第301話 試食会


「父上! 今日は来れない筈では……?」

「いやぁ、イーサンにお願いして昼時だけこちらに来れたんだ。食べたらすぐに戻る予定だよ」


 ライアン殿下も聞かされていなかったのか、突然現れた陛下に驚きを隠せない様子。

 ユランはその場に固まって微動だにしないが、ハルトとユウマは嬉しそうに駆けて行く。


「ばーじるさん! おひさしぶりです!」

「おひしゃちぶり!」

「ハルトくんもユウマくんも久し振りだね。二人の手紙を読んだよ。ありがとう! 似顔絵も上手に描けていたね」

「ほんちょ? ゆぅくん、うれち!」


 にこにこと二人の目線に合わせて喋りかける陛下に、ユランは目を見開いたまま未だ微動だにしない。

 

「トーマス、オリビア。お久し振りですね」

「会わないうちにまた賑やかになってるな?」


 すると、それを見守っていたオレとオリビアの元にイーサンとアーノルドが。アーノルドは相変わらず元気そうだが……。


「イーサン……、お前も苦労が絶えないな……」

「いえ、陛下が元気過ぎるだけですよ。今日も予定が大幅に狂いましたが」

「大変だな……」

「いつもの事です」


 どうやら王都でも陛下の奔放さは変わってない様だ。


「すぐに戻るのか?」

「いえ、こちらで試食とやらをすると聞き付けまして……。それを頂いてから帰る予定です」

「楽しみにしてたんだ! イーサンも澄ました顔をしてるが、ずっと落ち着きが無かったんだぞ?」

「アーノルド……!」

「何だよ、本当の事だろう? フレッドと二人で予定をすり合わせてたの知ってるんだぞ?」

「グッ……」


 アーノルドの言っている事は図星だった様で、バツの悪そうな顔でアーノルドの脇腹を肘で小突いていた。



 



*****


 食材の説明を一通り聞き終わり、全員で一階にある調理室へと向かう。テーブルに並べた食材は全て商会の人が運んで来てくれるという。

 廊下には来た時と変わらず、警備をしている兵士さん達がズラリと並んでいた。


「あれ? なんか聞こえますけど……」

「本当ですね。楽しそうな……」

「ハルトくん達じゃないか?」


 何やら外が騒がしいけど、この廊下の窓からじゃ見えないみたい。カビーアさんもゲンナイさんも、何だろうと首を傾げている。




「こちらで手洗いと調理室専用の服を身に着けて頂きます」


 案内された調理室に入ると、そこには小さな部屋がもう一つ。ここでキレイにしてから漸く中に入れる仕様。さすがだな……!

 フレッドさんも一緒に手を洗い、頭には三角巾を巻き、服の上には割烹着の様なエプロン……。いや、もう割烹着でいいかも知れない。

 ちょっと給食当番みたいだなと懐かしくなる。


「ここで見つけてきた食材を一通り調理してるんですよ」

「うわぁ~! 広~い!」


 中に入ると、まるでホテルの厨房の様な広々としたキッチンが! 作業台の上には、先程まで皆で見ていた食材が並べられている。運んでくれた人たちも同じ服に着替えて手伝ってくれる様だ。

 作業台も大きくて広いし、これなら他の人の調理の邪魔にならないな……。


「では、早速始めましょうか」

「よ~し! では、皆様! 頑張ってください!」


 ネヴィルさんは商会の人達に指示し、僕たちのサポートになる人を二人ずつ付けてくれる。

 フレッドさんはメモを片手に、調理を見守る気でいるみたいだ。


「では私はこちらで……」

「じゃあ私はこっちを使わせてもらおうかな」

「あ、じゃあ僕はここで」


 カビーアさんもゲンナイさんも、自分たちの持ってきた食材と商会が用意してくれた食材を使って調理を始めた。

 僕もお二人の持ってきた食材を分けてもらい、早速調理開始。

 野菜と肉のカットをサポートのお二人に頼み、僕は鍋でお米を炊いていく。手伝ってくれてる人たちの分も合わせたら、鍋三つ分で足りるかな……?


「これはどうするのですか?」

「何をしているのでしょう?」


 僕が作業していると、手伝ってくれているお二人がそれを見て首を傾げている。

 リオダさんとリオマさん。このお二人は双子で、動きがシンクロしていて面白い。


「あ、これは豆腐の中の水分を抜きたいので重しをのせてます。暫くこのままで大丈夫なので」

「分かりました。次はどうしましょう?」

「これをボウル一杯になるまで削ってもらえますか? 硬いので気を付けてください」

「お任せください」

「私はどうすれば?」

「これをこのお肉と一緒に捏ねてくれますか? 粘り気が出てきたら教えてください」

「畏まりました」


 お二人に作業を任せ、僕はカビーアさんとゲンナイさんに分けてもらった食材でライアンくんも喜びそうな料理を……。

 ……上手くいくか心配だけど、これが美味しく出来たらもっとたくさんの人に食べてもらえるチャンスかもしれない。


「よし! 頑張るぞ~!」


 僕は気合を入れ直して調理を始めた。






*****


「ん~! いい匂いですね……! お腹が空いてきました……」


 調理を開始して一時間と少しが過ぎた頃、丁度六時課12時の鐘が響いてきた。

 メモを片手に僕たちの様子を観察していたフレッドさんは、早く食べたいと本音が駄々洩れだ。ちょこちょこ味見していた筈なんだけどなぁ。

 カビーアさんもゲンナイさんも料理が完成した様で、ホッと安堵の息を漏らしている。


「ユイトさんはまた、たくさん作りましたねぇ……」

「この短時間で……。御見事です……」


 ネヴィルさんとフレッドさんが感心した様に声を漏らす。


「リオダさんとリオマさんが手伝ってくれましたから! ありがとうございます!」

「「お役に立てて光栄です」」


 僕一人じゃ、正直この数は無理だったもんね。

 手伝ってもらえて助かった!


「それでは早速、運びましょうか」

「はい!」


 完成した料理を、配膳用のワゴンにどんどん載せていく。

 お二人の作った料理も美味しそう……。


 きゅるるるぅ~~~……


「ハハ、ユイトさんもお腹空きましたね?」

「こりゃ大変だ。早く運ばないとな?」

「う~~……! 急ぎましょう!」


 思わずお腹が鳴ってしまい、皆に笑われてしまった。でも仕方ないよね? こんなに美味しそうな料理がたくさんあるんだから……!


 ワゴンを慎重に押しながら調理室のすぐ隣にある食堂へと運び、テーブルの上に並べていく。どれも大皿に盛り付けてあるせいか、バイキングみたいで楽しくなってくる。

 すると、食堂へと近付いてくる複数の足音と賑やかな声が響いてくる。


( ……どこかで聞いた事ある様な……? )


 そんな事を思っていると扉が開かれ、その賑やかな声が食堂に響き渡った。



「おっ! ユイトくん、久しいな!」



「ば、バージルさん……!?」


 ん~! いい匂いだなぁ! なんて機嫌よくこちらに歩いてくる見慣れたもじゃもじゃの頭……。

 その左腕には、泣きじゃくった様に目をまっ赤にさせたユウマが抱えられていた。


「え? ユウマ、どうしたんですか……?」

「いやぁ、それが……」

「すまない……」

「私達のせいです……」

「え? お二人の……?」


 言葉を濁すバージルさんの後ろから、申し訳なさそうにイーサンさんとアーノルドさんが前に出る。よく見ると、後ろの方でハルトもトーマスさんに抱えられ顔を見せない様にしがみ付き、ライアンくんも心配そうに傍に寄り添ってくれている。


「私達が“処罰”と言ったのを覚えていた様で、近付いたら泣いてしまって……」

「あれは堪えたな……」

「正直、胸が痛いです……」


 お二人がレティちゃんとメフィストに近付こうとした途端、ハルトとユウマが間に割って入り、二人を連れて行かないでとお願いされたという。


「大事な家族だからと泣いてな……」

「大丈夫だと説得するのに大人五人がかりですよ……」

「泣き止んでくれてよかった……」

「「本当に……」」


 ハァ、と溜息を漏らすバージルさん達。トーマスさんとオリビアさんも、泣き止まない二人に難儀したそうだ。


「なんか……、すみません……」

「いやいや、ユイトくんが謝る事じゃない」


 バージルさんはそう言うけど、国王様にその従者と近衛騎士……。そんな人達を困らせるなんて、背筋が凍る思いだ……。

 カビーアさんもゲンナイさんも、こちらを見て今にも倒れてしまいそう。


「でも、どうやって泣き止んだんですか?」

「う~ん……。情けないが、レティの一言で泣き止んだよ……」

「レティちゃんの?」


 トーマスさんの言葉に、僕はメフィストを抱いたレティちゃんを見つめる。


「ふたりにね、はんかちもたせてるでしょ?」

「あぁ、あの白いハンカチ?」


 確か、おまじないしてるって言ってたな……。


「あれね、わるいひとがきたら、まほうが“はつどう”するようになってるの」

「……そ、そうなんだ……」

「うん。だからね、いーさんさんと、あーのるどさん? ちかづいてもはつどうしないから、だいじょうぶだよって」


 それを聞いて、トーマスさん達の顔を見る。

 皆、気まずそうに目を逸らし、口を閉じて何も言わない……。


「ち、因みに……。“発動”すると、どうなるの……?」


 まさかそんな危険な物じゃないよね……?


「ん~とね、しょくしゅでぐるぐるまきにして、まほうじんのなかにとじこめるの」


 淡々と告げるレティちゃんに、トーマスさんもバージルさんも俯いている。


「だって、“てんい”はおこられちゃうし……。とじこめるのなら、いいかなって!」


 にこっと可愛い笑顔を向けるレティちゃん。

 メフィストも楽しそうに手を叩いている。


「……だめだった?」

「うん……。そうだね、ちょっと……、危ないかな……?」


 そうなの? としょぼんと肩を落とす仕草は、見ていると可哀そうになるけど……。


「でもまぁ、イーサンさんとアーノルドさんは悪い人じゃないって証明出来たんだもんね?」

「うん! それにね、みんなのことも、ちりょうしてくれてるって!」

「皆……? あ、あの一緒に捕まってた……?」

「うん! こんど、おしろにいったらあえるって! たのしみ!」

「そっか……! 良かったね……!」

「うん!」


 満面の笑みで頷くレティちゃん。ちょっと物騒な事をしてるなと思ったけど、ハルトとユウマを守ってくれようとしていたんだな。

 ……でも絶対、発動させない様に気を付けないと……。


「おにぃちゃん、もうたべていいの?」

「あ、うん! いっぱい作ったから皆で食べようね!」

「うん! たのしみ!」


 そう言ってレティちゃんは、メフィストを抱えて料理の並んでいるテーブルへと歩いて行く。

 ここは気分を変えてもらわないとね……。


「さ、皆さん! カビーアさんとゲンナイさんの自慢の料理! ご賞味ください!」


「えっ!? ユイトくん、ここで言う……!?」

「恐れ多い……!」


 ゲンナイさんの驚いた声とカビーアさんの悲鳴にも似たような声が聞こえてきたけど、せっかく用意した料理が冷めてしまう。


「是非、感想を教えてください!」


 ここはお二人がアピールする場ですからね!

 そう小声で言うと、お二人も腹を括った様に頷いた。



 どうか、皆に気に入ってもらえます様に!



 それだけを願って、僕は料理の並ぶテーブルへと皆を案内した。


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