第46話 久しぶりの再会はすれ違い

 校舎内もそうだったが、校舎の外に出ても人の賑わいは凄まじかった。むしろ、よりいっそう人の数が増えた気がする。

 秋鷹は立ち並ぶ模擬店を見て、少しばかり感心した。これだけの人を相手にするのは、彼らも苦労を要するだろう。


 因みに、三年生の他にも二年生が何店舗か、食品を用いる模擬店を出店しているらしい。ひょっとしたら秋鷹の知り合いもいるかもしれない。


 すると、何やら嬉しそうな声が――。


「ん~、おいしぃ~」


 隣を歩いていた千聖が、頬に手を当てて顔を緩ませていた。


「タピオカ、好きなの……?」


 秋鷹が聞くと、タピオカチャレンジ――タピオカミルクティーのカップを胸に乗せる行為――をしていた千聖が得意げにタピオカを掲げる。


「あたし、本物のタピオカって初めて飲むんだ~。宮本くんも、飲んでみますか?」


 ういうい、と千聖がストローをこちらに向けてきた。秋鷹が兜を被っていて飲食が出来ないのをいいことに、やけに積極的である。


「んじゃ、遠慮なく――」


 そう言って、千聖からタピオカを奪い取った。


「あっ、間接キスだってば……!」


「いつまで付き合いたてのカップルみたいなこと言ってんの?」


 秋鷹は兜の口の部分だけをパカッと開くと、そこにストローを当てる。


「……え? その兜、そんな機能あったっけ?」


「ちょっと改良したんだよ。最初は声すら通らなかったから、ついでに飲食もできるようにした」


「ほんと、無駄なところで労力使うわね、あんたって……。ん、ありがと」


 返されたタピオカを手に持って、千聖はそれをちゅるる~っと飲んだ。間接キスがどうのと言っていた割には、あまり意識していないように思える。

 指摘してやろうと考えたが、秋鷹は仕方なくその気持ちをグッと堪えた。


「な、なによ……?」


「いやぁ? 似合ってんなーっと思って」


「この衣装のこと言ってんの? ふふんっ……あらあら、見惚れちゃって。宮本くんったら、お可愛いこと」


「まぁ、うん。相変わらず胸でかいなって」


「なっ――! なに言ってんのよこのド変態ッ!」


 マウントを取るように揶揄ってきたかと思いきや、千聖は顔を真っ赤にさせてドついてきた。


 とはいえ、彼女が言わんとすることも解らなくはない。

 周りでは「なんだあの子……!? めちゃくちゃかわええ……」とか「エルフ、だと……!? ここは異世界なのか?」と錯乱状態にある者もいて、注目を集めていた。


 千聖の整った容姿が効力を発揮して、呼び込みの成果は上々である。秋鷹の手作りオークが認知されていないのは、ちょっとばかし寂しくもあるが。


「まったく……秋鷹はあたしの胸ばっかなんだから……」


「男なら誰しも、ってやつ? 本能的に目が行っちゃうよね」


「そんなこと言って、他の子の胸見たら承知しないからね。ぶっとばすからねっ!」


「うん、見ない見ない。千聖だけだよ、見るのも、触るのもね……?」


「調子乗んなアホなすび! 幾ら秋鷹専用だからって、そう簡単には触らせてあげないっ。……そうよ、お預けよ!」


 ぷいっ、と頬を膨らませてそっぽを向いてしまった千聖。腕を組んでいる所為で、魅惑的な巨峰が盛り上がってしまっている。


 お預けを食らってしまった秋鷹は、やれやれと首を振り、


「それは困ったな」


 この状況を楽しんでいた。



※ ※ ※ ※



「あれって……白聖びゃくせい女子の制服じゃない?」

「ほんとだぁ……なんでこんなところに、あんなお嬢様が……」

「あなたね……いくら格式高いって言っても、他校の文化祭くらい行くでしょ。今時は普通よ」


 自分の通う学校はかなり有名で、しかもこの辺では知らぬ者がいないほどのお嬢様学校らしい。

 そんな他人事のような感覚で、芽郁めいは行き交う人の波に紛れていく。周囲からの好奇な視線が痛いが、いつものことなので慣れっこだ。


「――姫乃ひめのさんっ、姫乃さん。あちらのクレープというのは、どういうものなのでしょうか?」


 芽郁の一歩後ろで、珍しいものを見る目でワクワクしているのは、お嬢様としてはいかにもな風貌の持ち主である光輪天子みつわてんこだ。


「あれも食べ物だよ。タピオカみたいに、女子高生の間では人気なもの」


「それは素敵ですね……私も食べてみたいです」


「まだ何も買ってないし、食べてみてもいいかもね……って! ちょっ、光輪さん……!?」


 近くにいたはずの天子の姿が消えており、芽郁は立ち止まって辺りを見回す。そして探していると、クレープ屋の前に彼女はいた。


「クレープを一つ、頂けないでしょうか……? あ、いえ、二つでしょうか? 姫乃さんにも――」


「光輪さんっ、お金……! お金ないと買えないから!」


 世間知らずのお嬢様に走って駆け寄り、芽衣は鞄から自分の財布を取り出す。


 案の定、クレープ屋の店員は困った顔をしていた。

 でも大丈夫。有難いことに、天子の御付きの人から軍資金をもらっている。これで問題なく、クレープは買えるはずだ。


「おすすめの味とかってありますか?」


 芽郁が店員の少女に聞いてみると、少女は無表情だった顔を笑顔に変えて、


「イチゴとか美味しいですよー。定番です」


「あ、じゃあ……それ二つください」


「はーい、ありがとうございまーす」


 すると、それを聞き入れた少女が店内に向かって声を上げる。


「マリー! 生地、作り終わった?」


「はいデス! おっとっと……どうぞです、鏡華ちゃん!」


「ほら、あんま慌てない。転んだらどうすんの」


 店員の少女が誰かと会話しているようだが、その誰かが見当たらない。もしかして、屋台の向こう側でちょこっと飛び出して見える、あのアホ毛のようなものがそうなのだろうか。


 芽郁も自分の身長の低さはそれなりに自覚していたが、アホ毛の子はそれよりも更に低いらしい。

 

「――はい、できましたよ」


「あ、ありがとうございます!」


 疑問に思って首を傾げていると、唐突にクレープを二つ手渡された。かなり早い出来だ。

 拙い動作で受け取りながらも、芽郁はお金を支払う。その時、ふと店員の少女と目が合った。


 ――背がスラッとしていてモデルみたいな人だ、と芽郁は人知れず思った。




「おいひいです~」


「ゴミもらうよ?」


「ありがとうございます、姫乃さん」


 律儀に立ち止まり、天子が頭を下げてくる。

 クレープ屋から離れて数分、歩きながら食べるのは行儀が悪いが、そんなことも忘れてしまうくらいクレープは美味しかった。

 天子も満足したようで、ほっぺに生クリームをつけている。それをハンカチで拭ってあげると、突然――。


「ひ、姫乃さん……! なんですかあれは……!?」


「……ん?」


 人混みの向こう――遠くに見えたのは、禍々しいオーラを放つ緑色の巨人だ。その巨人は人混みに紛れながら、徐々にこちらへ向かってくる。

 

「なに、あれ……?」


 あんな化物がいることに驚くのは当然だが、それを容認してしまっている周りの人間たちに対して芽郁は驚きを隠せない。

 普通なら誰もが絶叫を上げ、逃げ出すはずなのに。怯えているのは、芽郁と天子だけではないか。


「ひ、めのさん……」


「――光輪さん!?」


 腰が抜け、その場にへたり込んでしまった天子。芽郁は屈みこみ、彼女の背中を懸命にさする。


「いや、待って……よく見れば作り物じゃん、あれ……」


 巨人の身体が鮮明に視認できる距離までくると、何とも言えない安堵感が湧いてくる。巨人の肌は段ボールっぽい見た目をしているし、これは余計な焦りだったらしい。


「光輪さん、立って。あれ、本物じゃないから」

「……へ? いえ、そんなはずありません! あの凶悪な顔は、宇宙人です!」

「それも違うよ。宇宙人はもっとこう、頭が長くて……肌が全身タイツみたいにすべすべで……」


「あの、大丈夫ですか……?」


 と、宇宙人について考え込んでいたら、ファンタジー要素強めの森の妖精に声を掛けられた。


「あっ! ご心配なく……! 光輪さん、迷惑になってる。早く行こ?」


「は、はい……!」


 周囲を見回せば、芽郁たちを中心に野次馬をするような人だかりができていた。途端に恥ずかしくなって、芽郁は天子の手を取って駆け出す。



「――ひょっとして、あの服って即興劇の衣装か何かなのかな……」



 走りながら、芽郁は思考を巡らせていた。

 パンフレットに載っていた2年A組の出し物――異世界即興劇。それを見に行くのが今日の目的でもある。

 そこでなら、彼に会えるかもしれないから。ポケットから取り出したスマホを見て、その可能性を何度も確認する。


 トーク画面には、『2年A組』とだけメッセージが送られてきていた。それに返信はしているが、相手からの既読は一向につかない。

 

「それにしても、さっきの人、綺麗だったなぁ……」


 心配して声を掛けてくれた亜麻色の髪の少女だ。

 あんな神がかりな顔の造形の持ち主が他にいようか。芽郁も多少モテたりするが、天と地ほどの差があると実感してしまった。


「ああいうの、秋鷹が好きそうな顔だ……」


 お目当ての彼の名を口ずさみ、少しだけ落ち込む芽郁。昔から自分を卑下するのが得意だった彼女は、しかし首を振って気を持ち直す。


「まだ即興劇まで時間あるし、校舎の中も見て回ろっか? 光輪さん」


「はい~! またクレープも食べたいです」


「はいはい、それはあとでね」


 そうして、純白の制服を身に纏った少女ふたりは、校舎内に足を運んでいくのだった。

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