなかったから大きくはなるけど小さくはならないのかな。

 水の膜を通り抜けるような感覚と共に入り口を通り抜け、反射的に瞑ってしまった目を開けると目の前には森が広がっていた。

 外の森よりも少し明るい森。

 背の高い木がまばらに聳え、足元には背の低い草が生い茂り地面を隠している。

 ダンジョンの中だというのに見上げるとそこには青空があり、どこからともなく暖かい光が差し込んでいるようで周囲は明るい。

 一瞬「また別の世界に飛ばされた?」と思って振り返ると、さっきまで目の前にあった黒い楕円が森の中にポツンと浮いていた。

 おぉ、全然森に溶け込んでない。

「よし、全員中に入ったね。それじゃ名前がわからないのも不便だしとりあえず自己紹介をしようか」

 ……ん?

 自分がダンジョンに入ったのを確認してから女性が話し始めたんだけど、さっきまでと口調が違うし声色も変わってる。

「私はユリス=ミュースティアラ。家名は長いからユリスでいいよ。魔法は騎士魔法を結構使えるくらいかな」

 騎士魔法?

「我はシルヴィーだ。魔法はさっき使って見せた通りのものが使える」

 さっき見せた魔法っていうとダンジョンの入り口を作ったときのやつだろうか? 詠唱らしきものがなかったけどあれはどういう魔法なんだろう? 自分、気になります。

「あ、どうぞ」

 女の子のほうに顔を向けると目が合ったので身振りを交えて自己紹介を促す。

「はい。私はリューズ=ビブリオフォードです。私も家名のほうが長いのでリューズで大丈夫です。魔法は魔導書魔法が使えます」

 魔導書魔法っていうとグリモワールとかを使うのかな? それらしいものはどこにも見当たらないけど。大事なものだからどこかに隠してんのかな?

「自分は辰子創たつみはじめといいます。自分は苗字も名前も同じ長さなので好きに呼んでください。あ、ちなみに辰子が家名です。さっきも言いましたが魔法がない世界から来たので今はまだ魔法が使えません」

 まぁすぐに使えるようになってやりますけどね!

「よし、自己紹介は済んだね。それじゃあダンジョンの強化を始めよう!」

「はい」「うむ」

「あの、その前にちょっといいですか?」

「ん? どうしたの?」

「話し方が変わってる気がするんですが、自分の気のせいですか?」

「あ、気になっちゃう?」

「はい。気になっちゃいます」

「まぁ割と普通の理由なんだけど、この口調で冒険者やってると結構絡まれるんだよ。だから普段は面倒なことを避けるためにわざとあんな感じで話してるんだ」

「あぁ、そういうことですか」

「うん、そういうこと。それじゃあ今度こそ強化を始めよう!」

「「はい」」

「うむ」

 自分とリューズさんの声が重なり、ほんの少し遅れてシルヴィーが返事をした。

 ダンジョンの強化かぁ。

 まずはモンスターとか罠を配置して……あ、でもそれだと二度手間か。そうなるとまずは階層を増やしたり迷路を作ったりして、それから罠とかを置くのが一番効率的かな。

「……ダンジョンの強化を始めよう!」

「「はい」」

「うむ」

 デジャヴ。

「……始めてもらえる?」

「また我らか?」

「これも迷宮創造主にはわかるらしいんだけど……、ダンジョンの強化ができそうな感覚とかない?」

「ないな」

「自分もないです」

 ダンジョンの強化ができそうな感覚って何さ。

「ハジメ君は何か心当たりとかない?」

「え、自分ですか?」

「うん、ハジメ君の世界で見聞きした物語の中にヒントになるようなものはなかった?」

 ダンジョン系の物語かぁ。攻略する側は読んだことあるけど作る側はあんまり読んだことないんだよなぁ。

 まぁ適当に攻略する側でやってみるか。

「ステータス……ステータスオープン……メニュー……メニューオープン」

 身振り手振りを交えつつそれっぽい単語を呟く。

 ……何も起きん。何これ凄く恥ずかしい。

 イメージが足りてないのか?

 強化するってことはダンジョンの能力値とかが見られるよな? それで階層毎にモンスターの情報なんかもあって、あとは自分達の能力とかも見られたりするかな? んでもって、それぞれの項目にアクセスできるトップ画面がある、と。

「開け」

 メニュー画面を開くためのコマンドを唱える。

 今度はイメージをしっかりしたから大丈夫なはず。

 というかこれで駄目ならもう手詰まりだから出てくださいお願いします。

「出ました!」

 自分の願いが通じたのか目の前に半透明の窓が現れてメニュー画面が表示された。

「……あの、出ました」

 ……三人からの反応がない。

「あ、うん。それは何なの?」

「これで自分の能力やダンジョンの状態を確認できるみたいです」

 現れた窓には自分達のステータスやダンジョンの状態などを確認できそうなタブが並んでいる。

 ユリスさんが知らないってことはこの世界にこういう仕組みがあるんじゃなくて迷宮創造主特有の能力ってことかな。

 ダンジョンの状態も見たいけどまずは自分のステータスからだよね。

 ステータスのタブに指を近づけると画面が遷移し、名前や性別などの基本的な情報や生命力や魔力なんかの戦闘に必要そうな情報が表示された。

 ステータスに書かれている能力値は全てレベルで表されていて、自分は魔力が一番高くてレベル十一、それ以外はレベル四か五だ。

 レベル十一ってのが高いのか低いのかわかんないけどリッチとかドラゴンなんかは自分の何倍もあるんだろうな……。

 能力のレベルとは別に自分自身のレベルらしきものも名前の近くに載っていて、自分のレベルはなんと一。

 ……伸びしろだね。

 そんな感じで一通り自分の能力を確認してから下のほうにスクロールさせると見慣れない項目が現れた。

〈固有能力:神の系譜

 ギフト:レアリティアップ〉

「あの、自分のステータスに固有能力とギフトっていうのがあるんですが、これって何なんですか?」

 固有能力はまぁ名前から察っすることができるけど、ギフトってのがわからない。神様からの贈り物的な?

「ハジメ君の世界にはそれもないの?」

「はい」

「そっか。固有能力っていうのはその人が持ってる他者とは異なる能力のことで、ギフトっていうのは過去の迷宮戦争で勝った人から迷宮創造主に贈られる召喚特典のようなものかな」

「なるほど」

 自分が持ってる他者とは異なる能力って何だろう? ここから詳細とか見られたりしないかな?

「おい、さる……じゃなかった、ハジメ」

「誰が猿じゃい!」

「ちゃんと言い直したんだからそこは聞き流せ」

「しょうがない犬っこ……シルヴィーさんですね、今回だけですよ?」

「……うむ。まぁいいだろう。それはどうやって出したんだ?」

「こんな感じのメニューが出るように意識して開けって言ったら出ましたよ?」

 ……また反応がない。

「……お主らが話しているうちにやってみたが我には出せなかったぞ」

「え?」

「ハジメの世界ではそれが普通なのか?」

「いえ、これも創作物の中でしか見たことないですけど」

「ハジメさんの固有能力がそういったものを出現させる能力なんじゃないですか?」

 神の系譜の能力がステータスを表示させること? 名前負けじゃなかろうか。

「その画面から能力の詳細とかは見られないの?」

「やってみます」

〈神の系譜〉に指を近づける。

〈王の風格がレアリティアップの効果によりランクアップしたもの

 神の瞳が覚醒し万物に対する命令権を得た〉

 何か凄そうな能力だ。王の風格でも十分強そうなのに更に強くなってるんですって。

 てか神の瞳が「覚醒」したってことは自分は元から神様の瞳を持ってたってことか?

「たぶん自分の固有能力のおかげです」

「どんな能力か教えて貰ってもいい?」

「はい。色んなものに命令できるらしいです」

 次は他の人のステータスも表示できるか試してみようかな。

 命令権を得たって書いてあったから今度は言葉だけでやってみるか。

「三人のステータスを開け」

 命令を行うと目の前に三つの画面が現れた。

 あんまり意識しないで命令したけどちゃんとここにいる自分以外の三人のステータス画面が出たな。

「三人のステータス」っていう言葉だけだと自分が全く知らない人のステータスが出てもおかしくないし、単位が「人」なのにシルヴィーのステータスが表示されてるってことは言葉だけじゃなくて自分の考えも命令に含まれてるっぽいな。

「自分以外の人のステータスも出せるみたいですね」

 また反応がない。

 ……あ、よく考えたらこれって覗き見だな。

「……あの、ハジメさんの瞳が金色になって威圧感を放つのも固有能力ですか?」

「え?」

「さっきから瞳が金色になる度に息苦しくなるほどの威圧感が放たれてるんですが……」

 マジか。

「あ、それでさっきから何回も反応が遅れてたんですか?」

「はい。たぶんそうです」

「なるほど」

 神様の瞳が金色で、それが出てるときだけ威圧感が増している、と。万物に対する命令権を得たって書いてあるし逆らえなくなりそうな威圧感でも出てるのかな?

「たぶん固有能力のせいだと思います」

「ハジメ君、そこからダンジョンの強化ってできたりしない?」

「やってみます」

 自分のステータス画面からメニュー画面に戻るがそれらしい項目は見当たらない。

 ダンジョンのステータス画面にあるかと思ってそっちにも移動して確認してみたけどそれらしいものはなさそうだ。

「無理そうです」

「そっかぁ……」

「でもハジメさんの能力でしか強化できないなんて変ですよね?」

「うん、そうだね」

「どこかに自分達用の部屋があったりとかするんですかね?」

「それには書いてない?」

「見てみます」

 ダンジョンのステータス画面から各階層の状態を確認できる場所まで動かす。

 今このダンジョンには第一階層とマスタールームっていう二つの階層があるらしい。

 ……明らかに怪しいところがあるな。

「マスタールームっていうところがあるみたいです」

「場所はわからない?」

「場所は書いてないです」

「ハジメ君の能力でダンジョンの地図を見ることってできる?」

「やってみます。ダンジョンの地図を開け」

 目の前に窓が現れて地図が表示された。

 表示された地図には正方形に近い四角形と小さな長方形が描かれている。たぶん小さいほうがマスタールームだな。

 地図を見た限りではどっちの四角形にもダンジョンの出入口に似た黒い円は描いてあるけどどこにも道が伸びていない。

〈マスタールーム〉

 固有能力の詳細を見たときみたいに何か出てくるかと思って小さい部屋に指を近づけると名前が表示された。

 うん、ダメだ、わからん。

「マスタールームに行く方法を教えろ」

 呟くと目の前に矢印が出てきた。

 矢印の先を見ると更に矢印があり、そのまま顔だけ動かして矢印を辿っていくとダンジョンの出入口である黒い楕円の裏側に回ったところで途絶えていた。

 この能力便利だな。

「あ、ちょっと見てきますね」

 三人は神の瞳の威圧感で動けないみたいなので自分一人で矢印の行き先を確認すると、矢印は出入口の穴を指していた。

 もしかして裏表がある?

「お、当たりだ」

 穴の中に顔を入れてみると部屋があった。

 広さは自分の部屋を倍にしたくらい。壁や天井は一枚の木板で作られているのか継ぎ目が見当たらず、地面は芝生のような短い草で覆われていて天井の近くにはダンジョンピボットらしき球が浮かんでいる。

 よし、一旦戻って報告だな。

「どう?」

「っ!?」

 顔を引き抜くと急に声を掛けられた。

「あ、はい。ありました」

「じゃあ行こう」

「あれらは消さなくていいのか?」

 シルヴィーが示した方向には自分が出したメニューや矢印が現れままになっている。

 ……個人情報ダダ漏れだな。

「消えろ」

 命令を行うと出ていたものが一斉に消えてなくなった。

 これは不便だな。

「……じゃあ行こっか」

「はい」

 皆の再起動を待ち、今度は顔だけではなく全身を通してマスタールームに入った。

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