第267話 少年
「ブレンダ! 何か感じるか!?」
「いえ……! まだ何も……!」
橋を越え、ブレンダと共に深い森の中を走る。
だが目的の魔物は見つからない。
「トーマスさん! あそこ!」
ブレンダが示した方から鹿や兎が何頭も飛び出してくる。その上空には、鳥が鳴き声を響かせながら飛び立っていく姿が。その数も数百ではきかないだろう。
「あちらだな、行ってみよう!」
「はい!」
馬を走らせると、その前方から微かに鳴き声が聞こえてくる。
今まで聞いた事のない鳴き声……。
それと同時に、複数の魔物の汚い鳴き声も聞こえてきた。
《 トーマス! ここだ! 》
セバスチャンの声が響き、馬から飛び降りそちらに向かって走る。
声はもうすぐそこだ……! ブレンダもオレの後を追い、いつでも戦闘出来るよう武器を構えていた。
すると、木々の隙間からゴブリンらしき魔物の姿と、それよりも少し大きな影を捉える。
その影は何かを守るかの様にその場から動かず、周りを威嚇している様だ。
「トーマスさん! 私は左を!」
「あぁ! 任せた!」
ブレンダと二手に分かれ、木々を掻い潜る。
オレの目の前には、夥しい数のゴブリンとセバスチャン、そして……、
ギャウッ! ギャア───ッ!!
「ドラゴン……!?」
一匹の黒く幼いドラゴンが、襲い掛かろうとするゴブリンを威嚇している……。あの様子だと、まだ戦い方を知らない様だな……。
どちらの味方と言う訳でもないが、セバスチャンがこの幼いドラゴンを守りながら戦っているからな。何か理由があるんだろう。
「ギャウ……ッ! グルルルル……ッ」」
下手に刺激するより、魔法を使わずにこのゴブリンどもを倒すしかないか……。
オレとブレンダを、まるで獲物が増えたと言う様に襲い掛かるゴブリンを剣で斬り付ける。これでも一応Bランクなんでな。剣も得意なんだ。
「ブレンダ! そっちは大丈夫か!?」
「はいっ!」
ある程度数を抑えたところでブレンダの方を見やると、そこには折り重なる様にゴブリンの死骸がいくつも転がっていた。
肝心のブレンダは、返り血も浴びずにこちらに向かって走ってくる。さすがだな。そして最後の一匹を討伐する。これで一先ずは安心か……。
「このゴブリンの数は何だ……? もう五十は斬ったと思うんだが……」
ふと視線を下に向けると、オレの足元にも息絶えた死骸がゴロゴロと転がっている。中にはアーチャーやナイトまで……。
「一斉討伐から漏れたにしても、数が異常です……」
「森の魔法陣から溢れた魔物かもしれないな……」
「それは十分にあり得るかと……」
まだ上位種がいないだけマシか……。ゴブリンの群れがいるのを知らずにここを通っていたらと思うと肝が冷える。レティとセバスチャンには感謝だな……。
「セバスチャン、無事か?」
《 あぁ、私は何とも 》
セバスチャンの周囲には、鋭利な刃で首を斬られ絶命した死骸がいくつも折り重なっていた。
「……風魔法か」
《 匂いがキツいからな。風で飛ばしたらそうなった 》
「冗談がきついな……」
オレとブレンダの視線に、セバスチャンはだんまりだ。
確かに、こいつらの匂いは酷いものだが……。戦闘もイケるとは驚きだ。
《 トーマス、こちらへ来てくれ 》
オレがセバスチャンの方へ近付くと、先程から聞こえていた威嚇する声が大きくなる。
「グルルルル……ッ!」
オレの目の前には、オレの背丈にも満たない小さなドラゴンが牙を剥き出してこちらを警戒している。
ワイバーンなら見た事はあるが、こんな間近で幼いドラゴンを見たのは初めてだ。意外と可愛らしい顔をしているな……。
《 トーマス、あの子を助けてやってくれ 》
「あの子……?」
あの子とは、このドラゴンか……?
「トーマスさん……! ドラゴンの後ろに……!」
ブレンダの声に後ろを注視すると、ドラゴンの後ろに人の足が見えた。
「──……!? 子供じゃないか……!」
倒れていたのはユイトと同じ年代の少年だ。レティが言っていた消えそうな魔力と言うのは、この子の事だったのか……!
しかし近付こうとすると、倒れている少年を守る様に、威嚇の声が一層デカくなる。
《 落ち着け 》
「ギャウンッ!」
興奮していたドラゴンを、セバスチャンが風魔法で抑え込んだ。
その隙に少年の下へ駆け寄り怪我の具合を確認しようと体を起こすが、その体が異様に軽い事に気付く。
「……息はあるな……。可哀そうに……、何日食べてないんだ……」
少年の頬はこけ、唇は乾燥してひび割れている。腕もだらんと下ろしたまま、力も入らない様だ。微かに上下する胸の動きだけが、この少年が辛うじて生きていると示している。
……この子を見ると、出会った頃のユイトを思い出してしまい、胸が痛くなる。
「セバスチャン、ドリューたちを呼んできてくれ。それとオリビアとユイトに病人がいると伝えてくれ。何か体に優しいものを作ってくれるかもしれない」
《 分かった。
セバスチャンがコレと示すのは、あの幼いドラゴンだ。オレが少年を抱えると、少しだけ大人しくなった気がする。
「その子はそのままでいい。……おいで」
セバスチャンが魔法を解き、ドリューたちに知らせに行く。
拘束が解けると、ドラゴンはキョロキョロと辺りを警戒しつつも、恐る恐るこちらに近付き、少年の顔を心配そうに覗き込んだ。
「クルルル……」
「お前の友達か? 何とかしてやりたいが……」
先程までとは打って変わり、心細そうにか弱く鳴き声を上げるドラゴンに、今度はハルトとユウマを重ねてしまう。
「トーマスさん、コレを……」
「……いいのか?」
「はい。もしもの時に使えと、トーマスさんが」
「……そうだったな」
ブレンダが差し出したのは、貴重なグロディアス・ブロムホフィのエキス。滅多にお目に掛かれない高ランクの蛇の魔物だ。この子にいきなり飲ませても大丈夫か
これ以上悪くはならない筈だ……。
「口を少し開けれるかい? 苦いかもしれないが、コレを一口だけでも飲んでほしい……」
オレの問いかけに、少年は薄っすらと口を開けた。その唇に、一滴、二滴、赤いエキスを垂らしていく。少年はそれを舐め取ると、少しだけ顔を歪めた。
「すまない、苦かったな。もうすぐオレの家族が乗った馬車が来る。そこで休もう」
オレが優しく頭を撫でると、少年は微かに頷いた。
*****
「オリビアさーん! お湯沸きました!」
「ありがとう。ユイトくん、ちょっとあの子の体拭いてくるわね」
「分かりました。あ、もうすぐお粥が出来るから、あの子に食べてもらおうね」
「クルルル……」
サンプソンの牽く馬車が到着した後、ドリューたちはこの死骸の山に顔を顰めていた。
降りてこようとするハルトたちを馬車の中へ戻し、オリビアとユイトだけを呼んできた様だ。
オリビアたちも一面の光景に顔を歪めていたが、オレが抱えるこの少年を見た途端、オリビアは馬車の中に寝かせるスペースを作り、ユイトはメフィストの離乳食の粥を取り出し、少年用に作り直している。
こういう時、この二人は本当に頼りになるな……。
「トーマスさん、この数……」
「あぁ、もう少しで集落が出来るところだったようだ。何とかなってよかったよ……」
セバスチャンが馬車を呼びに行った後、この周辺を飛んで確認してくれた。
幸いな事に、これ以上のゴブリンはいなかった様だ。
しかし、橋の下にゴブリンの集落の様な物が作りかけてあったそうだ。幸いな事に人を襲った形跡は無かったが、食料にしたのであろう動物の骨が散乱していたらしい。
もう少し遅ければ、上位種が誕生していただろうな……。
「トーマスさん! 耳は全部切り取りました!」
「ありがとう、助かったよ」
「これ、全部燃やすんですか?」
「埋めようにも数がな……。
「確かに……」
ゴブリンは討伐しても、武器や防具の素材に使えるところは何もない。匂いも凄いし、冒険者の中でも厄介者扱いされている。
「セバスチャン、お願い出来るか?」
《 任せておけ 》
数が多い為、死骸を二か所に集め、セバスチャンの風魔法で火が燃え広がらない様にコントロールし、火を点ける。
「……リリアーナ、頼んだぞ」
《 まかせて! 》
オレは火を点けるフリをして、姿を消したリリアーナにゴブリンを燃やしてもらう。このリリアーナの使う火は特別で、ゴブリンたちの山が一瞬にして消し炭になってしまった……。
「こっわ……」
「なんだありゃ……」
「トーマスさん、何したんですか……」
「い、いや……。あ、風魔法のおかげでよく燃えたのかもな! ハハハ……」
ドリューたちはオレに疑いの目を向けるが、何とか誤魔化せた様だ……。
《 とーます、やくにたった~? 》
「あ、あぁ……! とても助かったよ……!」
《 やったぁ~! ほめられたぁ~! 》
声だけでもはしゃいでいるのがよく分かる。可愛らしいが、リリアーナが言った通り、この火は何でも燃やせるようだ……。
取り扱いには十分注意しないとな……。
「しっかし……、ドラゴンの子供なんて初めて見ましたよ!」
「ユイトくん、怖くないんですかね?」
ドリューとメルヴィルがそう言いながら、馬車の前で料理するユイトを見やる。
少年用の粥と一緒に、あの幼いドラゴンにあげる肉も焼いているみたいだ。
お、尻尾を振っているが……。あれは喜んでいるのか?
「肉をあげてるから……、怖くはないんだろうなぁ……」
「あ、食べた……。あれ、美味いんだろうなぁ……」
「あ、ユイトくんに危ないって怒られてますよ」
「網で火傷するって言ってるな……。ハハ! シュンとしてる!」
遠巻きに見ると、ユイトとドラゴンのやり取りが面白い。ああやって見ると、ドラゴンも表情豊かなんだと気付かされるな。
どうやら粥が出来た様で、ユイトはそれを持って馬車の中に乗り込んでいった。
その後を追う様に、ドラゴンも馬車の中に勢いよく顔を突っ込んでいる。
ハルトとユウマのはしゃぐ声が、こちらにまで聞こえてきた。
「もうこれだけ焼けば、他の魔物も寄って来ないでしょう。そろそろ戻りましょう」
「そうだな。オレも腹が減った……」
「トーマスさんがそう言うの珍しいですね?」
「お前たち、あの肉を食べた事あるか……?」
「あの肉……?」
そう、ユイトが焼いているあの肉……。
最初はエリザの肉屋でブレンダが試食していたんだが、エリザに勧められ、断り切れずに一切れ焼いてもらったんだ。
口に含んだ瞬間に広がる、あの食感と滴る脂の旨味……。
ユイト特製のタレに絡めて食べると、何とも云われぬ多幸感……。
結局あの後も、ブレンダと一緒にお替りを貰ってしまった。
……これは、オリビアとユイトには秘密だ……。
「とにかく一度、食べてみてくれ……!」
「そ、そんなに……?」
「気になる……!」
皆ゴクリと喉を鳴らし、オレの話を真剣に聞いている。
「じぃじ~! おにぃしゃん、おかゆたべたぁ~!」
すると、馬車の中からユウマが顔を覗かせこちらに向かって叫んでいる。
どうやらあの子も少しは食べれた様で、ホッと胸を撫で下ろす。
「はやくきてぇ~!」
「分かった! いま行くよ!」
可愛い声に、思わず笑みが零れてしまう。
……今回の事で、王都までの予定も少しズレてしまうが、この際仕方ないだろう。
オリビアとユイトにどうするか相談しないとな。
その前にまず、腹ごしらえだ。
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