迷宮創造主になったので迷宮を作って戦います

@_sai_

第1話 召喚

「役者は揃ったようだな」

「へ?」

 突然目の前に表れたナイスミドルが訳のわからないことを言い始めた。

「ではこれより説明を行う」

 ナイスミドルは円環状の台の中央にいて、その台を取り囲むように沢山の人がいる。

 ……え、ここどこだ?

「あの、すいません」

「何だ?」

「ここはどこですか?」

「迷宮創造主召喚の間だ」

「はぁ、そうですか」

 なるほど、迷宮創造主召喚の間ね。

「では説明を行う」

「あの、すいません」

「何だ?」

「ここはどこですか?」

「迷宮創造主召喚の間だと言っただろう?」

「はい、その迷宮創造主召喚の間というのはどこにあるんですか?」

 そんな場所は見たことも聞いたこともないんですが。

「ここは……」

「おい、そこのヒューム」

 ナイスミドルの言葉を遮って誰かが声を上げたのでそちらに顔を向けると声の主と目が合った。

「自分ですか?」

 こっちを見てるってことは自分に話し掛けてるってことでいいんだよな?

「少し黙れないか?」

 やっぱり自分に話し掛けてたみたいだ。

 声を掛けてきたのは鋭そうな爪と牙を持つ大きなトカゲで、背中には蝙蝠に似た翼が二つ生えていて二本足で立っている。

「無理です」

 距離があるから正確なところはわからないけど身長は自分と同じくらいで思ってたよりも迫力がない。ちょっとでかいトカゲって感じだ。直立して人の言葉を話す翼の生えた小さめのコモドオオトカゲだ。

 ……そう考えるとちょっと怖いな。

 まぁ、上から目線なのは気に食わないけど人に声を掛けるだけの知性はあるみたいだし急に襲ってくることはないと思う。

「あの、それで迷宮創造主召喚の間というのはどこにあるんですか?」

「おい、そこのヒト族」

「はい」

 別の方向から声が聞こえたのでそちらに顔を向ける。

 ドラゴンの次はスケルトン? それともリッチかな? とりあえず骨がこっちに向かって何かを言っている。

 声帯も肺もないのにどうやって喋ってるんだろう?

 ……魔法か?

「ただでさえ現れるのが遅かったのだ、少しは周りに気を使おうとは思わないのか?」

「はぁ、特には」

 それ自分のせいじゃないですし。気が付いたら知らないところにいるってのに他人に気を使う余裕とかないです。

「あの、それで……」

「おい、そこの猿」

「……はい」

 またか。

 今度は毛が銀色っぽい狼だ。

 ドラゴンもそうだったけど、そんなに口が動いてるわけじゃないのに喋ってるのは何なんだろう? やっぱり魔法か?

「黙っていろ」

「お断りします」

「……周りをよく見てみろ」

 ドラゴン達と違ってアドバイスめいたことを言われたので犬に従って周囲を見渡す。

 円環状の台の中央には最初に仕切ろうとしていたナイスミドルがいる。

 そしてその台を囲むようにドラゴンやらリッチやらのファンタジーな存在や犬や猫のような見慣れた生き物がたくさんいて、それぞれの後ろには人間が立っている。

 どうやら自分はドラゴン達と同じ扱いらしい。

 あ、ってことは自分の後ろにも誰かいるってことか?

「あ、どうも」

 振り返ると高校生くらいの女の子がいたのでとりあえず軽く会釈。

 女の子は紺色の長い髪を広がらないようにしているのか緩めのネックウォーマーのようなものに通していて、肩のところに穴が空いた長めのコートを羽織っている。

 他の奴らの後ろにいるのはほとんどがナイスミドルなのに何で自分の後ろにいるのは女の子なんだろう?

「あ、はい、どうも」

 ……まぁいいか。ガチムチのナイスミドルが後ろに立ってるよりは若い女の子のほうが精神的に楽だし。

 そうだ。この子に聞いてみよう。

「あの、ここがどこにあるか分かりますか?」

「はい。ここは迷宮戦争を行う大陸の中央にあります」

「迷宮戦争?」

 随分と物騒な名前だな。

「はい」

「それは何をするんですか?」

「迷宮創造主が創造した迷宮ダンジョンを破壊し合います」

「ダンジョンですか?」

「はい」

「ダンジョンっていうとあのダンジョンですか?」

「えっと、どのダンジョンでしょうか?」

「モンスターがいたり迷路や罠があったりするやつです」

「はい、そのダンジョンです」

「なるほど」

 迷宮創造主召喚の間ってことはたぶん自分がその迷宮創造主として召喚されたってことだよな? それで自分はあのドラゴンやリッチが作ったダンジョンを壊さないといけない、と。

「モンスターとかは最初からいるんですか?」

「いえ、最初は何もありません」

「それも自分達が創造するってことですか?」

「はい」

「なるほど」

 代理戦争みたいなものか。

「何のためにそんなことを?」

 スクラップアンドビルドなら聞いたことあるけどビルドアンドスクラップって不毛過ぎじゃない?

「願いを叶えるためです」

「その戦争に勝つと願いが叶うってことですか?」

「はい」

「誰が叶えてくれるんですか?」

「女神様です」

「……なるほど」

 うさんくさいなぁ。

「その女神様っていうのは実在するんですか?」

「はい」

「実際に見たことがあるんですか?」

「はい」

「そうですか」

 その女神さまが本物か偽物かわかんないけど、本物だとしたら自分は神様主催の訳わからん儀式に巻き込まれたってことか。

「とりあえずここは自分がいた世界ではないってことでいいですかね?」

「はい。そうなります」

「じゃあ元の世界に帰してください」

 自分にはそんなものに参加する義務も義理もない。

「それは……」

「それはできない」

 女の子が言い淀むと言葉を引き継いで円環の真ん中にいるナイスミドルが答えてくれた。

「なぜですか?」

「最後の迷宮創造主である君が現れたことで迷宮戦争が始まってしまったからだ」

「じゃあ降参したら帰れますか?」

「可能ではあるが、その場合は君を召喚した者の願いは実現不可能となる」

 召喚した人間と一蓮托生ってことか……。

「降参します」

 よく考えたら人のことを勝手に召喚した見ず知らずの人間の事情なんてどうでもいいな。

「……そうか。君はそれでいいのか?」

 ナイスミドルが自分の後ろにいる女の子に問いかける。

「……嫌です」

「迷宮戦争では召喚した者とされた者がペアとなる。そして両者が同意しなければ降参することはできない」

 何だその面倒なルールは。

「片方がいなくなった場合はどうなるんですか?」

「その場合は片方のみで構わない」

 あ、この言い方だと自分が女の子を亡き者にしようとしてる感じがしてよくないな。

「他に元の世界に帰る方法はないんですか?」

「ダンジョンのレベルを上げれば可能となる」

「そうですか……」

 こりゃ今すぐ帰るのは無理そうだな。

「聞きたいことはもうないか?」

「はい。ありがとうございました」

「では説明を……と思ったが、粗方話してしまったな。これにて説明を終了する。質問は随時受け付けるが召喚された者は後ろにいる者に尋ねてから私に質問するように」

 耳が痛いです。

「ではこれより迷宮戦争を開始する! 皆の健闘を祈っている!」

 ナイスミドルの言葉を皮切りに周囲の人達が一斉に動き出した。

「あの、少し話をしてきてもいいですか?」

「あ、はい」

 一応ペアになったという女の子にいなくなることを伝えてから人と生き物がごった返す空間に向かう。目標は銀色の毛を持つ狼だ。

 敵になるかもしれないけど一応さっき助けてもらったお礼を言っておきたい。

「すいません」

 人ごみを掻き分けて歩いていると程なくして銀狼が見つかった。

 銀狼は近くで見てもやっぱり銀色っぽい毛の狼で、さっきは見えなかったけど手足の付け根の辺りに銀色のバングルが着いている。

「ん? あぁ、さっきの猿か」

「さっきはありがとうございました。おかげで知りたいことが知れました」

「あのままだと話が進みそうになかったからな。自分のためだ」

「できた犬っころやなぁ」

「誰が犬っころだ!」

「……誰ってそりゃあ、ねぇ?」

 そんなこと言われなくてもわかるでしょうに。

「……それで? 用はそれだけか?」

「あぁ、はい。まぁ、そうですね」

「仲間は探さなくていいのか?」

「犬っころが仲間になりたそうにこちらを見ている」

「見てないわ! あと我は犬ではない!」

「え……?」

 驚愕の事実。

「何で驚いてるんだ?」

「いや、どう見ても犬ですし」

「いや、どう見てもシルヴァリルだろうが」

「聞いたことない犬種ですね」

 カッコイイな。

「だから犬ではないと……まぁいい。お主らは我らと手を組む気はあるか?」

「仮に手を組んだとして最後まで残ったらどうなるんですか?」

「我が知っているわけがないだろう」

「ですよね~」

「それは私が答えよう」

 声がしたので振り返ると、首から足までを覆う黒いマントを羽織った女性がこちらに向かって歩いてきていた。

 女性はニ十歳前後くらいの顔つきで髪は白く、後ろの髪を束ねて作った三つ編みを前に垂らしている。

「私も参加するのは初めてなので聞いた話にはなるが、全員の願いを叶えられそうな願いを考えてどちらかが降参するというのが普通だ」

「残った二人で潰し合うとかではないんですね」

「相容れない願いの場合はそういうことになるだろう」

「なるほど。それで貴女はどこのどなたでしょうか?」

「あぁ、私はそこにいるシルヴァリルのパートナーだ」

 女性はシルヴァリルを指して言った。

「そうでしたか」

「君のパートナーは後ろにいる御仁でいいのだろうか?」

 パートナーっていうのはペアになるっていう女の子のことだよな?

「いえ、自分のパートナーはあっちに……」

 元居た場所を指差してはみたものの、どこにも姿が見当たらない。

「あれ?」

 どこ行っちゃったんだろう?

「あの、ここです」

 後ろから声が聞こえたので身体を捻る。

「……いつからいたんですか?」

「最初からです……」

 ……全然気づかなかった。

「今の話も聞いてましたか?」

「はい」

「どうしますか? 自分としては手を組んでもいいんじゃないかと思ってるんですが」

「貴女の願いを教えて貰ってもいいでしょうか?」

「君も教えてくれるのなら構わないよ」

「はい」

 迷宮戦争なんて物騒なものに参加してまで叶えたい願いか。どんなものかちょっと気になるな。

「では私から話そう。私の願いは時空を超越する能力を得ることだ」

「私の願いは過去に戻って家族を助けることです」

 おぅ……思ったより重い話だった。

「……そうか」

 女性は少しの間を置いて返した。

「君達の願いは何だ?」

「あ、自分達の願いも叶うんですか?」

「あぁ」

「自分は今のところ健康なままで元の世界に帰れるならそれでいいです」

「我は美味い草をたくさん食いたい」

「問題なさそうだな」

「そうですね」

「手を組む前に君に聞いておきたいことがあるんだが、いいか?」

 女性が真面目な顔でこちらを見ている。

「はい」

「先程のは何だ?」

「先程の、というのは?」

「パートナーの願いが実現不可能だと言われたにも関わらず降参を宣言した件だ」

「あぁ、それですか。自分が置かれている状況を考えてみてください。気が付いたら知らない場所に拉致されていて、自分が帰ることで拉致した人間の願いが叶わなくなるんですよ? この状況で帰る以外の選択肢がありますか?」

「相手は女の子だぞ?」

「まぁ全く気にならなかったと言えば嘘になりますが、相手が誰であろうと自分を拉致した人間であることに変わりはありませんからね。流石に自分を拉致した見ず知らずの人間のために訳のわからない戦いに挑もうとは思えません」

「そうか」

「はい」

「……すみません、自分のことしか頭にありませんでした」

 女の子が俯いてしまった。

「あ、いや、元の世界に帰る方法はちゃんとあるみたいですし、そこまで気にしなくても大丈夫ですよ?」

 この子の願いからして家族を失ったか失いそうな状況にあるんだろうし、それを知った今となっては微力だけど手を貸すのもやぶさかではないと思っていたりする。

「一緒に戦ってくれるんですか……?」

「ダンジョンを作って破壊し合うってことは基本的には自分が前線に出て戦うようなものではないんですよね?」

「はい。基本的にはそうだと思います」

「それなら自分も協力させてもらいます」

 まぁ役に立てるかはわからないけど。

「ありがとうございます!」

「いえ」

「では私達は手を組むということでいいのかな?」

「はい。自分はそれで大丈夫です」

「私もです」

「ではよろしく頼む」

「はい」

 女性が女の子のほうに手を差し出し、女の子がその手を握りながら返事をした。

 異世界でも握手は共通なんだな。

「君もよろしく頼む」

「はい」

 女性が自分のほうにも手を差し出してきたので女の子を真似て手を出す。女性は手にガントレットのようなものを着けているらしく、手を握ったときに柔らかい革のような感触と鉄のような硬い感触があった。

「そういえば手を組むって具体的に何をするんですか?」

 情報の共有とか戦闘の補助とか?

「まず決めなければならないのはダンジョンの管理方法だ」

「管理方法ですか?」

「そうだ。まずはダンジョンを共に管理するかどうかを決める必要がある」

 管理方法かぁ。

 一緒に管理するとなると自由度が減って面白くなくなりそうだけど、たぶん倍くらいの速さでモンスターを増やしたり罠を作ったりできる。あとは戦力が強化できるか。

 デメリットは一つしかダンジョンがないからそこが破壊されたら負けってところか。

「そういえばダンジョンってどうやって壊すんですか?」

「ダンジョンの中にある迷宮中枢ダンジョンピボットと呼ばれているものを全て破壊するか、管理している迷宮創造主を再起不能にすることでダンジョンは壊れる」

 再起不能ってのはつまりそういうことだよな?

 ……いざというときは自分で壊しに行こう。

「なるほど。勝敗の条件はダンジョンを破壊されるだけですか?」

「さっきも聞いたと思うが降参することでも敗北が確定する」

「自分達が一緒にダンジョンを管理する場合はダンジョンピボットが破壊されるか自分達が二人とも再起不能になると負けということですか?」

「そうだな」

「なるほど」

 敗北条件が緩くなるし倍の速さでダンジョンを作れる、と。ダンジョンのレベルも上げやすくなるだろうしいいこと尽くしだな。

「どうします?」

 パートナーとなった女の子に問う。

「私は一緒のほうがいいと思います」

「自分達は一緒がいいです。そちらはどうですか?」

「私も同じ意見だ」

「我はどっちでもいいぞ」

「じゃあ一緒にダンジョンの管理をするってことで」

「わかった。では付いてきてくれ」

「どこか行くんですか?」

「ダンジョンはこの大陸のどこかに入り口を設定しなければ作れないらしい。ここに来るまでにいくつか候補を決めておいたからそこに向かおう」

「わかりました」

「では行こう」

 そう言うと女性は出口に向かって歩き出した。

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