第41話 思ってたのと違う

 ――週が明けてから二日が経った。今日も今日とて、文化祭の準備だ。



「よし、完成だ……!」


 汗を拭き、秋鷹は出来上がった緑色の鎧に感銘の声を上げる。


「おお、スゲーじゃん。それ、もう着れんのか?」


「ああ、バッチぐうだ。俺はこれから緑鎧を着て、廊下に出ようと思う。ククッ……楽しみだ。どんな泣きっ面を見せてくれるかな~?」


「おーい、秋鷹ー? ダメだこいつ、自分の世界に入ってやがる」


 悪い笑みを浮かべる秋鷹に、敦が呆れた態度で溜息をつく。


 そして早速、秋鷹が教室を出ようとした時――。


「あっ、アッキー先輩こんちわっす!」


 立ち塞がるように、扉の前に柚木茜ゆずきあかねが現れた。


「ああ゛ん?」


「うわ、こっわ……なにガン飛ばしてるんですか! 私、か弱い少女ですよ!?」


「チッ、お前かよ。さっさとどけ、俺は忙しいんだ」


「えぇ!? この前と態度が全然違うっ。こ、こんなのアッキー先輩じゃない。誰ですかあなた!!」


 秋鷹の凶変ぶりに、茜は戸惑いが隠せないようだった。


「じんぐう先輩ヘルプ! なんかアッキー先輩がおかしいんです、鬼瓦なんですー!」


 一年生であるのにも関わらず、彼女は二年生の教室へ躊躇いなく呼びかけをする。


「柚木さん……? 文化祭準備って言っても今は授業中だろう? 先生には黙っててあげるから、早く自分の教室に戻りな?」


「真面目ですか!? 違いますよ! アッキー先輩がイジメてくるんです~、助けてくださいよ!」


「秋鷹が……?」


 突っ立ている秋鷹の背後から、帝が覗き込むようにして近づいてきた。顔を確認すると、彼は不思議そうに首を傾げる。


「いや、瀬戸内レモンくらい爽やかな笑顔だけど?」


「は、え? な、なんで……!?」


 秋鷹は涼し気に口角を上げ、微笑みを誇示した。


「どうしたんだみかど。お前はまだ小道具作り終わってないだろ?」


「柚木さんに呼ばれたから来たんだけど……大した用じゃなかったみたいだ」


「あまり甘やかすなよ。こいつ、すぐ調子乗るから」


「アッキー先輩は私のなにを知ってるんですか! 私、こんなにお淑やかなんですよ? 扱いが雑です!」


「雑に扱ってるからな」


「ひ、酷い……!」


 茜は愕然とし、一歩後ずさる。秋鷹は変わらず余裕な面持ちだが、帝にはそれが口論に見えたらしい。


「ほらほら二人とも、喧嘩しない。秋鷹、睨み利かせすぎだ」


「へいへい」


「柚木さんも、少しお転婆がすぎるよ?」


「お、お転婆……」


「治らないようなら、今日の練習は無しにするよ」


「そ、それは困りますっ!」


 帝の言葉に、茜が飛びつくように反応した。その顔は、真剣そのものだった。


「練習? なに言ってんの?」


 しかし、秋鷹は素っ頓狂なとぼけ面を作る。


「ああ、秋鷹には言ってなかったっけ。俺、この子のランニング練習に付き合うことになったんだ。走り込みとか、フォームの確認とか、三十分だけっていう条件つけてね」


「ふーん、よかったじゃん茜。切磋琢磨してくれる人見つかったんだ?」


「そうですよ、アッキー先輩とは違うんですよ。じんぐう先輩は快~く引き受けてくれました」


 茜は慎ましやかな胸を張り、誇らしげに「えっへん」と唸ってみせる。なぜ彼女が誇らしげなのかは甚だ疑問だが、秋鷹には他にも疑問があった。


「帝、お前もうすぐ大会だったよな? こんなやつに付きまとわれてて大丈夫なのか?」


「大丈夫、三十分くらいならね。それに、あんな熱心に来られたなら、無碍になんてできないよ」


 茜に頼み込まれた時のことを想起しているのか、帝は遠い目をした。


「お前も、お人好しだな」


「そんなことないさ。断る理由が、無かっただけだ」


「ほんとにそうかね?」


「ああ、ほんとほんと」


 軽いノリで秋鷹達は笑いあった。

 男の友情というものも、存外悪くないものだろう。そう思える雰囲気だった。


「で、お前はいつまでいるんだ?」


「べつに、アッキー先輩に会いに来たわけじゃありませんからね? 勘違いしないでくださいよ」


「してねーよ、邪魔なんだよ。……つっても、俺じゃないなら……」


「じんぐう先輩でもありませんよ」


 そう言うと、茜は教室に足を踏み入れる。そして一旦、立ち止まると、帝の前で頭を下げた。


「あの、すみませんじんぐう先輩。私、ちゃんとするので、今日も練習お願いします!」


「もとよりそのつもりだよ。練習、頑張ろうね」


「あ、ありがとうございます!」


 腰を全力で九十度に曲げ、茜は感謝の気持ちを身体で表した。頭を上げると、「それでは!」と言って教室に入っていく。


 つかつかと、二年生の教室に遠慮なくだ。


「涼せんぱーい! 村人楽しいですかー?」


「うわっ、なに!? 柚木さん!?」


 彼女の行き先は、影井涼がいる場所だった。隅っこで段ボールいじりをしていた涼に、ダルがらみをしている。


「いつも通り、か……」


 見慣れた光景なため、秋鷹はつまんなそうに、そっと目を逸らした。


 

※ ※ ※ ※



「……やるか」


 とある教室の前で気合を入れ、秋鷹は緑色の鎧を装着し始める。廊下での作業のため、通りすがる生徒らにチラチラと見られた。


 段ボールで作った鎧だからか、重量は無いに等しい。一つずつパーツを身に付け、緑色の光沢を光り輝かせる。


 自分で確認はしたが、客観的な評価はまだ誰からももらっていない。この姿を見て、皆はどう思うのだろうか。


「きゃぁあ!? なにあれ!?」


 一人の女子生徒の悲鳴が上がった。


「お、おい……嘘、だろ……?」

「ば、化物だ……」

「な、なんでC組の前にあんなのが……!?」


 放心して口をあんぐりと開けている者、足が竦んで動けなくなる者、涙を流して命乞いをする者。

 彼らは秋鷹を見ると、こぞって表情を絶望の色に染める。それだけ秋鷹の作ったこの鎧が、恐ろしかったのだろう。


「どうした……!?」


 真横の教室から、ポニーテールの少女が慌てて飛び出してきた。彼女は辺りを見回し、秋鷹をみると驚きを露にする。


「な、なんだ貴様は……!」


「…………」


 返答しようと試みたが、兜の所為で声が通らない。秋鷹は困り果てながらも、教室に戻ったら「兜を改良しよう」と決意した。


「お前たちは逃げろ! ここは私が引き受ける!」


「だ、だめだよ宍粟しそうさん! 死んじゃうよ!」

「そ、そうだよ! わたしたちと一緒に逃げよう?」


 腰を抜かしている生徒らが呼びかけるが、紅葉はもう覚悟を決めたらしい。


「大丈夫だ、安心しろ。私もすぐに追いかける。お前たちは先に安全な場所へ行ってくれ」


「で、でも! それじゃあ宍粟さんが……!」


「早く行けぇええッ! 死にたいのか!?」


「――うぁぁぁああぁあ!」


 へたり込んでいた生徒は、涙ながらに廊下を走っていく。

 助からないと解っていても、紅葉が自分を犠牲にしようとしているんだとしても、やはり自身の命がいちばん大事だったのだ。


「宍粟ッ、これを使ってくれ!」


「こ、これは……」


 紅葉の手に、一本のホウキが手渡された。


「おれたちは宍粟が負けないって信じてるから! だから、ぜってー生き残ってくれよな!」


 教室の扉を僅かに開け、へっぴり腰で応援するC組の男子。他にも、彼の背後から声援のようなものが聞こえてくる。


「ありがとう……」


 紅葉の瞳に光が宿る。


 彼女は緑色の鎧をまとった秋鷹に、ホウキの先っぽを向ける。フサフサしていて、ホコリが溜まっている部分だ。


「やっと二人きりになれたな、緑のバケモノ……」


「…………」


 必死に声を絞り出すが、むろん紅葉には届かない。唸り声となって、挑発に様変わりする。


「フンッ、言葉は通じないか……貴様も、幸運だな」


「…………っ?」


「私はこう見えて、古武術を少し、嗜んでいてな。もしこれが伝わってしまったら、貴様は恐怖して死ななければならん。嫌だろう? まさか人間を脅かす存在の貴様が、人間に恐怖して死ぬなんて。……だからせめて、楽に死なせてやる。なぜ自分が死んだのか、理解できないくらいのはやさでな」


「――――っ!?」


 唐突にホウキを振り回す紅葉。彼女はヌンチャクを扱うようにホウキをクルクル回し、穂先で風を切る。


 ――古武術? なにそれヤバくない?


 秋鷹は内心焦っていた。彼女が昔「家庭の事情で、武術を少しな」と言って、スパーリングをしていたのを覚えている。


 これは、相当ヤバい状況ではないだろうか。命の危機が迫っている。


「――ハァッ!」


「…………ぅッ」


 顔スレスレで、真横をホウキが通り過ぎる。そしてそのまま薙ぎ払われ、秋鷹は咄嗟にしゃがみ込んだ。


「んなッ――!?」


 ここがチャンスだった。

 屈みこんだ勢いで、がら空きになった紅葉の腰に飛びつく。


 秋鷹はこれでも筋トレは人並み以上している。伊達に鍛えているわけではない。


 彼女を押し倒し、両手首を掴んで覆いかぶさった。


 少しの沈黙のあと、彼女は悔しそうに顔を歪める。


「くそっ……」


「…………」


「殺すなら殺せ……」


「…………」


「もしやカラダ、なのか……? 貴様は人を脅かすまでにとどまらず、人間の牝を食い物にして楽しもうとでも言うのか!?」


 今さらだが、なにか壮大な勘違いを起こしているように見える。


「下衆め……! 私は負けない……たとえ貴様がどんな卑劣な行為をし、人の尊厳を踏み躙るような悪辣を働いたとしても! 私は許さない! 生きている限り、憎しみを貴様にぶつける!」


 奥歯をギリッと鳴らし、紅葉は眉間に皺を寄せた。鬼の剣幕で秋鷹を睨みつけ、とてつもない圧迫感を放ってくる。


「…………ぁ」


「――油断したな?」


 紅葉の整った顔を凝視していたら、いつのまにか力が抜けてしまっていたらしい。紅葉は今のが演技だったと言わんばかりに、凛然とした面持ちで起き上がる。


 床に落ちていたホウキを拾い上げると、柄の部分を秋鷹に突き刺してきた。兜にホウキが突き刺さり、スポッと秋鷹の頭が露出する。


「……お前は……宮本……!?」


「な、なにしてんだよ……」


 ホウキの柄の部分に、バケモノの生首が刺さっていた。被り物ではあるが、作った本人である秋鷹が見ても良くできた代物だ。


 ただ、これで揶揄ってやろうと思っただけなのに。こんな本気にされるとは想像もしていなかった。紅葉の『くっころ』が見れるとワクワクしていたあの頃の自分は、もういない。


「返せぇ!」


「え? あ、え……」


 血眼になって生首を奪い返す。それを強く抱きしめ、秋鷹は世界の中心で愛を叫ぶ。



「また作り直さなきゃいけねーじゃんかぁああああ!!!」



 生首を抱きかかえる秋鷹の声が、廊下中に響き渡った。

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