第42話 女の子の性事情
――文化祭がついに明日に迫り、あっという間に金曜日。
教室の外――廊下の壁には綺麗な飾り付けがされていた。2年A組は出し物で教室を使わないため、外だけを装飾しているのだ。
皆は教室内で文化祭の準備に取り掛かり、明日のために大道具や小道具、衣装の最終チェックをしている。
そんな中で一つの女子グループが、何やら恋バナを繰り広げていた。
「結衣はそういうのなさそうだよねー」
「清純って言うかさー」
「そうそう」
「そうかなー……?」
――いつからだろう、友人との会話でぎこちなく笑みを模るようになったのは。
以前の結衣であれば、首を傾げて聞き流していた話題。けれど今の結衣には、到底みてみぬふりなんて出来ない、大人な事情。
「私ね~、この間カレシとしちゃったの」
「えー? ついにー?」
「うわぁ……私もうかうかしてられないなー……」
「あははー……」
それはやっぱり、誰もがする〝行為〟だったらしい。
愛を確かめ合うのはもちろん。自分たちの愛の証を作るために、みんな躍起になる。
結衣が最近するようになった『自分を慰める行為』も、その類に該当していた。
ただ千聖と秋鷹がしていた行為が何なのかわからなくて、悩み迷った末に、現実から目を背ける口実としてしていただけなのに。
――自分も同じようなことをしていたと思うと、いよいよ逃げられなくなる。
本能に縛られた受動的な行為だったのかもしれない。そこに自分の意思は関係せず、半強制的に従わされただけだった。
しかし、調べれば調べるほど、すればするほど、また解らなくなる。
「結衣はカレシとか作らないのー?」
「あ~、それ気になる。結衣めちゃんこ可愛いもんね~」
「それで言うなら、最近は幼馴染くんとどうなの? 好きなんでしょ?」
「いやぁ、なんだかわからなくなっちゃって……」
好きかどうか、という意味ではない。涼のことはちゃんと好きだ。
それこそ幼い頃からだと思う。常に一緒にいて、いつも一緒に笑い合ってきた仲だった。隣に居るのは自分で、隣に居てくれるのは彼で。
それが当たり前になっていたから、結衣は悩んだりしなかった。そうやって、これからもずっと傍にいてくれるものだと、幼いながらに信じていたのだけれど。
それゆえに、わからないのだ。自分も、涼とアレをしなけらばならないのかと、大人になった自分は繰り返し考えてしまう。
――結ばれるなら、覚悟しとかなければならない事柄なのだろうか。
「え!? 喧嘩でもしたの? あの結衣が?」
「いやー、違うでしょ。ただ単に好きじゃなくなったってだけじゃない?」
「うん、もっと他に、良い人ができたんでしょ。結衣はスポーツ万能で、その上とびきり可愛いからね。言い寄ってくる男の人は多い。ちょっとおバカさんなのが仇だけど、そこもいいよね」
「喧嘩なんかしてないよー、りょうちゃんとは変わらず仲良くやってるよ?」
おそらくはいつもと変わらない口調でそう言ったのだろうが、もやもやした気分の所為か、含みのある言葉になってしまった。
「誰かな~、結衣の気になる人。ベタなとこで言うと、神宮寺君だよね」
「あ~、よく話してるところ見るからねー。でも結衣って、誰とでもそんなんだし、案外ほかにいるかもよ?」
「私は宮本君だと思う。ああいうミステリアスなタイプって、結衣みたいな明るい子には刺さるんだよね~」
「あり得る~! ねぇ結衣! 実際どうなの?」
「ええ!? どうなのって言われても……」
チラッと廊下側に目を向け、段ボールで緑色の何かを作っている秋鷹を見た。彼は結衣と同じように友人たちと談笑している。
その中には、彼と仲が良い女子が数人いた。制服姿なのに、アクセサリーなどによって派手やかさが強調されている子たちだ。
そこに交じって、控えめに秋鷹と言葉を交わしている千聖。彼女と秋鷹は付き合っているのだと思う。
つい数週間前までは気づかなかったが、〝あの行為〟を見てしまえば結衣にだって理解できる。
たまに好き同士ではないのに性行為に及ぶ者がいるらしいが、彼らはそうではない。未だ信じがたいことではあるけれど、二人の行為は愛情に満ち溢れているような気がした。
そこまで、千聖は成長してしまったのだ。自分なりの幸せをみつけて、結衣の追いつけないようなところまで、歩を進めてしまった。
変わらないのは自分だけだ。いつしかりょうも、結衣から遠ざかっていくのかもしれない。そんな堪らぬ不安が、結衣の胸を切なげに締め付ける。
「――ずっと見てるけど、秋鷹のこと好きなの?」
「あ、エリカちゃん……」
ずいっと結衣の顔を覗き込み、エリカが上目遣いで聞いてくる。どうやら、彼女は途中から結衣たちの会話に参加していたようだ。
「応援するよ。ゆいゆいなら、秋鷹とお似合いだし?」
「エリカちゃん、なにか誤解してない?」
「んー? だって、好きなんじゃないの?」
「な、なんとも思ってないよー!」
必至で否定して、結衣は首をブンブン横に振る。
「じゃあ、まだ影井君のこと好きなの?」
「あ、え? なんでエリカちゃんがそのこと知ってんの?」
「いや、みんな知ってるでしょ。日頃の言動から好きだってことバレバレだし」
「はぅ~、なんてこったぁ……」
涼に想いを寄せていることは、いつも一緒にいる友人たちにしか話していなかったが、エリカはもちろん他のクラスメイト達にもバレているらしい。
「男子ならともかく、女子は恋愛には敏感だからね」
「上手く隠せてると思ったのに……」
「それまぢで言ってる~? あはっ、ゆいゆいおバカさんだぁ!」
「か、揶揄わないでよっ! もう!」
結衣は怒っているようで怒っていない曖昧な顔で、エリカに向けてふくれっ面を作る。そんな結衣に「いひひっ」と悪戯っ子のような表情でエリカが笑った。彼女の頭には、真新しいカチューシャがつけられていた。
※ ※ ※ ※
放課後の校舎は文化祭準備に追われる者と、悠長に帰宅する者とで溢れていた。しかし、結衣はそのどちらでもなかった。
「あれ、誰もいない……?」
体育館の扉を開けると、ガランとした静けさが体育館一帯に広がっていた。茶色のフローリングが微かな光を反射させ、全体に影を帯びさせている。
「あー、そっか……」
結衣は手元にある体育館倉庫の鍵を見て、落胆する。
明日は待ちに待った文化祭のため、今日の部活は休みなのだ。
そのことをすっかり記憶から忘却していた結衣は、いつものように職員室に鍵を取りに行き、いち早く体育館にやってきてしまった。
職員室で「部活熱心なのはいいことだけど、休む時は休みなさい」と顧問の先生に言われた理由を、今この時、理解する。
とはいえ、せっかく体育館までやってきたのだから、少しくらいバスケの練習をしたい。顧問の先生にも、無理言って鍵を貸してもらったわけだし。
結衣は扉を限界まで開け、外の光を体育館の中に射し込ませる。
「――こんなところでどうしたの? 結衣ちゃん。もしかして、部活あると思って来ちゃった?」
「え?」
背後から、優し気な声が聞こえた。
「あ、
振り向くと、体育館と校舎を繋ぐ通路に長身の男が立っていた。そして、穏やかな空気の中で、ただそこにだけ風が吹くみたいに、男の顔に微かな笑みに似たものが広がった。
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