第338話 優雅なティータイム


 ジェマさんに案内され、僕達は店舗の奥にある客間へと足を運ぶ事に。ユウマを抱えて薄暗い廊下を進んで行くと、光が薄っすらと漏れる部屋が。


「さ、どうぞ」

「お、お邪魔します……」


 部屋に通されると、そこでは黒猫のミーアさんが僕達の為にお茶を用意してくれていた。


「さ、座って座って。こんなに大勢の客人が来る事なんて無いからね。椅子もバラバラで申し訳ないよ」

「いえ! お気遣いなく……!」


 ジェマさんに促され、トーマスさん達と一緒に席に着く。どこか落ち着かない様子の皆を余所に、ジェマさんもユランくんとオリビアさんの隣に腰を下ろし、皆の様子を眺めていた。その表情はどことなく楽しそうだ。


「皆さん、どうぞですにゃ」

「あら! ありがとうございます!」


 誰から話し始めるんだろうと身構えていると、ミーアさんが少し低めのティーワゴンで一人一人に配ってくれる様だ。まずはオリビアさんから順に運んでいる。

 少し遅めの、優雅なティータイムってカンジだ。

 見たところ、紅茶っぽい……。だけど僕、紅茶苦手なんだよな……。せっかく用意してくれているのに、あんなに可愛い給仕さんには言い辛い……。


「にゃん! 紅茶とミルクとございますにゃ! オススメはミーアも好きなミルクですにゃ!」

「あらぁ~! じゃあオススメのミルクをくださる?」

「はいですにゃ!」


 にゃにゃ~! と尻尾をフリフリしながらティーカップにホットミルクを注いでいるミーアさん。そうか、猫だもんね。牛乳の方が好きなのも納得だ。

 オリビアさんも普段は紅茶を好んで飲むのに、ミーアさんのオススメを笑顔で頼んでいる。

 そしてティーカップをオリビアさんに手渡すと、その足で隣に座るレティちゃん、ハルト、トーマスさん、トーマスさんの膝に座るユウマと順に配り始める。だけどテーブルには手が届かない様で、皆にそ~っと手渡しだ。

 オリビアさんに抱かれているメフィストは、ず~っとミーアさんに釘付け。揺れる尻尾と一緒に体を右に左にと揺らしている。


「にゃ! 冷めちゃうのでお先にどうぞですにゃ!」

「みーあさん、ありがとうございます!」

「ありがとう、ございます!」

「ありぁと、ごじゃぃましゅ!」

「にゃにゃ~! どういたしましてですにゃ!」

「「グゥッ……!」」


 さっきまでの警戒心はどこへやら。ほのぼのとした可愛らしいやり取りに、トーマスさんとオリビアさんの唸り声が客間に響いた。

 突然聞こえたその声にジェマさんもミーアさんも何事かと振り返るが、レティちゃんがいつものことだからだいじょうぶ、とにっこり。

 そしてカラカラと音を立ててティーワゴンが僕の横に。


「お客様はどちらがいいですかにゃ?」

「えっと、僕もミルクがいいです! 美味しいですよね!」

「にゃん! ミーアも大好きですにゃ!」


 クルクルとよく動く綺麗な目を嬉しそうに細め、可愛い手でそっとティーカップを手渡してくれるミーアさん。トーマスさんが呟いていた“ケット・シー”っていうのは種族なのかな? そんな事をぼんやり考えながらティーカップを受け取ると、ぷにっと肉球が触れた。

 ……うん、ミーアさんが言葉を話さなかったら、普通にネコちゃんだと思って撫でまわしていたかもしれない……。


 そして僕とユランくん、ジェマさんに配り終えたところで、トーマスさんが口を開いた。


「ジェマさん、失礼だが貴女はどうして姿を変えて……?」


 その問いに、自然と姿勢を正してしまう。僕とハルト、ユウマには初めからこの姿のジェマさんしか映ってない。白髪はくはつの御婦人と言われても全くピンとこなかった。

 それに、どうして姿を変えているのか……。何か深い理由が……?


「あ~……、簡潔に言うと面倒臭い、……って言うのが本音かな?」

「め、面倒臭い……?」

「それで姿を……?」


 予想もしなかったのか、トーマスさんもオリビアさんも口を開けたまま。もっと大変な理由があるかも知れないと思っていたのに……。

 そんな僕達の反応を分かっていたかの様に、ジェマさんは笑いながら言葉を続ける。


「そう。自分で言うのも何だけど、私はハーフ・エルフだからね。バレると色々と面倒なんだよ~」

「は、ハーフ・エルフ……!?」

「ジェマさんが……!?」


 “ハーフ・エルフ”という言葉に、オリビアさんに加えユランくんも驚きの声を上げる。僕とハルト、ユウマは意味が分からず只々ホットミルクを口に運ぶ事しか出来ない。


「……貴方はこの二人みたいに驚かないんだね?」


 そう言って、ジェマさんはトーマスさんの顔を見つめている。オリビアさんもその反応が意外だったのか首を傾げていた。


「……実は、ジェマという人物はエルフなんじゃないかと……、以前に知人と話していたんだ」

「へぇ~? 興味深い話だね?」


 “エルフなんじゃないか”


 その言葉を聞き、前のめりになったジェマさんの視線がトーマスさんに集中する。口角は上がっているが、その目は笑っていない。迫力満点だ……。


「……貴女は以前、魔物の被害に悩んでいる養鶏場に護符を渡したのでは?」

「養鶏場? ……あぁ~! そう言えば……、渡したね!」


 行商市の数日前。肉食の獣か魔物の被害に悩んでいたフローラさんの養鶏場に現れ、試作品だという魔物除けの護符を譲ってくれたという行商人。それがジェマさんだった。

 本人もすっかり忘れていた様で、お礼にと貰った卵が美味しかったと思い出した様子。


「その護符に記された名前が、ジェマ・ヴァイオレット。調べたら、五十年以上前に王宮に仕えていた魔導士だと……」

「───! 驚いた……! そんな事まで……?」


 トーマスさん達の会話を聞きながら、僕は頭が軽く混乱している。

 王宮で仕事をしていたのが五十年以上前……? でもジェマさん、どう見たって二十代……。


「という事は、貴女は元・宮廷魔導士で間違いないと?」

「ん~、そう言う事になるかな……? でもどうしてそんな事まで分かったのか気になるね~」

「……その知人というのが、王宮に仕えている者なので……」

「成程ね~……」


 しくじったなぁ~、と笑うジェマさんに、僕は思い切って訊いてみる事にした。


「……ジェマさん」

「ん? 何だい?」

「ジェマさんって、お幾つなんですか……?」

「ちょ、ユイトくん!」


 失礼だとは知りつつも、どうしても気になって……。

 それに、エルフって何なんだろう……?


「ん~……。二百……、五十……、いや、六十……、幾つだっけ……?」

「にゃ~ん! ジェマ様は御年267歳ですにゃん!」

「に、二百……!?」

「すごい……」


 ジェマさんが267歳……!?


 にゃん! と得意気に答えるミーアさんに、よく覚えてたなぁ~と頭を撫でているジェマさん。


 その答えに、僕の頭はまた混乱し始めたのだった。


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