第25話 オータムな気分

 放課後、先にゲームセンターへ向かった敦とは別に、秋鷹はトイレから清々しい顔で出てくる最中であった。

 それほど時間も経っていないので、急げば敦たちにも追いつくだろう。と、秋鷹の足は鞄の置かれた教室へと進んでいく。


 がしかし、行き交う生徒らの先を見据えれば、廊下の奥に見えたのは何やら言い争っている二人の少女。

 関わりたくはなかったが、知っている人物だったので秋鷹は溜息をつきつつもそこへ。


「――お願いします!」

「やらないと言っているだろう。少ししつこいぞ」

「どうしてダメなんですか? 理由を教えてください!」

「それは……っ、とにかく、無理なものは無理なんだ。勝負がしたいなら一回くらいは付き合ってやる。だからそれで……」

「――部活に入って欲しいんですっ。切磋琢磨すれば、もっと高みへ登れると思いませんか? 宍粟しそうせんっ――ぴゃいッ」


「迷惑かけるなっつったろ、茜」


 ミディアムヘアの後頭部に直撃したのは秋鷹のチョップだ。意外にも効果があったようで、された本人は頭を抑えながら、


「あ、アッキー先輩っ……!」


「ん……? アッキー先輩だと? おい宮本。突然現れたと思ったら、何か? お前はこの後輩と名前で呼び合う仲だとでも言うのか? ええ?」


「ぇ、名前呼びってそこまで重要!?」


 ずいっと寄ってくる凛とした少女――紅葉。彼女は眉間に皺を作ると、ぷんすかした態度で秋鷹と茜を交互に見やる。


 朝の時もそうだが、名前呼びに過敏すぎやしないか自分の周りは。と秋鷹は呆れ顔を模った。


 一方茜は、嬉々とした表情で秋鷹の登場を歓迎し、


「アッキー先輩とは今日知り合ったんですよ。その時に仲良くなったんですよねー? 先輩っ」


「そうだったかな? 俺はそんなつもりなかったんだが」


「またまた~、照れちゃって」


「……宍粟、こいつ殴っていい?」


「許可する」


「ちょっ、待ってくださいよ先輩っ!」


 秋鷹がギロっと茜に視線を向けると、彼女は臨戦態勢に入るよう小さな構えをとる。


「そこは可愛い後輩の言葉に乗っかって、一緒に宍粟先輩を説得してくれるとこじゃないんですか!?」


「あだ名で呼ばせてやってんだから、それ以上望むなよ。太るぞ」


「毎日運動してるんで太りませんよ! じゃなくてっ、その目やめてください! ギラギラしてて怖いと言うか、気持ち悪いですっ!」


「……宍粟、こいつに関節技キメていい?」


「許可する」


「宍粟先輩は私に何か恨みでもあるんですか!? 即答しないでくださいよ!」


 味方のいない茜は体を震わせ、秋鷹と紅葉どちらと対峙しようか視線をさまよわせていた。

 

 冗談だというのに、こうやって本気にしてしまうところは幼いと言うか、少しだけ好感がもてる。


 ――おっと、いけないいけない。


 絆されそうになった寸前でぐっと堪え、秋鷹は今一度自分がここに来た理由を思い出す。

 

「見ての通り宍粟もこんなだ。勧誘は諦めろ。それとも俺と戦闘バトルでもするか?」


「し、しませんよ……なんすか先輩、ナイト気取りっすか?」


「ったく、ちげーよ。お前こそ、俺の時はすんなりだった癖に宍粟には粘るな? なんだ、実は俺を勧誘する気はあんま無かったとか?」


「……ギクっ」


「ギクっじゃねーよ!? 言葉で発するか普通……」


 彼女が紅葉と張り合ったのは、おそらくは体育祭の学年対抗リレーなんかではないかと思う。

 なれば彼女が追い付けなかったという人物の大方の予想はつくし、実際に競い合った訳ではない秋鷹をないがしろにしてしまうのも解らなくはない。


 だがそこにどんな理由があったとしても、拒まなければいけない場面というのは必ずある。それが、今なのだ。


「すまない、私はなんと言われようと部活動に所属するつもりはない。これは、絶対なんだ……」


 重々しいその言葉に、茜は残念がるように微笑し、


「そうっすよね……まぁわかってましたっ」


「勝負したくなったら、いつでも声を掛けてくれ。一回だけなら、応えるからな」


「はい、ありがとうございます」


「すまないな」


「いえ……」


 何故だかしんみりとした空気になってしまった。


 それを払拭すべく、秋鷹はやれやれとばかりに、


「そう落ち込むな。まだ一人いるだろ?」


「じんぐう先輩のことですか?」


「そうそう。ってあれ、知り合い?」


「あ、はい。練習場所が近くなので、たまに喋ったりするんですよね」


「なら勧誘して来いよ。もしかしたらサッカー部辞めて、陸上にきてくれるかもよ?」


「きてくれますかね? 結構本気で打ち込んでた気がするんですが……そう、ですね、行くだけ行ってみます! これじゃあ後腐れ悪いので!」


「うん、いい意気だ」


 ――面倒なので後は全部、帝に任せるとする。


 そうして、まんまと『帝勧誘』という題目に誘導された茜。

 

 彼女の姿は、廊下の窓から射し込む斜陽に照らされ茜色に染まっていた。小麦色に色づいた肌がキラキラと光り、秋鷹は眩しくて瞳を逸らす。


 そして逸らした先で目が合った紅葉に、自身も夕焼けた色に染まりながらこう言う。


「大丈夫か、?」


「あ、ああ……」


 歯切れが悪い。

 何か思い詰めたように固まっていた紅葉だが、ふと表情をいつものような厳かなものにして。


「気にするな」


「そうか……」


 彼女がそう言うなら、秋鷹はこれ以上の詮索は行わない。

 

 例え彼女が何かしらに悩み、苦しんでいるのだとしても。

 

 秋鷹は動かない。彼女が、助けを求めるまでは。











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