第265話 厳選した一級品


「うぅ~……、さむぃ……」


 村を出発してから二日目の朝。僕は小鳥のさえずりで目が覚めた。

 ……なんて言ったら聞こえはいいけど、実際は寒くて目が覚めてしまっただけ。


「ん~、にぃにぃ~……」

「あ、ごめんね? まだ寝てていいよ」

「ん……」


 僕が起きた拍子に、隣で寝ていたユウマがもぞりと身じろぐ。優しく背中を擦ると、昨日の疲れが残っているのか、毛布に包まりまたスヤスヤと寝てしまった。


《 ゆいと、おはよ~! 》

《 おはよ~! 》

「ノアもテオもおはよう」

《 ゆうま、またねちゃった~ 》

「ずっと馬車で疲れちゃったのかな? もうちょっと寝かしてあげてね」

《 うん! ぼくそばにいる~! 》


 テントの中で楽しそうにお喋りするのは、妖精のノアと、ユウマと仲良しのテオ。

 昨日はテントで一緒に寝たんだけど、やっぱりいつもと違うと楽しいのか、ハルトとユウマとしばらく小声でお喋りしていた。


「ハルトはもう外?」

《 うん! けいこしてる~! 》

《 りゅかもついてったよ~! 》

「え、もう稽古してるの? 朝から元気だなぁ……」


 軽く身支度を済ませて外に出ると、ノアたちの言った通り、ハルトはドリューさんたちに稽古をつけてもらっている。

 同行してくれているバートさんが弓使いのため、今日はハルトも弓を使って楽しそうだ。


「おはようございます」

「お、ユイトくん! おはよう!」

「おはよ~!」

「おはよう! よく眠れたか?」

「はい! ぐっすりでした!」


 稽古を見守るドリューさんとミックさん、メルヴィルさんに挨拶を済ませると、気付いたハルトが僕の下へ楽しそうに駆けてきた。


「おにぃちゃん! おはよう!」

「おはよう~! ハルト、弓教えてもらってたの?」

「うん! いっぱい、あてました!」


 顔を上げると、木には的にしていたのであろう印が彫られており、その真ん中目掛けて五本の矢が突き刺さっていた。


「あれ……、全部ハルトが当てたの?」

「うん!」

「スゴ~イ!」

「えへへ~!」


 弓が得意と言うのは聞いていたけど、僕がこの目で見るのは今日が初めて。

 まさかあんなに離れた場所に当てるなんて……。

 ハルトはメイソンさんに作ってもらった特製の弓を大事そうに抱えて、ニコニコと嬉しそうに笑っている。


「ハルトくんは目もいいみたいだし、コントロール力もいいですね。ただ、まだ幼いので……。本格的に稽古するなら、もう少し骨格が成長してからの方がいいと思います」

「そうなんですか?」

「はい。トーマスさんにも伝えたんですが、筋力を使いますから。あまり無理をすると体に負荷がかかるので……」

「なるほど……」


 バートさんはハルトの頭をその大きな手で撫で、今はムリせずにゆっくりね、と優しく微笑んだ。

 ハルトも納得しているらしく、大きく頷いている。

 バートさんと相談し、これからは本数を決めて練習するそうだ。


「ぼく、けんも、ゆみも、がんばります!」

「私も応援しているからね」

「はい!」


 どうやらハルトはバートさんにすっかり懐いてしまったらしく、その後もバートさんの後をついて回っていた。



「ユイトくん、おはよう~! もうすぐ朝食出来るわよ~!」

「おにぃちゃん、おはよう!」

「おはよう、ユイト!」


 朝食の準備をしようと馬車の傍に行くと、すでに朝食の準備を始めていたオリビアさんたちが。


「おはようございます、オリビアさん! レティちゃん! ブレンダさんも手伝ってくれたんですね!」

「いや……、野菜を切っただけだけどな……?」


 ブレンダさんは料理に興味が湧いたのか、レティちゃんと一緒にスープを作ってくれていた。

 あのブレンダさんが……。と、僕は少し感慨深い……。


「あ、オリビアさん、足はもう大丈夫ですか?」

「えぇ! もうすっかり……、あ」

「……ほらぁ~! やっぱり痛かったんじゃないですかぁ~……!」

「うふふ……、ごめんなさ~い……」


 僕がカマをかけたのに引っ掛かり、オリビアさんは肩を竦めて苦笑い。

 レティちゃんもそんなオリビアさんを叱っていた。


「メフィストはまだ寝てるんですか?」

「あぁ、メフィストちゃんなら朝早くに起きちゃってねぇ~。ユイトくんが起きる前にトーマスが朝の散歩に連れて行ったわ。セバスチャンもリリアーナちゃんも一緒についてったわよ?」

「おじぃちゃん、とってもうれしそうだった!」

「だろうねぇ~」


 朝の散歩かぁ……。森の中は気持ち良さそうだし、僕もついて行けばよかったかも。

 そんな事を考えていると、僕の足元にポフンと抱き着く感触が。


「にぃに~!」

「わ、ユウマ、おはよう~! もうしんどくない?」

「ん! ゆぅくん、げんきいっぱぃ!」

「そう、よかった!」


 目覚めたユウマはぐっすり寝たおかげか、すっかり元気を取り戻した様だ。これで僕も一安心。

 足下に抱き着くユウマを抱えると、子供体温のせいかポカポカと温かい……。

 ユウマには悪いけど、朝食の時間まで僕に抱っこされる事が決定した。


「めふぃくんは~?」

「トーマスさんとお散歩だって」

「しょうなの~?」

「一緒に行きたかったね? 次に行く時は一緒に行く?」

「うん! ゆぅくんもおさんぽしゅる~!」

「じゃあトーマスさんが戻ってきたら、一緒にお願いしよっか」

「うん!」


 ユウマを抱えて椅子代わりの大きめな石に腰掛けると、周りにサンプソンたちが集まって来た。サンプソンは僕たちの後ろに腹ばいになって休んでいる。


「皆おはよう! 今日もよろしくね」

「よろちくね!」


 僕とユウマが声を掛けると、まるで返事をするかの様に馬たちが低く嘶き、首を震わせる。


《 この子たちも張り切ってる 》

「頼りにしてるよ!」


 すると一頭ずつ僕たちに近付き、鼻先をスリスリ。朝の挨拶みたいだ。




「あら~。ユイトくん、またやってるわね」

「あんなに好かれて凄いですね……」

「みんなうれしそう!」






*****


「あっ! あ~ぅ!」

「ん~? あっちに行きたいのか?」

「あぃ~!」


 朝から元気なメフィストを連れ、小鳥たちの囀りを聞きながら森の中をゆったりと散歩する。

 木々の合間から朝日が優しく射し込み、とても幻想的だ。


《 めふぃすと、ごきげんね! 》

《 森は気持ちいいからな 》


 散歩にはリリアーナもセバスチャンも一緒だ。傍から見ると、自分が一人で話している様に見えるんだろうなと少し恥ずかしくもあるが……。


《 トーマス、あちらに良いものがある 》

「いいもの?」

《 こっちだ 》


 セバスチャンに言われるがまま、セバスチャンの後をついて行く。

 踏みしめる足元には、コロコロとしたどんぐりグランが落ちている。艶々して大きなグラン……。ユウマが好きそうだから、後で拾って帰ろう……。





《 ここだ 》

「結構歩いたが……、何があるんだ?」

《 見てのお楽しみだな 》


 そう言われ森の中を進んでいくと、漸く開けた場所に辿り着く。


「これは……、すごいな……」

「きゃ~!」

《 きれ~い! 》


 そこには、この場所にだけまるで雪が降り積もったかのように咲き誇る、スイートアリッサムの花が。

 白と淡い紫の小さな花が毬の様に咲き、一つ一つがとても可愛らしい。

 見渡す限り花の絨毯が広がり、とても美しい光景だ……。


「この森にこんな場所があるなんて……」

「あ~ぃ!」


 確か、東の森の討伐が行われたのは夏だったな……。もしかしたら、その時にはまだ咲いていなかったのかもしれない。


《 気に入ってもらえたか? 》

「あぁ! とても! 連れてきてくれてありがとう。メフィストも気に入ったな?」

「あぃ~!」


 メフィストも食い入る様に花を見つめ、小さな指で花を触ろうと手を伸ばす。

 しゃがんでみせると、とても嬉しそうに花を撫でている。


《 よかったね、せばすちゃん! とーますとなかよくなりたいって、いってたもんね!》

「なんだ、そうなのか?」

《 ………… 》


 なんだ、可愛いところもあるじゃないか……。

 リリアーナの言葉には無言だが、誰だってそう言われれば悪い気はしないだろう。


「なら、家に帰ったら晩酌に付き合ってもらおう。夜は得意だろう?」

《 そうだな…… 》


 これは思わぬところで話し相手が出来てしまったな。しかも“森の案内人”と……。

 森の話を肴に飲むのも、なかなか楽しいかもしれない。


「そろそろ戻ろうか? 朝食も出来た頃だろうしな」

《 あぁ、ちょっと待ってくれ。を持って行く…… 》

「ん? なんだ……?」


 セバスチャンが木の枝からふわりと飛んでいき、木の根元にある何かを嘴でせっせと集めている。


《 ユウマが好きそうだろう? 》


 そう言って満足そうにオレに見せたもの。


どんぐりグラン……」


 厳選した一級品だ、と得意気に見せてくるセバスチャンに、オレは何故か、コイツとは仲良くなれそうだと確信した。


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