第39話 どうしよう幸せすぎ

「なにそれダッサ……」


「え、よくない? 二個で一つだよ」


 シャキーン、と二つの竜剣ドラゴンソードネックレスを重ねる秋鷹。剣は小さいが、どこかの二刀流剣士に見えなくもない。


「や、やめてよ。誰かに見られたらどうすんの? 恥ずかしい」


「大丈夫、俺たち以外だれもいないじゃん」


「そういう問題じゃないの。痛々しくて見てられないって言ってるの」


 昼下がり、アクセサリーショップに来た千聖たちは、二人で『お揃いのアクセサリー』を探していた。

 

 話の流れで探す羽目になってしまったものの、やっぱりお揃いというのは気恥ずかしい。


 せめて無難に、こういうペアリングとか――。


 と、千聖が、ペアリングが並べられている棚に目を向けると、秋鷹がそれを遮るように言う。


「じゃ、これ買ってくるわ」


「え!? 結局それなの? もっと他にない? こ、この……猫のペアリングとかさ……」


「んー、そんなに嫌? ダサいのが逆にオシャレっていうか……俺はこっちのがいいんだけど」


「嫌じゃないよ。でも、あたしはこっちの可愛いやつの方がいい」


 バチバチと火花を散らしながら視線を交わし、一歩も譲らない両者。


 そんな時にうってつけな、勝負の方法がある。


 それは二人とも分かっていたようで、自然と拳が前に突き出た。


「ジャンケンぽん」

「じゃんけんぽん」


「よし、買ってくる」


「うぅ……負けたぁ……」


 一瞬で勝敗が決まり、敗北者の千聖はその場で項垂れる。


 それから。


 カウンターに竜剣ネックレスを持っていく秋鷹を見て、くすりと笑ってからあることに気がついた。


「あ……お金払ってない……」


 今日は秋鷹に奢られてばっかだ。

 男としては称賛すべき行動なのだろうが、千聖にとってそれは罪悪の源である。確かに嬉しいし、紳士的だとも思えるが、奢られてばかりでは面目が立たない。


 ――お礼くらい、させてよね。


 秋鷹がネックレスを買ったのを確認して、千聖はバレないようにカウンターに向かう。彼は千聖を探しているようで、しばらくすると店を出て行った。


「ら、ラッピングお願いします」


 手に持ったアクセサリーを差し出し、挙動不審になりながら急ぎ早にもなる。早くしないと、秋鷹が千聖を探してどこかに行ってしまう。


「彼氏さんへのプレゼントですか?」


「あ、ぅ……はいぃ……」


「ふふ、素敵ですね」


「ありがとうございます……」


 揶揄っているのだろうか、と千聖は頬を紅潮させて縮こまり、アクセサリーを受け取って店を出た。


 店の外には、キョロキョロと辺りを見回す秋鷹がいた。その背中を、千聖は軽いステップを踏みながらはたく。


「あ~きたかっ」


「わっ、どこ行ってたんだよ……て、店の中?」


「はいこれ。秋鷹へのプレゼント」


「プレゼント……」


 驚いた顔でラッピング袋を受け取った秋鷹は、「開けていい?」とプレゼントを受け取った人間にありがちな反応をした。


 それに対し、千聖も照れ笑いを浮かべて頷く。


「秋鷹ってたまに、前髪あげてることあるでしょ? あの、ちょんまげみたいなやつ。それ用に、どうぞ」


「ヘアピン……?」


「うん、可愛くない? 秋鷹なら女の子に間違われるかも?」


「勘弁してくれ」


 そう言いながらも、秋鷹は前髪をあげて、プレゼントされたヘアピンでとめる。


 髪が一般の男性よりも長いこともあり、彼の中性的な顔立ちに相まって女性らしさがグンとあがった。

 けれど鋭い目つきがまた勇ましくて、千聖の胸をキュンとときめかせる。更には髪の毛を揺らし、無邪気に笑うもんだからトキメキが重ねがけされてしまった。


「どう、似合ってる……?」


「うん……すき」


「えー? ずいぶん素直になったじゃん、千聖さん」


「自然とこぼれちゃいました……」


 顔が真っ赤になっていくのがわかって、千聖はツインテールをギュッと掴んで目を逸らした。


「そんな千聖には……はい」


「えっ……ダサい……」


 首に掛けられたのは、さっき秋鷹が購入していた竜剣ネックレスの片割れだ。


 二個で一つ。


 秋鷹の首にも、竜剣のだっさいネックレスがつけられている。ただ彼の口元は、少しだけ笑いを堪えているように見えた。


「お揃い……ぷっ……」


「なに笑ってるの? 絶対自分でもダサいと思ってるよね?」


「さすがにな、バカップル感が凄まじくてもう……くく」


「ほらぁ……竜剣なんて買うカップル、あたしたち以外いないよ?」


 ぷくー、とちょっとだけ頬を膨らませて、千聖はネックレスに触れる。


「それがいいんだろ? 俺たちだけ、世界で二人だけ。最強じゃん、それ」


「最強の武器?」


「そう」


「……バカなの?」


「かもしれない」


 人目もはばからず、二人で思いっきし笑い合った。声を出して、八重歯を見せて、腹を抱えながら、溢れる想いが胸の中に沁み込んでいく。


 ――たしかに、最強で最高の武器だ。


「写真撮ろうか?」


「……えっ?」


 腰に手を回され、ぐいっと引き寄せられた千聖。秋鷹の顔を見れば、彼はスマホを斜め上に掲げて笑顔を模っていた。


「プレゼント……ありがとうな、千聖」


 その横顔を見つめて、千聖は秋鷹の腰に躊躇いなく抱き着いた。そして、つま先立ちになって――ちゅっと彼の頬にキスをする。


 ――パシャッ。


 カメラのシャッター音が鳴り、二人の想い出の一ページが記録された。



※ ※ ※ ※



 電車の座席に腰を落ち着かせて、千聖はスマホの画面を緩み切った顔で見ていた。今日撮った写真のアルバムを、何度も何度も見返す。


 今日だけで容量いっぱいになるくらい撮ったし、無論、千聖の心もキャパシティいっぱいに満たされている。


「寝ちゃった……?」


 隣り合わせで座っていた秋鷹が、千聖の頭に頬をくっつけるようにしてもたれかかってきた。

 

 心地よさそうな寝息を立てて、千聖に密着している。


「おーい……」


 横目で呼びかけるも、本当に寝ているようで反応がない。


 普段も、これくらい心を開いてくれればいいのに。ふと、そう思った。


 秋鷹が千聖に好意を寄せてくれている、それはわかっているのだ。でも、彼が千聖と一定の距離を保っていることも、心苦しいがわかっている。

 

 密接的な身体の距離ではなく、目に見えない、朧げな心の距離。


 その取り繕った笑みは、やけに懐かしくて。


「あたしに似てるから……」


 理由は知らないし、わからないけれど、いつか本当の秋鷹が見たい。「好きだ」って言ってくれた時みたいに、胸の内をさらけ出して欲しい。


 だって、今はもう恋人同士なんだ。隠し事は当然、不安にさせるようなこともしてはダメ。


 ――悲しませるんじゃなくて、彼女を喜ばせなきゃダメなんだよ?


 心の中で投げかけて、千聖は目線を下げた。

 足元には縁どられた車窓の影と、通り過ぎる電柱の残影があって。夕日色に照らされた車内が、ガタンッゴトンッと音を奏でながら微かに揺れている。


「でも……好きになってくれて、ありがとう、秋鷹」


 千聖は瞼を閉じ、秋鷹の肩に頭を乗せる。


 恋は、盲目だ。



『――次は花生、花生です。お出口は左側です』



 車内アナウンスが聞こえると同時、千聖は即座に体勢を整えた。忙しなく手で髪を梳き、慌てて秋鷹に声を掛ける。


「起きて秋鷹、着いたよ」


「んむ、ぅ……」


 むぎゅっとほっぺたを掴むと、秋鷹が不機嫌そうに眉を寄せた。


「かわいい……」


 秋鷹が起きないことをいいことに、千聖は彼のほっぺたをぷにぷにと触ったり、つついたりしてみる。


「こうしてみると、ほんとに子供っぽくて、無邪気でかわいいんだけど……」


「……それ、褒めてんの?」


「褒めてるよ、それともカッコイイって言ったほうがよかったかな? おはようマイダーリン」


「どっちも馬鹿にされてる気分になるよ。おはようマイハニー」


 冗談を交えつつ、秋鷹は欠伸を噛み殺して柔らかに笑う。


「……帰るか」


「そのつもり」


 腕を組んで、二人して電車を降りる。こんなところを知り合いに目撃されたら――なんて思いは、もはやどこにもなかった。


 今日一日を振り返るように思考を巡らせ、秋鷹ともデートについて語り合う。

 次はどこに行こうかとか、もっと遠くへ遊びに行ってもいいねとか、今を楽しみながら先のことを想像した。


 満月に照らされた夜道を歩き、それはどこまでも続いていく。


 コツッコツッと鳴るヒールの音を聞きながら、千聖はか細い声音で呟いた。


「あたし……うさぎなの」


「ん? 髪型的に似てなくはないけど……」


「そうじゃなくてっ、寂しくて死んじゃうの」


「…………は?」


 立ち止まるとそこは、いつのまにか自分の家の前だった。秋鷹と向かい合い、千聖はその素っ頓狂な顔に言葉を投げる。


「今日は、もう帰っちゃう……?」


「んー、そうだな……結構疲れたし、千聖の家にお邪魔したとしてもすぐ寝ちゃうかもしんない。明日も学校だから、泊まるにしてもキツイかな……」


「一緒に、いて欲しい……」


 秋鷹の指をちょこんと両手で摘まみ、俯きながら本心を口にする。


「長くはいられないよ?」


「それでもいい。一緒にいてくれなきゃ、傍にいてくれなきゃ、死んじゃうよ……あたし」


「はぁ、それは大変だ……じゃあ今日は、泊まりかな」


「……うん、やった」


 困り顔の秋鷹を上目遣いで見て、千聖は控えめに喜ぶ。秋鷹を困らせられたこともそうだが、やはり傍にいられることが一番の嬉しみだった。


 きっと千聖は、秋鷹と一緒にいれなかったら死んでしまう。会えなくなっても、触れられなくなっても、言葉を交わすことが出来なくなっても、寂寥に押しつぶされて死んでしまうかもしれない。


 だからと言って、本気で死ぬわけにはいかない。だってそしたら、手も繋げられないし、ギュッと抱きしめることもできないし、甘いキスを交わすことすらできなくなる。


 そんなの絶対に嫌だ。だから、こうして近くにいてくれるだけでいいのだ。こうやって、ずっと。



「ねえ、千聖。好きだよ」



「…………あたしも、すき」



 絡められた指先を見て、千聖の唇は綻ぶのを堪えるように引き結ばれた。涙ぐみそうになって、千聖はフッと空に目をやる。


「あれ……?」


「どうしたの?」


 秋鷹が千聖の背後を見据えて、とぼけたような声を発した。それに釣られて、千聖は後ろを振り向く。


「ゆ、結衣……!?」


 後ろにいたのは、こっそり忍び足で歩く結衣だった。こちらに気づいた彼女は、口に押し当てていた手を外して、わざとらしく偶然を装う。


「や、やっほー、ちさちゃん……それに、宮本君……」


 そこでハッとして、千聖は繋いでいた手を離した。もう手遅れかもしれないが、千聖も平静を装う。


「こんな時間まで、部活?」


 聞いたのは、秋鷹だ。


「あー、うん。午後は女バスってことで、十八時までみっちりね」


「へぇ、それにしても奇遇だね? 俺たちも買い物の帰りなんだ。ていっても、俺が一方的に誘って日暮ひぐらしを困らせてるだけなんだけど」


 どうやら、秋鷹が上手く誤魔化してくれるらしい。ここは黙って、千聖は見守ることに専念する。


「そ、そうなんだ……仲、いいんだね」


「そう言ってもらえるのは有難いし、俺は嬉しいんだけど……日暮は嫌がるから、あまり言わないでやってくれ」


「あっ、ご、ごめんね」


「気にすんな。仲いいのは事実だし……な?」


「フンッ」


 鼻を鳴らしてそっぽを向いてみるも、少しだけ良心が痛む。秋鷹には、ありのままの自分でいたい。


 そんな千聖の態度に、秋鷹は肩を竦めて見せる。


「はは、この通り」


 これには結衣も、苦笑いだった。でもなんだか、いつもの結衣とは違っているようにみえた。心なしか、ぎこちない。


「そ、それじゃあね。宮本君、ちさちゃんっ。わたし、観たいバラエティー番組があるから!」


 言いながら、結衣は千聖たちの真横を駆けて行く。しかし、秋鷹がその背中に声を掛けた。


「あー……朝霧」


「――っ!? な、なに……?」


 結衣は立ち止まり、顔だけをこちらに向ける。


「一昨日の放課後も、部活だった? ていうか、見てたよね?」


「あ、ぁ……」


 目を見開いて、口をパクパクさせる結衣。


 わけがわからず、千聖が彼ら二人の顔を交互に見ていると、結衣の口から突然――。



「わたしじゃないっ!!」



 そう言って、結衣は自分の家へと飛び込んでいった。


 すごい大声だった、と初めて見る彼女の焦り具合に千聖が驚いていると、秋鷹がポケットに手を入れながら口を開く。


「どうしたんだろうな、あいつ。千聖は、わかる……?」


「あたしもわからない……あんな結衣、初めて……」


 顎に手を添えて考え込むように俯くも、千聖は秋鷹の顔をチラっと見た。暗がりでよく見えなかったが、僅かながらに笑っているようにみえた。










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