第366話 無力


「……ぅ、」




「ウワァアアアアアアア──────……ッッッ!!!」




 王宮の瓦礫と化した広間に、レティの叫びが響き渡った。


 その絶叫を聞いた途端、全身にビリビリと衝撃が走る。周囲にいた者達は皆、圧を掛けられた様に指一つ動かせずにいた。



「おまえ……! みんなをどこにとばしたッ!?」



 目の前にいる少年を射殺さんばかりに敵意を剥き出しにしている。

 明らかにいつものレティではない。怒りで魔力を上手く制御出来ないのか、その小さな体からは黒い靄がじわりじわりと、まるで溢れたインクが浸食する様に滲み出ていた。



「アハハ☆ いいね、いいね! そのカンジ! ボクの事、殺す気満々だね~☆」



「ふざけるな……ッ! こたえろッ!!」



 その言葉を聞いた瞬間、レティの周囲には突風と共におびただしい数の黒い靄が溢れ、まるで嵐の様に渦巻いている。

 ニコラも吹き飛ばされない様、レティの肩に必死にしがみ付いているのが見えた。



「ぜったいに、ゆるさない……ッ!」



 そして次々と少年目掛けて攻撃魔法を繰り出し始めた。辺りには一瞬で土埃が舞い、二人の姿を隠してしまう。

 しかしその土埃から僅かに見える激しい閃光と、耳を塞ぎたくなる様なけたたましい音が戦いの激しさを物語っている。



「レティ……!」


 怒りで我を忘れているのか、オレの声もレティには届かない。


 足下に散らばった石畳の小さな瓦礫がレティの覇気に巻き込まれ、まるで弾丸の様に周囲を抉っていく。侍女達もそれを避けようと必死に地面に這い蹲り、恐怖で震えているのが分かった。


 魔力が多いのは知っていたが、まさかレティがここまでの魔力を有しているなんて……。


「きゃああああっ!」


「クソ……!」


 こうしている間にも、次々と王宮内に飛来した魔物が侵入し始めていた。


「そのまま動くな……! オレの後ろに隠れていろ!」

「は、はい……っ!」


 レティを助けに行きたいが、魔物の数が多過ぎる。侍女達を守りながら戦うには少しばかり不利な状況だ。オリビアと駆け付けた騎士達も、侍女達を庇いながら応戦している。



 王宮の外からは逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえてくる。

 此処からでも目視出来るほど街のあちこちで黒煙が立ち上がり、スタンピードを知らせる警鐘が今も尚、激しく鳴り響いていた。



「うわっ!?」



 少年の焦った声が微かに聞こえた気がして、そちらを振り返る。

 すると、地面に蹲る侍女達を庇うかの様に、そこにはいつの間にか光魔法で張られた結界が覆っていた。

 その結界に触れたのか、あの少年の体の一部はジュワジュワと煙を上げ、焼け爛れていた。



「ハルトくん達をどこにやった……!?」



「殿下……!」



 光魔法を翳しながら、宙に浮かぶ少年を激しく睨み付けるライアン殿下の姿。

 その傍らには、ゆらりと髪を逆立てたウェンディが。その姿は眩い光を放っている。

 


「えぇ~? また出てきちゃった~?☆」


「どこにやったと訊いている!」


「おっと! 危ない危ない☆」


 殿下の放つ攻撃を掻い潜り、その少年は愉快そうに口角を上げる。

 そして次の瞬間、光の壁が王宮内を囲いだした。


「結界……」

「陛下達の……!」

「あぁ……! 助かった……!」


 侍女達の安堵する声が聞こえてくる。

 王宮を守る様に放たれているこの光魔法は、紛れもなく陛下達だ。

 光魔法で張られた結界は、他属性の結界と違い魔物を瞬時に浄化する。飛来していた魔物達もその結界に触れ、ジュワジュワと溶け出す様に地面へと墜ちていった。


 ……だが、結界が張られる前に侵入していた魔物達が今この瞬間にも次々と我々に牙を剥き襲い掛かってくる。

 この場所からでは確認出来ないが、敷地内にいるのは相当な数だろう。



「ん~、キミの魔法は厄介だなぁ……☆」



 レティと殿下の攻撃を躱しながら、自分の腕を見つめる少年。そう呟いた少年の腕は、焼け爛れたままの状態だ。



( ……光魔法で受けた傷は、治せないのか……? )



 そんな考えが、一瞬頭を過る。



「……あ! 忘れてた~☆ 楽しい玩具オモチャが手に入ったから、皆にも見せてあげるね☆」



「おもちゃ……?」


「────!?」



 少年がそう言った瞬間、王都中の空に鳴き声が響き渡った。



 背筋が凍るような、聞いた事もない獰猛な鳴き声。



「嘘、だろ……」

「あれは……」



 オレ達の見上げた先には、炎を吐きながら飛び回る巨大な三頭のドラゴンの姿。



「────グ……ッ!?」



「トーマスッ!!」

「おじぃちゃん!」

「トーマスおじさま!」



 ドラゴンに気を取られていた隙に、左肩へ強烈な痛みが走る。


 オレの真後ろには、いつの間にか現れたあの不気味な少年の姿が。

 ニタリと気味の悪い笑みを浮かべながら、その指先はナイフの様にオレの肩を貫いている。



「……トーマスの血で完成するからね☆」



「グァア……ッ!」



 その指先を抜いたと同時に、ボタボタと勢いよく噴き出る血飛沫。



「──楽しみにしてて?」



 その流れ出た血を空中に集め、鼻歌を歌いながら少年は靄の様に姿を消した。



「まてッ!」

「私も行きます!」


「殿下! お待ちください!」

「レティちゃん!」


 駆け付けた騎士達の声も空しく、その後を追う様にレティと共にライアン殿下も魔法陣の中へと消えていく。

 残されたのは、瓦礫の山と無数の魔物の死体。



( ──完成……? 何が完成するんだ……? )



 あの屋敷にあった絵と、白骨遺体……。



 ──そして、オレの目の前で消えた子供達。



「皆……。どこに行ったんだ……」



 子供達を救えなかった自分の無力さに、オレは只、打ちひしがれる事しか出来なかった。



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