第268話 美味しいお肉のヒミツ


「あ、オリビアさーん! お湯、沸きました!」

「ありがとう。ユイトくん、ちょっとあの子の体拭いてくるわね」

「分かりました。もうすぐお粥も出来上がります」

「えぇ、分かったわ」


 トーマスさんに野営用コンロを出してもらい、馬車の前であの男の子の分のお粥と、このドラゴンのご飯を作る。どうやらだいぶお腹が空いている様で、馬車で横になる男の子の様子を見たり、焼いているお肉を見たりと忙しない。


 オリビアさんは桶の中にお湯を入れると馬車の中に戻り、そこに水を足しながらタオルを浸し、横になる男の子の顔から順に、体をゆっくりと拭いていく。

 周りではメフィストを抱えるレティちゃん、ハルトとユウマの三人が心配そうに男の子を見つめていた。


「あ、もうすぐお粥が出来るから、あの子に食べてもらおうね」

「クルルル……」


 このドラゴンも、最初に見た時はビックリしたけど、よく見ると仕草が子犬みたいでとっても可愛い。ドリューさんたちが近付いて行った時も威嚇? してたんだけど、サンプソンが嘶くと大人しくなった。


「お肉焼けたけど、食べれるかなぁ? ちょっと食べてみて?」

「クルル!」


 あ、鳴き声が変わった! 気に入ってくれるかな?

 ドラゴンは匂いをひとしきり嗅ぐと、舌でお皿に置いたお肉をペロリと口に入れた。


「クルルルル!」

「美味しい? って、ダメだよ! 火傷するから!」


 よっぽどお腹が空いていたのか、ドラゴンは一枚食べ終えると、網で焼いていた他のお肉を食べようと顔を近付ける。火があるのに火傷しちゃうよ!

 僕は慌てて顔を押さえたんだけど、まるでメフィストみたいに、どうしてくれないの? と言う様に悲しそうな鳴き声を上げるのは止めてほしい……。


「他のももうすぐ焼けるから、いい子で待っててね~」

「クルルル……」


 大人しく待つドラゴンを見ると、尻尾をフリフリして本当に子犬みたい。焼けたお肉をお皿に盛り、どうぞ、と下に置くと凄い勢いで食べ始めた。よっぽどお腹が空いてたんだな……。

 お肉を嬉しそうに食べるドラゴンを眺めていると、お粥が丁度いい感じにくつくつと煮立ってきた。

 メフィスト用の離乳食だから、たぶん今のあの子の体調にはいいはずだ。仕上げに卵を落として、ふんわりさせる。そして味見。……うん、これなら飲み込みやすいかな。


 ……トーマスさんが抱えていた男の子は、何日も食べていなかったのか痩せていて、昔の事を思い出して放っておけなかった。


「……そろそろいいかな? お粥あげてくるから、ここで待っててね」


 出来たお粥を落とさない様に、そっと馬車の中に運んで行く。だけどドラゴンは僕の後について馬車の中に顔を突っ込んだ。それにはハルトたちも驚いて、きゃあきゃあと声を上げている。


「こ~ら、お兄さん寝てるんだから静かにしないと……」

「あ! ごめんなさい……!」

「ごめんなちゃぃ……」

「クルルル……」


 ハルトたちと一緒にドラゴンまで反省した様に悲しそうな声を上げる。これには皆で思わず笑ってしまった。


「オリビアさん、出来ました」

「ありがとう。こっちも拭き終わったわ」


 男の子の服はボロボロだったから、僕の服を代わりに着せている。オリビアさんにお粥を渡し、僕は寝ているその子の枕元に座り、背中に手を入れて、そっと体を起こす。


「ごはん出来たからね、ちょっとでもいいから食べよう?」


 背中を支えながらそう言うと、男の子は小さく頷いた。

 オリビアさんがお粥を一匙掬い、フゥフゥと冷ましながらその子の口元に近付ける。男の子はゆっくりと口を開け、オリビアさんがスプーンをそっと口に含ませた。ゆっくりゆっくり口を動かし、こくんと飲み込む。

 

「……大丈夫? 食べれそう?」


「…………ん、おぃしぃ……」


「よかった……!」


 小さな小さなその声に、ドラゴンはクルルル、と嬉しそうに鳴き出した。

 馬車に乗り込もうとするけど、サンプソンの嘶きが聞こえ諦めた様子。

 ふぅ……、危なかった……。サンプソンが止めてくれなかったら、もう少しでお湯もお粥もひっくり返るところだったよ……。



「……あ、トーマスさんたち呼ばないと」


 僕がそう言うと、ユウマが立ち上がって馬車の幌から顔を出し、トーマスさん達に向かって叫んだ。


「じぃじ~! おにぃしゃん、おかゆたべたぁ~!」


 これにはオリビアさんも僕もビックリだ。


「はやくきてぇ~!」


「分かった! いま行くよ!」


 トーマスさんの声が聞こえ、ユウマは満足そうに振り返る。


「じぃじ、くりゅって!」

「ふふ。ユウマちゃん、ありがとう」

「代わりに呼んでくれたんだね、ありがとう」

「ん!」

 

 オリビアさんにお礼を言われ、ユウマはハルトの隣に嬉しそうに座る。どうやらお粥を食べさせている僕たちを見て、手が放せないと思ったみたい。役に立てて嬉しそうだ。


「どうだ? ちゃんと食べてるか?」

「そうね、少しずつだけどちゃんと飲み込めてるわ」

「そうか、よかった……!」


 トーマスさんもホッとした様に馬車に腰掛けた。ドラゴンも助けてくれた人だと分かっているのか、トーマスさんの膝に顎を乗せ、クルルルと嬉しそうに鳴いている。


「ユイトくん、この子は私が看てるから、昼食の準備お願いしてもいいかしら?」

「はい、任せてください。レティちゃん、ハルトたちの事お願い出来る?」


 もう外に魔物はいないみたいだけど、視界に入る場所に消し炭になった魔物の死骸があるからなぁ……。このまま皆には馬車で過ごしてもらった方が僕も安心だ。

 さっきのリリアーナちゃんの魔法には、ちょっと驚いたけどね……。

 

「うん! だいじょうぶ! ね、はるくん!」

「ぼくも、だいじょうぶです!」

「ゆぅくんも! まてりゅよ!」

「あ~ぶぅ!」


 メフィストも元気よく返事をし、皆にはこのまま馬車で待っていてもらう事になった。

 この子もお粥を三分の一程食べ、今は寝息を立てている。僕は起こさない様にそっと男の子の体を横にし毛布を掛け、馬車を降りた。


「クルルルル!」

「ふふ、よかったねぇ! 今寝てるから、大きい声出しちゃダメだよ?」

「クルルル……」


 僕がドラゴンの頬を両手で撫でると、嬉しそうに尻尾をフリフリ。心配だったんだろうなぁ……。だけどミックさんがその振り回している尻尾に当たりそうになり、慌てて避けていた。

 当たったら痛そうだもんね……。






*****


「皆さん、焼けましたよ~!」


 今日の昼食は、肉屋のエリザさんオススメのモツを使った焼き肉だ。

 夜だと暗くて、お肉の焼き加減が分からないからね!

 ハルトたちも食べれる様に、普通のお肉や野菜もたくさん焼いて、特製のタレで食べてもらう。オリビアさん達の分は馬車に運び、メフィストは粉ミルク。

 レティちゃんたちには里芋ターロウの唐揚げも忘れずに。

 ノアたちには後でゆっくり食べてもらう予定だ。


「お! 美味そう~!」

「これは堪らんな……!」

「いい匂いですね」

「楽しみだ!」

「早く食おう~!」


 順番にタレの入ったお皿を渡していくと、ドリューさんとメルヴィルさん、サンプソンたちに水をあげてくれていたバートさんとブレンダさんはニコニコしながら石に腰掛け、ミックさんは満面の笑みで僕の隣に座る。

 ここだと早くもらえそうだからだって。


「これがトーマスさんが言ってた肉かぁ~!」

「トーマスさんが?」


 トーマスさん、この焼いたホルモン食べた事あったっけ……?


「いや、何でもないよ! 旨そうだな!」


 ミックさんの言葉に僕が首を傾げていると、トーマスさんがミックさんの隣に腰掛けた。ミックさんは早く食べたいとずっとソワソワしっぱなし。本当に年下みたいに思えてくる……。


「皆さん、お皿は持ちましたね? では、いただきます!」

「「「「「いただきます!」」」」」


 焼いた肉からどんどん渡し、皆さんタレを付けて美味しそうに頬張っている。


「いっぱいありますからね! どんどん焼いていきますよ~!」


 柔らかいハラミに、ぷるぷるのコプチャン。蜂の巣にそっくりの歯応えが楽しいハチノスに、弾力があるミノと濃厚なレバー。

 ハルトたちにも普通のお肉とは別に、食べやすい牛タンと豚トロを焼いていく。

 これはレモンリモーネネギリークたっぷりのタレを付けて食べてほしいところだけど、ユウマにはまだ甘いタレの方がいいかな~?


「クゥ~~~ッ! 美味い!」

「最高……!」

「オレ、このやわらかいのお替り!」

「は~い! どうぞ~!」


 ドリューさんはお肉と白米を一緒に食べて、これは最高だって噛み締めてる。メルヴィルさんはお酒が飲みたいって唸ってた。ミックさんはハラミが気に入ったみたい。美味しいよね~、ハラミ!


「ギャウギャウ!」

「美味しい? このお肉でいいの?」

「ギャウ!」


 ドラゴンこの子はレバーが気に入ったみたい。さっきまで可愛らしくクルルル、と鳴いていたはずなのに、今はお肉に夢中でギャウギャウ鳴いてる……。

 あ、ドリューさんたちと一緒に食べてるからかも……。

 誰も取らないから、ゆっくりお食べ……。


「これは初めて食べたけど、全部美味しいね! ユイトくん、何の肉なんだい?」


 バートさんは色々食べたけど、何の肉か分からないって。特にコプチャンが気に入ったみたい。ぷるぷるしてて美味しいよね! コラーゲンたっぷりですよ!


「これですか? 牛と豚の内臓です!」


 僕が笑顔で答えると、バートさんも、美味しそうに食べていたドリューさん達も、なぜか一瞬でフォークを持つ手が止まってしまった。


「美味しいですよね~! トーマスさん、ブレンダさん、お替り大丈夫ですか?」

「オレはこの甘い肉が欲しいな。あと薄い肉も」

「私はこの白いのと柔らかいのがいい!」

「トーマスさんは豚トロと牛タン、ブレンダさんはコプチャンとハラミですね! 了解です!」


 僕が二人のお肉をお皿に入れていると、バートさん達はまだ固まったまま微動だにしない。早く食べないと、レバーに夢中のこの子が全部食べちゃいますよ……?


「おにぃちゃん、おかわり~!」

「ゆぅくんも~!」

「は~い! ちょっと待っててね~!」


 馬車の中から顔を覗かせたハルトとユウマは、微動だにしないバートさん達を見て首を傾げている。


「ばーとさん、うごかないです……」

「おぃちゃん、どぅちたの~?」

「ん~? なんかね、このお肉が内臓って知って固まっちゃった……」

「「なるほど~」」


 どうやらまだ、内臓だって言わない方が良かったのかもしれない……。


「ギャウッ! ギャウッ! クルルル……!」 


 だけどまぁ、ドラゴンこの子が嬉しそうだから、いっかな!


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