第48話 世界征服は容易いのさ

「俺って絶倫なのかな……?」


「今さら!? 三回もびゅっびゅっしておいて、よく言うわ!」


「え……なんで怒ってんの?」


「遅刻しちゃいそうだからよ!」


 体育館通路を二人して走っていると、千聖が乱れた髪を整えながら大声を上げた。


 屋上の踊り場でのことが白熱しすぎて、急を要する事態に陥ってしまったのだ。カラダについた臭いも消さなければならなかったし、ちんたらと教室に足を運んでいたらもうこんな時間。


 ――かなりヤバい。


「あーっ! おっそいよ、秋鷹にちさちー!!」


 体育館に入ってすぐ、舞台袖から出てきた春奈がこちらに駆け寄ってくる。彼女はとんがり帽子の魔女の格好をしていた。


「もしかして、呼び込みそっちのけで遊んでた?」


「まぁ……我慢できなくて、タピオカを少し?」


 秋鷹が申し訳なさそうに誤魔化すと、春奈が恨めしい顔でわかりやすく不満を垂らす。


「ずるいっ、あーしだって準備頑張ってたのに! 劇終わったら一緒に回ってもらうからね!?」


「それ、俺じゃなきゃだめ?」


「他クラスのギャルから指名が入ってんの! 秋鷹には、その子たちを笑顔にする義務があるんだし!」


「……俺、いつからホストになったんだよ」


 春奈に魔法の杖を突きつけられて、そういえば「今日は寝てないんだっけ」と疲れを滲ませる秋鷹。はやく帰って寝たいが、残念なことにまだやることは沢山ある。


「ついでにあーしも指名してるかんね~」


「はぁ……いいよ、勝手にしてくれ」


 絶対あの時の恋バナの件だ、と秋鷹は思った。たしかエリカの恋愛について語りたいとかいう話だったが、あまり踏み込んで欲しくない部分ではある。


 とりあえず、上手くはぐらかしとけばいいか。と秋鷹は心に誓うのであった。


「――って、あと五分じゃん! 急がなくちゃじゃん!」


 春奈の声に耳を傾け、体育館の時計を見れば秋鷹も焦りだす。隣の千聖に向いて、声を掛けようとするが――。


「あれ、日暮は……?」


「ちさちーなら舞台袖じゃない? しょっぱなから出番だし!」


「ふーん、てことは、準備しに向かったってことか。しっかり者だな」


「意外とちゃんとしてんだよねぇ、ちさちーは」


 たとえ追い立てられるほど忙しくても、千聖は自分のやるべきことを遂行しようとする。なぜ学級委員ではないんだ、ってくらい規律にも厳しいし、ギャルファッションとのギャップが凄い。


 ギャルと言っても、ただ成り切っているだけのペーペーなのだが。


「根が真面目なとこ、バレバレだ」


「そこがちさちーのいいとこであって、可愛いとこでもあるんだよね~」


「春奈もわかってるんだ? あいつが生粋のギャルじゃないってこと」


「なに生粋って……ぷぷぷぅ~。ギャルはみんな、自分の弱いところを見せたくないから、あーいう格好してんの。しかも、可愛くなれるし楽しいし! ならなきゃ損っしょ」


「お前はケバすぎだよ」


「うぇ……!? ひっど、なにそれ。魔女の化粧だからしょうがないでしょー!?」


 頬に手を当て、不機嫌に唇を尖らせる春奈。そんな彼女に、秋鷹はくすりと笑い、


「ま、これからも日暮と仲良くしてやってくれ。ギャルじゃないってだけで、蔑ろにしたりすんなよ?」


「急な親目線!? てか、そんな心配必要ないよ。言ったっしょ? ギャルはみんな同じだって。それにー……ちさちーは、大事な大事な友達だかんね」


「友達?」


「そう、友達」


 頷き、春奈はとんがり帽子のつばをきゅっ掴む。


「まだ半年の付き合いだけど、いっぱい遊びに行ったし、いっぱい笑い合った。あーしでも少しは、ちさちーの思ってることわかるよ。ちさちーもわかってくれてるんだと思ってる。そんくらいの仲には、なれてるんじゃないのかな」


「マブダチってやつ?」


「まさにそれだね! だから蔑ろになんか絶対しないし、あーしはこれからもちさちーと友達でいたいな。あんなに気が合う子、初めてだし」


「それなら、安心なのかな」


 と、そんな秋鷹の態度が何かおかしかったのか、春奈が揶揄するような表情で、


「あっれ〜? 秋鷹がそんなに気遣うなんて、珍しいね? これは、あとで話を聞かせてもらわないといけませんかねぇ……」


「あー、しくったな……恋バナの話題が増えちまった」


「秋鷹がちさちーのことどう思ってるか、洗いざらいぶちまけてもらうからね」


「よし、逃げよう――」


「あっ! 逃げんな秋鷹! ちさちーも交えて公開処刑してやるから!」


 物騒な言葉が背後から聞こえてくるが、秋鷹は気にせず舞台袖まで駆け足で向かった。

 

 眠気のせいなのか、今日は思わぬ行動をしてばかりだ。いつもなら、もっとスマートにいけるのに。

 なんて、内心カッコつける秋鷹は、ふと目線を下げる。


「でも、マブダチか……」


 自分には縁のない話だけれど、千聖にとってはちょっとした衝撃なのではないか。


「きっと、教えてやれば喜ぶんだろうな、千聖」


 友達という言葉を遠ざけていた千聖に、春奈の本心を聞かせてやる。それも、悪くないのかもしれない。



※ ※ ※ ※



「わーっはっはっー! 世界征服してやったぞー! 魔王、結衣ちょまるが最強なのだー!」


 壇上で一人、棒読みで大根役者ぶりを披露してるのは結衣だ。そして隅の方には、勇者であるみかどがうつ伏せになって倒れている。


 普通は勇者が魔王を倒し、世界を救うのだろうが、旅の途中で仲間割れが起きたためにこの状態。勇者の仲間だった獣人のエリカが発端ではあるのだが、


「ほんと、なにやってんだか」


 舞台袖で呆れ気味に、秋鷹はポツリとつぶやいた。

 これで午前の部は終わり。午後の部は閉会式の直前だったから、それまではかなり時間がある。その間に、皆は昼食をとったり模擬店を見て回ったりするのだろう。


 かくいう秋鷹も、装着していた兜と鎧を教室に置き、春奈たちと恋バナをする予定だ。


 文化祭なのに、わざわざ恋バナである。意味がわからない。


「アッキー先輩ー! 面白かったっす! 先輩、序盤で死んでましたね!」


 ステージを離れ、体育館の隅を歩いていると、ふいに真横から声を掛けられた。


「茜か。それに、そこにいるのは陽ちゃんじゃん」


「は、はひっ! こんにちはでごじゃりまするっ」


「すごい噛み方したね」


 茜の斜め後ろにいる蒼髪の少女――影井陽は、顔を真っ赤にさせてあたふたしている。あがり症なのだろうか。


「ヨウちゃん、劇が始まる前からこんな感じだったんですよー。アッキー先輩が倒された時なんかもう、こんなで――」


「あ、あかねちゃんっ。やめてよ……! 私、そんなはしたなくないよ……」


 いきなりドラミングを始める茜に、陽は懸命に「やめて」と訴えかけるが効果なし。一向にやめてくれないので、陽の表情が徐々に暗くなっていく。


「やめってってばぁ……先輩の前で、うぅ……」


 くしゃっと歪んだ泣き顔を、手で覆い隠す陽。そしてそのまま、肩を震わせて泣いてしまった。


「泣かせちゃったな。どうすんだよお前」


「え!? よ、ヨウちゃん! なに? どうしたの?」


 すかさず寄り添いに行く茜だが、そんな茜に対し陽は「ひっく、ひっく」としゃくりあげながら、


「大丈夫です、気にしなくていいです……あかねちゃんには、関係ないことですから……ぐす」


「え、そんなに、なの……? あの、ごめんね。ちょっと、やりすぎちゃったかなぁ私」


「あかねちゃんは悪くありません。こんな弱虫な私が悪いんです、ナスのヘタみたいな要らない人間なんです……私は……」


「要らなくなんかないよ! ほら、ナスのヘタってイボに効くらしいし!」


「それ、逆に悪化するやつだよ。騙されてるよ、あかねちゃん……?」


「え……!?」


 衝撃の事実に一歩後ずさった茜は、しかし気を取り直して陽の背中をさする。そして秋鷹に向くと、


「えっと、アッキー先輩すみません。ヨウちゃんのこと、落ち着かせてきますね」


「ああ、そうしてくれ。俺も、女の子が泣いてるとこはあんま見たくないからな」


「そう、ですよね。すみません。……それじゃあ、午後の部も頑張ってください! 応援してますし、ヨウちゃんともまた観に行きますので」


 茜は陽に寄り添いながら、体育館の中央に並べられている椅子に向かっていった。次の『演劇』まではまだ時間があるため、そこで少しの間休むのだろう。


 一方秋鷹は、手に持っていた緑色の兜を被ると、体育館通路に歩いて行った。


「光輪さん、走って……!」


「ヒーヒーフー……は、速いです姫乃さん~」


 通路を歩いていたらそこで、慌ただしい二人組とすれ違ったが、特に気にすることなく秋鷹は教室に向かう。

 

 ――否、向かっているのは屋上の踊り場だ。


 ここにきて猛烈な睡魔が秋鷹を襲っていた。仮眠をとらなければ死するだろう、ということで、ふらふらとした足取りで誰にも邪魔されない仮眠スペースに向かっている。

 春奈たちには申し訳ないが、恋バナはまた今度だ。そう思いながら、秋鷹は大きな欠伸をしたのだった。

 

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