第71話 クール美人で無口



 返却されたテストは案の定、どれも高得点だった。学年9位になるくらいだから、まあ妥当だろう。

 しかし、そんな秋鷹とは違って、やはり神宮寺帝みかどは規格外で、返されたテストは数学以外すべてが満点だった。テスト返却中に彼に告白する者が現れるほど、教室の中は帝を中心として盛り上がっていた。

 その傍らでは、仲良く赤点をとった結衣とエリカが、互いに慰め合っていた。当然、彼女たちは補習確定である。おそらく、これからしばらくの間は、放課後は補習で拘束されてしまうだろう。そのため、彼女たちとは数週間程度えっちなことが出来ない。あれだけ勉強したのに、その努力がすべて無駄になってしまった。


 とはいえ、そんなこんなでまだまだテスト返却は続くが、今日のところは一旦終了だ。

 補習も何もない秋鷹は、放課後は千聖とイチャイチャした。しっかり構ってあげないと、スタ爆されるわけだし。


「しかし寒いな……」

 

 千聖と別れ、秋鷹は閑散とした街路をひた歩いていた。

 この道を通るのも、もう何度目だろうか。暗い暗い夜道を、秋鷹はじっと眺める。道路からは車の走行音、そして、頬を撫でるのは前照灯の光。見上げれば、羽虫の舞う街灯がバチバチと光り輝いていた。


 思えば、なぜ自分は千聖の家に毎回足を運んでいるのだろうか、と秋鷹は思った。

 別に自分が行かなくとも、彼女をこちらの家に呼んでしまえばいいのに。

 わざわざ出向くことは、相当な手間である。そんな合理性の欠いた行動をしてしまう自分に、秋鷹は疑問を見出した。

 ただ、その疑問が払拭される前に、目的地であるコンビニが目の前に現れた。ウィーン、と自動ドアが開く。


「いらっしゃいませ」


 店員の挨拶を耳にかすめ、秋鷹は今し方の考えを捨ててコンビニに入る。

 コンビニ内には最近流行りの曲――キングニューの『三文芝居』がBGMとして流れていた。それを口ずさみながら、気分良くコンビニ内をうろうろと歩き回る。

 そのとき秋鷹が意味もなく口角を上げてしまったのは、音楽を聴いてご機嫌だったからではなく、客のいないコンビニ内で格好つけて歩く自分が、客観的に見て酷く滑稽だったからだろう。

 秋鷹は流れるように必要な商品を手に取った。晩御飯は千聖の家で食べたため、小腹が空いたとき用の夜食とお菓子、そして飲み物と男女のエチケット用品を携える。

 それをレジカウンターに持っていくと、店員はいつかの時みたく商品を読み上げることなく――マニュアル通りの振る舞いは変わらないが――慣れた手つきでバーコードを読み取っていった。


「いつもここでバイトしてるよね」


 秋鷹は店員の少女に向けて言った。しかし彼女は、「袋はお付けしますか?」と完全なスルーを決め込む。


「俺が来るとき毎回いるけど、ちゃんと休んでる?」


「あなたには関係ないわ」


「わ……喋った……」


 射抜くように睨まれたことより、彼女が返答したことに秋鷹は驚いた。教室では無視されるし、今日だって中庭で話しかけたが、聞く耳を持ってくれなかった。


「いつぶりかな、接客以外で来栖さんの声聞いたの」


「業務妨害よ」

 

「いいじゃん別に。お客さんいないんだから」


 単純にチャンスだと思った。普段はだんまりを決め込む来栖杏樹が、ここでだけは言葉数は少ないものの喋ってくれる。話しかけない手は、もちろんない。


「どういう風の吹き回し? 学校でもコンビニでも、一回も口を開いてくれたことなかったよね」


「どういうつもりもなにも、迷惑だと言っているの。……あなたの、その空っぽな頭でよく考えなさい。これはれっきとしたセクハラよ」


「……え? それって、性的な嫌がらせって意味だよね?」


「あなたの舐めるような視線に、うぅ……悪寒がするわ。きっとこの男は、私の身体を見て興奮している。早く警察を呼ばないと、身の危険が……。――ほら、今だって、鼻の下を伸ばして厭らしい目で……」


 咄嗟に鼻の下を触るも、まったく伸びていなかった。まんまと騙された秋鷹は、杏樹に次の言葉を投げかけようとするが――そのとき、自動ドアが開いた。

 どうやら、秋鷹以外に客が来たようだ。


「仕方ない、通報される前に帰るよ」


「そうしてちょうだい」


「でも、また話しかけるからね」


「…………」


 秋鷹がそう言うと、杏樹がキッと睨みつけてきた。


 しかし秋鷹は、それに怯まず、次の日もまたその翌日も、昼休みの空いた時間で彼女に話しかけに行った。普段なら物を買って帰るだけだったコンビニも、それからは杏樹と話すための交流の場となった。

 とはいえ、これは彼女の体目当てだとか涼から彼女を奪ってやりたいだとか、そんな下衆な思考のもと取っている行動ではない。

 言うなれば、秋鷹の病癖だ。優しくしたり相手を尊重したりするような振る舞いは、継続していけば好意を寄せられることに繋がる。ポイントとしては、強引な手段を使わず、じっくりじっくり沁み込ませるように秋鷹の存在を刷り込ませていくことだ。

 そして、好意を寄せられた瞬間、秋鷹は今までの行為がまるで嘘だったかのように身を引く。決して自分からは相手を求めず、求められるまで秋鷹は何もしない。それが、これまでの宮本秋鷹だった。杏樹に限らず他の女の子にもやっていることだ。まあ、千聖と結衣に限っては、諸事情により自分から行ってしまったこともあったが。

 杏樹はと言えば、自分から行く理由が見つからない。手を繋いだり、ハグをしたり、キスをしたり、それらの好意的な行動を示す理由がなかった。

 だから、彼女がずっと涼を想い続けるというのなら、秋鷹は何も言わない。これまで通り好意を向けられるように仕向けはするが、それ以上の行為に至ることはしないだろう。なにせ、好意を向けてくれない相手には、なんの価値もないのだから。


 そんなある日のことだった。

 いつものように秋鷹が杏樹に話しかけていると、無言を貫いていた杏樹が少しだけ口をまごつかせた。


 なにやら杏樹は現在いま、お金に困っているらしい。

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