第294話 取引相手


「じゃあ行ってくるよ」

「はい! いってらっしゃい!」

「きをつけてね!」


 王都に着いて二日目の朝。

 トーマスさんはユランくんを連れ、ユランくんが会う筈だった仕事の取引相手のお店へと向かった。


「おにぃちゃん、はやくつづきしよ!」

《 はやくはやく~! 》

「あ、ちょっと待って~!」


 レティちゃんとニコラちゃんは、昨夜作ったもう一つのお菓子が気になって仕方ない様だ。

 キッチンに入り、早速冷蔵庫の中から冷やしておいた型を取り出す。


「これ、ぜ~ったいに、おいしいもん……!」

《 きれいな~! 》

「あとで味見しようか?」

「《 うん! 》」


 レティちゃんとニコラちゃんが目をキラキラさせながら見つめているのは、ハワードさんの牧場で作ったクリームチーズを使ったベイクドチーズケーキ。


 お湯で温めた包丁でそ~っと切り分けると、その表面は程よく焼けた美味しそうなきつね色に、切った断面は淡いクリーム色。その生地の下には、昨日二人が作ったチョコチップクッキーを砕いたモノが敷き詰められている。

 一切れを更に一口大にカットし、三人で味見。


「「《 ん~っ! 》」」


 口の中に濃厚なクリームチーズの風味が広がっていく。生地のしっとりなめらかな舌触りと、クッキー生地のサクサクとした食感。

 レモンリモーネの果汁も入れているから、爽やかな風味もほのかに感じられる。

 ん~、この美味しさは、一口じゃ物足りない……。


「これは大成功だね……」

「まちがいないね……」

《 かんぺき…… 》


 三人で顔を見合わせ、にんまりと目を細める。

 これならお土産にも満足してもらえるかも……!


「後は残りのクッキーを焼くだけだね!」

「うん!」

《 がんばる! 》


 お土産用のガトーショコラもチーズケーキも切り分けたし、クッキーも残りを焼けば完成!

 皆の反応を見るのが楽しみだ!






*****


「ユラン、馬じゃなくて良かったのか?」

「はい!」


 今日はユランの仕事相手の店を訪ねる為、朝から商業ギルドへと向かっている。

 体調が心配だが、ユランの要望もあり、馬車ではなく徒歩で王都の街を歩いて行く事に。


「ボク、王都って初めて来たんです!」


 そう言いながら、辺りをキョロキョロと見渡している。

 ハルトたちの様で微笑ましく思えてしまうな。


「そうなのか? 仕事で来た事も?」

「はい。ドラゴンの姿を見られると騒ぎになるだろうからって、いつも深夜の森で会ってましたね」

「そうなのか」


 その取引相手とは、次に会う日程を決めてから帰っていたらしい。

 大丈夫なのかと些か不安になるが、いつもお金と共に村では手に入りにくい食料をたくさん持たせてくれたと、その表情から感謝している事がありありと伝わってくる。


「とりあえずは、その店に行ってみないとな」

「はい!」


 楽しそうに笑顔を浮かべるユランと共に、一路、商業ギルドへと向かった。




*****


「次の方、こちらにどうぞ」


 自分達の順番になり、ユランと二人で受付へと歩みを進める。

 ここも冒険者ギルドと同じで、朝からたくさんの商人たちで賑わっていた。冒険者はオレだけの様で、少し場違いな気もするが……。


「おはようございます。本日の御用件をお伺い致します」

「あ、はい! こちらのお店までの行き方を教えて頂きたいのですが……」


 受付にはにこにこと柔らかい笑みを浮かべるふくよかな男性職員が。目もその声もおっとりとして、話しやすそうな雰囲気を醸し出している。

 ユランが差し出した店名と店主の名を書いたメモを見て、すぐに分かった様だ。


「こちらのお店は入り組んだ裏路地にありますね。ここからだと少し歩きますが……。あ、地図に書いてお渡ししますね」

「ありがとうございます!」

「助かります」


 二人で頭を下げると、お役に立てればとスラスラと地図を書いてくれた。




「受付の人、いい人でしたね~!」

「そうだな。見た目はおっとりしてるがキッチリした性格なんだろうな」


 貰った手書きの地図を見ると、事細かに何番目の店を右に、ここを左にと分かりやすく記してくれていた。

 どこに何の店があるのか把握しているみたいだな……。


「ユラン、疲れたらすぐ言うんだぞ? ユイトにクッキーも貰ったからな。いつでも休んで大丈夫だ」

「ハハ! ありがとうございます!」


 昨日三人でクッキーを褒めていたからか、今日は随分と多めに包んでくれた様だ。食べながら歩きたいが、ユランもいるしな……。

 何よりバレたらユイトに怒られそうだ。


「よし、早速向かおうか」

「はい! よろしくお願いします!」


 賑やかな喧騒の中、地図を頼りに目的の店へと向かった。






*****


「ここを左に……。お、あれかな……?」


 地図を頼りに細い路地を進み、小さな店が密集する狭い石畳の階段を上っていくと、漸く目的の店が現れた。

 周りから隠れる様にひっそりと佇む煉瓦で建てられた小さな店。壁には蔦が絡み、店先には色濃く咲いた薔薇ローゼの花が咲いている。


「“ヘクセン・ハウス”……」

「トーマスさん、ここです! やっと来れた……」


 ユランの安堵の表情を見て、オレは少し不安になる。

 もしここの店主が、ユランが現れなかった事で不利益を被っていたとしたら……? ユランの態度からそれはないと願いたいが……。


「開いているかは分からないな……」

「留守だったらどうしよう……」

「大丈夫。その時はまた明日も来よう。オレも一緒に行くから」

「……はい」


 不安がるユランの頭を撫で、扉を二度ノックする。

 ……すると、


「は~い」


 店の奥から少しか細い女性の声が聞こえてきた。

 扉が開き出てきたのはオレよりも上であろう白髪はくはつの高齢の女性。目の前にいるユランを目に留めた途端、その女性は目を大きく見開き強く抱き寄せた。


「ユラン……! よかった……! 無事だったのね……! 連絡が取れなくて心配してたのよ……」


 目に涙を溜めてユランの顔を両手で触りながら右に左にと見ている。怪我がないか確認しているのだろう。まるで孫を心配する祖母の様だ。

 ユランも笑顔を浮かべながら目には涙が……。

 どうやらオレの杞憂だった様で胸を撫で下ろす。



「はい……! 心配かけてすみません、ジェマさん……」



 ───ジェマ……!?



 その名前を聞いた瞬間、オレの脳裏にあの手紙が過る。

 そして、フローラさんの養鶏場にあった魔物除けの護符を作った人物であり、かつて王宮に仕えていた元・宮廷魔導士……。

 生きていれば高齢者の姿に……。



 もしや、この女性が、ジェマ・ヴァイオレット……、なのか……?


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