第269話 ニコラの魔法
《 《 《 《 《 おいしぃ~! 》 》 》 》 》
ゆっくりと森を走る馬車の中で、ノアたちの嬉しそうな声が響く。
魔物の件で予定よりも出発が遅れてしまったので、その分ノアたちのお昼ご飯も遅くなってしまった。
「待たせちゃってごめんね? チップスも野菜の唐揚げもあるからいっぱい食べてね」
《 ぼく、ぱたーたのちっぷす! 》
《 わたし、たーろうのからあげ! 》
《 えっと、えっと~……! ぼく、ぜんぶっ! 》
「クルルルル!」
「キミはもう食べたでしょ~?」
「クルルル~……」
どうして馬車の中に
この黒いドラゴンは、まだ幼いせいかサンプソンたちの足には追い付けない様で……。
男の子が乗るこの馬車を必死に追いかける姿に、オリビアさんと僕がつい絆されてしまった結果、大人しくするように言い聞かせてこの馬車に乗っている……。
《 ゆいとのごはん、おいしいもんね! 》
《 いっぱいたべたくなっちゃう! 》
「クルルル!」
可愛いやり取りに癒されながらも、馬車の中はかなり狭くなってしまった。
そのせいかは分からないけど、オリビアさんはたまには、と言いながらトーマスさんと一緒に御者席に座っている。僕が代わりに、と言ったけど、若い頃を思い出しちゃってと楽しそうに言われたら……、従うしかないよねぇ……。
そのドラゴンが見守る先には、すやすやと眠る男の子が。
王都への予定を急遽変更し、僕たちはこの先にある村の診療所を目指して馬車を走らせている。
……と言っても、その村に到着するのは明日になるらしい。
ふと昼寝中のハルトたちを見ると、その傍らに座るレティちゃんの表情が沈んでいる。
ノアたちはご飯に夢中で気付いていない様だ。
「……レティちゃん、どうしたの?」
「あぅ~……?」
いつもと違う様子に思わず声を掛けてしまう。僕の腕の中で、メフィストも心配そうにレティちゃんの顔を覗いている。
「……あのまもの……」
「うん」
「……まほうじんから、でてきたんじゃないかって……、おじぃちゃんたちが、はなしてた……」
「あぁ……」
この男の子とドラゴンを襲っていたゴブリンという魔物の群れ。
バージルさんたちが来る前に、領主のエドワードさんが依頼を出して討伐した筈だから、恐らく森の魔法陣から溢れた魔物じゃないかとトーマスさんとドリューさんたちが話していた。
「……あのまほうじん……、わたしの、せい……」
そう呟くと、レティちゃんの瞳からはポロポロと涙が溢れ出る。レティちゃんを奴隷として扱っていたノーマンという人が、バージルさんたちを襲う為にレティちゃんの魔力を奪っていた。
逆らう事も出来ずに苦しんでいたのに、いなくなってからも苦しめるなんて……。
「レティちゃん、泣かないで……。レティちゃんのせいなんかじゃ、絶対ないから……!」
涙をポロポロ流し、声も出さずに静かに泣くレティちゃんを抱き寄せ、肩を擦る。
……もしかしたら、今までもこうやって泣いていたのかもしれないと思うと、胸が締め付けられる。
その涙を拭うと、僕たちの前にニコラちゃんがふわふわと飛んできた。後ろからはご飯を食べていたノアたちも、心配そうにこちらを見上げている。
《 れてぃ、ないてるの……? 》
そう言って、心配そうにレティちゃんの膝にふわりと降り立つ。
《 れてぃがないてると、わたし、かなしくなっちゃう…… 》
なかなか泣き止まないレティちゃんを見上げ、ニコラちゃんの青い瞳もうるうると揺れ、今にも涙が零れそうだ。
だけど、レティちゃんの右手に寄り添ったまま黙り込み、何かを考えている様子……。
《 ……そうだ! いいものみせてあげる! 》
「いいもの……?」
「あぅ~?」
《 うん! じっとしててね? 》
いい事を思いついたとばかりにパッと表情を輝かせ、ニコラちゃんはふわりと飛びレティちゃんの頬を流れる涙にそっと呟いた。
《
すると、ぽたぽたとレティちゃんのスカートを濡らしていた涙の粒が、ポトリ、ポトリと形を残してスカートに落ちる。
「……わぁ! レティちゃん、見て! 凄いよ!」
「……?」
僕とレティちゃんの目線の先には、スカートに落ちても消えずに残る涙の結晶が……。
まるで雪の結晶みたいに美しい模様を描き、キラキラと光っている。
そっと触れると、手の熱で一瞬で溶けてしまった。
「……きれぃ」
「ね、凄いね!」
泣いていたレティちゃんも、それを見て漸く涙が止まった様だ。
スカートに残った自分の涙の結晶を、溶かさない様にそっと見つめている。
メフィストも触りたいのか、小さなその手を一生懸命伸ばしていた。
《 どう? きにいった~? 》
「……うん、とってもきれい……!」
《 れてぃ、わらった! よかったぁ~! 》
あんしんした! と言って、ニコラちゃんはレティちゃんの頬に抱き着いた。
しんぱいさせてごめん、とレティちゃんも涙を拭い、笑みを浮かべる。ノアたちもホッとし、こちらをチラチラと窺っていたドラゴンも、良かったと言う様にクルルルと鳴き声を上げている。
「ニコラちゃん、氷も作れるんだね? 凄いよ!」
メフィストを抱え直しながら尋ねると、ニコラちゃんは照れたように笑みを浮かべる。
《 うん! でもね、ちょっとずつしかできないの~ 》
「ちょっとずつ?」
《 うん、じょじょにこおっていくから、かんぜんにかたまるまで、じかんかかっちゃうんだ~ 》
「へぇ~……」
れんしゅうしなきゃ~! とレティちゃんと楽しそうに話しているけど、ニコラちゃんの魔法……、かなり便利なのでは……?
「その魔法……。料理にもお菓子作りにも、ピッタリだね……?」
「え?」
《 ほんと? 》
二人は目をパチクリさせているけど、完全に固まるまで時間が掛かるなら、その魔法でホイップクリームもアイスクリームも、それにハンバーグだって冷やしながら出来ちゃうし……。
《 じゃあ、やくにたてる~? 》
「……かなり!」
《 ほんと~!? 》
役に立てると知って、ニコラちゃんは嬉しそうにレティちゃんの掌で飛び跳ねている。だけど魔法を使う間は魔力は消費しちゃうんだよね? 訊いてみると、少し冷やすくらいならニコラちゃんには何の問題もないらしい……。
「おにぃちゃん! にこらと、おかしつくりたい!」
《 わたしも! 》
「じゃあ……、王都に着いたら色々作ろっか?」
「《 つくる~っ! 》」
僕の返事に二人とも大喜び。さっきまで泣いていたのに、すっかり忘れてしまったみたいで安心した。これはニコラちゃんのおかげだな……。
「あら、なぁに~? 楽しそうね~?」
「こっちにまで笑い声が聞こえてきたぞ」
馬車の幌を少し上げて、オリビアさんが中を覗いている。トーマスさんも前を見ながら楽しそうだな、と笑っていた。
「おうとにいったらね、にこらと、おかしつくるの!」
《 わたしのまほう、やくにたつんだって! 》
二人とも嬉しそうにオリビアさんとトーマスさんに報告している。
「ふふ。じゃあおばあちゃんも、二人の作ったお菓子、楽しみにしてるわね?」
「うん!」
《 まかせて~! 》
「おじいちゃんの分も忘れないでくれよ?」
「うん! だいじょうぶ!」
《 おいしいのつくる~! 》
オリビアさんとトーマスさんの言葉に、二人ははしゃいでいる。メフィストも自分も! と言う様に手を伸ばし、レティちゃんと手を繋いでご機嫌だ。
メフィストも離乳食を始めてそろそろ四週間経つし……。
赤ちゃん用のボーロでも作ってみようかな……?
「レティちゃん、楽しみだね?」
「うん!」
にっこりと微笑むレティちゃんに、このまま笑顔でいてほしいなと僕は思った。
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