第24話 リアリティショック

「よお、遅かったじゃん秋鷹」


 教室に入って早々出迎えてきたのは、廊下側最後列の一つ前に座る敦だ。秋鷹は最後列の机に鞄を掛けると、


「ちょっと変なのに絡まれてな」


「変なの?」


「ああ、そいつの所為で遅れた」


 秋鷹は見知らぬ住宅街に迷い込んだ後、通行人に道を聞くという単純な手段で難なく家に帰ることができた。

 けれど家までの距離が遠かったため帰るのに時間がかかり、こうして遅刻ギリギリの不良少年になってしまった訳だ。


「顔は覚えたし、今度会ったらただじゃ置かないけどな」


「一体そいつが何したって言うんだよ……」


「なにもしてないよ」


「いや理不尽かよ!」


 今日二度目の〝理不尽〟だ。

  

 秋鷹は合理性の欠いた学校という学び舎で、そんな日常の一ページにすら刻み込まれない会話を繰り返す。

 

 と、敦と談笑していたら、こちらをじーっと凝視してくる何者かの視線を感じるではないか。

 ちら、と視界の片隅に見えたその正体に向けば、いやはやそれは数日前に大変お世話になった日暮千聖さんだった。


 特に気まずいでもないし、秋鷹は椅子に座ると頬杖をついて、


「――おはよう」


「っ!? ぁ、ぅあ……」


 どうやら千聖は、この前のことを思い出して言葉を詰まらせてしまったようだ。膝の辺りでスカートをぎゅっと握り締め、体を正面に向けて俯いてしまった。


 ただそれも数秒のことで、彼女は何を思い立ったか唐突に立ち上がり、秋鷹の席へと足を運ぶ。そして、


「お、おはよう……! 秋鷹……」


 未だスカートを握りしめ、顔を紅潮させながら見下げてくる。


 これは心変わりというより、『自分は宮本秋鷹なんかに流されない』といった意思表明みたいなものなのだろうか。


 いつも通り、至って普通、前と同じように接する。そうやってあの日の過ちを無かったことにするように、千聖はヘタクソな取り繕い方で瞳を潤ませていた。


「うん、おはよう」


 それを微笑みで返した秋鷹。


 過去は変えられないのだと、彼女自身もわかっているはずだ。戻れないと解っているのに、この現状を否定したいがために自分を偽っている。


 なれば彼女の、ボロボロになった脆い仮面を取り払ってやりたいものだ。秋鷹はそう思いながらも、華のように可憐な彼女の面様をただ何となしに見据えた。


 が、このやり取りを査定するようにして見ていた敦が、情緒が乱れそうになっている千聖に無自覚に追撃を試みる。


「秋鷹……? 今、下の名前で呼んでたよな……なんていうか仲良さげだし、お前らいつの間にそんな親し気な関係に……」


「ぁ……! いやっ、これは……」


 誤魔化しが利かない事態に、千聖の顔面は一瞬で蒼白になる。

 秋鷹なら名前で呼び合うなんてのは日常的だし違和感はないが、千聖がとなるとこれは由々しき事態だ。


 影井涼であればまだしも、彼女が他の男性を下の名前で呼んだことがあっただろうか。いつかの千聖は過剰なまでに異性というものを遠ざけていたし、仲良くなろうなどとこれっぽちも思っていなかったはず。


 それは涼を一途に想い続けていた――彼しか見えていなかった千聖ならではの挙動でもあったのだが、そうであるならば益々ますます怪しさが増す。


 かといって、だんまりを決め込む千聖ではない。彼女は名案を思いついたと言わんばかりに、


「そ、そうよ……! あたしはこう言いたかったの。アキタカ・ミヤモト、これよ!!」


 苦し紛れとしか言いようがない一言句。だが、


「な、なるほど……!」


 ここに馬鹿がいた。 


 何をもって納得したのかは定かではない。秋鷹が『アキタカ・ミヤモト』と呼ばれるようになった理由を追求せず、あろうことか敦は素直に「うんうん」と頷いてしまっている。


「これくらい普通でしょ? ちょっとしたジョークよ……!」


「だと思った!」


「すげーなそれで乗り切れんの!?」


 思わず立ち上がってしまった秋鷹をよそに置いて、千聖は最後にと付け加えるように、


「朝の挨拶もひとまず終わったことだし、あたしは席に戻るわね。……あんたも突っ立たままでいないで早く座りなさいよ、アキタカ・ミヤモト。ホームルームが始まるわよ」


「へいへい、もういいよ」


 千聖が斜向かいの席に座ったことを確認し、秋鷹も鳴り響くチャイムと共に着席する。


「俺は気にしないんだけどな」


 前方のドアから登場する担任をそのまま眺め、ぼそりと思いのまま呟いた。


 名前で呼び合うくらい恥ずかしがらなくていいのにと、そんな野暮な考えが浮かび上がる。

 彼女にとっては簡単なことではないのだろうが、一度は呼び合った仲なのだ。そこは変えて欲しくはなかった。



※ ※ ※ ※



みかどは?」


「生徒会の仕事」


「うえ~、もしかしなくともまた会長さんにこき使われてる感じ?」


「何故かこの世の終わりみたいな顔で足早に駆けて行ってたよ」


「怒ると怖いからなー、あの先輩」


「愛の鞭ってやつだ」


 怯える敦に返答して、秋鷹は購買で買った『秋限定ダイナミック焼きそばパン』をパクリ。咀嚼しつつ、昼休みに入って速攻で生徒会室へ向かった帝を思い起こす。


 彼はこの学校の〝副生徒会長〟として名高く、生徒からの支持は当然ながら厚い。それに加え現生徒会長にも気に入られており、たまに――いや、頻繁と言っていい程に仕事の手伝いをさせられていた。


 秋鷹もそれを目撃したことはあるが、あの生徒会長の様子を見ていれば単に仕事を押しつけているだけではないとわかる。

 少しでも一緒にいたい、そんな気持ちを帝に対して向けていた。それは少なくとも彼女という人間が、帝という人間を一人の男として見ていたからであろう。


「体育祭も終わって、次は文化祭だ。あいつも忙しいんだろきっと」


 ゆえに秋鷹は、この事実を知らない敦にはわざわざ真実を伝えてやらない。彼女の好意は千聖や結衣などといった、多方面に知れ渡るほどのわかりやすい好意ではないのだ。


 彼女自身が上手く隠しているわけで、許可もなく広めてしまうのはデリカシーの問題に直結する。


 というような意図も知らず、敦は可愛らしい弁当箱をつついて、

 

「そうだなー、体育祭終わっちまったんだっけ。今年は優勝できると思ったんだけど」


「残念でしたね。でも、敦君かっこよかったですよ!」


「お、そう……?」


「はい、かっこいいです!」


 そう言い放ったのは、敦の彼女でもあるお下げ少女――文香ふみかだ。彼女は敦の隣を定位置として、元気いっぱいに励ましのガッツポーズをしていた。


「文香も可愛かったぞ。特に玉入れ! 一個も玉を入れられてなかったのがこれまた……!」


「もう、やめてくださいよ敦君っ。恥ずかしいじゃないですか」


「まだあるぞ。障害物競争の時、網に引っかかって出られなくなってたな」


「敦君っ! あれ、出るの凄い大変なんですからね?」


「くぅ~、外れた眼鏡をかけさせてやりたかったぜ!」


「自分でかけれますから! というか、私だって敦君に汗拭きタオル渡してあげたかったです!」


 急にお互いを褒め合い、イチャイチャしだす二人。その内容は体育祭を休んだ秋鷹には解らずじまいで、話について行けぬままコーヒーを所望したい気持ちが沸々と湧く。


 そうして焼きそばパンをもぐもぐすること数分、イチャイチャ具合が落ち着いたかと思いきや、お次は聞き捨てならない言葉が炸裂する。


「文香も一年生だし、来年がある。来年の体育祭は借り物競争なんかで一緒に走ってみたりしたいな?」

「そんなピンポイントなお題くると思いますか?」

「お題にゴリラ女とか書いてあっても、俺は文香を選ぶぜ!」

「それは絶対選んで欲しくないですけど、私も敦君と走ってみたいです……!」


「ゴリラとか眼鏡とかどうでもいいんだけどさ、篠草さんって一年生なの……?」


「ん?」

「え?」


 二人の会話に遅れて割り込んだ秋鷹は、今更感丸出しで文香の学年を聞く。そういえばここに至るまで、彼女について知ろうとすらしてこなかった。

 

 文香の上履きを見れば、まさに一学年を象徴する色が瞳に飛び込んでくる。そうか、彼女は一年生だったんだな、と遅まきながら理解。


「まぁ、一年生なのはいいとして、少し気になるところがあんだよな……」


「どうしたんですか宮本君?」


「――それ!」


 学年どうこうはこの際ほっぽり出しておくとして、


「俺先輩! 君、後輩! お分かり?」


「え、あ、はい……?」


「はいじゃなくて、なんで君付けなんよ?」


 幾らか険しい表情で問い詰める秋鷹に、文香は萎む風船のように一瞬で縮こまり、


「ご、ごめんなさい……」


「いや、謝って欲しいわけじゃないんだよな……理由を聞いてるだけなんだが」


「あの、こうしたら仲良くなれるかなと思って……敦君のお友達ですから、仲良くなりたいって……うぅ……っ、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


「うわっ、なに!? わかった、わかった! おい敦、止めろ……!」


「どうどう、文香! どうどう!」


 突然なにかしらのスイッチが入ったようで、文香はヘビメタ経験者かという程のヘッドバンキングを繰り出し、頭を激しく上下に振りながら秋鷹に謝罪する。


 敦が止めに入ったことで何とかほとぼりを冷ませたが、秋鷹の中で彼女は要注意人物――かなりヤバいヤツに指定された。


「あぁもう……ほんとどうでもよくなってきた。なんか面倒くさいし、呼び方とかそのまんまでいいよ」


「え、いいんですか?」


「別に嫌って訳じゃないしな。俺も、その呼び方に慣れてきたとこだし」


「あ、やった。敦君やりました! 宮本君に許可貰いました!」

「おれはわかってたぜ。秋鷹はこういうやつだからな。男版ツンデレってやつ?」

「え!? デレたりするんですか?」

「するする。だらしない顔でにやけたりするね」

「え!? 見てみたいです!」


「お前ら俺を怒らせる天才なの?」


 こいつらと会話するときは毎回苛立っている気がする、というのが秋鷹の心境だ。貧乏ゆすりが尋常ではなくなってきているが、秋鷹は平静を装うように、


「敦、今回はお前に非がある。初めから教えてくれればよかったものを……」


 ――気づかなかった秋鷹も秋鷹だが、文香が一年生だと教えてくれなかった敦も敦だ。


「あーそうだ秋鷹、今日の放課後どっかいかね?」


「露骨に話逸らすんじゃねーよ」


 話が長引きそうになった時に話題を変えるのは、敦の悪い癖だ。せっかちで大雑把な彼だからこそ、それは日常茶飯事といえるまでに放たれる。


「いやいや、お前体育祭の打ち上げ来なかっただろ? 変わりってのも何だけど、久しぶりに遊ばないか?」


「確かに、最近は実行委員やらなんやで遊びに行けてなかったしな」


「だろ?」


 諦めて、秋鷹は敦の話題に乗るとする。

 夏休み前なんかは放課後は毎日のように遊んでいた。カラオケだったり、ゲーセンだったり、ボーリングだったり。

 敦は勿論のことその他の連中と夜まで遊び惚けるのが、二年生になってからの秋鷹の日常だった。


 それも実行委員の会議でおじゃんになってしまったが、今日からは暇になることだし、久々に羽目を外すくらい良いのではないだろうか。


「今日はバスケ部休みだって言うし、そいつらも誘ってみるか」


「いいかもな」


「おし、決まりだな!」 


 何気なく秋鷹の日常は進んでいく。


 今までと何ら変わらない、ただ今までの過程をなぞって新しい日常に上書きしていくだけの、意味のない作業。

 

 何か変わるのか。これから先、変えてくれる誰かはいるのか。


 秋鷹は慣れ親しんだ騒がしい教室を見渡し、入り交じる個性豊かな色を視界に収める。様々な色に染まっていく汚らしい光景は、黒く濁っていく自身の色とは別物だった。


 ――それが何だか羨ましい。


「やっぱ考えとく」


「今の流れで!?」



 

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