第321話 胸の高鳴り
※ 今回は盲目の青年テオドールの視点です。
「ねぇね、なくなっちゃった……」
「あ、ちょっと液が足りなかったですねぇ……。取ってくるので、ユウマくんいい子で待っててくださいねぇ~?」
「はぁ~い!」
「テオドールさん、すぐ戻ってきますのでぇ……」
「はい。大丈夫ですよ」
宿にある食堂の一角。商業ギルドに向かう筈が、何故かこうしてユウマくんを膝に抱き、ステラさんがリース用の接着液を持って部屋から戻るのを待っている。
「ておしゃん、ゆぅくんおもくなぁい?」
「大丈夫ですよ」
「ほんと~?」
テーブルに届かないというユウマくんを膝に乗せているが、子供を抱える事自体が初めてで、こんなにふにゃふにゃとしているモノなのかと驚いた。
膝に乗せると、当たり前の様に私を背もたれにして全身を預けてくる。
初対面の人間に、しかも目が見えない自分に。
こんなにも無防備で大丈夫なのかと危惧するが、ふわりと香るユウマくんの優しい匂いに心がフッと軽くなる様な気がした。
「ておしゃん、どぅちておめめみえなぃの?」
「これは生まれつきなんですよ。だから、こんなに近くにいてもユウマくんの顔も分からないですね」
「しょうなの~……?」
そう言いながら、どうやら私の顔を覗き込んでいる様だ。先程から顎の辺りをユウマくんの柔らかい髪が擽っている。すると、ふわふわとした小さなものが私の手を掴むのが分かった。
「こぅちたら、ゆぅくんのおかお、わかるかなぁ?」
ユウマくんが私の右手を掴み、自分の頬に当てている様だ。ふわふわとした指先と、吸い付く様に柔らかい頬の感触。何だか癖になってしまいそうな……。
「……えぇ、とっても柔らかい頬だと分かります」
「んふふ! めふぃくんのほっぺはねぇ、もっとやらかぃの!」
「めふぃくん?」
「ゆぅくんのおとうと! かわいぃの!」
楽しそうに家族の話をするユウマくんの可愛らしい声を聞きながら、いつの間にか両手でユウマくんの頬を触っていたみたいだ。
途中でしゃべれなぃ! と手の動きを止められてしまった。
……少し残念だ。
「ておしゃん、ごきげん?」
「……え?」
「おかおねぇ、にこにこちてる!」
自分にもたれ掛かる心地良い体温に、知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた様で……。
「……う~ん、そうかも知れません。ユウマくんと会えましたからね」
「ほんと~? ゆぅくん、うれち!」
「ふふ、私も嬉しいです」
社交辞令だと分かっている筈なのに、こんなにも心が温かくなるなんて。
もし自分の子供がいたら、こんな風に膝に抱えて食卓を囲んでいたんだろうか……?
自分にはムリだと早々に諦めた“家族”の文字がチラついた。
「あれぇ~? 二人とも、仲良しさんですねぇ~?」
そんな事を考えていると、ステラさんが部屋から戻ってきた。人の気配には人一倍敏感な筈なのに、あろうことか気を抜いていた様だ。
しかも初めて来た場所で。普段なら有り得ない失態だ。
「あ、ねぇね! えき、あった~?」
「はい~! 新しいの持ってきましたからねぇ~! 素敵なリースを作って、師匠たちをビックリさせましょう~!」
「うん! ゆぅくん、たのちみ!」
「ふふ! 私も楽しみです~!」
二人の会話を聞いていると、そんな事どうでもいいかと思ってしまう自分がいる。
たまにはこういう時間も悪くない。
「……あ! ねぇね、おててかちて!」
「お手てですか~?」
「うん!」
そう言って、ステラさんの手を握っているであろうユウマくん。すると、自分の手を引っ張られた。
手の平に何かか触れ、そっと握るとユウマくんではないふわりと細い指の感触が。
「……あれ?」
戸惑いの声を上げると、ユウマくんの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「ておしゃん、ねぇねのおてて、わかる?」
「す、ステラさん……!?」
「うん! ねぇねのおてて、ちっちゃくてねぇ、きれぇなの!」
「ゆ、ユウマくん~……!」
嬉しそうに話してくれるユウマくんとは対照的に、私は自分の鼓動がバクバクと高鳴るのを抑えるのに必死だった。
手の平からじわりじわりと伝わってくるステラさんの体温に、どう対応すればいいのか分からない。
きっとステラさんも困っている筈だ。
……でも、もう少しだけ、その熱を感じていたいと思ってしまった。
「あれ? リーダー、マイルズまで。中に入らないのか?」
「後ろから見ると怪しいですよ」
「おぉ! エレノア、ブレンダ! 食堂に入りたくても入れないんだよ~……」
「ん? おぉ……! ステラとテオドールさん……!? どうしてこの宿に……?」
「私も腹が減ったが……。アレは邪魔出来ないな……」
「仲が良いのは、良い事だ……」
「「「確かに……」」」
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