第2話 陽気すぎる者たち
「遅いよ。先生がいなかったからよかったけど、五分遅刻だ」
「うるせーよ優等生。お前も自分の席についてないじゃないか。俺の席に座って何してんだよっ――」
「いだっ」
教室に入ってすぐ、廊下側の一番後ろの席に堂々と着席していたのはこれまた友人、高校一年の時からの仲である
二年生から友人となった敦とは違い、最初に出来た友達ということで秋鷹は遠慮がなくなっていた。
軽くチョップしただけなのに痛がる帝は、その整った容姿を大層に歪めている。彼のキラキラネームばりに煌々とした顔が崩れる様は見ていて爽快だ。
とはいえ、遅刻しているといった割には窓際の辺りがうるさい。きゃいきゃいと女子どもの声が聞こえ、秋鷹は悶絶する帝を無視して眉を寄せる。そのとき、文香を別の教室に送り出してきた敦が、秋鷹の背後でげんなりと、
「うわっ、まだやってたのかよあいつら……夏休みを謳歌しすぎて忘れてたわ……」
彼が飽き飽きしているのはもちろん窓際の光景だ。
「らしいな。いっそ清々しいよ」
敦と一緒に煩わしい思いで眺めながら、秋鷹は口論している女子たちに呆れ顔を模る。その女子たちの中心にいる人物は男だった。
「俺が学校来た時からあの調子。休み中に過激化したんだろうね」
帝が困ったように言った。
「一体何があったよ。遂にメインヒロインでも決めたのか? あの男」
「囲われてる様子を見ればわかるだろう? 鈍感すぎて同じ人間なのか疑うよ。あーあと、あの男じゃなくて影井君ね」
「いいご身分だな、その影井君とやらは。まるで朝っぱらからイチャついてたどっかの誰かさんみたいだ」
「おれのことか? 頼むから一緒にしないでくれ」
秋鷹がちら、と目を向ければ大儀そうに敦は首を振る。
窓際で固まっている男女は五人。一人が男子で後は女子と、所謂ハーレムを形成していた。懐かしいもので、彼らの知名度が入学して数日で限界突破したのは、そのころ自分のことで精一杯だった秋鷹にも否応なく伝わった。
中心人物の影井涼。彼が無自覚に女子を侍らせているのもそうだが、侍らせている女子が美少女過ぎたのだ。
幼馴染ということで納得できるわけもなく、この学校の男子たちはハンカチを噛みながら嫉妬に荒れ狂った。
結果、涼の友人は異性である二人の幼馴染と、その後加わった三人の女子たちで全て。一人は正常な思考の持ち主のようで今はいないが、他の四人は遅刻関係なしに言い争っていた。
「――はーい、皆さん席についてくださーい。遅刻してますよー」
「なんで俺!? この担任、毎回俺にだけ厳しくないか……」
前方のドアから突如現れ、秋鷹の冷静さを奪っていくヒョロヒョロ眼鏡の教師。
それに気づいたハーレム隊は一旦静まり返ると我に返って、
「やばっ、遅刻だ! 先輩っ、また後で」
「――ぐはっ、休み時間ごとにやって来るとかないよな……」
肩と肩とが衝突するも、少女は秋鷹に謝ることはせずに教室を後にする。と、忘れていたが後輩の少女以外は同じクラスだったようで、各々が自分の席に戻るよう小走りになった。
彼女らは喧嘩の余韻に浸っているのかブツブツと「言ってもわからない馬鹿ばかりだわ」とか「りょうちゃんのお弁当は一つでいいのに」などと愚痴っている。
可哀想なことに涼の机は四つの弁当で支配され、困り果てた彼には若干の同情を隠しえない。そう秋鷹が苦笑いしていると真横から声が、
「あたしのたこさんウインナー弁当が一番なんだからっ……!」
「なんか、しょうもないことで争ってたんだな」
「……なによ」
「べつに?」
「そ。あんたには作ってあげないわよ。そんな物欲しそうな目で見られてもね」
「俺は購買のパンで十分だ」
「寂しい奴ね……フンっ」
「今一瞬、蔑んでなかったか……?」
ぷいっ、とそっぽに顔を逸らした少女は、秋鷹の斜向かいに座って腕を組む。秋鷹はガラスのハートがひび割れていないことを確認し、いつの間にか空いていた自分の席に座った。どうやら
「そういえば、今学期は席替えないってよ」
「どうでもいい情報ありがとう」
目の前の席から本当にどうでもいい一報を伝えてきたのは敦だ。二年生の一学期から席は変わらず、秋鷹の正面が彼の定位置だった。
そのお陰で仲良くなれたのもあるが、秋鷹はこのクラスの担任が席替えを滅多にしないタイプだと知っており、余計な情報であったことは否めない。そして、
「俺、遅刻なんだっけ……」
恨みでもあるのだろうかと机に突っ伏し、秋鷹の心情は一日のスタートには似つかわしくない曇天模様だった。
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