第296話 似たもの夫婦
「おにぃちゃん、これでいい?」
「うん、上手!」
昼食の後、僕はレティちゃんとノアたちと一緒に別室に行き、早速作業を開始。
手先を器用に動かしながらレティちゃんの目の前に積まれていく紙を見て、ノアたちは首を傾げていた。
《 これ、どうやってつかうの~? 》
《 なぁに~? 》
疑問だったのか、皆で僕の顔を見上げてくる。
「ん? 上手くいけばいいんだけどね。これをこうして……」
《 なるほど~! 》
《 すご~い! 》
一つだけ見せてみるとようやく謎が解けた様で、皆でうんうんと頷いている。
……あ、どうせなら皆にも手伝ってもらおうかな……?
「ねぇ、ノアたちにお願いがあるんだけど……」
お願いと聞いて、五人はお互いの顔を見合わせ可愛い目をパチパチと瞬いている。
《 なぁに~? 》
《 ぼくたちにも、できること~? 》
「うん! とっても重要な事!」
説明すると、五人ともたのしそう! とやる気になってくれた。
上手くいけばいいんだけどなぁと目の前にある紙を立ててみる。
( メフィスト、喜んでくれるかなぁ……? )
そんな事を考えながら、僕もレティちゃんも、真剣に手を動かし作業を進めていった。
*****
「ふふ、二人とも洗い物ありがとう」
「いえ! これくらい当然です!」
ユランと一緒に洗い物を片付けソファーで一息。
部屋の中に気持ちいい風が入ってくるなと思っていると、ハルトとユウマがメフィストと一緒にテラスに出てセバスチャンと遊んでいた。
どうやらメフィストの遊び相手になっているらしく、また自慢の羽が涎でしっとりしていそうな気配がする。
「あ、ボクも向こう行ってきます!」
「あぁ、分かった」
ユランがピュイと口笛を吹くと、ドラゴンがテラスから顔を覗かせた。ユランを見ると嬉しそうに尻尾を振っている。
ドラゴンもサンプソンや他の馬たちに懐いている様で、夜も傍で大人しく寝ている様だ。サンプソンが思いの外、面倒見がよくて驚いたがな。
「ん……? オリビア、ユイトとレティは?」
周りを見渡しても、二人と妖精たちの姿がない事に気付く。
テラスに出ようとしていたユランも、こっちにはいないと手を横に振っている。
「二人なら今メフィストちゃんの為に工作してるわよ」
「工作?」
「えぇ、何を作ってるかは教えてくれなかったけどね?」
ユイトとレティは何やらこそこそと耳打ちし、オリビアにハルトたちを頼んで別室に行ってしまった様だ。ノアたちもアレクに言われたからと窓の近くには行かない様にしているらしく、ユイトたちについて行ったと。
ユイトの事だから、また子供たちが喜ぶものでも作るんだろう。
そんなに心配する事もないかとソファーにゆったりと凭れかかる。
「ハァ~……、また食べたいな……」
昼に食べたチーズケーキの味が忘れられずに深い溜息を吐くと、オリビアが笑いながら紅茶を淹れてくれた。
「ありがとう」
「いいえ。トーマスも気に入っちゃったみたいね?」
「あぁ、最高だった……」
しっとりとなめらかな生地に思いを馳せていると、はたと思い出す。
思えば、ユイトたちが来てから好物が増えた様な気がする……。アヒージョにハンバーグ、照り焼きチキンのピザに、あのホルモンとかいう肉も旨かった……。
「……ユイトに、胃袋を掴まれてるな……」
「あら! 今頃気付いたの?」
オリビアはそう笑いながら隣に座ると、皆の予定を書いたあの紙を取り出した。
「少し早めに出発してよかったわねぇ。明日は商会にお邪魔するんでしょう? ほら、他にもユイトくんの予定だけびっしりよ」
「改めて見ると凄いな……」
あのローレンス商会で、会長自ら集めた食材を見せてもらうなんて今まで聞いた事がない。まぁ、冒険者のオレには
孤児院でのコメの炊き方指南……、これは炊き出しの部類に入るのか? 子供たちの好みそうな調理方法を教えそうだな。
アーロとディーンに懇願されていた騎士団寮での調理。百人以上いるんだろう? 二人も手伝うと言ってたが、準備する量も想像つかんな……。大丈夫か、些か心配だ。
「これがなぁ……。一番気掛かりなんだが……」
「あら、これ?」
この一番最後の、城の料理人相手に料理教室……。これは偏見かも知れないが、プライドの高そうな料理人が、成人前の子供を相手にどんな対応をとるか……。
ユイトは少し人に対して優しすぎるきらいがあるからな。注意して見ておかないと……。
「そんなに心配しなくても、ユイトくんなら大丈夫じゃないかしら?」
「オリビア、そんな暢気な……」
優雅に紅茶を啜りながら、楽しそうに笑みを浮かべる。
「だってあの子、意外と負けず嫌いと言うか……、根性あるじゃない?」
負けず嫌い……? ユイトが……?
「根性はあると思うが……、負けず嫌いか……?」
「ふふ。だって、お人好しな性格だけじゃ良い様に使われて終わっちゃうもの~。トーマスが魔力酔いで倒れた時だって、自分一人でお店開けるって頑張ってたし。フレッドくんだって、今は仲良しだけど最初はツンケンしてたでしょ?」
「あぁ~、そう言えば……」
「それに、アレクが魔法陣の中に引きずり込まれるの見て飛び込んじゃうくらいだし……」
「あぁ~……」
そんな事もあったな……。
「だから私たちが心配しなくても、ユイトくんなら上手く対処するんじゃないかしら?」
「ふむ……。そうだなぁ……」
オレが過敏になってるだけか……。
「まぁ、誰かに意地悪な事されたら、こっそり仕返しはするけど……」
「え?」
何か物騒な事が聞こえた気がするんだが……?
「それよりも私、ユイトくんに何かあったらレティちゃんが何かやらかしそうで……。そっちの方が心配だわ~!」
「確かに……!」
そうだ、レティもいるんだった……! 店の前で騒いでいた男を転移で森の中に飛ばすくらいだからな……。
それに、ハルトとユウマに持たせているハンカチ。レティはおまじないしているとしか言ってなかったが、かなり強い魔力を感じる。
オリビアも何も言わないが、恐らく気付いているだろう。
「あ、ばぁば~! なにのんでるの~?」
二人で深い溜息を吐くと、テラスで遊んでいたユウマが駆けて来る。
もう駆けて来るだけで可愛らしい。
「紅茶飲んでるのよ。ユウマちゃんも喉渇いちゃった?」
「ん~、ゆぅくんねぇ、おみじゅのむ~!」
「ふふ。じゃあ持ってくるわね」
「ん! ありぁと!」
ユウマの頬を一撫でし、オリビアはキッチンへ。
オレの膝によじ登ろうとしているユウマを抱え、紅茶を啜る。
「じぃじも、ばぁばとおんなじ?」
「あぁ、同じ紅茶だよ。味見するか?」
「ん~ん。にぃにがねぇ、ねれなくなっちゃうから、ゆぅくんはまだだめ~っていってた!」
「そうなのか?」
子供に紅茶はダメなのか……。知らなかったな……。
「ユイトは物知りだな?」
「ね! しゅごぃねぇ!」
ユウマは機嫌良さそうにオレの膝に座り、オレの左手に嵌めている指輪を眺めている。
そう言えば、この指輪のお店にも行くんだったな?
多分、ユランと行ったあの店だと思うんだが……。
「ユウマもそのブレスレット、毎日着けてるな」
ユイトとハルトと一緒に貰ったというブレスレット。
オレとオリビアと同じ“ペリドット”が使われているらしい。
「だってねぇ、みんなといっちょ! うれちぃもん!」
「グゥッ……」
そう言って、オレの左手をきゅっと掴むふわふわの指先。
思わず唸ってしまい、ユウマが心配そうにオレの顔を見上げているが大丈夫。
今日もおじいちゃんは幸せだ……。
*****
「あ、皆揃いましたね?」
夕食後、ユイトに呼ばれ全員で一つの部屋に集まる。
オリビアも聞かされていない様で、何をするのかと首を傾げていた。
「おにぃちゃん、なにするの?」
「なぁに~?」
「ふふ、まだ内緒だよ~」
ユイトとレティ以外は敷いたラグに座らされるが、目の前にはシーツが上から吊るされ、まるで壁の様に広げてあるだけ。
メフィストもオレの腕の中できょろきょろと辺りを見渡している。
一体、何が始まるのか……。
すると、フッと部屋の明かりが消え、レコードの心地良い音色が流れてきた。
まさか蓄音機も持って来てたのか……。
暗闇の中、フッとシーツに淡い光が灯り、そこには影で出来た木や家が映し出されている。
「これは、ひとりぼっちのクジラが仲間を求めて、世界中の空を旅する物語です」
ユイトの声が聞こえたと思ったら、シーツに映し出される影に動きが……。
───ノアたちか!
シーツの向こうでユイトの声に合わせて演技をしている様で、これがなかなかに可愛らしい。だが、子供になったり大人になったり、どうなっているのか全く分からない……。
ハルトもユウマも、そしてメフィストも、食い入る様にそのシーツに映し出された影を見つめている。
『空飛ぶ鯨』
世界樹の朝露から生まれたクジラが、自分と友達になってくれる存在を探しながら世界中を旅する物語。
クジラが雲を潜ると、連日の雨に悩まされていた村に太陽が戻り、クジラが
人々に感謝されながらも、クジラは自分の“声”を聞いてくれる“神の愛し子”を探して世界中の空を泳いで旅をする。
四百年程前に賢者が書き記したと云われる伝記を基に、絵本に作り直したと言われている。
「クジラはこの国に幸せを運び、人々は感謝し、祈りを捧げます」
ふわりふわりと浮かぶ雲に、大きなクジラの影が映し出される。
その下では、ノアたちが演じる人々がクジラに祈りを捧げていた。
「そして、クジラはゆらりゆらり。雲を潜り、広い空を優雅に泳ぐのです」
クジラの影がゆっくりと雲を潜り抜け、まるでそこにいるかの様な錯覚さえ起きる。
メフィストも食い入る様に見つめ、世界に入り込んでいる様だ。
「──そしてクジラは、幸せに暮らしました。お終い」
部屋の明かりが灯り、シーツの裏からユイトたちが照れ臭そうに顔を出す。
「どうでした? 楽しんでもらえました?」
「わたし、ちょっとまちがえちゃった……」
そう言う二人に、誰も言葉を発せずにいる。
「……あんまり、面白くなかったですか?」
シュンと肩を落とすユイトに、ユランがパチパチと拍手をする。
それを聞いて、ハルトとユウマがパッと立ち上がった。
「すごいです! くじらさん、およいでました!」
「しゅごぃねぇ! ゆぅくん、またみたぃ!」
「おっきくなったり、ちっさくなったり……! びっくりです!」
「みんなも、おちばぃじょうじゅ!」
二人はユイトに飛びつき、興奮した様に喋り出す。
ノアたちの芝居も上手だと褒め、五人は嬉しそうに飛び回っている。
「めふぃくん、どうだった?」
レティがオレの腕の中にいるメフィストに優しく話し掛ける。
すると、抱っこしてと言う様にレティに手を伸ばし、抱えられると指をさしてあっちに行きたいと必死に訴えている様に見えた。
しばらくその様子を見ていると、シーツの裏をチラリと覗き、う? と首を傾げている。レティはメフィストの言いたい事に気付いたのか、窓際に移動し外を見せている。
「めふぃくん、くじらさん、おそらにかえっちゃったよ?」
「う~?」
レティが空を指差し、バイバイと手を振っている。
「めふぃくんも、ばいばいする?」
「あぃ!」
レティにつられたのか、言葉を理解したのか、メフィストは小さな手を夜空に向けて一生懸命振っている。
「くじらさん、またきてくれるといいね?」
「あ~ぅ!」
そのあまりの可愛らしさに、オレは立ち上がる事も出来ず、その光景を只々目に焼き付ける事しか出来なかった。
「……にぃに~。じぃじのおかお、へん……!」
「ほんとです……!」
「ん? あの顔よくするよ?」
「しょうなの~?」
三人が何気に酷い事を言っているのが聞こえるが、変な顔をしているという自覚があるから否定も出来ない……。
「ばぁば~! じぃじ、へぇ~ん!」
「「……あ」」
「ばぁばも、おんなじかおちてる~……」
その声に振り返ると、隣に座っていたオリビアの顔もオレと同様、何かに耐える様に必死の形相をしていた。
「ああいうの、にたものふうふ、っていうんだって」
「う~?」
その言葉に、ユランが後ろで笑うのを我慢しているのが伝わってくる。
……うん。子供たちが可愛すぎて、今日もオレたちは幸せだ。
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