第337話 カモフラージュ


 皆、見えてるモノが違う……?


 ──じゃあ、今僕たちの目の前にいる人は……、一体……?


「……ふ、アハハハ!」


 戸惑う僕達を尻目に、お姉さんは可笑しいとばかりにお腹を押さえて笑い出した。ユランくんも目を見開き、トーマスさんとオリビアさんはその様子を見て僕達を庇う様に咄嗟に前に出る。


( もしかして、逃げなきゃいけない……? )


 そう思った瞬間、僕達の真後ろにあった店の扉にガチャリと勝手に鍵が掛かり、窓には凄い速さでカーテンが……。一瞬で逃げ場のない密室になってしまった……。

 そしてレティちゃんが僕達を守ろうと手を翳した瞬間、小さな声で何かを呟いたお姉さんの周りを一瞬だけ風が舞う。


「何……!?」

「えっ……!?」

「うそ……」


 お姉さんの姿を見たトーマスさん達の驚いた声が聞こえてくるけど、僕には何があったのかまるで分らない。ハルトとユウマもキョロキョロと皆を見渡し、何が起こったのか分かっていない様子だ。

 だけどそんな事を気にするでもなく、お姉さんは髪をかき上げて僕達に一歩一歩近付いてくる。


「ハァ~、まさか擬態を見破られるなんてね! こんなの初めてだよ!」


 そう言うお姉さんのその表情は楽しそう。

 今もなお警戒するトーマスさん達に両手をひらりと上げ、何もしないよとにこやかに笑みを浮かべていた。


「本当に、ジェマさん……、なんですか……?」


 ユランくんは戸惑いの表情を浮かべ、目の前のジェマという女性に近付いていく。


「あぁ。これが本当の私の姿。ユラン、隠しててすまないね」

「い、いえ……。さすがに驚きましたけど……」


 本当の姿……? 僕には何が変わったのかさっぱり分からない。

 ブロンドのショートに剃り込み、そして腕から首にかけてタトゥーが……。出会った頃と変わらないカッコいいお姉さんの姿だ。

 そしてそのジェマさんという女性は僕とハルト、ユウマを興味深そうに繁々と見つめて首を傾げた。


「お兄さん達の事は覚えてるよ。初めての給料で大切な人に贈り物したいって、店の前で随分悩んでたもんね?」

「ユイト……」

「まぁ……」


 それを聞き、トーマスさんとオリビアさんは警戒したまま感激した様に胸を押さえる。オリビアさんに至っては目を潤ませていた。


「おねぇさん、じぇまさんって、いうんですか?」


 ハルトはユウマと手を繋ぎ、ジェマさんをジッと見上げている。僕達には初めからこの姿しか見えていないから怖いという感情も何もない。


「そうだよ」

「じぇましゃん……。おてて、もようかぃてりゅの?」


 ユウマは腕のタトゥーに興味を引かれている様で、屈んだジェマさんの腕を見つめている。


「これ? 元々痣があってね、それを隠す為に彫ったんだよ。……怖い?」

「ん~ん、かっこいぃの!」

「とっても、にあってます!」

「そう? ありがとう」


 ハルトとユウマの言葉に、ジェマさんは嬉しそうに目を細めている。そしておもむろに後ろを振り向き、店の奥に向かって声を掛けた。


「ミーア! 今日は店仕舞いだよ~!」

「にゃ~」


 すると、その声に反応する様に店の奥から現れたのは一匹の黒猫……!

 ハルトとユウマ、トーマスさんに抱えられているメフィストもその姿を見て目を爛々とさせている。だけど僕の知っている黒猫とは違い、明らかに大きい……。

 しかも、僕たちと同じで……。

 そしてその黒猫は僕たちの姿を認めると、ブワリとその綺麗な毛を逆立てた。


「にゃにゃ!? ジェマ様、まだ人がいるじゃにゃいですか!?」


「しゃ、喋った……!?」

「ねこさん、しゃべってます……!」

「しゅごぉ~ぃ……!」

「あぅ~!」

「にゃにゃ……! しまったですにゃ……!」


 二足歩行の黒猫さんは、慌てて口を押さえてジェマさんの後ろに隠れている。……けど、もう遅い。その可愛らしい姿に僕達の視線は釘付けだ。


「ミーア、私も擬態を解いたよ。どうやらこの子達には効かないらしい」

「にゃ……!? ジェマ様の術がですかにゃ……!?」


 黒猫さんはミーアというらしい。口周りと胸元、手足の先は白く、ジェマさんの足元からチラチラとこちらを覗き見る姿はぬいぐるみの様に愛らしい……。

 先程まで警戒していたレティちゃんも、今はその姿に夢中になっている。


「もしかして、ケット・シー……?」

「あの滅多に姿を現さない……?」


 トーマスさんとオリビアさんも、そう呟いて目を見開いていた。


「……さ、今日は珍しいお客様だからね。ミーア、お茶を用意してくれる?」

「にゃ! 畏まりましたにゃ!」


 たたたと店の奥に駆けて行く可愛らしいその後姿を眺めていると、不意にジェマさんと目が合った。


「その石、役に立ったみたいだね?」

「え?」


 そう言って微笑むジェマさんに促され、僕達は何も分からないまま店の奥へと足を進めた。


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