第32話 お昼休みは甘々で
四時限目の授業も終わり、秋鷹は昼飯のパンを買いに購買に来ていた。
相変わらず酷い光景――混み具合だ。人がごった返していて、もう何が何だか。当然、彼らも腹の足しになる程度の昼飯を買いに来ているのだろうが、『自分で弁当作るか用意しろ』と思う秋鷹であった。そう言う秋鷹も、結局は面倒くさくて購買に足を運んでしまっているのだが。
「ま、あれもよく見る光景だよな」
独り言を呟いた秋鷹の視線の先には、一人の少女がいた。
彼女は自分より背丈が遥かに上――実際は彼女が小さすぎるのだが、そんな巨人相手に果敢に挑んでいた。兎のようにピョンピョン跳ね、どうにかして購買のおばちゃんの元へ向かおうと四苦八苦している。
その距離およそ四メートル。人の波を掻き分けられないでいて、少女は延々と最後尾だ。誰か道を開けてやればいいのに、と思わなくはないが、彼らも自分のことで精一杯なのだろう。なんせ、数量限定クリームたっぷりメロンパンはその名の通り、数量限定ですぐ売り切れてしまうのだから。
「たく、しょうがねーな」
秋鷹は少女の近くまで行き、屈みこんで肩を叩く。
「何が欲しい?」
「あ、アナタは!? この前の、背が高い方!?」
「うん、宮本と呼べ。そんで、買いたいものがあるんだろ? 俺が買って来てやるから、ホワットドゥーユーウォント?」
「オウ、イエーイ!! 遠慮なくありがとデスっ! 秋限定ダイナミックパンと、数量限定クリームたっぷりメロンパンをお願いしますデス! それと、ワタシのことはマリーと呼べです!」
「オーケー、マリー。ダイナミック焼きそばパンね。メロンパンは多分売り切れてるから、別のを買っとくね」
「はいデスっ!」
屈みこんでいた腰を戻すと、秋鷹は生徒らの人混みへ向かう。そして指をパチンッと鳴らした。
「おい、宮本くんだ」
「ほんとだ! 宮本君がいるぞ!」
「まじかよ……やばいぞ、女子どもが――くっ、押すなっ……!」
「えっ!? 宮本先輩が!?」
「早く道あけて!」
「開けなさいよこの野郎!!」
「おい馬鹿どもつっかえてんぞ!?」
一瞬にして秋鷹の名が飛び交い、強靭な女子がか弱い男子を押し退けるという構図が完成した。さながらモーセの十戒、海割りだ。
「どうぞ宮本先輩!」
「ありがとう」
「お気をつけて、宮本くん!」
「ああ、サンキューな」
「今日もかっこいいねっ! あきたんっ」
「ん? あ、ああ、君も可愛いよ」
「くそぉ……なんで宮本ばっかり……」
丸坊主の猿が半泣きで何かを訴えかけてきているように思えたが、秋鷹は首を傾げながらもパンを購入。少女の分と、ついでに自分の分を手に持って購買を後にした。すると、
「帝様から宮本君に乗り換えよ~かな~」
「あなたじゃ相手にしてもらえないわよ、諦めなさい」
「え~、そんなぁ……」
なんて声がする中、割れていた人混みが一瞬にして元通りになる。
「ふぅ……買ってきたよ」
「センキューでーす! すごいデスね宮本っ。ちょーのーりょくしゃですか?」
「いきなり呼び捨てかよ。まぁ、超能力みたいな感じで合ってるよ」
「マジですか!? 日本のアニメで見た通りなのデス! これがジャパニーズハンドパワーなのですね!?」
「冗談で言ったんだけど……。しかもそれ、マジックと混同してない?」
「魔法デスよ、魔法っ! マジカル~、オティンぽぉ――」
「ストップ。一体なにを言おうとしたんだい? マリーちゃん……?」
かめはめ波のポーズで魔法を放とうとしたマリー。何か卑猥な言葉が飛んできそうだったので強制ストップをかけたが、どこでそんな言葉を覚えたのだろうか。
彼女の幼児体型には決して似合わない言葉。あってはならないマジカル単語だった。秋鷹はほっと胸を撫でおろすと、持っていたパン二つを彼女へ手渡す。
「こんなに食べれるのか? 焼きそばパンだけでも結構大きいよ」
「これは
「その二人は友達……なのかな。あれ、自分の分は?」
「ワタシは持参してますので、問題ナッシングトゥーマッチです!」
「そっか、ならよかった」
二つのパンを大事そうに抱えるマリーに、秋鷹は我が子を思う親の気持ちで微笑んだ。
「宮本もこれからお昼ですか――」
マリーが何かを言いかけた時、背後から声が――。
「マリー!! 何してんの!? 遅いっ」
「あ、純恋ちゃんっ!」
廊下から息を切らしながら走ってきたのは、マリーの友人だというすみれ。彼女は秋鷹を見ると戸惑いをあらわにし、
「な、なんでマリーが宮本君と一緒に……」
「宮本はやさしー人なのデス! ワタシの代わりにパンを買ってくれましたっ!」
「よ、呼び捨て……!? それに買ってもらったって……」
「どうしたんデスか? すみれちゃん。あっ、メロンパンが欲しいんですか……?」
「…………」
「ほんとうは焼きそばパンがよかったですか?」
マリーが何度呼びかけようと、すみれは反応しない。パンを見て深く考え込んでおり、はっと何かに気がつくと、
「ごめんなさいっ! この子、お金払ってなかったよね」
ポケットから財布を取り出し、千円札を秋鷹に差し出した。
「あー……大丈夫だよそれくらい。俺の善意ってことで手打ちにしといてよ」
「で、でもっ……!」
「どうしてもって言うんなら、今度からは購買にマリーひとりで来させないこと――」
「うっ……」
秋鷹はコツンっとすみれの額に拳を当てる。それから、頬を紅潮させてしまった彼女に向けて、
「こんな小さな身体じゃあ、購買の激戦は勝ち抜けないだろ?」
「うん……」
「だから、ちゃんと手貸してやれよ? よろしくな」
「が、頑張ります……」
すみれは俯いて、もじもじしだした。
これが秋鷹に対しての、女子がする普通の反応だ。ちょっと優しくしてやれば、少しだけ気を遣ってやれば、彼女たちはこうやって従順になる。
こんな心にもない言葉で心を操られてしまうのだから、作り物――ただの人形と変わらない。彼女たちの意思は、果たしてどこにあるのだろうか。
秋鷹は嘆息し、いつものような取り繕った笑みで小さく手を振る。
「じゃ、俺は行くね。マリーも、また」
「バイバイでーす!」
大きく手を振るマリーは、遠ざかっていく秋鷹の背中が見えなくなったところで、幸せオーラを醸し出しているすみれに向いた。
彼女はニヤニヤ――いや、この場合ニマニマだろうか。どこか嬉しそうな表情で秋鷹の幻想を追っている。そんなすみれに、マリーは見当違いな解釈をした。
「すみれちゃん! メロンパンと焼きそばパンどっちも欲しいんデスね?」
「もう、どっちでもかまへん……」
「んん? カマンベール……」
腰まで伸びた銀髪を靡かせ、マリーは頭いっぱいに疑問符を浮かべた。
※ ※ ※ ※
体育館裏までやってきた秋鷹は、そこにいた人物に声を掛けた。
「ごめん遅れた……! 待った?」
「ううん、そんなに。しっかり場所教えなかったあたしも悪いし、これくらいは、ね」
「なんか不貞腐れてる?」
「ぜーんぜんっ。ほら座ろ」
千聖に促され、秋鷹はちょっとした階段の段差に座る。
後ろには体育館の扉、前方には学校を囲うフェンスに加えて横一直線に立ち並ぶ植木、ここは校内ではあまり見られない陰湿な場所のようだ。
「こんな場所よく知ってたな」
「だってあたし、こういう場所見つけるの得意だから。独りでいることが多かった、昔の名残ってやつ?」
「悲しくなること言うなよ。今は独りじゃないだろ?」
「……そうね。ウザったいやつが今あたしの隣にいるわね」
隣り合わせで腰かける秋鷹達だが、彼に肩を寄せられた千聖は不満顔で弁当箱を膝に乗せる。その流れで秋鷹も焼きそばパンの袋を開け、
「春奈たちに何て言ってきた?」
「職員室にお呼ばれされたって言ってきたわよ。これなら、上手く誤魔化せたはずよね?」
「それ、次からどうすんだよ。何回も呼ばれてたらただの問題児だぞ」
「時間なかったんだから仕方ないじゃない」
昼飯を共にすると言っても、千聖はいつもギャルグループと弁当をつつき合っている。唐突に他の人と食べてくると言えば不自然だし、ましてや秋鷹と食べるとなれば一種の事件だ。
あの恋愛脳のギャルたちが揶揄ってこないということは絶対にあり得ない。少しでも隙を見せてしまえば、質問攻めで千聖は死するだろう。
「ギャルどもの対策はちゃんと練らないとな。後でじっくり話し合うか」
「そこまで対策しなくてもいいと思うんだけど……。秋鷹も、和田君たちを適当にあしらってきただけでしょ?」
「あいつら自身適当だし、小さいこと気にしないような性格だからな」
「あたしの方も同じよ。ギャルって言うのはね、可愛いものに釣られる生き物なの。新作コスメの話をすればイチコロよ」
「そういうもんか?」
「そういうもんよ」
なにはともあれ、この逢引きがバレることは当分なさそうだ。秋鷹の直感でしかないが、『そうあってくれればいいな』と思っている自分もいる。
こうして堂々と会えるのは、この時間と、あとは放課後だけなのだ。その時間を大切にしたいと願っても、バチは当たらない。
「それにしてもあんた、いつも焼きそばパンなわけ? それだけじゃお腹空かない?」
「…………ん」
「もぐもぐ言ってないで何か言いなさいよ。育ち盛りの男の子がその量って、女の子のあたしから見ても可哀想に思えてくるわよ」
「っ……ダイナミック焼きそばパンが売り切れてたから、泣く泣く普通の焼きそばパンにしたんだよ」
「それでもよ。栄養バランスも悪いし……ねぇ、あたしが作ってきてあげようか……?」
チラッ、チラッと、秋鷹と焼きそばパンを交互に見る千聖。お返しに、秋鷹は彼女の胸をチラ見して、
「弁当を……?」
「そ、そう、お弁当。あたしの作ったお弁当は……嫌?」
「嫌じゃないよ。おっぱいだよ」
「――――は? なに言ってんの?」
「あ、いやっ、今のは言葉の綾だ。ははっ、なんだよおっぱいって。小学生じゃないんだから……」
「頭大丈夫……?」
真面目に心配された。
これは千聖のおっぱいを見てしまった為の弊害だ。いかんいかん、正気に戻らねば。秋鷹は首を振り、心の中で呪文を唱える。
――育ち盛りと性欲は、決して密接なつながりはない。
「はぁ……それより、どうなの? お弁当いらない?」
「作って来て欲しいな。愛妻弁当ってちょっとした憧れでもあったし」
「あ、あ、愛妻っ!? ど、どうしよう……あたし、秋鷹と結婚しちゃった……」
「まだしてねーよ。早とちり女なのかお前?」
「ま、まだってことは……する予定なのかな……?」
「日本語って難しいね。うん、この話は一旦どこかに置いておこう?」
そして永遠に葬り去ってしまおう。
「むぅ……いけず男……」
千聖はぶすっとすると、膝に乗せていた弁当を脇に置き、ブレザーのポケットからスマホを取り出した。
「じゃあ、連絡先交換してよ。これで許してあげます」
「え、あぁ……俺はまたつまらぬ罪を犯していたんだな。いいよ、交換しよっか」
「許します」
何の罪か全く心当たりは無いが、許されたので良しとしよう。ポケットを
「そういえばクラスも同じなのに、千聖の連絡先持ってなかったんだな、俺。今更感あるけど、持ってた方がこの先楽か」
「うんっ、付き合ってるのに交換してないってのもおかしいじゃん? それに、さっきみたいな待ち合わせの時にも困らないし、交換してて損はないよね」
「本心は?」
「ずっと、秋鷹と交換したいなーって思ってました……て、言わせないでよ!?」
「自分で言ったんだろ」
おそらく、千聖はノリツッコミをやらせればこの学校で一番ではないかと思う。ギャル漫才なんかも見てみたいものだ。
高校デビュー感が拭えない千聖の小さなイヤリングを視界に入れつつ、秋鷹はスマホをスワイプしていた指を止める。
「フルフルでいい?」
「うん、アタシは準備できた。フルフルするよ?」
「ああ、いつでもどうぞ」
秋鷹たちは同時に、シェイクするようにスマホを横に振る。これが機能として搭載されている意味は、未だに掴めていない。
「きた……?」
「まだだ」
「…………」
「…………」
「あっ、きたよ秋鷹」
「うん、こっちも」
バイブレーションされたスマホを覗き見ると、そこには千聖のアイコンらしき画像が映し出されていた。
ギャル三人で撮ったプリクラだろうか。少し目が大きすぎる気もしなくはないが、高校生としてはありがちなアイコン画像だ。
「なにこれ、ぷぷっ……このアイコンって、秋鷹のだったんだね。クラスのグループで見た時、誰かと思ったわよ」
「ただの皇帝ペンギンなんだが、そんなに変?」
「可愛いよ。あたしは好き」
「なら、このままにしとくか」
千聖の連絡先を追加し、トーク画面を開いて犬のスタンプを送ってみる。彼女の返信は、親指を立てた猫のスタンプだった。
この猫スタンプ、若干千聖に似ている。見比べてみて、秋鷹はふと、千聖を凝視しながら固まった。
すぐ隣のツインテールが揺れる。その亜麻色の景色の奥に、彼女の緩んだ表情を垣間見た。単に連絡先を交換しただけだというのに、そんな嬉しそうな顔をされてしまったら――。
「……千聖」
「――んっ」
千聖の肩に手を回し、そっと口づけをする。
「な、なに……?」
「俺……皇帝ペンギンより、千聖の方が好きかもしれない」
「だったら、もっとちゃんとして? 雑っ」
「……ごめん」
「はい、もう一回っ……」
すっと千聖が唇を差し出し、瞼を閉じてキスを待つ。無論、秋鷹は迷うことなく唇を重ねた。
――ほのかに、唐揚げの味がした。
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