第271話 かわいいおねだり
早朝から深い森を走り続け、昼前になって漸く目的地の村が見えてきた。
王都へ向かう予定を急遽変更し、この村の診療所で男の子の診察をしてもらう為だ。
「大人しく待ってるのよ?」
「ちゃんと帰ってくるから、いい子でな」
「クルルルル……」
ずっと男の子の傍を離れなかったドラゴンだけど、さすがに村の中までは入れない。診察してもらう間、僕たちとドラゴンは、村から少し離れた森の中で待つ事になった。
「じゃあ、私たち行ってくるわね」
「子供たちを頼んだぞ」
「任せてください!」
「お気を付けて!」
トーマスさんとオリビアさんがサンプソンの牽く馬車で男の子を村の診療所まで連れて行く事になり、僕たちは護衛をしてくれているブレンダさんとドリューさん達と共に、ここで少し早い昼食を取る事に。
*****
「レティちゃん、ハルトたち呼んできてくれる?」
「はぁ~い!」
僕が昼食を準備するその隣では、広げたシートの上で胡坐をかくドリューさん。
そして……、
「ユウマ、もうご飯だから降りないと……」
「ん~ん。ゆぅくん、ここがいぃの!」
「ハハハ! ユイトくん、オレはこのままでいいぞ?」
「すみません……」
ユウマは先程からドリューさんの胡坐をかいた足の間に座り、大好きな絵本を読んでいた。絵本が読み終わるとドリューさんの剣を見せてもらい、その装飾をほぉ~と、感心した様に何度も眺めている。
ドリューさんはそのままでいいと言ってくれたけど、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだ……。
「おぃちゃん、ゆぅくんおじゃま?」
「いや? オレもユウマがいると楽しいからな。嬉しいぞ?」
「ほんちょ? ゆぅくんうれち!」
「ハハハ! 可愛いなぁ~!」
ドリューさんは楽しそうにユウマの両手を握って遊んでいる。
う~ん……。そんなに気にしなくても良かったのかも……。
「あ、皆さん、ありがとうございます」
「いやいや。気にしないでいいよ」
「ハルト、楽しかったな~?」
「はい! とっても、たのしいです!」
ハルトは昨日同様、バートさんとミックさんに稽古をつけてもらい満足気。今日はバク転も一度だけ成功し、三人の興奮して喜ぶ声が響いていた。
顔も手も土で汚れているから、ご飯の前に拭いてあげないと……。
「ユイトくん、もう並べていってもいいか?」
「あ、お願いします!」
「分かった」
メルヴィルさんも昨日同様、僕のスープ作りを手伝ってくれている。
どうやら僕とオリビアさんが野営で料理をするのを見て、興味が湧いたみたい。今後の野営で参考にするんだって。
「ブレンダさんも……。ありがとうございます……!」
「いや……。でもコイツはなかなか手強いぞ……」
「あ~ぃ!」
「クルルルル!」
ブレンダさんにはさっきまで、レティちゃんと一緒にメフィストとドラゴンの事を見てもらってたんだけど……。
メフィストは広げたシートの上でハイハイして動き回るし、ドラゴンはメフィストの真似をして尻尾をフリフリしながら這い回るしでなかなかに大変そうだった。
赤ちゃんとでっかい赤ちゃん(?)の最強タッグ……。うん、絶対大変……。
「さ! 皆さん、お待たせしました! では、いただきます!」
「「「「いただきま~す!」」」」
今日の昼食はサンドイッチと茸のポタージュ。
ガッツリ目のカツサンドに、タレが香ばしい照り焼きチキンサンド。
人気のたまごサンドに、野菜たっぷりのBLTサンド。
そして忘れちゃいけない、ブレンダさんの大好きなフルーツサンド!
「やっぱ、このたまごサンド美味いな!」
「このチキンのタレ、すっげぇ好き~!」
「野菜もさっぱりして美味しいですよ」
「この……、カツサンド? 手軽に食べれていいな」
皆が美味しい美味しいと食べる中、一人黙々と食べるのは……、
「ハァ~……! 美味い……!」
ブレンダさんは他のサンドイッチには目もくれず、フルーツサンドをモクモクと口いっぱいに頬張りとても幸せそう。ブレンダさん用にフルーツサンドを多めに仕込んだから、あんなに嬉しそうに食べてもらえると僕も嬉しい。
「ぶえんだちゃん、おぃち?」
「あぁ! 最高だ!」
「ぶれんだちゃん、うれしそうです!」
「よかったね!」
「あ~ぅ!」
満面の笑みを浮かべ、山盛りのフルーツサンドを食べるブレンダさん。
ドリューさん達も、その気持ちは分かると言いながらモリモリ頬張っている。
「ギャウ! ギャウ!」
「どうしたの? お肉はイヤ?」
「クルルルル……」
ドラゴン用にお肉を用意したんだけど、なぜかあんまり食べてくれない……。
……ハッ! もしかして……。
「キミが食べたいの……、
ブレンダさんにお願いし、ユウマのおやつ用に茹でた
そんな顔、今までした事無いのに……。
「……ユウマ」
「なぁに~?」
ドリューさんと一緒に美味しそうにたまごサンドを頬張るユウマは、今の所機嫌は良さそう……。
「このおやつ……、なんだけど……」
「あっ! まぃしゅ!」
手に持ったマイスを見せると、ユウマは目をキラキラさせて食べていいの? と訊いてくる。
「これ……。ドラゴンさんに、あげても……、いいかなぁ……?」
そう僕が尋ねると、ハルトもレティちゃんもピタリと動きが止まる。
二人とも、ユウマがマイスが大好物なのを知っているからなぁ……。
ユウマもそれを聞いた途端、頬をぷくりと膨らませて黙ってしまった。
あぁ~、やっぱり拗ねちゃうかな……?
「クルルルル……」
「……いぃよっ!」
「「「えっ」」」
嫌だと言うのかと構えていたのに、まさかの答えに僕もハルトもレティちゃんも、三人で気の抜けた声を出してしまった。
「ゆぅくん、もうおにぃしゃんなの! どらごんしゃん、おなかしゅいてるからあげりゅ!」
そう言いながら、ドリューさんの膝でふんふん鼻を膨らませているユウマは、ドリューさん達にもエライぞと褒められ満足気だ……。
「ゆ、ユウマ……!」
「ゆぅくん、すごいです……!」
「ゆぅくん、やさしい……!」
「あぅ~!」
弟の思わぬ成長に、僕も感動してしまった……。
「よかったねぇ、食べてもいいって!」
「クルルルル!」
「はい、どうぞ」
ユウマに了承を得られたので、早速ドラゴンにマイスをあげる。量は少ないけどとっても嬉しそうだ。ボリボリと砕く音だけは怖いけど……!
暫くドラゴンが食べるのを見ていると、後ろからドリューさんたちの困ったような笑い声と、不意に僕の服の裾をくいくいっと引っ張る感触が。
振り返ってみると、そこには頬を膨らませて僕を見上げるユウマの姿。
「ん? どうしたの?」
しゃがんでその膨らんだ頬をつんと突きながら訊いてみると、
「…………ゆぅくんも、やっぱりたべちゃぃ!」
「えぇ~?」
どうやら
「ん~……。にぃに、……だめぇ?」
「んんっ……」
首をこてんと傾げ、上目遣いでお願いしてくるユウマはとっても可愛い……。
これをすると、トーマスさんもオリビアさんも、大抵の事は言う事を聞いてしまうんだ……。
「にぃに~……」
僕は、僕は……!
「…………いいよ……!」
「ほんちょ? ゆぅくんうれち!」
僕は何て弱いんだ……!
だけど、ドラゴンと一緒においちぃねぇ! と言いながらマイスを頬張るユウマを見ると、この判断は間違ってなかったと思ってしまう。
……うん! 王都でマイスが買えるか、ネヴィルさんに訊いてみよ!
「あれは言う事聞くな……」
「うん、オレも聞いちゃうっす……」
「仕方ないと思う……」
「皆、ユウマくんには逆らえないって事だな……」
「「「だな……」」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます