第26話 もう一人の幼馴染
「でかっ! 家に置き場所ある?」
「大丈夫、これはプレゼントするから」
「ほうほう、なら俺も誰かにあげようかな……」
街中のゲームセンター前、陽が暮れる空の下ではしゃぐ高校生。彼らは何人かでたむろし、UFOキャッチャーで取ったであろうぬいぐるみを抱きしめていた。
けれどあまりの大きさに、かさばるどころかもはや邪魔でしかない。彼らはぬいぐるみの行く末を相談し合い、結果――。
「決めた。俺は朝霧にプレゼントする! そして告白する!」
「うおっ、マジか! 思い切ったなっ」
「じゃあオレは、もう一度
「いやノリで告白しても成功しないだろ……つー俺も、どうすっかな……」
「迷ってんじゃねーよっ、当たって砕けろ!」
盛り上がる高校生たちの会話に、ちらほら上がるクラスメイトの女子の名前。思春期真っ盛りな彼らにとって、この話題は尽きず胸を熱くする。
何といっても彼らのクラスには、学内で知らぬ者のいないくらいの人気を誇る絶世の美少女たちがいるのだ。
盛ってしまうのも無理はない。花の学園生活――彼女らと付き合えることが出来れば、青春待ったなしの勝ち組になれるのだ。
そしてそれに拍車をかけるのは、影井涼の存在であった。彼が美少女たちから好かれている事実を、彼ら高校男児たちは頑なに信じていない。
それもそのはず。あんな根暗なやつがモテるなどと、どう信じればいいと言うのだろうか。逆に、陰気な涼が美少女とお近づきになれるなら自分も――と、その闘志を燃え上らせる次第なのである。
「俺はプレゼントの必要はないかな」
そんな高校男児の中で一人、異質な存在の秋鷹はそう呟いた。
ストラップ型の小さなぬいぐるみを指先でクルクルと回し、周囲から来る数多の熱視線を躱す。彼の精悍で、女性らしくもある美しい顔の造形は人目を引くのだ。
――吐息。
慣れた面持ちで、秋鷹は隣の敦へと声を掛けた。
「お前は……身軽だな」
「おれに器用さを求めるな。おれの本質はゲーセンなんかでは推し量れない。秋鷹、カラオケに行くぞ……!」
「よければ、これやろうか? 篠草さんにでもプレゼントしなよ」
「いらーん! 情け無用だ! カラオケ採点でお前をコテンパンに負かしてやる!」
「八つ当たりにしてはちっさいな。素直に受け取れよ」
差し出したストラップから目線を外し、敦は腕を組んで鼻息を荒くする。
と、その時――。
「おーい、置いてくぞ宮本~!」
先を歩いているバスケ部の連中の呼び声。
秋鷹はゲーセンの次はカラオケかと、若干の疲れを滲ませる。
「はぁ……置いてかれるってよ、敦」
「よし、今からでも発声練習を――」
「だめだ離れてぇ、一緒にいたくねーよ……」
歌いながら歩き出す敦は、人目も気にぜず声たからかに熱唱する。こういう恥ずかしげもないところは感心こそすれど、迷惑なので時と場合をわきまえてもらいたい。
「言っても、俺はサンボマスターしか歌えないんだが……ん? あれは……」
カラオケ店とは反対方向、人ごみの中に垣間見えたのは見知った人物の後姿だった。普段なら気にも留めずに無視を決め込むのだが、あっちの方面は〝夜の方〟で色々と有名だったはず。
歩き出そうとしていた秋鷹は顎に手を添え、止まった足の爪先でたんたんっと地面を叩く。
一人は橙髪の少女。彼女はチャームポイントの笑顔を咲かせ、純粋に会話を愉しんでいるように思えた。
片や会話相手の男は柔和な笑みを浮かべているが、その裏に隠している思いは秋鷹にすべて筒抜けだ。
「……横取りは困るな」
秋鷹が行かなくとも、彼女ならあの状況を打破する手立ては持ち合わせているかもしれない。はたまた、秋鷹の考えが最初から思い違いの可能性もある。
けれど手遅れになってしまっては元も子もないのだ。そう判断して、行動に移した。
「敦……俺、用事できたから先帰るわ――」
「え? お、おい秋鷹っ!」
告げると、秋鷹は敦を置いて人ごみに紛れる。段々と人通りが少なくなり、視界が開けた所で――。
「朝霧……!」
「っ、宮本君……?」
「ん? みやもと……知り合い?」
呼びかけに振り向いた少女――結衣と、彼女の隣で怪訝そうに秋鷹を見据える長身の男。
雑居ビルが多いこの場所は、秋鷹の想像通りいかがわしい雰囲気を醸し出している。
「奇遇だねっ、どうしたのこんなところで?」
「いやさ、帰り際に朝霧を見かけたから、つい声をかけちゃったんだ」
「そうなんだ。宮本君は……バスケ部のみんなとゲームセンターに行ってたんだよね?」
「まあね。俺は途中で退散したんだけど、朝霧も今帰り?」
「うん、先輩が言うにはこっちの道の方が近道なんだって」
「ふーん。でも……おかしいな。この先は確か――」
ちらっと先輩らしき男に視線を向ける。
結衣の家は幼馴染である千聖の家の近くだ。そうすると、家とは真逆の方向に足を進めていることになる。
やはり声を掛けて正解だった。この男の思惑に嵌っていたら、ただでは済まされない事態に陥っていたかもしれない。
実際に起こりえるかは定かではないが、危険の芽は早いところ摘んでおかなければならない。
チラチラと視界の端に映るホテル街。それを流し目で見て、秋鷹はその事実を伝えようとする――しかし、
「結衣ちゃんのクラスメイトかな? なら僕はここで。僕よりかは、クラスメイトに送ってもらった方が安心だろ?」
「帰るんですか? 俺、近道とか知らないんですけど」
「あはは、近道っていうのは本当は嘘なんだ。実はこの先に美味しいパン屋があってね、お礼にサプライズしようと思ってたんだけど……うん、時間も時間だし、僕は一人で行ってくるよ」
「え!? パン屋に寄るくらいなら、わたし全然付き合いますよ?」
サプライズという言葉を平然と聞き流した結衣は、どうやら先輩を敬意の対象として見ているらしい。
疑いもせずに、彼女は混じり気の無い瞳で先輩を見ている。
「ああいいよ、大丈夫。ここら辺、暗くなると結構危険なんだ。危ないから結衣ちゃんは早く帰りな?」
「そうなんですか……? でも……」
「いいからいいから。今日はありがとね、付き合ってもらっちゃって」
「いえ、わたしこそ色々と……」
「選んでくれたお礼だよ、気にしないで。それじゃあ、また学校でね――」
「あ、はい……!」
足早に、先輩はホテル街へと駆けて行った。
一人で向かっても意味は無いと思うが、パン屋があると言った矢先だ。やむを得ず向かうしかなかったのだろう。
「俺達も帰るか……」
「え……?」
「先輩も言ってただろ? 送ってくよ」
「ほへー……宮本君の家から離れちゃわない?」
「そうなんだが……話したいこともあるしな」
「うーん、わたしもちょっとだけ話したいこと、あるかも……だから、お言葉に甘えさせてもらおうかな?」
その表情はどこか悲しそうだった。まるで思い出したくない過去と向き合うような、それでいて今ある現実に打ちのめされているような。
ハッキリとしない面持ちで、彼女は自身の足元に視線を落とす。
――空が、翳り始めていた。
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