第282話 王都


「んん……」


 早朝、外からの物音で目が覚めた。

 僕の周りでは、ハルトにユウマ、レティちゃんとメフィストがピッタリと寄り添って眠っている。ユランくんは……、いない……。外かな……?

 スヤスヤと気持ち良さそうに眠っている弟たちの寝顔を見ていると、また眠気が……。それに、このポカポカした毛布の中から出たくない……。


《 ゆいと、おきた~? 》


 もう少しだけ……、と毛布をもぞもぞしていると、僕の頭上からノアがひょっこりと姿を現す。それに続けとばかりにリュカもテオも僕の頭上に現れた。


《 ゆいと、おはよう! 》

《 おはよう! 》

《 ゆいと~! おはよう~! 》

「みんな、おはよぉ……」


 きゃいきゃいとお喋りを開始する三人に、二度寝はあえなく阻止されてしまった……。だけど目はもう少しだけ瞑っておこう……。


《 ゆいと! ぼく、おかしたべる~! 》

「おかしはもうないよ~……」

《 え~? じゃあ、あさごはんは~? 》


 テオが僕の額でぺたりと座り込む。

 う~ん……。そこで座りながら話し掛けるのは止めてほしいな……。


「もうすぐ門が開くからね……。中に入ったら市場もあるから、今朝はそこで買うんだって……」

《 おかしある~? 》


 今度は額の上でころんと寝そべっている気がする……。

 意外と分かるもんだな……。


「あると思うけど、家に着いたらレティちゃんとニコラちゃんとお菓子を作るからね~……。それまでいい子で待てる……?」

《 あさはないの~? 》

「う~ん……。テオがいい子にしてたら、初めて作るお菓子に挑戦しようと思うんだけどなぁ~……。とっても美味しいと思うんだけど~……。やっぱり、やめとこうかな~……」

《 やだ~! ぼく、いいこにするもん! 》


 やだやだ! と言いながら、僕の額をぺちぺちするのは止めてほしい……。


「さて……、と!」 

《 うわ~! 》


 テオが落ちない様に左手で掴み、ゆっくりと毛布を退け布団の中から這い出る。

 ……よしよし、皆まだぐっすり! 誰も起きてこないな。


「テオ~? 額で寝転んじゃいけません!」

《 ごめんなさ~い…… 》


 左手でテオを押さえたまま、右手でそっと鼻先を擽る。

 テオはな~、五人の中で一番甘えん坊だからな~……。


《 てお、おこられちゃった! 》

《 ぼくもしたかったな~! 》


 ざんねん! と笑うノアとリュカにも、後でお説教だな。

 そう言うと、二人ともきゃあきゃあと言いながら姿を消してしまった。


「テオも気に入るお菓子作るから、中に入ってもちゃんといい子にしてるんだよ?」

《 ほんと~? おいしいおかし~? 》

「うん。美味しいお菓子、作るからね?」

《 わかった~! ぼく、たのしみ~! 》


 テオも笑顔になったところで、身支度をササッと整える。

 寝癖は……、うん、まぁ大丈夫かな?


 馬車の中から顔を出すと、辺りはまだ薄暗い。

 冷えない様にローブを羽織り、そっと馬車を降りる。


「……おはようございま~す」

「おはよう、ユイト」

「おはよう、ユイトくん」


 馬車の外では、既にトーマスさんやオリビアさんも集まり、子供たち以外全員が揃ってテントや昨夜の焚火の跡を片付けていた。

 そこには、ドリューさん達と一緒にテントを片付けるユランくんの姿もあった。


「ユイト、昨日はお疲れ様」

「まさかお店以外であんなにお肉を焼くなんて思いませんでしたね」


 昨夜は遅くまでバーベキューは続き、列に並んでいた商人さんや冒険者さん達からは何度もお礼を言われた。ユランくんと僕は途中で馬車に戻って寝たんだけど、僕たちが寝た後も皆で話していたみたいだ。


「そうねぇ。でも最初に来たお父さん、かなり勇気がいったと思うわよ?」

「そうだろうな。オレ達がどんな連中かも分からないのに、子供の為に声を掛けてきたんだ。でも、あの子が楽しんでくれてよかったよ」


 オリビアさんはお金は要らないとあのお父さんに断っていたけど、それじゃ申し訳ないと、売り物だったであろう装飾品や、他の人達からも魔物の角や皮なんかの素材が贈られ、今も馬車の一角にこんもりと山を作っている。


「あ」


 ふと向こうの列を見ると、起きていた数組の商人さんと冒険者さん達が手を振ってくれた。


 あの人たちも遠くから来たらしく、黒パンと干し肉ばかりで過ごしていたらしい。やっと自分達の順番が来たと思ったら、目の前で灯りが消え、扉が閉まる絶望感……。王都の中に入ったらまず宿で体をスッキリさせたいと、皆さん口を揃えて嘆いていた。


「クルルル~!」

「あ、おはよう~! 昨日はユランくんと寝れなくてごめんね?」

「クルルル!」


 僕の腕にするりと頭を擦り付けるドラゴンは、朝から機嫌が良さそうに鳴いている。いつもユランくんの傍にいるんだけど、昨夜は馬車がいっぱいだったからサンプソンたちと一緒に外で寝てもらった。

 寂しがるかなと思ったんだけど、意外にもサンプソンの傍で丸まって大人しく寝ていたらしい。

 サンプソンも文句も言わず、一緒に添い寝してあげていたとトーマスさんが教えてくれた。


「ユランくん、おはよう! 片付けも手伝ってくれてありがとう」

「おはようございます! お世話になってるから、これくらい何でもないです!」


 テントを片付けているユランくんに挨拶すると、倒れていた時の面影も無く、にっこりと笑みを返してくれる。

 ……だけど、ユランくんが立ち上がれる様になってから、ずっと気になっている事が一つ……。


「……ねぇ、ユランくん」

「何ですか?」


 にこにこと優しい笑みを浮かべるユランくんに、思い切って伝えてみる。


「……そろそろ、敬語止めてほしいな……」

「え?」


 意識が戻ってからも、ユランくんはずっと敬語で接してくれている。たま~に敬語が消える時もあるんだけど、その後また戻ってしまうんだよなぁ……。

 だけど僕の方が年も下だし、これから暫く一緒に生活するのに……。


「でも……、ユイトくんは恩人ですし……」

「僕は敬語抜きの方が話しやすいし……、仲良くなれそうだと思ってるんだけど……」


 フレッドさんの時も、本当は敬語抜きの方がいいなぁと思ってたんだけど、ライアンくんの従者だし、お仕事中だし……。なんて考えていたら、言うタイミングを逃してしまった。送った手紙にチラッと書いてみたんだけど、今度会う時どうなんだろう?

 僕的には、最初の頃よりも仲良くなれたと思ってるんだけど。


 僕がそんな事を考えている間も、ユランくんはう~ん、と悩んでいるみたい。

 少し緊張してしまう。


「ん~……。じゃあ……、敬語は無しで……、いい?」

「──……! うん! 僕の事、ユイトでいいから!」

「わかった。じゃあボクの事も、ユランでいいよ」

「えっ!? 呼び捨て……?」

「えっ? そこはダメなの……?」

「う~ん……。ユランくんの呼び捨ては、追々で……」


「……ふふ」

「……ハハッ!」


 ポカンとするユランくんを見て、思わず二人で笑ってしまう。


「……じゃあ、ユイト。これからよろしく」

「うん! こちらこそ! ユランくん!」


 少し照れくさいけど、何とか敬語を外してもらえた。

 ……二人でテントを運ぼうとしていると、ふと後ろからの視線を感じる。


「……何ですか。オリビアさん、トーマスさん……」


 僕が振り返ると、トーマスさん達は皆、こちらを向いてニヤニヤと笑うのを堪えている。

 いつの間に起きてきたのか、ブレンダさんの腕の中には兎耳のロンパースを着たメフィストと、傍には白い猫耳のポンチョを着たレティちゃん。

 オリビアさんの隣には茶色い熊耳のポンチョを着たハルトと、トーマスさんの腕には黒い猫耳付きのポンチョを着たユウマが抱えられていた。


「いや? 青春だなぁ、と思ってな」

「ホントね~! 何だかとっても眩しいわ……!」

「まぶしいです!」

「まぶちぃねぇ!」


 それは今まさに朝日が昇ってきてるからだと思うんですけど……。


「オレ達も、あんな時代があったな……」

「懐かしいな……」


 ドリューさんとメルヴィルさんも昔を思い出しているのか、目を細め懐かしいと呟いていた。


「え? ありましたっけ?」

「お前がまだおむつも取れてない頃にな~?」

「イテテテテ!」


 メルヴィルさんはミックさんの頭をぐりぐり撫で回し、お前もあんなに可愛かったのに、と嘆いていた。それを見たバートさんは、後ろで呆れたように笑っていたけど。


 恥ずかしいなぁ、なんてむくれていると、カンカンカンと辺りに鐘の音が鳴り響き、門の扉がギィイイイと大きな音を立ててゆっくりゆっくりと開いていく。


 向かいの列に並ぶ商人さん達も、今か今かとその時を待っていた。






*****


「では、“特別通行許可証”を確認させて頂きます。こちらへ」

「お願いします」


 いま僕たちの目の前には、馬車と僕たちを取り囲む様に門番を務める兵士さん達が左右にズラリと並んでいる。

 その様子に僕は気後れしてしまったんだけど、ハルトとユウマはすごいです! とキラキラした目で兵士さん達を眺めていた。


「……ところで、そちらのドラゴンはどなたの?」


 通行許可証を確認している兵士さんとは別に、すごく厳しそうな兵士さんが現れた。年はトーマスさんより下だと思うんだけど、鎧も他の人達とは違うし、何となく威圧感が……。

 すると、メルヴィルさんが隊長だとこっそり教えてくれた。ここの門番さん達は皆、王都の騎士団員の人達なんだって。

 ……もしかしたら、騎士団寮に行ったらここの人達にも会うのかも……?


「はい、ボクです」


 ユランくんは馬車には乗らず、ずっとドラゴンの傍に立っていた。

 近付いてくる兵士さんにドラゴンはクルルルと首を傾げ、それを落ち着かせる様に、ユランくんはそっと頭を撫でている。


「従魔契約はしている……、という事ですか?」

「いえ。この子はまだ飛べないので、一人前になるまで名付けも契約も出来ません」

「……では、王都内で暴れる可能性もある……。という事ですね?」

「はい。その通りです」


 ユランくんの言葉に、僕たちも兵士さん達も一瞬ザワッとしたけど、当のユランくんとドラゴンは何て事ない様に飄々としている。


「……となると、王都に入れる事は難しくなりますが……」

「はい。でもその許可証を持っていれば、ボクたちは簡単なチェックだけで済むんですよね?」


 ユランくんは怯みもせずに笑顔で受け答えしている。

 その態度に、隊長さんは一瞬だけ眉をピクリと動かした。


「……やけに堂々としてらっしゃいますが、自信がおありで?」

「はい。この子が今からする事を見て頂ければ」

「……分かりました。では拝見しましょう」

「ありがとうございます」


 ユランくんは一礼すると、ドラゴンから少し離れ、待て、と手を翳している。

 クルルルと鳴きながら、ドラゴンはその場で楽しそうに尻尾を振っていた。


 その様子を、向こうの列にいた商人さんや冒険者さん達も固唾を飲んで見守っている事に気付く。

 兵士さん達も腰にある剣に手を添えて、真剣な表情でこの様子を見つめている。



「では」


 そう言うと、ユランくんは笑顔で地面に膝を突き、ドラゴンに向かって左手を差し出す。


「“お手”」

「クルルル!」


 ドラゴンは楽しそうに駆け寄り、何の躊躇もなくその前足をのせた。

 ユランくんが右、左、右と、手を交互に変えても、完璧にマスターしている。それどころか、ユランくんがフェイントをかけてもちゃんと手の動きを見て前足をのせていた。

 それを見ていた兵士さん達も、向こうで見ている商人さん達も、皆あんぐりと口を開けて驚いてる! よしよし……!

 トーマスさん達もその様子をにんまりと笑みを浮かべて見守っている。


「よし! 上手に出来たね! 次は……、“伏せ”」

「クルルル!」


 ユランくんが手の平を下に向けて下げると、ドラゴンはぺたりと地面に伏せ、上目遣いでどう? と得意気な表情を浮かべている様に見える。

 尻尾は楽しいのを我慢出来ないみたいで、ず~っとフリフリ。

 すると、ハルトとユウマも我慢出来ずに馬車から降りてきて、伏せをするドラゴンの隣で一緒にしゃがみ、きゃっきゃと楽しそうに笑っている。

 二人が来た事で、ドラゴンもクルルル! と楽しそうな声を上げる。

 それを見ていた兵士さん達は、皆同じ様に真剣な表情で唇を噛み締めていた。


「ハルトくんもユウマくんも、皆上手だね! よし、次は……、“ちょうだい”」


 ドラゴンは伏せの状態から立ち上がり、尻尾を上手に使って体を支えている。

 前足を合わせてちょうだい! と上下に振り、可愛くおねだりのポーズだ。

 ドラゴンとハルト、ユウマと一緒に、今度はレティちゃんに抱っこされたメフィストも加わり、ちっちゃな両手を合わせてちょうだいのポーズ。

 あぃあ~ぃ! と可愛い掛け声と共に一生懸命、両手をフリフリ。

 これを見ていた兵士さん達は皆、眉間に皺を寄せ、口元を隠して咳払いをしている。


「メフィストくんも上手に出来たね! 次は……、“おまわり”」


 今度はちょうだいの姿勢から少しだけお尻を浮かせる。

 そしてハルトとユウマも一緒になって、ぴょんぴょん跳ねながら皆一緒に一回転。

 レティちゃんも、きゃっきゃと手を叩いて喜ぶメフィストを抱えてゆっくり回り、たのしいね、とにっこり笑っている。

 その可愛らしい光景に、兵士さん達も頭を抱えたり口を押さえたりと忙しそうだ。


「レティちゃんも可愛く回ってたね! 次はちょっと難しいかな? せぇ~の、“バンッ”」

「クルルルゥ~……」


 ユランくんが指で撃つ格好をすると、ドラゴンは悲しそうな鳴き声を上げてよろけ出し、ぺたりと倒れ込んでしまった。

 尻尾も一度だけピクンと跳ねさせ、その後はピクリとも動かない。……なかなかの演技力だ。

 まっ赤になっているレティちゃんに抱えられてドラゴンが倒れるのを見ていたメフィストは、悲しそうな声を上げ、ドラゴンに向かって必死に手を伸ばしている。悲壮感はたっぷりだ。

 その様子を見守っていた商人さん達からも、あぁ……、なんて悲しい声が漏れている。


「よし! 次は、“ハイタッチ”」


 倒れ込んでいたドラゴンがパッと起き上がり、ユランくんの差し出した手の平を見て、自分の前足をぽむ! と合わせる。

 そしてユランくんの横に並んでいるハルトとユウマ、レティちゃんが支えているメフィストの差し出した手にも、ぽむ! と優しく前足を合わせてお披露目は終了!

 ……かと、思いきや……、


「これで最後だ! いくよ? “ジャンプ”!」

「クルルル!」


 ユランくんが手を大きく回すと、ドラゴンは楽しそうな鳴き声を上げてピョン! と後ろにバク転し始めた。

 それを知らなかった僕とハルトたちは大興奮!

 そして五回転したところでドラゴンはパッと姿勢を戻し、どうだ! と言わんばかりに尻尾をフリフリ。

 良く出来ました! とユランくんとハルトたちが撫でると、ギャウギャウと嬉しそうに鳴き声をあげている。

 それを見守っていた向こうの列からも、大きな声援と拍手が。


「これで全部ですが、どうでしたか?」

「どらごんさん、じょうずに、できました!」

「しゅごぃでちょ!」

「これなら、おうとにはいってもだいじょうぶ!」

「あ~ぷ!」


「「「たいちょうさん、いいでしょ~?」」」

「あぅ~?」


 ユランくんに続き、ハルトたちが一斉に隊長さんに駆け寄った。

 子供たちに囲まれた隊長さんに、誰かがポソリと羨ましいと呟いていたけど、それがトーマスさん達か兵士さん達かは定かでない……。


「……コホン。拝見したところ、とても良く手懐けてらっしゃる様子……。“特別通行許可証”も二枚もお持ちですし……。……ドラゴンが王都へ入る事を、許可しましょう」


「「「「「やったぁ~!」」」」」


 ユランくんと一緒に、ハルトたちも隊長さんを掴んで大はしゃぎ。

 ドラゴンも皆の楽しそうな雰囲気に、一緒になってはしゃいでいる。


「いやぁ~! よかったよかった! 安心したよ!」

「ホントだわ~! 昨日は門が閉まっちゃったし、一時はどうなるかと思ったけど……」


 トーマスさんとオリビアさんは、ホッと胸を撫で下ろし、隊長さんに歩み寄る。

 すると、隊長さんの顔が苦虫を潰した様な表情に変わった。


「トーマスさんも、オリビアさんも、昔の事は忘れて頂きたい!」


 隊長さんの顔がほんのり赤くなっている。それを見ていた兵士さん達もポカンとその様子を眺めていた。


「だめよ~! あんな面白い事~!」


 オリビアさんは楽しそうに笑っているけど、ハルトたちもドリューさん達も首を傾げている。


「おばぁちゃんの、おともだち、ですか?」

「たぃちょーしゃん、じぃじの、おともらち~?」


 ハルトとユウマに見上げられ、隊長さんはグゥっと唸り声をあげている。


「ほら、馬車の中で話しただろう? 陛下を締め出した真面目な門番さんだ」

「「「「「あぁ~!」」」」」


 その一言で、僕もハルトたちもユランくんも一瞬で納得してしまった。


「そ、そんな事教えたんですか……!?」

「だって、ここに来たら思い出しちゃってぇ……」

「若い頃の話だ。いい思い出だろ?」


 オリビアさんもトーマスさんも笑っているけど、兵士さん達はザワザワして困惑している。

 陛下を……? さすが隊長だ……! とヒソヒソ話し合っていた。


「でもその働きぶりが陛下に気に入られたんでしょう?」

「そうだぞ? 陛下が王都を出入りする時は、いつも指名していただろう」


「~~~~……っ! もう、その話はいいですから……! さっさと通ってください……!」

「えぇ~?」

「何だ、久し振りに会ったのに冷たいじゃないか」


 ここまで来ると、この隊長さんが可哀そうに思えてくる……。

 ブレンダさんとメルヴィルさん達も、哀れんだ表情で見つめていた。






*****

 

「ありがとう、ございました!」

「ありぁとごじゃぃまちた!」


 ハルトとユウマが門番の兵士さん達に手を振ると、皆さん目尻を下げて手を振り返してくれた。

 検問所を抜けるには、この長いトンネルの中を通っていく。

 これがあの王都を守っている分厚い壁の中かと思うと、ワクワクしてしまう。


「ほら、もうすぐだよ」

「楽しみね?」

「はい!」


 僕たちの目線の先には、トンネルの先から入ってくる眩い光が。


 漸く長いトンネルから抜けると、その向こうには早朝だというのにガヤガヤと行き交うたくさんの人で賑わっていた。


 色とりどりの看板と、活気のある店員さん達の呼び込む声。

 僕の住んでいる村とは違う、大きな建物にたくさんの人。思わず圧倒されてしまう。


 キョロキョロと辺りを見渡していると、行き交う人々の向こうに、見知った顔が見えた気がした。


 思わずそこに意識が集中してしまう。




「ユイト!」




 気が付くと、馬車から飛び降り駆け出していた。

 心臓の音が破裂しそうなくらいドキドキと脈打っている。あんなに賑やかだった周りの喧騒も、今は心臓の音しか聞こえない。



  ……ずっと、ずっと、焦がれていた。

 


「アレクさん!」



 その胸の中に抱き着くと、言葉を交わす前にぎゅうっと腕を回される。



「逢いたかった……」



 潰れてしまいそうな僕の胸の鼓動と一緒に、僕の耳に消え入りそうな声と、もう一つの鼓動が重なって聞こえてくる。

 トクントクンと脈打つ音と伝わってくる体温に、心地良さと共にやっと、と安堵の気持ちが一気に込み上げてきた。



「……僕も、逢いたかったです……」



 そう振り絞った僕の声は、少しだけ、震えていた。


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