第281話 最後の夜
「ユランくん、こっち任せてもいい?」
「大丈夫ですよ」
「こっちも焼いていくわね~」
「お願いします」
ユウマたちのお腹の音を合図に、僕とオリビアさん、そしてユランくんの時間との戦いが始まった。
……なんて言ったらカッコいいかもしれないけど、ユウマは皆と食べたいと我慢しているので、馬車の中で
「……みんな、もうちょっとだけ待っててくれる?」
僕は小さな声で馬車の中にいるであろうノアたちに声を掛ける。
《 いいよ~! 》
《 きにしないで~! 》
《 ゆうまに、さきにたべさせてあげて~! 》
ノアたち五人の声が耳元で聞こえてくる。どうやら先程の僕とユウマのやり取りを見ていたらしく、先に食べさせてあげてと言ってくれた。
皆、なんて優しいんだ……!
「あとで特別に、お菓子もあげるからね……!」
夕食の時はデザートに果物くらいしか出さないんだけど、今夜は皆の大好きなお菓子を用意しよう……!
《 《 《 《 《 やったぁ~! 》 》 》 》 》
皆の喜び様に、僕も自然と笑みを浮かべてしまう。
料理を取り出し馬車から降りると、ユランくんは手慣れた手つきでスープの鍋をかき混ぜ、オリビアさんは野営用コンロでお肉と野菜を焼いている。
こっちにまでお肉の焼けるいい匂いが……。僕もお腹空いた……。
「メフィスト、美味しいか?」
「う~! まぅまぅ!」
「そうか! 可愛いなぁ~!」
メフィストはバートさんに抱っこされ、ブレンダさんに離乳食を食べさせてもらっている。今日もまぅまぅ言いながら美味しそうに食べていて、トーマスさんやドリューさんもにこにことそれを眺めていた。
「トーマスさん、ユウマたちと先に食べててもらえますか?」
「あぁ、いいのか?」
「はい。お肉とスープはもう少し掛かりそうなんで」
トーマスさんがオリビアさんとユランくんの方を窺うと、二人ともにっこりと頷いている。
「分かった。ユウマ、おじいちゃんのお膝においで」
「ん!」
ユウマはトーマスさんの膝に座り、そわそわとご飯がくるのを待っている。
ハルトとレティちゃんもトーマスさんの隣に座って、お行儀よく順番を待っていた。
「はい、お待たせ。すぐ食べれる様に丼にしたからね」
「おぃちちょ!」
「いいにおいです!」
「たまごのってる!」
今夜の夕食は、
フライパンで先に豚肉に火を通してからお皿に取り出し、そのフライパンで薄く切ったオニオンを軽く炒める。そこにケルプの出汁と
最後に入れるとお肉が硬くなりにくいし、口に含んだ時もふんわりとした食感になるから僕が好きな作り方。
そして仕上げにぷるぷるの温泉卵をのせれば完成!
……そう言えば、お母さんもおばあちゃんも、豚汁や丼を作る時は茹でた豚肉を最後に入れてた気がする……。だからこれが好きなのかも……。
ふと昔の事を思い出し、懐かしい気持ちでいっぱいになる。
「ん~! おぃち!」
「よかった! ゆっくり噛んで食べるんだよ?」
「うん!」
ユウマはトーマスさんに食べさせてもらって満面の笑み。
トーマスさんも蕩けそうな笑顔でユウマに甲斐甲斐しくご飯を食べさせている。
「おにく、あまいです!」
「たまごもおいしい~!」
ハルトとレティちゃんも豚丼が気に入ったみたいで、ぱくぱくと口いっぱいに頬張っている。
「くぅ~……! このコメ、好きだぁ~……!」
「ドリューさん、お米の料理いっぱい食べてくれますもんね」
「ユイトくんのせいで、コメが無いとダメな体になった気がする……」
「ふふ、また作りますね!」
「お願いします……!」
ドリューさんたちのパーティとは王都に入ったら別々に行動する事になっている。宿泊先も別になるみたい。帰りの護衛までの空いてる時間、この王都で依頼を受けるんだって。
今夜で僕たちの護衛が終わるから、この旅で好物になったお米が食べれないのが辛いらしい。
「皆~! お肉も焼けたから持っていって~!」
「やったぁ~!」
「トーマスさん、俺達持ってきますよ」
「ありがとう。……すまないが、あの白いのを多めに頼めるか?」
「あぁ! あのぷるぷるしたヤツですね! 分かりました!」
「あ、リーダー。私も同じのを!」
「バートもな! 了解!」
オリビアさんの声に、ミックさんとメルヴィルさんが立ち上がる。どうやらトーマスさんたちの分も運んできてくれるみたいだ。メフィストとユウマにご飯を食べさせて手が離せないからなぁ。
オリビアさんがどんどんお皿に盛っていき、お二人はお肉とタレを溢さない様にそ~っと戻ってくる。
そろそろと慎重に歩くミックさんの後ろを、ドラゴンはクルルルと楽しそうに鳴きながらついて来ているけど……。
あれはミックさんのお肉をねだりに来たのかもしれない……。
「あぁ~……。美味い……!」
メルヴィルさんは地面に座り込み、お肉を噛み締めながら唸っている。あれはきっと、お酒が欲しいって思ってる顔だ。
「うわわ! こらぁ~! 危ないだろ!」
「クルルル~!」
その隣では、ドラゴンがお皿にあるレバーを食べたいとミックさんの脇の下から顔を突っ込んでいた。しょうがねぇなぁ、なんて文句を言いながらも、ミックさんはお肉を食べさせている。
「メルヴィルさん、明日はお酒飲めますね!」
「え……」
だって、ご飯の時はいっつも言ってたもんね!
「ハハハ! リーダー、ユイトくんにも言われてる!」
「クルルル!」
「~~……! まぁな、酒は飲むけども!」
「「やっぱり!」」
僕とミックさんの言葉に、メルヴィルさんはバツが悪そうに鼻を掻いている。
「……この料理を食べてから、もう他では満足出来ない体になった気がする……」
「あぁ~……! オレも分かるかも……!」
お二人とも真剣な顔で頷き合ってるけど、メルヴィルさんのお肉も横から狙われてますよ?
「ふふ、ドリューさんと同じ様な事言ってますね? またいっぱい作りますから!」
「「お願いします……!」」
トーマスさんの魔法鞄の中身もいい感じに減ってるし、残ったのは明日の朝食と昼食にすればいっかな?
「ユイトくん、味見お願いできる?」
「あ、すぐ行くね!」
ユランくんの方も、頼んでたスープが完成したみたい。
大きな鍋の中には、家で作ってみた自家製コンソメを使った野菜たっぷりのポトフがコトコトと煮込まれている。
……うん! 結構いい感じ! コンソメを作る時にもう少し塩を入れた方がいいかなと思ったけど、ベーコンの塩分があるから美味しいや!
「ユランくん、美味しい!」
「本当? よかった……! 皆さん、スープも出来ました!」
ユランくんの声に、今度はドリューさんとブレンダさんが取りに来る。
ホカホカと湯気を立てる
「オリビアさん、お肉焼くの変わりますね! ユランくんも皆と一緒にどうぞ!」
「あら、私は焼きながら食べるからいいわよ! それよりユイトくんとユランくんもいっぱい食べなさい!」
さっきからお腹鳴ってたでしょ? とウィンクされ、僕とユランくんはバレていたかと恥ずかしくなる。
「……じゃあ、先にいただきます!」
「ボクも……! いただきます!」
「えぇ、どうぞ! ゆっくり食べてね~!」
ユランくんがポトフをスープ皿に掬い、僕は豚丼を持って行く。
シートの上に一緒に座り、漸くこの旅最後の夕食だ。
「じゃあ、食べよっか……? もうお粥じゃなくても良さそうだし……」
「うん。それ、すっごく美味しそうだから気になってたんだ……」
二人で小さく笑い、両手を合わせる。
「「いただきます!」」
豚丼を一口頬張ると、そのお肉の柔らかさに思わずにんまり。
オニオンも程よい甘さで、タレのしみたご飯がどんどん進む。温泉卵をスプーンで割ると、中からとろりと美味しそうな黄身が顔を出す。お肉に絡めて頬張ると、スプーンを運ぶ手が止まらなくなってしまった。
スープを一口すすってみると、お腹を中心に、体の中がじんわりと温まっていくのが実感できた。知らないうちに、体が冷えていたらしい。
その温かさに、ホッと息を吐く。
ふと隣を見ると、ユランくんも目を輝かせてモリモリ食べ進めている。とっても幸せそうに頬張る姿に、よかった、と目尻が自然と下がってしまう。
ドラゴンもユランくんの隣で、ミックさんから貰ったであろうお肉を美味しそうに食べていた。
*****
「……すみません」
僕たちが夢中でご飯を食べていると、一人の男性がこちらに声を掛けてきた。
その声に顔を上げると、その人は申し訳なさそうに頭を下げ、スッと何かを差し出した。
「……突然すみません。お金は払うので、うちの子供に何か温かい食事を頂けませんか……?」
その言葉に、男性が歩いてきた向こうの列を見ると、この人が乗っていたであろう馬車の中から、一人の女の子がお母さんに抱かれて愚図っていた。
ユウマと同じくらいの女の子。その姿を見ると、チクリと胸が痛む。
ブレンダさんもドリューさんたちも、誰も何も言わない。
だってここで判断を下すのは、護衛の依頼主であるトーマスさんとオリビアさんだから。お二人は無言で顔を見合わせると、トーマスさんは笑みを浮かべながら肩を竦め、それにオリビアさんが頷いたと思ったら、急に僕の方を振り向いた。
「ユイトくん、食料まだあったかしら?」
「……え? あ……、はい! 残ったら明日の朝食と昼食にしようかなって……」
僕の返事を聞くと、オリビアさんは優しい声でその男性に告げた。
「なら余裕ね! いいですよ! もし良ければ、貴重品だけ持って奥様とお子さんと一緒にこちらで食べましょ? ここなら焚火もして暖かいし!」
「──……ッ! あ、ありがとうございます……! すぐに連れて来ますので!」
男性は急いで馬車に戻ると、女の子を抱えて奥さんと一緒に駆けてきた。
奥さんもぺこぺこと頭を下げ、オリビアさんにお礼を伝えている。
男性に抱かれている女の子は、目にいっぱい涙を溜めて僕たちの方をキョロキョロと観察しているみたい。
「お嬢ちゃん、こっちにおいで。お父さんとお母さんと、皆でご飯を食べよう」
「……おじちゃん、だぁれぇ?」
トーマスさんが笑顔で話しかけると、女の子はきょとんとした顔で首を傾げる。
「さっきお父さんとお友達になったんだ。ほら、寒いから早く暖まろう」
「ぱぱぁ、ごはん~?」
「あぁ、一緒に食べさせてもらおう。皆さんにお礼を言おうね」
「うん……! おじちゃん、ありぁと……!」
目にはまだ涙が溢れているのに、ちょっと恥ずかしそうにお礼を言う女の子。その姿を見て、僕たちも自然と笑顔になる。
「ハハ! 目がまっ赤じゃないか。この子はユウマと同じくらいかな?」
「ゆぅくんといっちょ~?」
トーマスさんの言葉に、今度はユウマが首を傾げている。
「そうですね。うちの子は三歳です」
「ならユウマと同じ年だな。何か食べれない物は?」
そんな会話を弾ませながら、トーマスさんの向かいに座る親子。
暫くすると、オリビアさんと一緒に女の子のお母さんがこちらに戻ってきた。その両手には、大事そうに抱えられたポトフが入ったスープ皿。その後ろからは、オリビアさんが豚丼と一緒にユウマ用の小さなスプーンとフォークを運んでくる。
「はい、どうぞ。温かいうちに食べてね?」
「うん! ありぁと……!」
にこっと笑顔を浮かべ、おぃちちょ~! と嬉しそうに声を弾ませている。
その姿に、オリビアさんも目尻が下がっている。ご両親の分も運んでくると、頭をこれでもかというくらいに深々と下げ、オリビアさんに子供が気を遣うわよ、と笑われていた。
*****
「どう? おいしい?」
「うん! とっても、おぃちぃ~!」
「おにぃちゃんとおばぁちゃんのおりょうり、ぜんぶおいしいの!」
「しゅご~ぃ!」
レティちゃんは女の子の近くに座り、楽しそうに声を掛けている。
ハルトとユウマも近くに行き、これもおいしいです! こぇもおぃちぃの! と焼いたお肉と野菜を運び、皆でワイワイと和やかに会話していた。
すると……、
「……すみません」
その声に顔を上げると、向こうの列に並んでいた人たちが一人、二人とこちらに申し訳なさそうに声を掛けてくる。
「私たちも払うので……」
「……何か余ってる食料があったら……」
「「「分けて頂けないでしょうか……?」」」
トーマスさんとオリビアさんは顔を見合わせ、二人で笑顔を浮かべながら肩を竦める。
「こうなったら皆でバーベキューね!」
「明日には中に入れるしな。全部使い切ってしまおう」
その言葉に、並んでいた人たちは感謝の言葉を口々に伝え、オリビアさんから料理を受け取っている。
中には馬の餌だけでも……、という人がいて、サンプソンも仲間なら仕方ないと了承してくれた。
*****
「ご自分の食器がある人は持って来てくださ~い!」
「スープももうすぐ出来るので、待っててくださいね」
なぜか僕とユランくんは大忙し。オリビアさんも自分の分を頬張りながら、お肉と野菜を延々と焼いている。
……それもその筈。
あちらで待っていた人たちが、全員こちらで食事に参加しているから……。家の庭でバーベキューした日の事を思い出してしまう。
だけど皆さん、本当にお腹が空いていたみたいで、何度も頭を下げながら感謝の言葉を伝えてくれる。魔法鞄の中身も、ノアたちの夕食分を残して使い切ろうとしていた。
さすがに遅くなると思い、レティちゃんとハルトに頼んで、二人には馬車の中でノアたち皆にご飯とお菓子をあげてもらっている。
ユウマはトーマスさんに連れられて、馬車の中でメフィストと一緒に就寝中。
本当はテントの予定だったけど、人が大勢いると寝れないだろうと馬車に移動になった。
《 今夜は賑やかだな 》
「あ、ごめんね? 騒がしかった?」
《 いや? たまにはこういう夜も悪くない 》
《 そうだな。皆楽しそうだ 》
サンプソンたちとセバスチャンも、少し離れた場所から焚火で暖を取りながら楽しそうに食事をしている人たちを眺めている。
ふと空を見上げると、いつの間にか満天の星が夜空を埋め尽くしていた。
村を出発して今日で五日目。ちょっとだけ予定は延びてしまったけど、明日はやっと王都に入れる。
そんな最後の夜に、こうやって見知らぬ人たちと楽しく過ごすのも、そんなに悪くないかもしれない。
「あら、このお肉そんなに気に入って頂けたの? 嬉しいわ!」
「はい! 初めて食べました!」
「これは癖になります……」
「一体、何の肉なんですか……?」
「これ? これはねぇ……」
「牛と豚の内臓なの!」
オリビアさんが笑顔で答えると、最初に来たお父さんも、美味しそうに食べていた商人さんや冒険者の人達も、なぜか一瞬でフォークを持つ手が止まってしまった。
まだあるから、遠慮せずに食べてちょうだいね~! なんて言いながら、どんどん焼いていくオリビアさんを見て、僕とユランくんは顔を見合わせて少しだけ笑ってしまった。
「あの反応は正しいな……」
「俺たちもよ~く分かる……」
「誰も思わないっすもん……」
「あの家族はある意味恐ろしいですね……」
「「「確かに……」」」
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