第264話 かわいい願い事


「トーマスさん! この先は開けた場所が無い。今日はここでテントを張りましょう!」

「そうだな。少し早いが準備を始めようか」


 昼食を終えて何度かのトイレ休憩を挟んだ後、僕たちはひたすら森の中を進んでいた。

 そして辺りが薄暗くなる前に、今晩の野営地が決まった様だ。

 多分僕たちがいるから、先頭を走るブレンダさんも早めに決めてくれたんだろうなと思っている。


「きょうは、ここで、おとまりですか?」

「そうだ。今からテントを張るからな。ハルトはそこで見ておくかい?」

「ぼくも、おてつだい、します!」

「そうか! じゃあ練習しようか?」

「うん!」


 ハルトはトーマスさんに教わりながらテントを張るらしく、嬉しそうに馬車の外に下りていく。


「ユウマは疲れちゃった? ご飯出来たら起こしてあげるから、寝てていいよ?」

「ん、ゆぅくん、ねんねしゅる……」

「うん。寒くなるから、毛布とっちゃダメだよ?」

「ん……」


 ユウマはずっと馬車に揺られて疲れたのか、毛布を被せるとすぐに寝入ってしまった。


「レティちゃんは大丈夫? 少し寝る?」

「ん~ん、だいじょうぶ! でも、これみてていい?」

「レシピ? いいよ。僕サンプソンたちに水あげてくるから、ユウマの事お願いしていい?」

「うん! まかせて!」


 レティちゃんは毛布に包まり眠るユウマの横で、僕のレシピを楽しそうに眺めている。


「オリビアさんも、少し休んでてください」

「あら、大丈夫よ?」

「ダメです~! 足さすってましたよね? ご飯は僕が準備するんで、ゆっくり足延ばしててください!」

「あら……。ふふ、ありがとう! じゃあ……、お言葉に甘えちゃおうかしら?」

「はい! レティちゃん、オリビアさんとメフィストの事もお願いしていい?」

「うん! まかせて!」

「あらあら、じゃあ動いたらバレちゃうわね~」

「おばぁちゃん、むりしちゃだめ!」

「ふふ、は~い」


 レティちゃんにオリビアさんたちの事を任せ、僕はセバスチャンとサンプソンたちの下へ。

 ドリューさんとバートさん、ミックさんはテントを張ったり、かまど用の石を準備してくれている。

 ブレンダさんとメルヴィルさんは、周囲に何もないか確認に行ってくれた。


「セバスチャン、ご飯どうする? 今食べる? 後で僕たちと一緒に食べる?」


 馬車を降り、相変わらず幌の上で人形の様に動かないセバスチャンに声を掛ける。

 くるりと首を僕の方に向け、片目だけパチリと開けた。


《 ユイトたちと食べよう 》

「わかった! じゃあご飯出来たら呼ぶからね」

《 あぁ、楽しみにしてる 》


 そしてまた、何事も無かったかの様に目を閉じるセバスチャン。本当に人形みたいだ。


「サンプソン、皆も。これが終わったらご飯食べようね」

《 ありがとう。皆も楽しみにしてるよ 》

「ホント? ジョージさんにいっぱい選んでもらったからね、美味しいと思うよ」


 僕は足を折りたたんで腹ばいになっているサンプソンのブラッシングをしながら、他の馬たちにも話し掛ける。この子たちの言葉は分からないけど、サンプソンに通訳してもらえるから楽しい……!

 すると、僕の背中を一頭の馬が鼻先でグイグイと押し付けてきた。


《 この子たちもブラッシングしてほしいそうだ 》

「うん、大丈夫だよ~! ちゃんと皆するからね」

《 お利口にしていなさい 》


 僕が声を掛けて鼻先を撫でると、他の子たちもブルルと低く嘶いてお行儀よく待っている。

 サンプソンよりも若い馬たちらしく、サンプソンの言う事はよく聞くみたい。

 それよりも、サンプソンがお利口にしていなさい、だって……!

 牧場では僕の後ろをついて来てたのに……!


《 ユイト、笑っているが…… 》

「え? あ、楽しいなと思って!」

《 そうか、よかった 》


 危ない危ない……! バレたら拗ねそうだから気を付けなきゃ……!

 僕はその後も、ハルトが呼びに来るまでサンプソンたちのブラッシングを念入りに続けた。






*****


「みなさ~ん! ご飯出来ましたよ~!」


 日が暮れるのも早くなり、気が付くと辺りはすっかり暗くなっていた。

 焚火の灯りに照らされて、テントにゆらゆらと影が映る。


「おぉ~! 腹減った~!」

「美味そうだな~!」


 ハルトの稽古相手をしてくれていたドリューさんたちが、待ってましたとばかりに集まってくる。ハルトもいっぱい相手をしてもらえて嬉しそうだ。

 馬車の中で寝ていたユウマも、トーマスさんに抱えられてやって来た。その頭には寝癖がぴょんとはねている。


「あら、美味しそうね! レティちゃんもメフィストちゃんも楽しみね?」

「うん! いいにおい!」

「あぃ~!」


 オリビアさんもさっきよりは大丈夫そうかな? その傍らにはレティちゃんがピッタリと寄り添い、メフィストを抱えてやって来る。オリビアさんがムリをしないか見張ってくれている様だ。


「ブレンダさん、今度はちゃんと食べてくださいね?」

「あぁ、申し訳ない……」


 ブレンダさんにお皿を手渡すと、照れた様に頭を掻いた。


「皆さん、料理は行き渡りましたね? では! いただきま~す!」

「「「「いただきま~す!」」」」


 今夜の夕食は、ふわふわのロールパンに、鶏肉と野菜たっぷりのクリームシチュー。南瓜キュルビスでチーズを包んだコロッケだ。


「しちゅー、おいしいです!」

「ホントだな! これは温まるなぁ~……」

「コレも美味いですよ!」

「外で美味い飯……。幸せだ……」


 美味しそうに頬張るハルトとドリューさんたちを見てホッと一安心。

 夜は寒くなるから、クリームシチューで体を温めてもらわないと。


「メフィストちゃん、美味しいわね~?」

「ん~まっ!」

「きゅるびす、いっしょだね!」

「あぃ~!」


 今夜のメフィストの離乳食も、キュルビスを使ったパン粥だ。今日から離乳食を二回あげる事にしたんだけど、様子見で今日の量は少なめ。でも美味しそうに食べてくれているから、味は大丈夫そうだ。明日からは少しずつ量を増やそうかな。


「セバスチャンも、サンプソンたちも美味しい?」

《 とても温まるな 》

《 働いた後の林檎メーラは格別だ 》

「ふふ、明日からもよろしくね?」

《 《 任せてくれ 》 》


 セバスチャンには蒸した鶏肉。サンプソンたちには青果店のジョージさんが厳選した、甘味の多いメーラと人参カロッテを出している。

 本当はセバスチャンには血抜きされていない餌を与えた方がいいんだけど、自分で狩って食べてくれると言うので、僕はそれに甘えている……。

 サンプソンたちも美味しそうに食べているから、夜は甘味の多い野菜と果物メインで出そうかな。


「ユウマ、美味しい?」

「ん! おいちぃ!」

「よかった、お替りもあるからね」

「ん!」


 ユウマを膝にのせて、一緒にローブを被りクリームシチューを頬張る。ずっと馬車に揺られて疲れた様子だったけど、今は何ともなさそうだ。

 ユウマのはねた寝癖が顎に当たってくすぐったいけど、我慢、我慢……!

 

「トーマスさん、お替りもありますからね。いっぱい食べてください」

「あぁ、ありがとう。……それにしても、ユイトたちは本当にサンプソンたちに好かれているな……」

「え?」


 パンを頬張るトーマスさんが、笑いながら僕の後ろに視線を向ける。

 そう。後ろには、僕たちを囲む様にサンプソンたちと、デザートの蒸しパンを美味しそうについばむセバスチャンが。


「さんぷそんも、せばすちゃんも、あまえんぼうです!」

「しょうなの! みんな、あまえんぼ!」


 ハルトとユウマの言葉に、僕は思わず笑ってしまう。そんな可愛い表現でいいのか? とドリューさん達は苦笑いしていたけど。


「お、上を見てごらん。今夜は星がきれいに見えるな」


 トーマスさんの声に皆で上を見上げると、そこにはいつの間にか満天の星空が。


「わぁ! ホントだ……!」

「きれぇねぇ!」

「おほしさま、いっぱいです!」


 僕たちを照らすのはゆらゆら揺れる焚火の灯りだけ。

 辺りはもうすっかり真っ暗で、星が輝くのがよく見える。


「あ! ながれぼし!」

「あぁ~! ほんと!」


 見上げた夜空に、一筋の大きな流れ星が。

 皆でお願い事をした夜を思い出すなぁ……。


「流れ星を見るなんて、幸先がいいな」

「ふふ、そうですね。ハルト、ユウマ、良い事あるかもしれないよ?」

「ほんとですか? ぼく、らいあんくんと、あそびたいです……!」

「ゆぅくんも! いっぱいあしょぶの!」

「ホントだねぇ、会えるの楽しみだね?」

「「うん!」」


 可愛い弟たちの、可愛いお願い事。

 どうか、叶います様に……。


 僕は夜空を見上げて、そっと祈った。







◇◆◇◆◇

※いつもお読み頂き、ありがとうございます。

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これからも楽しんで頂ける様、更新頑張りたいと思いますので、お付き合い頂ければ幸いです。

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