第31話 シクラメンみたいな彼女
道路の向こう側に見えるのは、毎度おなじみ
というのも、あれでも千聖は学内ではかなりの有名人。男子たちが勝手に作った美少女ランキングに名を連ねるほど容姿端麗なのもあり、入学当初から彼女の話題が尽きたことはない。
それ故に、千聖に恋人が出来たとなれば嫌でも注目を浴びることになるだろう。
先週までの、彼女が秋鷹と一緒に帰っていたあの出来事は、実行委員の会議で帰るのが夜遅くになってしまった為の配慮――秋鷹の気遣いということで周囲は納得したが、今回ばかりはそうはいかない。
体育祭が終わったというのに。千聖が秋鷹と仲睦まじく登下校していたとなれば、彼女のファンが黙ってはいないはず。逆もまた然り、秋鷹にも多少なりともファンはいる。アプローチが積極的ではない恥ずかしがり屋の子猫ちゃんばかりだが、時に猫は猛獣と化すのだ。千聖みたいに。
それは、少なからず本人たちも自覚していた。ゆえの別々登校だ。秋鷹はよしとしても、千聖は冷やかされるのが苦手らしいし。
――焦らずに、取り敢えず今は自分たちのペースで仲を育んでいくこととなった。もちろん、付き合っていることは二人だけの秘密だ。
「つっても、逆に怪しくない? 不自然だろあれ」
クラスが一緒な上に、ここ最近秋鷹達が話をするようになったのは周りも知るところ。実行委員の延長で会話する仲になったとしても、なんら不思議はない。
だというのに、なんとも露骨すぎる。千聖は身を丸めながらキョロキョロと辺りを見回し、ぶつかりそうになった自転車を避けては謝って、植木に肩をぶつけては謝って、まるで現代の謝罪社会を表すような謝罪っぷりを秋鷹に見せつけてきた。
「大丈夫かあいつ……怪我しなきゃいいんだけど」
危なっかしくて何かと世話が焼ける。
秋鷹は彼女の慌てる姿を眺め、苦笑しつつも一人学校へ歩いて行った。
そんなこんなで、辿り着いたのは自身の下駄箱。千聖の家を出たのが結構早めの時間だったから、下駄箱はそこまで混みあっていない。これがもう少し遅めの時間だったなら、朝練終わりの生徒らが溢れかえって混雑していたのかもしれない。
ほっと息をついて、スムーズに靴を履き替えられると安堵した秋鷹。脱いだ靴を持って、いそいそと下駄箱を覗き見るが――。
「おいおい……急にアプローチが積極的じゃない? 子猫ちゃん達よ……」
見えたのは、秋鷹の上履きに乗っかる薄っぺらい紙だった。普段なら一週間ごとに桜色の便箋だけがどこかしらに送られてくるのだが、その便箋の姿は幾ら眼を擦っても見えてこない。
数は多くないが、代わりに何枚かのラブレターが積み重なっている。うん、絶対にそうだ。ラブレターだ。だって、ハートのシールで封がしてあるもん。
と、柄にもないことを考え、秋鷹はラブレターを掴み取った。
「――ねぇ、それってラブレターよね……?」
「あ、ああ……なんか入ってた……」
声を掛けて来たのは千聖だ。彼女も遅れて下駄箱に辿り着いたようだ。
「入ってたって……初めてみたいな言い草ね?」
「実際そうだからな。こんなに入ってたのは初めてだ」
「にわかには信じがたいけど……うん、あたしは気にしないよ」
千聖は上履きに履き替えながら、澄ました顔でラブレターを見た。仮にも恋人関係だというのに、その態度はいかがなものか。
「嫉妬とかしないの?」
「……んー? もしかして秋鷹……してほしかったり?」
何故か悪戯っぽい笑みで問いかけてくる千聖。ここで即座にマウントを取ってくるあたり、負けず嫌いが露呈しすぎてもはや子供だ。
「まぁね。俺も千聖が告白されてたりしたら、嫉妬するかもしれないし?」
「あっ……し、してくれるんだ……」
「その時はね。千聖は?」
「あ、あんま聞かないでよっ……恥ずかしいから」
千聖は黙りこくると、間をおいてゆっくりと口を開く。
「……嫉妬はするよ? でも、いいの。秋鷹と付き合うのは、こう言うことだって解ってたから」
「どういうこと?」
「あ、あんた、モテるでしょ……? それくらいは許してあげるって言ってんのっ」
「モテるのを許可してもらった、てことでいいのかな。一応ありがとう」
「そのかわり――」
「ん……?」
控えめに、千聖は秋鷹の制服の裾を指で掴んだ。続けて上目遣いでこちらを見てくるものだから、秋鷹は知らず知らずのうちにラブレターを強く握り締めてしまった。
「そのかわり……ほかの子に目移りしちゃ、ダメなんだからね……?」
潤んだ瞳で、千聖からそう言われた。
これを自覚なしに披露してしまう千聖も、中々の策士だ。男心というものをよくわかってらっしゃる。
「しない……千聖が一番だよ」
「――んぅ……」
秋鷹は優し気な表情で、彼女のサラサラ髪を撫でた。それが気に障ったようで、
「ちょっ……撫でないでよ! 誰か見てたらどうすんの……!?」
「ごめんごめん」
「もう、知らないっ……!」
ぷいっとそっぽを向いてしまった千聖は、頬を膨らませたまま秋鷹の横を通り過ぎていく。そんな彼女の背中を見ながら、秋鷹は手の中にあったクシャクシャのラブレターを鞄に入れた。
※ ※ ※ ※
秋鷹が一人で教室へ向かっていると、後方から野生の猿みたいな声が――。
「よっす宮本っ」
「ああ、おはよう」
秋鷹の真横を走り抜けていったのは、丸坊主がトレードマークの田中だ。彼は急ぎ早に廊下を駆け、周りから迷惑がられていた。
優等生や熱血教師が目撃すれば十中八九注意されるに決まっている。秋鷹ですら、『廊下は走らない』という言いつけを守っているというのに。何か急ぎの用でもあるのだろうか。こんな朝っぱらから。
「あ、
田中の正面に立ちはだかったのは、まさしく厳格な優等生の紅葉だった。彼女は腕を組んで田中を睨みつけると、
「他の生徒の迷惑になっている。止まれ、独房に入れられたいのか?」
「え? ワッツ? 聞き間違えかな? 先ずこの学校にあるのそれ?」
「お前には特別だ。労力と時間をかけて、私がお前専用の牢を作ってやる」
「そんな特別嬉しくもなんともねぇよぉ……! わかった、止まります、止まりますから! どうか独房だけはぁ――うぇっ!?」
途端、田中は足を滑らせて盛大に転んだ。しかし、転んだ場所は紅葉の足元。足の間に頭を滑り込ませ、田中は仰向けで彼女のスカート下を覗き見た。
「死んだな、あいつ」
秋鷹の呟きと共に、紅葉の顔が鬼の形相に変わる。
「黒……いや、違う。これは黒スパッツだ……! くそっ!」
「死ねッ」
「――ぶごぁッ!!!」
脇腹を全力で蹴られ、田中は廊下の壁に吹っ飛んでいった。壁が人型に凹んでいるような気もするが、ただの気のせいだろう。
田中が何故あんなにも急いでいたのか、紅葉が本当に牢を作ろうとしていたのか、疑問に残るところは多々あるが、秋鷹には関係ない事柄だ。
――不思議な時間だった。
「朝から何を見せられてんだ、俺……」
白目を剥いて倒れ込んでいる田中から視線を外し、秋鷹は自分の教室へ入っていく。そこには秋鷹の席に座っている
「おはよう秋鷹……って、顔がよぼよぼのおじいちゃんじゃないか!?」
「田中が死んだ」
「――えっ!?」
――この一報を知った者の中で、驚きの声を上げたのは何日経っても帝だけだった。
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