第335話 お買い物


「ユイト、着いたぞ」

「す、すごい……!」


 馬車に揺られる事、数分。サンプソンの牽く馬車が停まったのは、一軒の店舗の前だった。

 トーマスさんに促され降りてみると、お店の前にはズラリと鍋やボウルが並べられ、上からはお玉やフライ返しが吊るされていた。入り口付近には食器類もたくさん……。

 お店の前だけでこの数……? まだ入り口に立ったばかりなのに、奥に行ったらまだまだたくさんありそうだ……!


「おにぃちゃん、たのしそうです!」

「にぃに、よかったねぇ!」

「うん……! たのしい……!」


 ウキウキする僕が分かったのか、ハルトとユウマの言葉に思わずそう答えてしまう。このお店を見つけてくれたというハルトは、僕の反応に満足気だ。

 さすが王都のお店。お店の大きさも品揃えもヴァル爺さんのお店の何倍もある……。

 ヴァル爺さんのお店は一点一点手作りの温かみがあるけど、このお店は同じ商品が数多く揃えられていて数が必要なお客さんには持って来いのお店だな。

 だけど肝心なのは変わった調理器具! 食器類も気になるけど、大事なのは掘り出し物を見つけられるかどうかなのだ……!


「ユイト、オレはユランと馬車にいるからゆっくり見ておいで」

「え? 二人とも来ないんですか?」


 トーマスさんの言葉に思わず御者席を振り返る。てっきり皆で見に行くのかと思っていたんだけど……。


「あぁ。オレは調理の事はさっぱりだからな。子供達の面倒は任せてくれ。ほら、メフィスト~? おじいちゃんと遊んでおくれ」

「う?」


 トーマスさんは御者席から腕を伸ばし、相変わらずセバスチャンの羽に夢中のメフィストを抱きかかえる。

 その目は優しく細められ、誰が見ても好々爺こうこうやそのものだ。


「ユランくんも?」

「さすがにドラゴンも一緒には入れないからね。色々落としちゃいそうだし……。ボクはドラゴンと馬車に残るよ」

「クルルル~……」


 しょんぼりと下を向くドラゴンを見ていると、もしかしたら一度お店を見に来たと言っていたから既に何か落としたのかもという考えが頭を過った。


「どらごんさん、げんき、だしてください……」

「どらごんしゃん、だぃじょぶ~……?」

「クルルル~……」


 ハルトとユウマも慰めようと、ドラゴンの頭をよしよしと優しい手付きで撫でている。二人もこのまま馬車に残る様だ。

 確かにお店の中には包丁も果物用ナイフも置いてるし、少人数の方が迷惑も掛けないか……。


「じゃあ……、お言葉に甘えて見てきます!」

「あぁ。じっくり見ておいで」

「「「いってらっしゃい!」」」

「クルルル!」

「あぅ~!」


 トーマスさん達に見送られ、僕は早速オリビアさんとレティちゃんと一緒にお店の中へと足を進めた。






*****


「あ! オリビアさん、この食器使い勝手良さそうじゃないですか?」

「あら、いいわね……。ワンプレートメニューにも丁度良さそう……」

「あ、おばぁちゃん、おにぃちゃん! これかわいい!」

「あら、やだ! 子供用のセット……? やっぱり、お店にもある程度の数は用意しといた方がいいかしら?」

「もしかしたら家族連れも来てくれるかもしれないですし、僕も用意するのは賛成です」

「ゆぅくんくらいのこだったら、これくらいのほうがもちやすいかも」

「そうよねぇ……」

「何セット買います?」

「う~ん……、悩ましいわ……」


 そんな事を話しているけど、ここはまだ店の入り口。店員さんの視線もビシバシと痛い程に感じるけど、事前に購入すると分かっているからかにこやかな笑顔だ。これは時間が掛かりそうな予感……! ハルトとユウマも馬車に残ってもらって正解だったかもしれない……。


「ハッ! そうだわ! 今日はユイトくんの欲しい物を買いに来たのに……!」


 子供用の食器を手にしたところで、オリビアさんがハッとこのお店へ来た本来の目的に気付く。そして僕とレティちゃんも……。


「おみせのえらんでた……」

「僕もつい……」


 も欲しいものだし仕方ない。そう三人で頷き合い、店員さんを呼んで在庫があるか確認してもらう。その間にもあれやこれやとお店で使えそうな食器や買い替え時の器具を包んでもらった。


「あ、このスキレット鍋もいいな……。これは中華鍋っぽいかも……」


 ふと店の中央の棚を見ると、様々な大きさのフライパンも並んでいた。この中華鍋っぽいのはヴァル爺さんのお店にあった物よりも大きいかも!

 思わず立ち止まり、これでどんな料理が出来るか想像してしまう。


「この小さなフライパン?」

「このふらいぱん、おっきいね?」


 オリビアさんもレティちゃんも気になったのか、僕の隣に来て商品を繁々と眺めている。


「このサイズだったら、焼いたそのままの状態でテーブルに出したら美味しそうじゃないですか?」

「そうねぇ……。ハルトちゃん達には危ないけど、お店のお客さん達には良さそうね……」


 パンケーキとかフレンチトーストのデザート系に、トーマスさんとオリビアさんの好きなアヒージョ。それにパエリヤとかオムレツだって……。夜の営業で出したら良さそうじゃないかな? ん~、これは欲しいかも……。


「大きいサイズも一気に炒める時に便利そうなんですよねぇ~」

「いどりすさんがきたら、このふらいぱん、かつやくしそう……」

「「確かに……!」」


 たくさん注文が通ったらこの鍋で一気に炒める事が出来るし、同じテーブルだったらドンと大皿で出しちゃうのも有りだよね……。

 イドリスさんとギデオンさん達が来てもこれなら……。


「……よし! これも買っちゃいます!」

「「おぉ~!」」


 奥で食器を包んでくれていた店員さんを再度呼ぶと、この二種類もお買い上げだと分かったのか満面の笑みで来てくれた。いつの間にか店員さんの数も増えている。

 そしてオリビアさんも、食器の確認という事で店員さんと一緒に店の奥へと行ってしまった。オリビアさんが戻ってくるのを待つ間、僕とレティちゃんは再び店内の商品を端から眺めていく。


「あ、おにぃちゃん。これ、なぁに?」

「ん? どれ?」


 レティちゃんが興味を持ったのは、刃が付いた……、何だろう? 上に蓋付きの容器があるから何かを入れるんだろうけど、ミキサーでもないし……。


「何だろうね……?」

「なにをきるんだろ……?」


 二人で首を傾げながら考えていると、鍋を包んでくれている店員さんがこちらに寄ってきた。


「お客様が見てらっしゃるのはキャベツキャベジ用のスライサーですよ」

「キャベジの?」

「はい。この中に半分にカットしたキャベジを入れると千切りにしてくれるんです。簡単で早いから大きな宿とかに結構人気なんですよ」

「「へぇ~!」」


 千切りしてくれるのか……! それは便利だな……!

 他にも刃を付け替えるとみじん切りにもしてくれるそうだ。しかも食感もふんわりとしていて食べやすいらしい。


「おにぃちゃん、これは?」

「お客様、どうされます……?」


 キャベジの千切り……。お店の規模的にどうだろう……? だけど揚げ物の付け合わせにもよく使うし……。時間短縮で他の作業が出来るかもしれない……。要領さえ解れば他の野菜もスライス出来るって事だよね……?


 ──ん~……、


「買い、だな!」

「「おぉ~……!」」


 僕がそう言うと、店員さんはホクホク顔だ。新品をお持ちします! とお店の裏に早足で向かった。

 確かに、あんなに買えばね……。





 ──だけど……。


「ちょっと、買い過ぎちゃったかな……?」


 戻ってきたオリビアさんとレティちゃんと一緒に店内を回っていると、ふと先程包んでもらった食器類が多過ぎないかと不安になってくる。


「ん~、でも、ひつようなんでしょ?」

「うん……」

「ユイトくんの欲しい物なんでしょう?」

「はい……」


「なら、問題ないんじゃない?」

「わたしも、そうおもう!」


 オリビアさんとレティちゃんはそう言うと、笑って次の棚へと視線を移す。

 そうだよね。あれがあれば時短にもなるし、料理の盛り付けもレパートリーが……。額は大きいけど、自分の稼いだお金で何とか払えるし……。


「……よ~し! 帰ったらあれで、美味しいものいっぱい作るぞ~!」


 僕の突然のやる気に、オリビアさんとレティちゃんはその意気! と笑ってくれた。


 だけど、買い物し終えた僕達の大量の荷物を見て、トーマスさんとユランくんが驚くのはまた別のお話。


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