第302話 試食会②


「さぁ、皆様。気になる料理を御試食ください!」


 ネヴィルさんの声を合図に、試食会が開始。

 テーブルに所狭しと並んだたくさんの料理を受け取り、バージルさんたちは楽しそうに食べ始めた。毒見は要らないのかと心配になったけど、フレッドさんがしていた味見はどうやら毒見も兼ねていたみたいだ。


「お! これはあの屋台の“カリー”だな? 美味かったから覚えてるぞ」

「は、はい……! お褒めに預かり、光栄です……!」


 アーノルドさんが匂いにつられて向かったのは、カビーアさんの特製カリーの前。

 行商市の時にも作ってくれたバターチキンカリーとビーフカリーの二種類と、今回はフライパンで焼いたチャパティも一緒に。ユウマたちが食べやすい様に、薄力粉で作ってくれたという。

 今日はネヴィルさんの商会が他の食材をたくさん用意してくれていたから、カリーの具材もゴロゴロ入ってて更に美味しそう!

 アーノルドさんはお皿を受け取ると、大きな口を開けて具沢山のビーフカリーを一口。


「ん~! このピリッとした刺激が堪らん……! この薄いパン? みたいなのも合うな!」

「あ、ありがとうございます……! こちらのユイトさんの炊いてくれたコメも一緒にどうぞ」

「コメ……。これと一緒にか?」

「は、はい……! 私の国のライスとは少し違いますが、こちらも美味しいので、是非……!」

「ホォ~? そこまで言うなら……」


 カビーアさんが勧めてくれたおかげで、アーノルドさんはビーフカリーと白米を一緒にかき込んだ。


「……んん! これも美味いな!」

「は、はい! ありがとうございます……!」

「陛下! これも美味いですよ!」

「おぉ、そうか! これを食べたら行く!」

「は、はいぃ~……!」


 バージルさんが来ると言うのでまた委縮してしまっているけど、カビーアさんのカリーは商会の職員さん達にも配られ、順調に減っている。

 職員さん達も緊張しているけど、そんな事お構いなしに話しかけに行ってるバージルさん。そのおかげか、場は和やかな雰囲気だ。


「これも、この揚げたものも、全部同じ大豆ソーヤで……? どれも美味しい上に種類も豊富ですね……」


 イーサンさんはゲンナイさんの料理の前に立ち、ソーヤで作られている料理を熱心に見つめている。

 ゲンナイさんが作ったのは、茹でた枝豆ソーヤタックと、もやしが入った野菜炒め。おからのサラダと、豆腐を薄く切って揚げた油揚げに、豆腐に人参カロッテとソーヤタックを混ぜ合わせて揚げたがんもどき。


「こちらの醤油ソーヤソースもゲンナイ様がお作りになられたそうです」


 フレッドさんが来てくれたおかげで、ゲンナイさんの緊張は少し解れた様子。


「は、はい……! 妻の弟が作り始めまして、今では家族総出で……」

「ソーヤソースはユイトさんが使っていた物ですよね?」

「そ、そうです! 先日の行商市で大量に購入して頂きました」


 イーサンさんとフレッドさんは手帳を片手に何やら相談中。

 ゲンナイさんは緊張からか、何度も水を飲んでいた。



「これは、ふわふわして美味しいです……!」

「あ、気に入ってくれた?」

「はい! とても!」


 ライアンくんのお皿には、僕の作った揚げ出し豆腐。

 始めは恐る恐る食べていたけど、そのふんわりつるんとした食感が気に入ったらしく、いそいそと二つ目をお替りしているところ。


「ほら、ユウマ。あ~ん」

「あ~。……ん~! おいちぃ!」


 ユウマはトーマスさんに切り分けてもらいながら美味しそうに頬を押さえている。トーマスさんはそんなユウマを見て嬉しそう。


「かむと、じゅわってします!」

「ほんとだ! おだしがしみてる~!」


 ハルトとレティちゃんも気に入った様で、ライアンくんと一緒に楽しそうに食べていた。


「ユイトさん、これは何という料理ですか?」

「ライアンくんが食べてるのは“揚げ出し豆腐”っていう料理だよ。ゲンナイさんが作ってくれた“豆腐”に片栗粉をまぶして揚げてるんだ」

「このスープ? も、初めての味です……!」

「これもネヴィルさんが集めてくれた食材でね、“昆布ケルプ”っていう海に生えてる海藻と、“ボニート”っていう魚を使うと美味しい出汁……、スープが出来るんだよ」

「海の食材……! こんなに美味しいのですか……!」


 初めて食べるという出汁の味に感動している様で、ライアンくんは一滴残らずキレイに飲み干していた。大根ホワイトラディッシュのおろしも入れているから、口当たりがよくなってユウマもハルトも食べやすそうだ。


「まぅ~!」

「ふふ、メフィストちゃんも気に入ったの?」

「いい食べっぷりだな?」


 メフィストが食べているのは、豆腐をすり潰し、ケルプとボニートの出汁を使った離乳食。出汁がいつもと違うからか、メフィストの食いつき方もいつも以上。

 やっぱり出汁の旨味は分かるみたい。

 オリビアさんも、傍で見ていたサイラスさんも楽しそうに眺めている。



「オリビアさん、あ~んしてください」

「え? あ~……」

「はい、あ~ん」


 離乳食を食べさせるのに忙しいオリビアさんに、甘くて美味しいデザートを。


「よく噛んでくださいね?」


 こくこくと満面の笑みで頷くオリビアさん。その顔はとっても幸せそう。


「……ん! これ、みたらしとは違うのね?」

「団子は一緒なんですけど、ゲンナイさんの持って来てくれた“きな粉”を使いました。結構甘いでしょう?」

「もしかして、これもソーヤなの?」

「そうなんです。砂糖と、あとほんの少しだけ塩も加えてます」

「これもとっても美味しいわ! もう一つ貰える?」

「いいですよ! どうぞ」

「ふふ、ありがと!」


 オリビアさんもきな粉餅を美味しそうに食べてくれて一安心。

 これに黒蜜があったらもっと美味しいんだけど。あ、バニラアイスか抹茶アイスを添えても美味しそうだな……。あと小豆……?

 和風のパフェも作ってみたい……。


 そんな事を考えながらオリビアさんに食べさせていると、向こうのテーブルが何やら騒がしい。



「これは美味いな! 鶏の唐揚げフライドチキンとはまた違う美味さだ……!」

「本当ですね。サクサクして衣も美味しいです」

「ユイトくん! これは何を使ってるんだ?」


 僕の名前が呼ばれそちらに向かうと、バージルさん達の手には骨付きのフライドチキンが握られていた。バージルさんとアーノルドさんに至っては、唇がテカテカと光っている。

 ふと手元のお皿を見ると、そこにはカビーアさんの作ったタンドリーチキンも。


「あ、それはカビーアさんに分けて貰ったスパイスで作った、いつもとは違う味のフライドチキンです! タンドリーチキンとまた違った風味だと思うんですけど、お口に合いましたか?」


 分けてもらったガーリックパウダーやガラムマサラ、ナツメグ、ターメリックの他にも、色んなスパイスを調合して作った特製スパイスを使った骨付きフライドチキン。

 食べたくなって、あの有名なお店を思い出して作ってみたんだけど……。


「どっちも凄く美味い!」

「これは夢中になりますね」

「どれも持って帰りたいな……」


 アーノルドさんはスパイス料理が気に入ってるみたいで、カリーもフライドチキンもまた食べたいらしい。


「そんなに旨いのか?」

「あぁ、トーマスも早く食べてみろ! 絶対好きだぞ!」

「ホォ~、そんなにか。ユウマ、おじぃちゃんと一緒に食べようか」

「ん! ゆぅくんもたべりゅ!」


 トーマスさんはお皿にタンドリーチキンと骨付きのフライドチキンを一つずつ取り、ナイフで器用に切り分けていく。

 どうやらユウマが食べやすい様に細かくしているみたいだ。

 その後ろではライアンくんとハルトがそのままかぶり付いて、フレッドさんとサイラスさんに口元を拭われているけど二人ともとってもいい笑顔。


「ほら、レティもおいで。これなら食べれるだろう?」

「うん! ありがと!」

「えてぃちゃん、ゆぅくんとはんぶんこちよ!」

「うん! おいしそうだね?」

「ん!」


 レティちゃんも色々試食したからか、もうそんなに量は食べれない様だ。トーマスさんが切り分けたフライドチキンを、ユウマと仲良く半分こしている。

 トーマスさんと三人同時に口に含むと、三人とも目をキラキラさせて美味しい! と頬を押さえていた。

 僕も一つ食べると、サクッとした衣の食感と、香ばしいスパイスの風味が広がっていく。鶏肉から溢れ出る脂も、余すところなく全てが美味しい。

 ……本当はこの残った骨も鶏がらスープを作るのに使えるんだけど、それはさすがに怒られそうだから止めとこう……。



「ユランくん、美味しい?」


 先程から黙々と料理を食べているけど、どれが気に入ったんだろう?


「うん! どれもすっごく美味しい! この、凍りドーフ……? の煮物も、噛む度に味が溢れてきて好きだなぁ」

「これね、唐揚げにしてもいいんだよ。お肉みたいな食感になるみたい」

「こんなに柔らかいのに?」

「うん。水分を絞って、調味料を含ませるんだ」

「へぇ~。色々使えるんだね……!」

「うん、そのお皿にあるハンバーグも豆腐が入ってるんだよ」

「えっ!? これも?」

「ふんわりして美味しいでしょ?」

「すっごく美味しい!」


 どうやら誰も気付いていなかったみたいで、調理を手伝ってくれたリオダさんとリオマさんもこちらを見て嬉しそうだ。



「にぃに~!」


 ユランくんと一緒に料理を食べていると、ユウマがこちらに駆けて来る。お皿をテーブルに置いてしゃがむと、そのまま突進してくるユウマを両手で抱える。


「ユウマ、どうしたの?」

「にぃに~! ゆぅくんね、おかちたべちゃぃ!」

「ん? もうご飯はいいの?」


 試食会を始めてそんなに時間は経ってない様な気もするんだけど……。


「あのね、みんなおちろかえっちゃうでちょ? いっちょに、たべちゃぃの……」

「あ、そっか。バージルさん達食べたら帰るって言ってたね?」

「ん、だからね? おかち……」


 そう言うと、ユウマはしょんぼりとした顔で僕を見上げてくる。


「ふふ、いいよ。トーマスさんにお願いした?」

「ん! にぃににきぃてからって!」


 い~ぃ? と可愛く首を傾げるユウマに、ダメなんて言える筈もなく。


「うん、いいよ。皆にどうぞってしてくれる?」

「ゆぅくん、しゅる~!」


 ユウマを抱えたままトーマスさんの下へ行き、そのまま馬車に忘れ物をしたというていで三人で馬車へと向かう。あ、オリビアさんの籠も忘れずに。


「トーマスさんはちゃんと食べれました?」

「あぁ、どれも美味しいな。あのカリーもクセになるし、がんも……? とかいうのも美味しかった」

「ゆぅくんねぇ、あげだち! おぃちかった!」

「揚げ出し、気に入ってくれた? よかった! 僕もずっと食べたかったカリーが食べれて大満足です! 野菜炒めもお米と食べたら最高でした!」

「あれはドリューが好きそうだったな?」

「お米に合う料理ですからね!」


 そんな事を話しながら、外にある馬車に到着。

 周りには警備をしている兵士さん達がズラリと並んでいる。荷物を取りに来たと伝え、三人で馬車の中へ。幌は下ろしてあるから大丈夫かな?


「ユウマ、ちょっと下ろすぞ~?」

「は~い」


 トーマスさんは腰に巻いている魔法鞄マジックバッグを外し、僕に手渡す。その中からクッキーとケーキ、そしてチーズを取り出して籠の中へ。


「やっぱり何度見ても旨そうだな」


 この籠の中にはトーマスさんの好きなクッキーとケーキが入っている。余程気に入ったのか、目が羨ましいと訴えていた。


「じぃじもたべちゃぃ?」

「あぁ、おじぃちゃんも食べたいなぁ」


 そう言われ、ユウマはん~、と考えた後、籠の中に入れたユウマ用のクッキーを取り出した。


「じゃあ、ゆぅくんのくっきー、はんぶんあげりゅね?」


 どうじょ、と自分にクッキーの袋を手渡すユウマに、トーマスさんは目尻が下がり切っている。


「ユウマは優しいなぁ……」

「ん~! おひげやぁ~っ!」


 トーマスさんはユウマを抱きかかえ、頬をスリスリ。

 ユウマはやっぱり後ろに仰け反り、いやいやと暴れていた。


《 ユウマ、どうした? 》

《 何かあったのか? 》

「クルルル?」


 そんなユウマの叫び声を聞き付け、厩舎で休んでいたサンプソンたちが幌の隙間から顔を覗かせる。


「いやぁ~、トーマスさんの髭を嫌がってるだけだから……。心配かけてごめんね?」


《 そうか。さっきも泣いていたからな。気になっただけだ 》

《 トーマスの髭か…… 》


 セバスチャンは馬車の中に降り立ち、ひょこひょことトーマスさんとユウマの前へと移動する。相変わらず可愛い歩き方……。


「お? セバスチャン、どうしたんだ?」

「どぅちたの~?」


 トーマスさんはユウマを抱え、ユウマは仰け反ったままセバスチャンを見つめている。


《 トーマス、ユウマの肌は柔らかいからな。程々にしないと傷がつくぞ? 》


「な、なに……!?」


 セバスチャンの言葉が衝撃だったのか、トーマスさんはユウマをもう一度抱き直し、そのふくふくとしたほっぺを凝視している。

 そうか、そうだったな……、とかなりのショックを受けている様だ。


《 頬擦りしたいなら、髭を剃ればいい 》


《 剃ってやろうか? 》

「うっ……、それは……」


 すると、どこからともなく風が巻き起こる。もしかして、セバスチャンの魔法……?


「い、いい! 自分で剃る……!」

「じぃじ、おひげしょりゅの?」

「え? あ、あぁ、ユウマの可愛い頬に傷が付いたら大変だからな?」

「しょうなの~?」


 そう言って、トーマスさんの顔をジィ~っと見つめるユウマ。


「でもね、ゆぅくん。じぃじのおひげ、しゃわりゅのはしゅき!」


 ユウマは小さな手でトーマスさんの髭を触りながら、ちくちくちてりゅ! と笑っている。


《 トーマス……、顔が…… 》

《 まぁ、良かったんじゃないか……? 》

「そっとしといてあげて……」

「クルルル~?」


 サンプソンたちはそう言うと、そっと馬車から離れていく。


「んふふ~! ちくちく!」

「グゥッ……!」



「髭は……、絶対に剃らないぞ……!」 



「アハハ……」


 ユウマの楽しそうな笑い声と、トーマスさんの嬉しそうに感極まった声だけが、この馬車の中に響いていた。






《 トーマスはいつも楽しそうだな 》

《 まぁ、気持ちは分かるが 》

「クルルル~?」

《 お前もそのうち、分かる様になるよ 》

《 私達が良い見本だな 》

「クルルル……!」


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