第336話 ヘクセン・ハウス


「たくさん、かってました!」

「おしゃら、い~っぱぃ!」

「あぃ~!」


 トーマスさん達が驚く程の大量の食器や調理器具を買い込み、僕達はまた馬車に揺られて移動中。店員さん達が梱包してくれたけど、振動で割れるといけないので念の為にトーマスさんの魔法鞄マジックバッグに避難済みだ。

 ハルト達は僕が買い込んだ量を見てかなりはしゃいでいる。


「ハルトが見つけてくれたお店、良い物いっぱいあったよ!」

「ほんとう?」

「うん! 欲しい物いっぱいで困っちゃったよ~……。教えてくれてありがとう!」

「よかったです!」

「はるくん、うれちぃねぇ!」

「うん!」


 えへへ、と嬉しそうに笑うハルトの頭を撫で、僕は今日購入したあのお皿でどんな料理を出そうかと想像する。

 あの木製のお皿はサンドイッチにピザ……。あ、お子様プレートでも良さそうだ。あの白いお皿にはパスタが映えそう。でも黒い食器にした方が高級感が増すし……。

 あのグラスも、オリビアさんが以前してくれたみたいにちょっとした冷たいデザートを盛ったら可愛いかも知れない。ミニパフェ? でもお店の常連さん達、ミニで足りるかな……? う~ん、アイスはさすがに冷凍庫の場所を取るか……。

 ……白玉だったら、この柔らかさが美味しそうだな……。

 そんな事を考えていると、僕の前から可愛らしい唸り声が……。


「ぷぅ~……」

「あ、メフィストごめ~ん……! また触ってたね……」

「あぶぅ~!」


 どうやらまた考え事をしながらメフィストの頬をこねくり回していたらしい。だから白玉が浮かんだのか……。メフィストはすっかりお冠だ。

 だって、気持ちいいからついつい捏ねちゃうんだよね……。


「メフィストちゃんのほっぺは柔らかいものねぇ」

「そうなんです……。ついつい……」

「わたしも、さわっちゃう」

「ぼくも、です」

「ゆぅくんも~」

「あぅ~!」


 そう言いながら皆でメフィストの頬をつんつんと触ると、小さな指で僕たちの手を掴もうとする。皆が構ってくれていると思ったのか、先程までのふくれっ面は消えて笑顔を浮かべていた。

 メフィストの頬を皆で触りながらふと馬車の進む方を見ると、途中で道を替えたのが分かった。


「あれ? 来た時と違う道を通るんですか?」


 家に続く道ではなく、こっちは確か冒険者ギルドがあった様な……?


「あぁ、この後ユランの知り合いの店に行くからな」

「あ、もしかして例の取引相手の方ですか?」


 九時課15時の鐘はとっくに鳴り、時刻は既に夕方だ。後は帰るだけかと思っていたけど、今度はユランくんの取引相手のお店に向かうらしい。


「うん。ちょっと遅くなっちゃうんだけど……」

「あ、気にしないで! そのお店、僕も付いてってもいい?」

「もちろん!」


 確かおばあさんがやっていると聞いたな……。どんなお店なんだろう? あ、僕もあのお姉さんのお店にお礼に行かなきゃ……!

 危ない危ない。すっかり頭から抜け落ちていた。

 

「道が狭いからな。サンプソン達は冒険者ギルドに預けて暫く歩く予定なんだが……。オリビアはどうする? 今日は歩いて疲れただろう? 子供達と馬車で待ってるか?」

「あら、私も行くわ。だって楽しみにしてたんだもの~!」


 オリビアさんは疲れている筈なのに、どうやら行く気満々。もしかしたらオリビアさんの欲しいものがあるのかな?

 そんな事をぼんやりと考えながら、僕達は冒険者ギルドへと向かった。






*****


「あ! あのお店です!」

「あら、素敵ね~!」

「かわいい……!」


 サンプソンとセバスチャン、ドラゴンをギルドへ預けた後、ユランくんの案内を頼りに細い路地を進んで行く。小さな店が密集する狭い石畳の階段を上っていくと、漸く目的のお店が現れた。

 周りから隠れる様にひっそりと佇む煉瓦で建てられた小さなお店。壁には蔦が絡み、店先には色濃く咲いた薔薇ローゼの花が咲いていた。

 オリビアさんもレティちゃんも、その可愛らしい店の佇まいに目を輝かせている。


「ボク、先に行ってきますね!」

「えぇ、お願いするわ」


 ユランくんが全員で入ってもいいか訊きに行ってくれた。

 ふとその店先にある小さな看板の名前を見ると……、


「“ヘクセン・ハウス”……」


 ──あ!


「トーマスさん、オリビアさん……! ここ……」


 僕が探していたお姉さんのお店の名前と一緒だ……!

 振り返ると二人ともにこりと笑みを浮かべている。もしかしたら僕の探していたお店だと気付いていたのかも知れない。


「ハルト、ユウマ! ここ! ブレスレットをくれたお姉さんのお店だよ!」

「え? おねえさんの、おみせですか?」

「おねぇしゃん、いるの~?」

「会ったらお礼しなきゃね!」

「「うん!」」


 二人とも兄弟でお揃いのブレスレットをくれたあのお姉さんの事を思い出し、レティちゃんにもブレスレットを見せて説明している。

 トーマスさんの腕の中で大人しくしていたメフィストも、二人のブレスレットを見て腕を伸ばしている。

 まさかユランくんの仕事相手が……。

 こんな身近で繋がっているなんて、夢にも思わなかった。


「トーマスさ~ん! オリビアさ~ん! 入ってもいいそうです!」

「分かったわ! ほら、皆行きましょ?」

「「「はぁ~い!」」」


 ユランくんの声に、皆でお店へと足を進める。

 僕は少し緊張しながらも、その扉を開けた。

 そして、そこで出迎えてくれたのは……、


「いらっしゃい」


 あの行商市の日、あのプレゼント用のネックレスと指輪を売っていたお姉さん本人が……!


「お姉さん、こんにちは! お久し振りです!」

「おねぇさん、こんにちは!」

「おねぇしゃん、こんにちは~!」


「「「「……え?」」」」


 僕たち三人の声に、お姉さん本人を含む皆の声が重なった。

 そこには疑問を含んでいる様な……?


「えっと、アドレイムの街で……。プレゼント用のネックレスと指輪を……、買ったんですけど……」


 あ、僕達の事、覚えてないのかも……。

 そう思うとちょっと恥ずかしくなってきた。


「これ! おねえさんに、もらいました!」

「みんなでおしょろぃ! ゆぅくんのたからものなの!」


 ハルトとユウマも腕を上げて、お姉さんにお揃いのブレスレットを見せている。それを見て驚いている様子ではあるんだけど……。


「えっと……。ユイトくん? この方がその……、探してた店主さんなの……?」


 オリビアさんが困惑した様に、恐る恐る僕に訊ねてくる。


「あ、はい! 腕にたくさんのタトゥーが入っていて、片方の髪も剃り込んでるし……。間違いないです」

「タトゥー……?」

「剃り込み……?」


 それを聞いて、トーマスさんもオリビアさんも、ユランくんにレティちゃんも首を傾げている。


「オレ達の前には……、その、失礼かもしれないが、白髪の御婦人が……」

「え、えぇ……。腕にもタトゥーは入ってないわよ……?」

「え!?」


( 白髪の……、御婦人……? )


 トーマスさんとオリビアさんの言葉に、今度は僕が驚く番だ。


 皆、見えてるモノが違う……?


 ──じゃあ、今僕たちの目の前にいる人は……、一体……?


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