第272話 ほんの少しだけ
「……あれ? あの馬車……」
「なんだ? 忘れ物か?」
昼食をそろそろ終えようという時、何故かサンプソンの牽く馬車が戻ってきた。遠目に見える御者席に座るトーマスさんの表情も、どことなく険しく感じる。
あまりにも早すぎる帰りに、僕たちは顔を見合わせて何かあったのかと困惑した。
「トーマスさん……、どうしたんですか……?」
「診療所は……?」
駆け寄る僕たちの前に馬車を停め、トーマスさんが降りてくる。
「……診てもらえなかった」
「ハァ!?」
「診てもらえなかったって……」
「何故……!?」
溜息交じりに呟くトーマスさんの言葉に、ドリューさんたちも困惑の表情を浮かべる。
「……混血児は診ないそうだ」
「こんけつ……?」
「それだけの理由で……?」
馬車から降りてくるオリビアさんの手を取り、トーマスさんは続ける。
「……村の入り口で警備兵に忠告されたんだ。“期待しない方がいい”とな。初めは何の冗談かと思ったが……。オレの考えが甘かったようだ」
「まさか病人を“混血児”っていう理由で拒否するとは思わなかったわ……。どうりで人が少ない訳よ……」
「オレたちはカーティスで慣れてしまっていたんだな……」
失笑しながらも、分け隔てなく診るカーティス先生の存在の大きさを学んだと呟いた。
診療所近くには、アドレイムの街で普通に見かけるケイティさんやケイレブさんたちの様な“獣人”と呼ばれる種族の人が全くいなかったらしい。
「それであの子は……?」
「どうするんだ?」
ドリューさんとメルヴィルさんの言葉に、トーマスさんとオリビアさんは顔を見合わせ、何かを決意した様に口を開いた。
「あの少年を王都に連れて行く」
「このまま放ってはおけないもの。王都で医者に診てもらうわ」
あの二人の表情で何となく察していたけれど……。その決断に誰も反対する人はいなかった。むしろ、トーマスさんとオリビアさんらしいって、皆で笑ってしまった。
「クルルル……」
「……すまないな。オレ達ともう暫く一緒にいてくれるか?」
「あの子の事は、心配しなくてもいいからね」
「クルルル……!」
不安そうに男の子が乗る馬車を見つめるドラゴンに、トーマスさんもオリビアさんも優しい手つきでそっと頭を撫でながら話し掛けている。
理解したのかは分からないけど、ドラゴンも自分を撫でるその手に大人しくしていた。
*****
「じゃあこの子、“竜人”っていう種族なんですか?」
男の子にお粥を食べさせた後、僕たちは一路、王都に向かって馬車を走らせている。本当は診断結果によってはあの森で一泊する予定だったけど、今はその必要もなくなった。
ハルトたちもたくさん動き回ったせいか、毛布に包まりうつらうつらとしている。
「ん~、まだ決まったわけじゃないの。体に鱗があったから、もしかしたらそうなのかなって……」
「鱗……」
「それと……」
そう言うと、オリビアさんは男の子の髪をそっと払った。
「え……」
その頭部には、薄っすらと切れ目の様な物が入っている。
怪我かと思ったけど、
「
ひっそりとその存在を隠す様に髪で覆われた三つ目の眼。
“竜人”の特徴として知られ、オリビアさんも今回、初めて見たそうだ。
「……悪いとは思ったけど、体を拭くときにね……。この子の体調が回復したら、どうしてあんな場所にいたのか話を聞かないと……」
「……そうですね」
あんな深い森の中。どうして幼い
「とりあえずは、当面の間この子たちの面倒は見るつもりよ。……相談もせずに決めちゃったけど……、ユイトくんもいいかしら……?」
「はい! もちろんです! ……あ、でも……」
「でも……?」
僕の言葉に、オリビアさんの顔が一瞬だけ曇る。
「マイスをどうにか確保しないとですね……!」
「……ふふっ! そうね、この子がいっぱい食べちゃうものね?」
ユウマの大好きな
トーマスさんとオリビアさんに説明したら、二人とも笑っていたけど。
「クルルル!」
うん……! 僕にとって、今一番の問題かもしれない……。
*****
「今夜はここにしよう」
「そうですね。周囲に何もないか確認してきます」
「あぁ、頼むよ」
今夜の野営地も日が暮れる前に無事決まり、今日も皆でテントと夕食の準備。
メルヴィルさんとバートさんが危険がないか周囲を見回りに行ってくれた。
「ハルト、トーマスさんたち呼んできてくれる?」
「はぁ~い!」
ミックさんと一緒に食器の準備を手伝ってくれていたハルトにお願いし、ユウマとメフィストと遊んでいるトーマスさんを呼びに行ってもらう。
二人と遊べて、トーマスさんはここからでも分かるくらいに嬉しそうだ。
「レティちゃ~ん! お粥出来たよ~!」
「はぁ~い!」
馬車の中では、オリビアさんと一緒にレティちゃんがあの男の子の傍に付いている。ドラゴンもすっかり慣れた様で、レティちゃんと一緒にお粥を取りに付いて来た。
「あの子はどう?」
「うん。きのうよりも、まりょくはかいふくしてる」
「そっか、良かった……!」
王都に着くまでの間、魔力の見えるレティちゃんにお願いし、その都度あの男の子の魔力を確認してもらう事になった。
昨日は消えそうだった魔力も、今は少しずつだけど回復しているみたい。
まだ予断は許されない状況だけど、それを聞いて胸を撫で下ろす。
もしかしたら、ブレンダさんの持ってる、あのグロディなんちゃらのエキスのおかげかもって……。味は凄いけど、効果は抜群だもんね……! 僕は身をもって知っている……。
「このこもね、まりょくがちゃんととおってないの」
「通ってない?」
「うん、へんにからまってるみたい……。ちゃんとなおるといいんだけど……」
「クルルル……」
レティちゃんはそう言って、優しくドラゴンの頭を撫でている。
橋を渡る前、レティちゃんが最初に言っていた“大きいのに変な魔力”と言うのは、どうやらこのドラゴンの事だったようで……。
魔力自体は大きいのに、体の中できちんと循環されずにどんどん体の中に溜まっているそうだ。相当辛いだろうとも言っていた。
このドラゴンも、言葉は分からないけど辛いって叫んでいたのかもしれない。
そう思うと、ギュッと胸が苦しくなった。
*****
「ハァ~……、温かい飯はいいな……」
「ホントに……」
「気に入ってもらえましたか? お替りもありますからね」
「やった!」
「あと二杯は食べれます!」
見回りから戻ってきたメルヴィルさんとバートさんも揃い、漸く夕食の時間。
オリビアさんとレティちゃんは馬車の中で食べると言っていたから、あの子のお粥と一緒にそこに運んでいる。幌も下ろしたし、後でノアたちも一緒にご飯を食べるそうだ。
「やっぱり親子丼は旨いな」
「優しい味だ……」
「ぼく、おやこどん、だいすきです!」
「ゆぅくんも~! おいちぃねぇ」
今夜の夕食は、トーマスさんも気に入っている親子丼。
ブレンダさんも
「メフィストはどうかな~? 美味しい?」
「んっ! まぅまぅ!」
「え~? まぅまぅ? 今日のは新しいな……。美味しいのかな?」
《 機嫌がいいな 》
《 余程美味しいんだろう 》
メフィストが食べているのは、野菜とお粥入りの茶碗蒸し。
卵を使うから念の為に火を完全に通してあるんだけど、どうやら心配は不要だったみたい。何よりメフィストの食いつき方が凄かった。まぅまぅと言いながら、小さい口を一生懸命動かしている。
セバスチャンもサンプソンも、メフィストが食べるのを興味深げに眺めていた。
「ハハハ! そんなに気に入ったのか?」
「めふぃくん、よかったね!」
「ごはん、おいちぃねぇ!」
「あ~ぃ!」
「ふふ、みたいですね! あぁ~、ほら、ヨダレ……」
「ぷぅ~……」
色々食べる様になって、メフィストの涎掛けも大活躍だ。
あと何枚かは替えが欲しいかも……。うん、買い物に追加だな。
*****
「あれ? ユイトくん、起きて来ちゃったのか?」
「はい、目が冴えちゃって……」
夜も深まり、辺りは虫の声だけが響いている。
テントの中ではハルトとユウマ、ノアたちもぐっすり寝入り、起きてくる気配は全くない。
ドラゴンはあの男の子と一緒に馬車の中で眠っている。
「いまはドリューさんとバートさんが見張りなんですね」
「そうなんだ。六人いるからな。交代も早くて助かるよ」
「何より、一緒にいるのがトーマスさんとブレンダさんですからね。心強いです」
今まで依頼でこなしたどの護衛よりも、今回の依頼が一番いいとお二人は口を揃えて言う。
トーマスさんとブレンダさんというのも大きいけど、一番はご飯だって。
「いつもはこんな森の中で干し肉だもんな」
「寒くてもパーティ以外だと魔法鞄も出せませんしね」
「あぁ~、やっぱりそうですよね……」
パーティだけで移動する時は
ほら、やっぱり……! トーマスさんもブレンダさんも、安易に僕たちに見せすぎなんだよ……。アレクさんだって簡単に見せてたし……。
「でも魔法鞄だけじゃないぞ?」
「そうですね、今回はユイトくんの温かいご飯のおかげですね」
「……僕、ですか?」
「もちろん」
「こんな寒空の中、温かいものが食べれるなんて感謝しかありませんよ」
焚火の火がゆらゆらと、ドリューさんとバートさんの顔を照らしている。
その表情は穏やかで、お二人ともウソを言っている様には見えなかった。
「……えへへ、ありがとうございます……」
お世辞だとしても、僕でも役に立てていると思うとすっごく嬉しい。
「あ、世辞じゃないぞ?」
「本気ですからね?」
「え? は、はい……!」
お二人の真剣な顔にちょっと驚いたけど……。
「……嬉しいから、今からホットミルクを作ります……!」
「お、やった!」
「この時間の見張りでラッキーでした!」
オリビアさん達を起こさない様に鍋を取り出し、焚火の火で温める。
温めた牛乳に蜂蜜と、ドリューさんも気に入っていたチョコチップクッキーを添えて。
ドリューさんはもの凄く嬉しそうにクッキーを頬張り、バートさんはホットミルクを飲みながら一息ついている。
《 ユイト、眠れないのか? 》
僕たちの声が煩かったのか、馬車の隣で寝ていたサンプソンがチラリと片目を開けてこちらを見ていた。
だけど、この声はドリューさん達には聞こえていない。もう少しだけ、ごめんね、と謝るとサンプソンは尻尾を一度だけ振ってくれた。
パチパチと揺れる焚火に照らされて、普段じゃ味わえない楽しい時間が過ぎていく。
少しだけ、ほんの少しだけなんだけど、僕も大人の仲間入りが出来たみたいで嬉しかった。
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