第73話 待ち合わせは三人で
「来栖さんって、意外と天然?」
「忘れなさい」
「いーや、あんな面白いこと忘れられるわけないね。必要ないって言わなかった俺も悪いけど、まさか教室で堂々と履歴書を渡してくるとか。しかも証明写真付き。ぷっ……」
「それ以上言ったら……」
「言ったら?」
「交番に駆け込んで、あなたについてあることないこと喋っちゃうから」
「お巡りさんには、学生の戯言として受け入れてもらいたい限りだ」
秋鷹はへらへらと笑いながら、杏樹の威嚇をことごとく躱していた。
今日は日曜日、カレンダー撮影当日だ。
幸いなことに、撮影場所は花生高校ということで、遠出することにはならなかった。芸能関係の仕事をしている生徒が在籍している高校ということもあって、撮影許可もバッチリ取れている。
秋鷹たちはというと、学校に行く前に、一先ず花生公園で待ち合わせをしていた。話の流れでそうなってしまったのだが、とりあえず、一ついいだろうか。
「来栖さん。――ちょっと離れすぎじゃない!?」
公園の噴水前で、秋鷹は真横に向かって大声を上げた。
およそ十メートル先に、澄ました顔で佇む杏樹がいる。秋鷹と隣り合わせになることが相当に嫌らしく、彼女は終始一定の距離を保っていた。つか、よく声届いたな。
「恋人同士でもないのに、近くにいるほうがおかしいわ。勘違いされたら、どうしてくれるのかしら?」
「いや、それもわかるけどさ。なんていうか、過剰なんだよ」
「あなたが馴れ馴れしくするからでしょう?」
「馴れ馴れしくしてますかね? 俺」
「はぁ……これだから
「ん? ずきゅん? もっと大きな声で言ってほしいな」
いかんせん距離が離れすぎているため、若干の食い違いが多々あった。
とはいえ、そんな会話を繰り広げていると、突然、トントンっと肩を叩かれた。
「やっほー。随分と派手な罵り合いしてんじゃん」
振り向くと、そこには栗色ハーフアップの少女が立っていた。
「ああ、冬月さんか。これでも半年は同じクラスでやってきたはずなんだけどね、どうやら俺には手に負えないらしい。女の子同士でよろしく頼んでいい?」
「それは困るなー。あたしも、初対面なんだよ?」
そう言って微かに笑った彼女は、女子高生の間で人気沸騰中のポッポティーン専属モデル――その名も、
秋鷹とは、文化祭のソロライブの時に共演したことでの出会いだ。前から顔見知りではあったが、まともに話したのはそれが初だった。
「まあ、とはいえ。ちゃんと来てくれたんだね。よかったよかった」
「ご希望通り制服でな」
「そうそう、今日の衣装は制服だからね」
「今日のってことは、別の日にも違う衣装で撮影するってこと?」
「強制じゃないよ。でも、引き受けてくれたらうれしいな」
俺は構わないけど、と秋鷹は返した。
これは事前に聞いていた話だが、鏡華の父親はとある芸能事務所の社長らしい。そのため、彼女は幼い頃からその手の業界に携わってきたのだとか。まあ、詳しくは知らないが。
「それにしても、来栖さん、よく引き受けてくれたね。顔出しとか大丈夫なの?」
鏡華が少しだけ声を張り上げて訊くと、杏樹は普段通りの声量で返答する。
「ええ。私はエキストラのようなものだもの。あなたと違って、世間がざわつくようなことには一切ならないわ」
「そんなことない。来栖さんも十分イケてると思うよ。もしかしたら、ネットで噂になるかもしれないね」
「そのときはそのときよ。人の噂も七十五日ってことわざがあるように、たとえ噂になったとしても、すぐに消えてしまうわ」
「そうかもしれないね。でも、宮本君の噂はあれ以来、一向に消えることはないよ。ね? ベーシストの宮本君」
「急なとばっちりだな、おい」
秋鷹は眉を寄せると、気だるげに頭を掻く。
文化祭の一件以来、秋鷹は街でたまに声を掛けられたりする。サクラ・カントリー・キャッスルというアイドルの人気は凄まじいらしく、SNSにソロライブの動画がアップされてから早や数週間、いいねやリツイート数はまだまだ伸び続けていた。
「こっちは色々と困ってるんだ。この前なんか、小学生くらいの子供に指差されたからな。『あー! サクラちゃんのライブでベース弾いてたオネエの人だー!』って。……いや、誰がオネエだよ」
「あはは、そりゃあ女の子っぽい顔してるからね、宮本君。オネエと勘違いされても無理ないよ」
「せめて男装女子で通してくれない?」
「もう女子じゃん。認めちゃってんじゃん」
くすくすと笑う鏡華を見て、秋鷹はムッと顔を顰めさせた。
女と間違われることにはもう慣れたが、小馬鹿にされると未だに腹が立つものなのだ。
「とにかく、時間も時間だし、そろそろ学校に向かわないか?」
秋鷹がそう言うと、鏡華がうんと頷く。
「そうだね。二人とも、お昼はもう済ませた?」
「ああ、ばっちし」
「ええ、私も」
秋鷹が親指を立てると同時に、十メートルほど離れた場所で、杏樹の小さな声が聞こえた。
「よし、じゃあ行こっか」
鏡華はブレザーのポケットに手を入れて歩き出す。それに、秋鷹たちはゆっくりと付いていくのだった。
※ ※ ※ ※
最初の撮影場所は教室だった。
使用する教室は2年A組の教室ということになっていて、現在は大人たちによって教室の半分が占領されていた。カメラマンやメイクアーティストなど様々なスタッフがおり、さらには撮影機材の影響で教室の面影はもはや消え去っている。
そして、窓際の方で撮影している杏樹と鏡華を、秋鷹は自分の席――廊下側の最後列の席に座りながら呑気に眺めていた。
「はい、撮りますよ~。自然体で、友達同士でお喋りしてる時みたいにしてくれるかな?」
カメラマンのおっさんがファインダー越しに指示を出すと、窓際の一番後ろの席に座っている杏樹に、鏡華がその前の席に座って話しかける。
「あんじゅー。なに読んでんの?」
机に頬杖をついて訊ねる鏡華。それに対し、杏樹は黙々と読書をしながら、いつも通りの態度で、
「気安く名前を呼ばないでくれるかしら?」
「えー、だめなの? あたしら、もう友達でしょ?」
「あなたは今日会ったばかりの、それも挨拶しか交わしてない人のことを友達というの? 私が思うに、それはただの知人……いえ、他人よ。友達というのは互いに心を許し合って、対等に交わっている人のことを言うの。あなたと私とではそれが実現できないし、実現する兆しがない。まず、相性が悪いから――」
「ちょっと、言い過ぎじゃない? さすがのあたしでも、そこまで言われたら傷つくんですけどー」という割には、鏡華は口角を上げたまま楽しそうな雰囲気を醸し出していた。
その瞬間をシャッターチャンスと見たカメラマンは、カシャカシャとシャッター音を鳴らす。会話の内容は壊滅的だが、傍から見れば女子二人の姿は普通の友人同士のようだった。
「ていうかさー。杏樹って、ほんと美人さんだよね。やっぱり、男の子に告白されたりするの?」
「それを答えたとして、私になにかメリットがあるのかしら?」
「あるよそりゃあ。人の恋愛事情を聞くことほど面白いことはないし、女子の話題って言ったら定番はこれでしょ」
「あなたのメリットではなく、私のと言ったの」
「ごめんごめん。そんなに怒らないでってば」
カメラマンは自然体と言っていたが、いくら何でも自然すぎるのではないだろうか? 杏樹は平常運転なのだろうが、そんな杏樹に周りのスタッフたちは少々困り気味だ。
「宮本君。あの二人って、友達なんじゃないの?」
秋鷹の前の席に座っていた青年が、苦い笑みを浮かべながら訊いてくる。
「今日が初対面ですよ」
秋鷹がそう言うと、青年は驚愕した。そして、またも苦笑い。
「すごい、個性的な性格の子を連れて来たんだね……」
「無視されないだけマシですよ。俺なんか、半年経ってやっと、口をきいてくれるようになったんですから」
「えっと、なにか嫌われるようなことをしたのかい?」
「それがまったく。というか、来栖さんは大体の人に敵意丸出しですが、特に男子に対して拍車がかかるらしいです」
「うん、それを聞いてこの先不安しかないよ」
秋鷹の言葉に食い気味に返答し、青年は肩を竦めた。
するとその瞬間、真横からシャッター音が鳴った。秋鷹が眉を顰めると、真横にいた人物が「素敵なツーショットですね」と小さく喜ぶ。
「これ、アサケンさんのインスタに載っけちゃっていいですか?」
その人物は、青年――もといアサケンのマネージャーだった。
アサケンとは、もちろん芸名だ。彼はしがない役者を自称しており、今日は鏡華に呼ばれた関係で、高校生役としてカレンダー撮影に参加したらしい。
しかし、初対面の時は太陽みたいな笑顔で出迎えてくれたというのに、どういうことか、今は若干の怒りが表情に滲んでいる。
「あのさ。あまり、勝手に撮らないでくれよ? おれは気にしないけど、宮本君は……」
「俺も、別に構いませんよ」
アサケンが真剣な口調でマネージャーに説教しようとしていたため、秋鷹は咄嗟に割って入った。
険悪なムードになりそうだったところを秋鷹が断ち切った、というのはアサケンもわかっていたようで、彼は「ありがとう、すまないね」と誠意を込めてしばらく頭を下げる。それに釣られて、マネージャーも頭を下げた。
「顔、上げてください。大袈裟ですよ」
秋鷹がそう言うと、アサケンはゆっくりと顔を上げる。
「大袈裟なくらいが丁度いいんだ。彼女はまだ新人で、学ばなければならないことがたくさんあるからね」
「……す、すみませんでしたっ」
マネージャーは何度も頭を下げていた。そこまでされると、かえってこちらが困るというかなんというか。
そのため、秋鷹はやさしめに微笑みかける。
「素敵なツーショットが撮れたんですよね? 見せてくれませんか?」
「……え、あ、はいっ」
秋鷹の要望にすぐさま応え、マネージャーがスマートフォンを差し出してくる。その画面に映っていたのは、仲良さげな秋鷹とアサケンだった。
「なかなか良い写真じゃないですか。インスタでもなんでも、どうぞ載っけてください」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん。逆に、断る理由あります?」
「えと、それは……」
お返しとばかりにマネージャーを困らせる秋鷹。
視線を彷徨わせて戸惑う彼女を見ていると、なぜだか年上の女性をイジメる性癖に目覚めそうになった。
そんな冗談は置いといて、秋鷹はアサケンの方に顔を向ける。と、彼はなにか納得したように頷いていた。
「宮本君。君、モテるだろ?」
なにを言うかと思えば、そんなことか。と秋鷹は思った。
「まあ、否定はしませんが」
「そうかそうか。君は自覚してるタイプか」
「いけませんか?」
「いーや。おれも自分のことを格好いいと思ってこの業界に入ったからね、むしろ気が合いそうで嬉しいよ」
アサケンは先程の真剣な顔が嘘のように、綺麗な歯を見せて盛大に笑った。そして、また改まった態度に戻る。
彼のコロコロと変わる表情を見ていると、「喜怒哀楽の激しい人だ」と思わざるを得ない。
「改めて聞くが、この写真をインスタに載せてもいいんだね?」
「はい、構いませんよ」
「わかった。ありがたく使わせてもらうよ」
ありがとう、と最後に一言だけ告げて、アサケンはマネージャーに指示を出していた。どうやら、彼のSNSアカウントはマネージャーが管理しているらしい。
すると、杏樹たちの撮影が終わったようで、スタッフがこちらに声を掛けてくる。
「次は中庭で撮影するので、移動お願いしま~す」
秋鷹の出番が迫っていた。
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