第320話 ドラゴンの行方


 ステラにユウマを預けた後、使用人夫婦と別れ、ユランと共に冒険者ギルドへと足を運んだのだが……。


「ドラッヘフートの村に人がいない……? どういう事だ……?」

 

 冒険者ギルドの一室。オレとユラン、そしてギルドマスターのジェイコブと受付主任のネイドが神妙な面持ちで話している。


「いえ、正しくは足の不自由な年配者を置いて、村の若い者達が行方不明になっているそうです」

「行方不明……? 父さん達が……?」


 それを聞き、ユランは動揺を隠せていない。それもそうだ。ドラゴンが逃げ森を彷徨っている間に、今度は自分の捜索に向かった父親達がいなくなったと判明したのだから……。


「トーマス様に御依頼を受けてアル・ミエーレの冒険者ギルドに依頼を出したのが三日前。その前にジェマ様からの御依頼で冒険者をドラッヘフートに向かわせたのが二週間前。最初に村に到着した冒険者から報告を受け、ユラン様のお父様達が捜索に向かうと話していたようですが……」


 二度目にオレが依頼した冒険者が村へ訪れた際、老人達はまさか捜索に向かった者達も行方不明になっているとは思わず狼狽した様子だったという。


「村に残った住民達も山を下りるのは困難だった様で……。安否の連絡が取れず困っていたと……」

「そうか……」


 到着した冒険者によると、村にいたのは足腰の弱い老人と身重の女性、そして幼い子供ばかり。どうやら村への行き来は相当険しいらしく、安易に村を出る事はほとんど無いという。


「ドラゴンがいるという事にも驚いたが、いなくなったと報告を受けた時はまさかと思ったよ……。今トーマスが保護している幼いドラゴン以外は全て消えたという事か……」

「そんな……、なんで……? 父さんまで……」

「ユラン……」


 狼狽えるユランの肩を抱くと、少し落ち着きを取り戻した様だ。家族の行方が分からないと聞いて動揺するのも無理はない。ゆっくりと傍らにあるソファーに座らせる。

 ……だが、ドラゴンと共にユランの父親達がどこに消えたのか……。


「あ、あの……! 村にいるドラゴンは全部で五頭いるんです……! でも一番大きなドラゴンは目が見えなくて飛べない筈なんです……!」

「目が見えないドラゴン……? ネイド、報告はあったか?」

「いえ、村にいるドラゴンは全て捜索に向かったと……」

「どういう事だ……?」


 ユランと幼い自分の子供を置いて飛んで行った母親のドラゴン。そして捜索に向かってそのまま行方の分からないドラゴン二頭とユランの父親達。

 そして最後に、以前話していた千年は生きているという目の見えないドラゴン……。

 ユランの話では、どのドラゴンもこのギルドの二階部分まで届く程の大きさがあると言うが……。


「……この件には関係ないかも知れませんが、先日ダンジョンに潜っていたパーティからダンジョン内に不審な魔法陣が複数張られていると報告がありました」

「ダンジョン内に……!? 魔法陣、それも複数か……。王宮への報告は?」

「既に報告済みです」


 オレの言葉に、ジェイコブとネイドは真剣な表情で頷いた。これはまるで、バージル陛下とライアン殿下の襲撃の時と全く同じ状況じゃないか……。


「今、そのダンジョンは?」

「ダンジョン近辺への立ち入りは見張りを立て禁止にしています。……この件はそれだけではありません。王都内と王都外にある、計三か所のダンジョンから同じ報告がなされています」

「三か所……!? 同時にか……!?」

「はい。ドラゴンと村人達の行方が分からないのと、ダンジョンの異変。深読みしすぎかもしれませんが……」

「あまりにも不可解な点が多すぎるな……」


 王都内のダンジョンは、この王都の衣食住を担うある意味重要な場所だ。そこを立ち入り禁止にしては冒険者達も稼ぐ為に外のダンジョンに向かおうとするだろう。

 そして狩られる事の無くなった魔物が増え……。


「……もしかしたら、ドラゴンと父さん達はダンジョン内にいるのかも……」


 血の気の引いた顔で、ユランは真っ直ぐとオレ達を見る。


「どういう事だ?」

「……ダンジョン内にいる魔物の魔力は、外には漏れないんですよね……?」

「あぁ、確かに。外にいる我々には感じないな」

「魔物の気配を察知する者は少ないが、殺気が駄々洩れだとおちおち寝れな……」


 そこでふと、ユランを除くオレ達の顔が一変する。


「……レティちゃんが教えてくれたんです。この王都には大きな魔力を感じないって。……でも、ダンジョン内の魔力だけは、卵の殻の様に何重にも内部を守っているから、外からは分からないって……」

「レティが……?」

「……はい。僕の魔力が回復しているか視てもらっている時に……」

「そうか……」


 レティが嘘を吐く様な事は、断じて無い。しかもあれ程の魔力を有する子だ。それにアドルフ達グレートウルフの群れが遠く離れた場所から村に来るのを感知する程、探知能力にも優れている。

 本当に王都の中にはドラゴンの気配を感じなかったのだろう。


「レティとは確か、トーマスが引き取った子供だったな?」

「あぁ。陛下も知っている」

「……一つの可能性として、これも報告しておこう」

「はい。すぐ報告書にまとめます」


 もしその仮定が合っていたとすれば、最悪の状況を頭に入れておかねばならない……。


「……トーマスさん」

「ん? ユラン、もう大丈夫か?」


 こくりと頷き、オレの顔を真剣な表情で見つめてくる。


「……ボクを、ダンジョンに連れて行ってもらえませんか……?」

「何……?」

「君は何を言って……」


 オレ達が慌てるのも構わずにユランは続ける。


「ボクの頭部には、姿を消したドラゴンを感知する眼があります……。これが何十年もの間、ドラゴンと暮らしたボク達“竜人”の能力です。これなら、ドラゴンと父さん達がダンジョンの中にいたらすぐに分かります! だから、だから……!」

「ユラン……!」

「だから……、お願い、します……っ!」


 そう言って、ユランはボロボロと大粒の涙を流している。この子なりに必死に考えたのだろう。

 引き寄せると、肩を震わせてオレに縋りついてくる。


「ユラン。ダンジョンは冒険者ではないと立ち入る事は出来ない。それは知っているね?」

「……はい」

「冒険者の資格を持たない者が入る為には、ランクの高い冒険者を雇わないと立ち入る事は許されない。それは一般人を守る為に課せられたルールだ」

「……はい」

「だがオレは、ユランを決して連れて行きたいとは思わない。それが何故か分かるか?」


 オレの問いに、ユランは唇を噛み締めながらフルフルと首を横に振った。


「ユランはもう、ユイト達の大切な友人だ。子供達の友人を危険な目に合わせたいと思う者はいるか? いないだろう?」

「……」


 ユランの目から涙が一筋、頬を伝って落ちていく。


「ダンジョンへは、オレが潜ろう」


「は!? トーマス、お前は何を……!?」

「そうです! たった今、危険だと話したばかりではないですか!」


 詰め寄る二人に、オレは手で制する。


「王宮に報告すれば遅かれ早かれ、王族への襲撃との関連性を調べる筈だ。そうなれば、いずれはダンジョン内部を調べる為に潜る事になる。それを受けるだけだよ。まぁ、老いぼれだが他の者よりは気配を探るのが上手い筈だ」

「トーマスさん……」

「なに、心配は要らない。昔から悪運だけは強いからな」


 不安そうにオレを見つめるユランを見ていると、出会った頃のハルトとユウマを思い出す。いつからこんなに子供達を放っておけなくなったのだろうか……。

 自分でも不思議だよ。



「……ユラン、キミの父親を探す手伝いをさせてくれ」



 そう伝えると、また琥珀色の瞳からポロポロと涙が溢れてくる。

 目も鼻もまっ赤だな……。

 これはまた、どうして泣かせたんだとハルトとユウマに叱られそうだ。

 帰る前に、言い訳を考えておかないと……。

 正直にそう言うと、漸くユランの顔に笑みがこぼれた。


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