第319話 王都でデート ~路地裏の料理店~


「本当にこの先にあるんですか……?」


 アレクさんに案内されて辿り着いたのは、路地裏にあるアパートの様な建物が所狭しと密集した場所……。僕が両手を広げれば簡単に両側の壁に触れてしまうくらいの道幅だ。


「狭いけどな。ちゃんと客もいる店だから安心して」

「はい……」


 僕たちの頭上ではロープに吊るされた洗濯物がひらひらと風に舞い、横を向けば窓から住人たちの会話が聞こえてくる。きっと今の時間帯はこの辺りの家庭でも昼食を作っている最中なのだろう。楽しそうな笑い声と共に、美味しそうな料理の匂いが鼻腔を擽る。

 キョロキョロと忙しなく周囲を観察する僕が面白かったのか、アレクさんは困った様に眉を下げて笑っている。

 そして暫く歩くと、アレクさんは僕の手を引いて立ち止まった。


「着いた。ここ」


 着いたそこは、普通の民家……。

 上を見上げると、周りと同じ様に洗濯物が干してある……。


「えっ……? 誰かの家じゃないんですか?」

「中に入れば分かるから」

「えぇ~?」


 困惑する僕に笑いながら、アレクさんはその扉をノックもせずに開けた。

 恐る恐る中を覗くと、そこにはテーブル席とカウンター席が設置され、カウンターではお客さんと談笑する店員さんの姿が。そのカウンターの壁一面にはお酒の瓶が並んでいる。

 ここは紛れもなく飲食店。僕の心配は杞憂だった様だ。


「お、いらっしゃい」

「こんちは!」

「こんにちは……」


 アレクさんと僕に声を掛けてくれたのは、先程までカウンターで談笑していたダークブロンドの髪が似合う店員さん。

 奥のテーブル席へ座ると、その店員さんが水を持って来てくれた。どうやら接客も調理もこの店員さん一人らしい。

 アレクさんよりも背が高く、整えられた髭がカッコいい。その風貌は、店員さんというよりも冒険者だと言われた方がしっくりくる気がする。

 そして何よりも、そのふわふわとした耳に目が行ってしまう。

 挨拶をすると僕の顔をマジマジと眺め、にっこり微笑んだ。


「珍しいな。アレクが昼時に来るなんて」

「今日は特別なんですよ」

「あぁ、この子がいるからか」

「そうです。夜に来たら絶対絡んでくるじゃないですか」

「ハハ! 間違いないな」


 アレクさんも店主さんも、軽口を叩きながら楽しそうに笑っている。どうやらよく来るお店らしい。


「ユイト、店主のギルバートさん」

「初めまして、ユイトくん」

「あ、初めまして! ユイトです……!」


 ギルバートさんは自己紹介を終えると、にこりと目を細めた。


「バーナードの言ってた通りだな」

「バーナードさん?」


 どうしてここでバーナードさんの名前が? と首を傾げていると、アレクさんが笑って口を開いた。


「ギルバートさんはバーナードさんの兄弟だよ」

「えっ!? そうなんですか!?」


 言われてみると確かに、笑った顔が似ているかも……。

 でも、どちらかと言うと……。


「あの……。メイナードさんって方、知ってますか……?」

「メイナード? オレ達の一番下の弟だけど……。もしかして知り合い?」

「あ、以前お店に食べに来てくれて……。バーナードさんと雰囲気が似てるなって思ってたんです」

「なるほど……。世間は狭いって本当だな……」

「ホントですね……! ビックリしちゃいました!」


 アレクさんが僕と付き合う事になったとバーナードさんに報告した時、お祝いして奢ってくれたのがこのギルバートさんのお店だったらしい。

 だからこのお店の常連さんは、僕の事を噂で知ってると教えてくれた。


「バーナードがユイトくんの弟くん達の事を気に入っていてね。アレクの事を羨ましがってたよ」


 確かに、あの時はユウマがもっと話したいってバーナードさんに駄々こねてたからなぁ……。困ってるわりには嬉しそうだったのも覚えてる。


「ずっと言ってましたからね」

「アイツは酒には強いから酔ってた訳じゃないと思うんだけどな」

「まぁ、ハルトとユウマと会ったらそれは分かる気がします」

「アレクがこう言うくらいだから、いい子達なんだろうなぁっていうのは想像がつくんだけど」

「えへへ……。ありがとうございます……! 家族の事褒められると、僕も嬉しいです……!」


 ハルトとユウマが気に入られていると、僕も素直に嬉しくなってしまう。ギルバートさんは僕を見ると、笑いながらアレクさんの肩を叩いて逃げられない様に頑張れよとカウンターの奥へと戻ってしまった。

 料理を注文していないんだけど、どうやらオススメで持って来てくれるらしい。


「アレクさん、メイナードさんの事も知ってましたか?」

「知ってるよ。ほら、前に乗合馬車であったリンダとヴァネッサ。あの二人とは冒険者になった時期が近かったから、仲間になったメイナードとマシューともよく顔を合わせてたんだよな~……」


 あの二人とステラがいると煩いんだよなぁ、とボヤいていたけど、僕はお二人の事結構好きなんだよね。時間があったら、昔のアレクさんの事も訊いてみたかったなぁ……。


「皆さんももう王都に帰って来てるんですよね? 会ったりしますか?」

「こないだギルドで会ったけど、リンダとヴァネッサは相変わらずだったな」

「ふふ、楽しそうですね!」


 そんな事言うのユイトくらいじゃないか? と水を飲みながら溜息を吐くアレクさん。すると、何かを思い出したのか動きが止まる。


「そう言えば、おむらいす……? が食いたいって言ってた気がする……」

「あ~、お二人とも気に入ってくれてたんですよ! もうすぐ王都でもお米を売り始めるみたいだから、この辺りでも食べれるかもしれないです」


 美味しくてお腹いっぱいになるし、王都でも気に入ってくれる人がたくさんいるといいんだけど。


「あ、今度ブレンダさんにオムライスを教える約束してるんですよ」

「ブレンダに?」

「そうなんです。エレノアさんに食べさせてあげたいらしくて。可愛いですよね?」

「ふ~ん……? そう言えば、前もフレンチトースト作ってたもんな?」

「うっ……。そうでした、ね……」


 アレクさんが何気なく言葉にした“フレンチトースト”……。

 僕の勝手な勘違いから始まったあの思い出したくもない苦い出来事は、今や僕の黒歴史になりつつある。

 そのせいか、若干……、いや、かなり気まずくて僕はアレクさんの顔を見れないでいる。


「でもさぁ、オレより先にエレノアにオムライス食われるの、正直妬くんだけど?」

「へ……?」


 俯いたままテーブルの上でギュッと握りしめていた僕の手を、アレクさんはトントンと指先で軽く突いてくる。

 パッと顔を上げると、笑うのを堪えているアレクさんの表情が目に入った。


「……意地悪ですね」

「いやいや、恋人の手料理を食べたいって言うのは誰でも一緒だろ?」


 そう言うアレクさんの顔は、悪戯を思い付いたかの様に生き生きとしている。

 これは絶対、僕の反応を見て楽しんでいるな……。


「……じゃあ、僕も……。アレクさんの手料理、食べたいです……」

「オレの?」

「恋人の手料理を食べたいって言うのは、僕も一緒なので!」


( 誰でも一緒なら、僕も同じでも可笑しくないもんね? )


 すると、僕の言葉を聞いたアレクさんは僕の左手を弄りながら、至って真面目な顔で何かを考えている様子だ。


「お待たせ~……って、店の中で見せつけてくれるねぇ」


 そう言いながら、僕たちの前にホカホカと湯気を立てる料理を運んで来てくれたギルバートさん。その言葉に慌てて手を離すと、ギルバートさんは笑っている。アレクさんは少し拗ねていたけど。


「うわぁ! 美味しそう!」

「お、嬉しい事言ってくれるね」


 運ばれた料理を前に、つい大きな声を出してしまった。

 目の前のお皿には見るからに柔らかそうに煮込まれた牛肉と、トロトロの玉葱オニオンにホクホクとしたじゃが芋パタータの入ったスープ。

 そしてライ麦パンとスライスされたチーズが添えられている。

 このお店の看板メニューらしい。


「これは“グラーシュ”っていう郷土料理でね、牛肉をトマトベースで煮込んだスープだよ。パンをスープに浸して食べると美味しいからね」

「はい! 楽しみです!」

「二人とも、ごゆっくりどうぞ」

「ありがとうございます!」


 ギルバートさんにお礼を伝え、いただきますと手を合わせアレクさんとスプーンを手に取る。先ずメインのお肉を一口頬張ると、口の中でホロホロとお肉が崩れていく。野菜も甘く、味がしっかりと染み込んでいてどれも美味しい……。スープもとろりと濃厚で、教えられたとおりにパンを浸して食べると絶品だ。添えられたチーズを齧ると、ナッツの欠片が入っていてこれも凄く美味しい。


「アレクさん、すっごく美味しいですね……!」


 夢中になってお肉を頬張る僕を、アレクさんはニコニコと目を細めながら見つめている。ちょっと恥ずかしいけど美味しいから仕方ない。


「ユイト、そのパン一切れ残しといて」

「パンですか?」


 アレクさんはそう言うと、ギルバートさんの元へ行って何かを話し僕とアレクさんの残したパンを皿ごと渡していた。

 何をするのかと観察していると、ギルバートさんはキッチンの中で何やらごそごそと手を動かしている。暫くすると、ライ麦パンの焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。

 僕たちが来る前にカウンター席に座っていたお客さんも、この匂いが気になるのか、椅子から腰を浮かせてカウンターの中を覗き込んでいた。


「はい。お待たせ」

「わぁ……!」


 ギルバートさんが運んで来てくれたのは、ライ麦パンにグラーシュのスープを浸し、その上からチーズをかけてオーブンで焼いたミニサイズのピザだった。

 チーズの焦げ目が、早く食べてくれと僕に訴えている様な……。


「初めて作ったけど美味そうだな」

「え? お店のメニューじゃないんですか?」


 ギルバートさんの言葉に、僕は思わずアレクさんを見やる。てっきりこういうメニューがあるのかと……。


「いや? アレクが急に頼んで来たから……」

「すみません。美味いかなと思って、つい」

「結構、自由なんですね……」

「まぁ、自分の店だからね~!」


 そう笑いながら、早く食べてとキラキラした目で僕を見てくるアレクさんとギルバートさん。美味しかったら自分も食べると、ギルバートさんも楽しそうだ。

 こんなに注目されると食べにくいけど……。この匂いは間違いないだろうと熱々のパンを手に取り、口を開けた。

 サクッとした食感の後、ライ麦の香ばしい香りとトマトスープの酸味、そしてとろりと濃厚なチーズが口の中を満たしていく。

 僕がいつも作っているピザとは少し違うけど、これは文句なしに美味しい……!

 お酒の味は分からないけど、オリビアさんならワインに合いそうね、と言いそうな気がする。


「……ユイト、味は?」

「どうだい?」


 アレクさんとギルバートさんが前のめりになって僕の感想を待ちわびている。カウンター席に座っていたお客さんも、いつの間にか僕たちの方を向いてソワソワと凝視していた。


「……つ」

「「え?」」


「もう一つ、食べたいです……!」


 僕の言葉にアレクさんはパッと嬉しそうな表情を浮かべ、ギルバートさんは任せろとキッチンへ戻り、カウンター席のお客さんは自分も食べたいと大きな声で注文していた。


 そしてこの後、グラーシュのスープを使ったピザは無事、お店のメニューへと加えられる事となったのだった。


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