第299話 フレッドさんは出来る人……?

※ 寝過ごしました。すみません……。




 ローレンス商会の一室。

 そこには、テーブルに所狭しと並べられた沢山の食材が……。

 見た事もない食材もあり、僕の好奇心を刺激しまくりだ……!


「スパイスはこんなに種類があるのですね……! しかし、これだけあると使いこなせるかどうか……」


 フレッドさんの目の前には、色とりどりの様々なスパイスが並べられている。

 会長のネヴィルさんにゲンナイさん、僕とユランくんも一緒に覗き込みながら小瓶に入ったそれを興味津々と言った様子で眺め、それをカビーアさんが少し緊張した面持ちで一つ一つ丁寧に説明していく。


「はい。しかしそれ程難しくはないんですよ。皆さんが日頃お使いになっている胡椒ペッパーもそうですし、唐辛子チィリ。これを粉末にしたモノもスパイスの仲間です」

「あぁ、そう言えば……」


 カビーアさんの言葉に、フレッドさんも確かに、と頷いた。


「一度に何種類も使うのではなく、用途に応じて……。そうですね、肉の臭み消しや香り付けに使いたい時に一つか二つ。ほんの少量加えるだけでも変わってきますので」


 そう言うと、カビーアさんは一つの小瓶を手に取った。


「これは“ナツメグ”と言うスパイスです。フレッド様はユイトさんの料理を召し上がった事は……」

「えぇ、あります。どれも大変美味でした!」


 顔を上げ、先程よりも少し弾んだ声で答えるフレッドさん。

 それを聞いて、ちょっと顔がにやけてしまう。


「では、ハンバーグも?」

「はい! 大好物です!」


 パッと明るい表情を浮かべるフレッドさんに、僕たちはつい頬が緩んでしまう。

 フレッドさんは少しきまりが悪そうだったけど、カビーアさんはそれを見て少しだけ緊張が解れた様だ。


「とても美味しいですよね。私も大好きです。それに加えられているのも、こちらのナツメグです。加えなくても問題はありません。ただ、ほんの少し加えるだけでも肉の臭みを抑えたり、風味がグッと豊かになります」


 それに僕が頷くと、カビーアさんはにっこりと笑顔を浮かべる。


「それに、昔からスパイスはそれぞれに効能がありまして。便通を良くしたり、肌に良いとも言われていますね」

「成程……! 使い方によっては薬にもなると……!」


 ふむふむとメモを取るフレッドさんと、ネヴィルさんも一つ一つ手に取り、真剣な表情で観察している。あれはクリスさんもやっていたな、と少し笑ってしまう。


「あとこちらのスパイスは保存方法にもよりますが、蓋を開けなければ一、二年程保存が可能です」

「え!? それは本当ですか!?」


 保存可能という言葉に、フレッドさんが食いついた。


「はい。全てとまではいきませんが、粉末パウダー状のモノはそれくらいですね。原型ホールのままだと二、三年程はもちます」


 そう言ってカビーアさんが見せてくれたのは、挽く前の粒のままの胡椒。


「少し手間ですが使う毎にホールから挽くと、風味も格段に上がります」

「そうなのですね……! それは良い事を聞きました!」


 ふむふむと熱心にメモを取るフレッドさんの手帳を横からチラリと覗き込むと、ホールは晩餐会用に最適と書き込んでいた。

 ……カビーアさん、これを知ったら卒倒しそう……。


 それから暫くスパイスの説明を皆で受け、次はゲンナイさんの番。


「私共は家族で大豆ソーヤを育てています。そのソーヤを使った食材がこちらです」


 そう言ってゲンナイさんが見せてくれたのは、フレッドさんにも馴染みのある醤油ソーヤソース。それに、大豆の原型からは程遠いモノがズラリと並んでいる。

 それを見て、僕は一人心の中で叫んでいた。


「こんなにですか……!?」

「はい。全てこのソーヤを使った食材です」


 ゲンナイさんの前には、ソーヤソースはもちろんの事。もやしに枝豆、粉末にと、僕の見慣れたものがたくさん……!

 感動のあまり、思わず顔を両手で覆ってしまう。ユランくんに心配されたけど、嬉しくてと答えたらちょっと顔が引き攣ってた。失礼な……!

 

「これらが全て、この豆で出来たものだと?」

「はい。このソーヤを育てる過程で刈り取ったものがこちらの“枝豆ソーヤタック”です。これは茹でて食べると本当に美味しくてですね。酒のつまみにも合いますし、十歳と十二歳になる孫たちも好んで食べていますね」

「これが……。子供にもですか……?」

「それはもう! あぁ~、だけど歯の生え揃っていない子供には食べさせないでください。そのまま飲み込んでしまう事もあるので」

「成程……。与えるのも注意が必要と……」

「そうですね。ハルトくんだったかな? あの子位の年齢からだと安心かなと」


 フレッドさんはそれも真剣に書き込み始める。それをチラリと覗くと、危険な事も事前に申告。高評価。と書き記されている。

 ゲンナイさんはカビーアさんの後だからかまだ心の準備が出来ていた様で、当初の緊張も解れたみたいだ。


「あとこれは“もやし”と言うんですが、シャキシャキした食感でウチでは炒め物によく使います。このソーヤソースで炒めると美味しいですよ」

「しゃきしゃき……。これは日持ちしそうに見えないのですが、どうしてこんなに新鮮な状態で?」


 フレッドさんが指した器の中には、瑞々しさを保ったままのもやしが。太くて食感も良さそうだ……。


「あぁ、これは王都に着いてから育てたんですよ。上手い事水をやれば、三日程でこの状態にまで育ちます」

「三日……!? それでここまで!?」

「はい。日持ちはしませんが、すぐに育つのでそこは強みかと」

「成程、成程……! 三日でこれは素晴らしいですね……」


 楽しそうにメモしていくフレッドさん。孤児院の物資には何が良いかと考えている様で、どれも熱心に質問している。


「この白いモノは……? これも食べ物……?」


 フレッドさんはこのふるふると揺れる白いモノに興味がある様で、先程からチラチラと横目に見ていた。


「これは“豆腐トーフ”です。こちらも王都に着いてから作りました」

「これもですか……!?」

「はい。これも日持ちはしないのですが、これを凍らせてまた戻し、乾燥させたモノがこの“凍り豆腐”です」

「これが……? 色も大きさも随分と……」

「はい。この様に乾燥して縮みますが、湯に浸けておくとふわりと柔らかい食感に戻るんですよ。味も凝縮されているので、とても美味しいです。こちらは日持ちするので、行商に向かう時は大体これを持って行きますね」

「ホォ~……。ちなみに保存期間は……?」

「そうですね……。大体は三カ月程もちますね……」

「三カ月も……!」

「半年はもつ事もありますが、それはきちんと保管したうえでの事なので。それと、このトーフには“にがり”という液体を使用します」

「にがり……?」

「はい。海水で塩を作る過程で出る、言わば余分な水分ですね。これを固める為に使用しています」

「海水……。という事は、海の近くに……?」

「今住んでいる場所からは近いという事は無いのですが、私の妻とその弟が海辺の村出身で。その伝手で余ったものを分けてもらっているという形です」

「成程……。ありがとうございます……」


 またまた熱心にメモを書くフレッドさん……。

 そうか、ゲンナイさんの義弟さん。海の近くに住んでたのか……。いいなぁ……。

 そんな事を考えながらも、またついつい覗いてしまう。


「ユイトさん……。先程から視線を感じるのですが……?」


 と思いきや、覗き込もうとする僕をジトリと横目で睨んでいる。

 まぁ、全く怖くないんだけど!


「いやぁ~……。だってフレッドさん、皆の為に熱心に質問したりメモしたり、凄いなぁと思って……」

「なっ! 私は当たり前の事をしているだけです!」


 そう言ってツンとしているけど、フレッドさんの頬が赤くなってきている。


「いやいや、それが凄いなぁと……。やっぱり尊敬しちゃうなぁ……」

「~~~……! 褒めても何も出ませんからね……!」


 本当の事を言っているだけなんだけど、フンとそっぽを向いてしまう。

 どこかこの場の空気がほんわかしたモノに変わっていくのを感じた。




「コホン……。御二方の食材、どれも興味深いモノばかりでした……! ありがとうございます」


 ゲンナイさんの説明を全て聞き終わり、フレッドさんが頭を下げる。


「いえいえ、とんでもございません……!」

「私共も、この様な機会を頂き光栄でございます……!」  


 カビーアさんもゲンナイさんも慌てて頭を下げ恐縮しっぱなしだ。

 ふと隣を見ると、ユランくんとネヴィルさんが二人で何やら話し中。

 窓の外を見ているから、もしかしたらドラゴンの事かも知れない。

 

「ところで……。ユイトさんも何か変わった食材を?」

「あ、僕ですか? 僕はですね、コレを……」


 そうだと思い出し、オリビアさんに貸してもらった籠の中からカカオ豆を取り出す。

 クリームチーズとマスカルポーネは、うっかりトーマスさんの魔法鞄マジックバッグに入れっぱなしだったのに気付いた。後で出してもらわなきゃ……。


「これは?」

「大きいですね?」

「初めて見たな……」


 僕の出したモノを見て、フレッドさん達は首を傾げている。


「これはですね、“カカオ”と言うモノなんですけど普段は薬に使われているらしいです」

「薬ですか」

「はい。薬屋さんのおばあさんに教えてもらったんですけど、手に塗るクリームを作っているらしいです」


 そう言って説明していると、いつの間にかネヴィルさんもユランくんも戻って僕の話を聞いていた。


「それはクリスからこちらに届いた“チョコレート”と“カカオバター”の原料ですね?」

「あ、そうです! 僕はお菓子の原料としてしか知らなかったので、薬にも使われていると聞いてビックリしたんですけど」


 フレッドさん達はネヴィルさんと僕の会話を聞いても何の事か分からないみたい。実物を見てみない事にはなぁ。


「あ、ここに来る前にですね。シャノンさんにネヴィルさん用にチョコレートで作ったお菓子を預けてるんです」

「私にですか?」

「はい! 日頃のお礼にと思って……」

「それはそれは……」


 ネヴィルさんはふむ、と一考した後、扉の外に待機していた従業員の人に何か伝えて戻ってくる。


「ここに持ってくる様に言いましたので、そろそろ……」


 すると、ほんの数分も経っていないのにコンコンというノックの音が。


「入りなさい」

「失礼致します」

「「はや……!」」


 扉を開けて入って来たのはシャノンさん。

 思わずユランくんと一緒に心の声が漏れてしまった。

 そして僕が持ってきた手土産のお菓子を置き、すぐに出ていってしまう。


「ユイトさん、説明をお願いしても?」


 フレッドさんはもちろん、カビーアさんとゲンナイさんもこのお菓子を興味深そうに繫々と眺めている。


「あ、はい! これがこのカカオから取れたチョコレートを使った“チョコチップクッキー”です。元はもの凄く苦いんですが、お菓子の材料として使用するとそのほろ苦さがアクセントになってとっても美味しくなるんです」

「苦いんですか?」

「そうですね。でもこのクッキーにするとほろ苦さが少し残るくらいなので……。ハルトとユウマも好きなんですよ」

「なら子供にも大丈夫と」

「はい。トーマスさんも大好物です」


 多めに作ってくれとお願いするくらいだからね!


「ふふ、大人にも好評なんですね?」

「はい!」


 フレッドさんと会話をしていると、いつの間にか僕たちの目の前に小皿とフォークが用意されている。


「ユイトさん、こちら皆様と一緒に頂いても?」

「あ、ネヴィルさんがよければ! 僕はもう食べてるので皆さんでどうぞ!」

「ボクも頂いたので、皆さんで」


 ユランくんもそう言い、四人で食べてもらう事に。

 お皿の上には、チョコチップクッキーと切り分けたガトーショコラ。そしてハワードさんの牧場で作ったチーズを使用したベイクドチーズケーキ。

 う~ん……。ちょっと緊張するかも……。


「では、早速」


 まず最初にと、チョコチップクッキーを一斉に頬張った。

 ドキドキする僕の隣で、ユランくんは大丈夫だって! と声を掛けてくれる。

 この皆さんが食べてる沈黙の時間が、やけに長く感じる……。


「……ど、どうですか?」


 この沈黙に耐え切れなくなって、ついつい声を掛けてしまう。


「とても食べやすくて美味しいですね……」

「このほろ苦さがクセになる……」

「これなら確かに子供も大人も好きそうです……」


 カビーアさんにゲンナイさん、ネヴィルさんはうんうんと頷きながら一枚、二枚と食べ進めている。どうやら好評の様でホッと胸を撫で下ろす。

 だけど一人、無言のままの人が……。


( フレッドさんはどうだろう……? )


 さっきからずっと無言のまま、あちらを向いて俯いている……?

 そ~っと覗き込むと、そこにはサクサクと満面の笑みでクッキーを頬張るフレッドさんの姿……。


「……気に入ってもらえました?」


「ふわっ!? ……ゲホッ、ゲホッ……!」


 余程夢中だったのか、僕の声に焦って咽ているフレッドさん。

 ネヴィルさんが水を差し出してくれ、それを慌てて手に取りゴクゴクと一気に飲み干した。


「……美味しかったんですねぇ」

「……夢中でしたからね」

「……その気持ちは分かりますよ」


 カビーアさん達にも温かい目で見守られているのに気付き、フレッドさんの顔がどんどんまっ赤になっていく。


「お味は……?」


「~~~……っ! とても! 美味しかったですっっっ!!!」


 なかばヤケになっているみたいだけど、それでもお皿は持ったまま。

 それを見たカビーアさんもゲンナイさんも、更にはネヴィルさんまでも、フレッドさんに一枚ずつクッキーをあげている。

 フレッドさんも断らず、ちょっと嬉しそうだ。


「なんか……、村の爺様たち思い出した……」

「あぁ、なんか分かるかも……」


 子供にお菓子をあげる近所のおじさんか親戚のおじさん……。

 そして嬉しそうに受け取るフレッドさん……。


「……なに見てるんですか……!」

「いえ、何も……」

「ボクも別に……」


 ジッと見られている事に気付き、またまっ赤になるフレッドさん。

 もうカビーアさんもゲンナイさんも、フレッドさんに対して全く緊張していない様子。


( もしかしたら、緊張を解す為にわざと……? )


 一瞬そんな事が頭を過るけど、あの顔を見たら違うな、と理解する。


「フレッドさんって、意外と可愛い人だね……?」

「うん。美味しいモノ食べると、嬉しそうでしょ……?」


 ユランくんも同じ事を思っていたのか、ヒソヒソと僕に耳打ちしてくる。


「……なに話してるんですか……!」

「いえ、何も……」

「ボクも別に……」



「……全部聞こえてるんですからねっっっ!!」



 まっ赤になってプルプルしているフレッドさん。

 うん。仕事の出来るフレッドさんもいいけど、こういうフレッドさんの方が安心するなぁと、チョコチップクッキーを離さない姿を見て、僕はしみじみそう感じた。 


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