第283話 大きな南瓜
「……ふっ」
しばらくの沈黙の後、アレクさんの笑い声が降ってくる。
どうしたのかと顔を見上げると、優しく細められた緑色の瞳と目が合った。
「ユイトの寝癖、スゲェ擽ったいんだけど」
「……あっ!」
そう言われて、馬車の中で寝癖はいいかと直してなかった事に気付く。しかも丸五日間、簡単にしか体を拭けてない……! 急に恥ずかしくなり、慌てて離れようとするけど、なぜかアレクさんの体はビクともしない。
「~~~アレクさん……! 僕、汗くさいんで……っ!」
「え? あぁ、外に出たら拭けねぇもんな。オレらもよくある」
「~~~だから、離れてください~~……っ!」
僕の意思とは関係なく、回された腕は逃げない様に拘束する力を強くする。
何とか離れようと頑張って押してみたけど、全く敵わない……。それどころか、僕が押す力を緩めたのを諦めたと思ったのか、今度は僕を自分のローブですっぽりと覆い隠すように包んでくる。
むぅ……。ぽかぽかして眠くなる……。
「アレク……、そろそろ放してあげなさい……」
「そうよ~? 皆に注目されちゃってるわ~」
「あ! トーマスさん、オリビアさん! お久し振りです!」
僕の後ろから、トーマスさんの呆れた様な声とオリビアさんの楽しそうな声。そして、周囲のざわざわとした声が聞こえてきた。それと同時に、僕の足元に軽い衝撃が。
「あれくさん! あいたかったです!」
「あれくしゃん! おひしゃちぶり!」
ハルトとユウマがアレクさんの足に抱き着くと、僕の拘束が少しだけ緩む。すると、周囲のザワザワしている声が先程よりもハッキリ、大きく聞こえてきた。
あの子がそうなの?
え? どんな子? 顔見たい。
珍しい黒髪だったよ。
そんな声に、思わずフードを目深く被ってしまう。
……だけど、隠れたいと思っている時に限ってアレクさんは僕の体を離し、足元にいるハルトとユウマに話し掛ける為にしゃがんでしまった。
「ハルト、ユウマ、久し振り! 元気にしてたか?」
「はい! とっても、げんきです!」
「ゆぅくんもねぇ、げんきいっぱぃ!」
アレクさんの大きな手に撫でられ、二人ともにこにこと嬉しそうに笑みを浮かべている。
「そっか! 今日は可愛いの着てんな?」
「ぼくの、くまさんです!」
「ゆぅくんはねぇ、くろねこしゃん!」
「二人ともスゲェ似合ってる!」
「んふふ~! にぃにとね、おしょろぃなの! いぃでちょ?」
ユウマの言葉に、アレクさんはお揃い? と首を傾げ僕を見上げる。
「ユイトが今着てるのとは別?」
「…………」
「なぁ」
「…………ソウデス……」
フードを目深に被る僕の顔を、アレクさんは気にするでもなく立ち上がり、遠慮なく覗き込んでくる。
その緑色の瞳と目が合うと、ニカッと悪戯を思い付いた様に笑顔を僕に向けた。
「じゃあ、デートの時はそれ着てるの見たい」
「へ?」
「黒い猫耳だろ? 楽しみにしてるな!」
僕の返事を聞く前に足下にいるユウマを抱き上げ、ハルトと手を繋いでトーマスさん達の下へ。ブレンダさん達にも笑顔で挨拶を交わし、すぐ後ろにいたドラゴンに驚いている。
そして、ふと立ち止まりしゃがみ込んだ。
「レティ、久し振り」
「あれくさん、おひさしぶりです」
「顔色も良くなったな。見違えた」
「えへへ……!」
アレクさんがレティちゃんの頭をそっと撫でると、レティちゃんも嬉しそうに笑みを浮かべる。
おにぃちゃんのおりょうり、いっぱいたべてるから! と笑顔で自慢され、アレクさんは羨ましいと拗ねていたけど。
「おうちについたらね、おにぃちゃんと、おかしつくるの!」
「へぇ! いいな~……。オレの分も頼んどいて」
「いいよ! ん~、でも、たのまなくても、だいじょうぶだとおもう」
「そうか?」
「うん! きっとあれくさんのもつくるから!」
たのしみにしてて! とレティちゃんに言われ、アレクさんは満足そうに微笑んだ。
*****
サンプソンの牽く馬車を引き連れて、僕たちは朝食を求めて朝の市場へと足を運ぶ。
さすがに大きいサンプソンは入れないなと皆で相談し、街の広場で待っていてもらう事に。
ブレンダさんとドリューさん達に馬車を見てもらっている間に、トーマスさんとオリビアさん、僕とアレクさんの四人で買い出しに向かう。
ハルトたちとユランくんはお留守番だ。
ふと気になり後ろを振り向くと、道行く人がサンプソンを見上げ立ち止まっている。幌の上で休んでいるセバスチャンも注目されているけど、本人はまったく気にしていない様子。
ユランくんとドラゴンは、注目されやすいからと馬車の中で休んでいる。
「アレク、オレ達が今朝来るのを知ってたのか?」
僕とアレクさんの前を歩くトーマスさんが、チラリと後ろを振り向き訊ねてくる。
「え? いや、オレも依頼で昨日王都に帰って来たばっかなんで、ユイトからの手紙も昨日受け取ったんです。もう着いてるかもと思って慌てて門に向かったんですけど、閉まってて」
どうやらアレクさんが向かった頃にはとっくに門は閉まった後で、見張りを終えた兵士さん達がぞろぞろと帰宅しているところだったらしい。
「その中に顔見知りが一人いたんで訊いてみたんです。そしたら、ばかデカい馬と梟を連れたパーティが門の外で大勢でバーベキューしてるって。多分それかな、と」
「ハハハ! 間違いなくオレ達だな!」
「やだ~! ちょっと恥ずかしいわねぇ」
まさか兵士さんがあれを見ていたなんて思わなかった。
「城壁の窓から美味そうな匂いが漂ってきてツラいって言ってましたよ」
「そうか。それは悪い事をしたな……。だがあの肉は旨かった……」
「え~? そんなに美味いんですか?」
「あぁ、きっとアレクも気に入ると思う」
「ふふ、アレクも今度一緒に食べましょうね」
「やった! 楽しみにしてます!」
そんな事を話しながら歩いていると、漸く朝市が開かれている通りに到着。
目の前には採れたての野菜や果物が売られ、パンやスープを売っているたくさんの屋台が立ち並んでいる。
門の前にある通りのお店は店舗ばかりだったけど、ここは朝市限定の通りらしく、地面に野菜がいっぱい入った籠を並べたり、屋台では仕事に向かうであろう人達がパンやスープを買い、歩きながら食べている姿が目立つ。
「すご~い……」
アドレイムの街で見た行商市よりもはるかに広く、歩くだけで目移りしてしまう。
「わ! アレクさん! あれスゴイ!」
僕の指差す方には、僕の背丈を優に超える大きな
「ん? あぁ、
「すごい……! トーマスさん、オリビアさん! ちょっと見てもいいですか?」
「ふふ、いいわよ~」
「オレ達も久し振りに見たな」
急いでその前に行き、手を翳してみる。僕が手を伸ばしても、それよりもまだ大きい!
こんなに大きなキュルビス、初めて見た……! どうせならハルトたちにも見せてあげたかったなぁ……。これを見たら、絶対喜ぶと思う……。
訊いてみたら、ここに飾った後は牛たちの飼料にされるんだって。
( ……これで料理作ったら、何人分作れるんだろう……? )
ふと、頭の中にそんな事が過る。
騎士団寮の人達は百人以上いるって言ってたけど、食べ切れるかな……?
あ、孤児院の子たちにあげたら楽しそう……!
パイとかいいかも知れない……!
「……ユイトくん、これでお料理は骨が折れるわよ~?」
「え?」
オリビアさんが、キュルビスを見上げる僕を見て苦笑いしている。
「さすがになぁ、切り分けるだけでも苦労しそうだ」
「あんなデカいの出てきたら面白いけどな!」
オリビアさんもトーマスさんも、それにアレクさんまで、僕がこのキュルビスで料理したいと思ってるみたい。
顔に出ていたんだろうかと不思議になる。
「ユイトくんはねぇ~」
「分かりやすいからなぁ」
オリビアさんとトーマスさんは僕の頭をよしよしと撫で、満足そうに市場へと足を進める。
「オレはそういうとこも、いいと思うぞ!」
アレクさんはアレクさんで僕の事をフォロー(?)してくれているのか、肩をポンポンと優しく叩いてくれた。
「ほら! ハルトたちの飯、買いに行くんだろ?」
「あ、はい!」
繋いだ手をくんと引かれ、僕たちはトーマスさんとオリビアさんの背中を追いかけながら賑やかな朝市の中を進んでいった。
◇◆◇◆◇
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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これからも楽しんで頂ける様に、頑張りたいと思います!
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