第297話 ローレンス商会


「さ、皆! 忘れ物はないかしら?」

「「「は~い!」」」


 王都三日目の朝。

 いつもより少しだけ早めに朝食を取り、サンプソンの牽く馬車に乗ってローレンス商会へと向かう。魔法鞄マジックバッグは使えないので、ネヴィルさんへの手土産は僕の鞄の中。そしてケーキは崩れない様にオリビアさんが籠に入れてくれた。

 他のたちは使用人さん達が世話してくれているので、僕たちは安心して家を出る。


「楽しみだね?」

「あぃ~!」


 メフィストを抱えて、荷台に腰を下ろす。馬車と言っても椅子はなく、乗合馬車の様に大勢乗れる板張りだ。お尻が痛くならない様に、クッションを忘れてはいけない。


「にぃに~、おいちぃの、あるかなぁ?」

「そうだね。ネヴィルさんに色々訊いてみようね」

「ぼく、つな、たべたいです!」

「ハハ! 美味しいもんね! それも訊かないとね!」


 二人はまだネヴィルさんに会った事はないけど、良い人認定しているクリスさんのお父さんだと知っているからか、そんなに緊張してないみたいだ。


「ユイトくん……、本当にボクも行って大丈夫……?」

「え? なんで?」


 ハルトたちとは違い、ユランくんは少し緊張しているみたい。

 家を出る前からずっと溜息ばかり吐いている。

 そんなソワソワしているユランくんとは対照的に、ドラゴンは幌の隙間から外の様子を眺めてはクルルルと楽しそうに鳴き声を上げていた。


「もしダメだったら、その辺をプラプラしとくから」

「え~? 大丈夫だよ~……」


 それよりも……、


「ユランくん。なんでユイト呼びに戻ってるの?」

「え?」


 せっかく打ち解けたと思ったのに……。


「いやぁ~……。だって、アレクさんが……」

「アレクさん?」


 どうしてそこでアレクさんが出てくるんだ?

 傍で聞いていたハルトとユウマも首を傾げている。


「ボクがユイトって呼んだら、すっごい敵対心持たれちゃって……」

「えぇ!?」


 ユランくんとしばらく一緒に生活すると知ってから、僕のいないところでオレのだからな、と釘を刺されたらしい……。

 恥ずかしいやら申し訳ないやらで、感情がごちゃ混ぜだ。


「なんか……、ごめんね……?」

「いや、その顔……、嬉しそうだけど……?」


 ユランくんは呆れた様子で僕の顔を見つめている。

 顔に出てた? いや、嬉しいとかは……、少しは思ってるけど……。


《 ゆいと、よかったね? 》

《 うれしそう! 》


 ノアたちは姿を消し僕たちの肩や頭に乗っていて、楽しそうにはしゃぐ声だけが聞こえてくる。皆に分かるくらい顔に出てる……?

 そう思いながら頬を触っていると、隣から視線を感じた。


《 ユイト、そろそろ助けてほしいんだが…… 》


 その声に振り向くと、僕の腕の中にいた筈のメフィストがセバスチャンにベッタリと引っ付き、その羽に顔が半分埋もれている。

 あぁ~……、涎が……。

 

「メフィスト~、セバスチャン離してあげて~」

「ん~っ! やぁ~っ!」

《 イタタタタ……! 》


 僕が離そうとメフィストを抱えると、いやいやと首を振り、離れまいと必死にセバスチャンの羽を掴んでいる。


「……離れたくないって」

「う~!」


 なにするの! と目で抗議してくるメフィスト。


「ふふ。セバスチャンの羽、気持ちいいものねぇ?」

「あぃ~!」


 その様子を見ていたオリビアさんは笑いながらセバスチャンの頭を撫でている。


《 むぅ……。我慢するしかないか…… 》


 幌の上に逃げればいいのに、こういう所は優しいんだよなぁ。

 セバスチャンが動かないと分かったのか、メフィストは暫くの間、羽に埋もれてご機嫌だった。






*****


「ユイト、もうすぐだぞ」

「え? ホントですか?」


 トーマスさんに言われ前方を見ると、他のお店とは明らかに規模が違う、大きな建物が見えてきた。


「……あれ? なんか、警備の人多くないですか?」


 よく見ると、門番さん達と同じ様な格好をした兵士さん達がたくさん建物の周囲を囲む様に……。


「……あぁ、大きな商会だからな。厳重にしてるんじゃないか?」

「……ほら、貴重な物もあるだろうし」

「あぁ~、そっか……! 凄いなぁ~!」


 トーマスさんとユランくんに言われて成程と頷く。

 やっぱり国中の食材を扱ってるって言うくらいだから、こんなに厳重に警備してるのか……。


 すると、建物の入り口に先日来てくれたシャノンさんの姿が見えた。

 僕たちの馬車を見ると、キレイな一礼をして出迎えてくれる。


「皆様、おはようございます。お待ちしておりました」

「シャノンさん、おはようございます! わざわざ待っててくれたんですか?」

「ちょうど窓の外に、この馬車の姿が見えたものですから」


 そう言うと、サンプソンを見てニコリと微笑む。窓からサンプソンの姿が見えたのかもしれない。大きいから目立つもんね。


「皆様、こちらへどうぞ。会長も楽しみにしておられます」


 サンプソンとセバスチャン、ドラゴンは建物の裏手にある来賓者専用の厩舎へと移動する。サンプソンを見た係の人は驚いていたけど、馬車の中にいるセバスチャンとドラゴンを見て小さく悲鳴を上げていた。まさか中にいるとは思わなかったんだろう。顔を引き攣らせながら手綱を引いていた。



「うわぁ……! 広いですね……!」

「はい。たくさんの方が商談にいらっしゃいますので、ゆったり過ごせる様にと会長が」

「凄い……!」


 建物の中に入ると、まるでホテルの様な清潔感溢れるロビーが。ソファーとテーブルがいくつも設置され、その傍にはバーカウンターの様な物もある。待っている間に飲み物をサービスしてくれるらしい。トーマスさん達も辺りを見渡し驚いていた。


「あの、シャノンさん……」

「はい? どうされました?」


 ちょっと緊張するけど、念の為に先に出しておいた方がいいかも……。


「これ、ネヴィルさんに持って来たんですけど……」

「……? これは?」


 差し出したのは、レティちゃんとニコラちゃんが一生懸命作ったチョコチップクッキー。そしてガトーショコラとベイクドチーズケーキだ。


「すみません。お口に合うか分からないんですけど、いつものお礼にと思って……」


 レティちゃんも緊張しているのか、僕の隣でシャノンさんの反応を窺っている。


「まぁ……! とても美味しそうですね! 会長もきっとお喜びになります」

「あ、ホントですか……?」

「はい! 私が責任を持ってお預かり致します」

「お願いします……!」


 シャノンさんはそっと受け取ると、美味しそう……! と何度も呟いて目を輝かせていた。レティちゃんもやったね! と嬉しそう。どうせなら、もう少し多めに焼けばよかったかな……?




「さ、皆様こちらです」


 シャノンさんの後に続き、僕たちは二階へと上がる。

 その長い廊下の先に会長のネヴィルさんが待っているらしい。


 カツカツと皆の足音が響く長い廊下。

 ハルトたちはキョロキョロと見渡し、等間隔にいる警備の人に挨拶をしている。皆さん笑顔で返してくれ、良い人そうだ。

 ユランくんは緊張しているのか、建物に入ってから口数が少ない。


 そしてシャノンさんが扉の前で立ち止まり、ゆっくりとノックを二回。


「失礼致します。ユイト様がお見えになりました」


 すると、中からネヴィルさんの声が。

 扉を開けるシャノンさんの後ろに続いて部屋に入ると、そこには……。


「あれ!? カビーアさん!? ゲンナイさんも!?」

「ユイトさん!? 皆さんもお揃いで……!」

「ユイトくん!? 久し振りだな!」


 なぜかネヴィルさんの部屋には、スパイスを売っているカビーアさんと、醤油ソーヤソースを売っているゲンナイさんの姿が。

 お二人とも同様に僕が来るのを知らなかった様で、目を見開いて驚いている。


「ユイトさん、お久し振りですね」

「ネヴィルさん、ご無沙汰してます!」


 ぺこりと頭を下げると、ネヴィルさんは優しい笑みを浮かべて手招きする。

 トーマスさん達と一緒にそちらに移動すると、テーブルにはカビーアさんが持ってきたのであろうスパイスと、ゲンナイさんが持って来たと思われる見慣れた大豆ソーヤ商品がズラリと並んでいる。

 これだけでも僕の心の中は踊りだしたい気持ちでいっぱいだ。


 そしてネヴィルさんの近くには、この辺りでは見かけない食材がたくさん並んでいる。早くそっちに行って見たい……!

 そんな僕の気持ちが伝わったのか、ネヴィルさんが笑いながら僕の傍へと近付いてくる。


「ユイトさん。今日はですね、もう一組お呼びしてるんですよ」

「もう一組?」

「はい」


 ネヴィルさんがそう微笑むと、部屋の扉が開き、そこには先程いた警備の人達が。


「……えっ!?」

「「あっ!」」


 僕とハルト、ユウマの声に、にっこりと笑顔を見せ手を振る人物。



「皆さん! お久し振りです!」



「「「ライアンくん!?」」」



 そこには、二人がずっと会いたがっていた少し大人びたライアンくんの姿があった。


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