第176話 謎の覆面調査員


「皆さん、お待たせ致しました!」

「「「「おぉ~~!」」」」


 僕は注文された料理を、次々とテーブルへ並べていく。

 その間にも、オリビアさんが来店したお客様二人をカウンター席へ案内している。

 今入ってきた人たちは、僕が並べている料理を見てゴクリと唾を飲み込んだのが分かった。

 その気持ち、僕はすっごく分かる。

 だってパスタは湯気が立っているし、鶏の唐揚げフライドチキンもピザも、お腹を刺激するいい匂い……!

 並べている僕だって美味しそうだと思ってしまうんだから!


「さ、どうぞ。冷めないうちにお召し上がりくださいませ!」

「「「「いただきます!」」」」


 四人の冒険者さんたちは一斉に食べ始める。

 一口頬張った瞬間、皆さんの表情がパアッと明るくなったのが一目見て分かった。


「「「「うっまぁ~……!」」」」


 お互いに顔を見合わせ、我先にと料理をどんどん胃袋に収めていく様子は圧巻だ。

 その様子に隣の席のミランダさんたちもうんうん、と嬉しそうに頷いている。


「皆さん、気に入って頂けたでしょうか……?」


 僕がタイミングを見計らったつもりで恐る恐る声を掛けてみると、リーダーらしき男性が僕の顔を見て力強く頷き、親指をグッと立てた。

 他の方も料理を口いっぱいに頬張りながら、うんうんと頷いている。

 あれ? 水を飲んだタイミングで声を掛けたのに、皆さんもう次の料理が口の中に入ってる……?


「ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ……!」


 キッチンへと戻り、他のお客様の料理を作っていると、カウンター席から何やら視線を感じる……。

 ふと顔を上げると、さっきの二人組の人の良さそうなおじさん……、いや、お客様がこちらをジッと見つめていた。

 僕と目が合うと、そのお客様はにっこりと笑みを浮かべる。

 やっぱりオープンキッチンだとつい見ちゃうよね。

 お連れ様の若い男性は、店内の音楽に耳を傾けながら体を揺らしているけど無表情……。

 やっぱりBGMがあると違うなぁ~!

 そんな事を考えながら僕も笑顔で返し、注文されたマルゲリータをオーブンで焼き、その間にカルボナーラと、じゃが芋パタータを細長く揚げたパリパリサラダを作っていく。

 オリビアさんはと言うと、ミランダさんたちが追加で注文したハンバーガーを作っている真っ最中だ。


「お待たせ致しました! 先にサラダとパスタをお持ちしました。上の卵を絡めてお召し上がりください」

「おぉ……! これは美味しそうですね……! 早速頂きます!」

「ありがとうございます! もうすぐピザも焼き上がりますので!」


 若い男性が料理を皿に取り分け、先程の人の良さそうなおじさんに手渡す。


「「いただきます」」


 キレイな所作で食べ始めると、お二人は小さな声で周囲に聞こえない様にボソボソと話し合いながらうんうん、と頷き合っている。

 ちょっと気になるけど、ピザも焼けたし……。

 マルゲリータを運ぶと、それも観察している様子。

 もしかして、覆面調査員……?

 だけどピザを持ち上げてチーズがとろりとのびると、お二人とも目を輝かせていた。

 お兄さんの方は終始無表情なんだけど、よく見ると小さな声でおぉ……、と呟いているから、ちょっと面白い……。





「いやぁ~、このお店の料理は素晴らしいですね! この近くに寄った際は、是非また足を運びたいと思います」

「ありがとうございます! またお待ちしておりますので!」


 お二人は食事を終えると、すぐに会計を終えて立ち去ってしまった。

 何でも、仕事でこの村に来ているらしい。


「ユイトく~ん! パスタお願~い!」

「はーい! 今行きまーす!」


 あれから他の冒険者の人たちもどんどん来店し、警備兵の人たちも久々に来店し、お持ち帰り用のハンバーガーをたくさん注文してくれた。

 やっぱり皆、あの魔法陣の見張りでお店に来なかったのか……。


 だけど、こんな急に来るものなの……?


 外には冒険者風のお客様が数組並び、最初に来てくれたミランダさんたちはまた食べに来るから~、と言って席を開けてくれた。

 鶏もつ煮込みの食材も言いそびれちゃったな……。

 四人組のお客様も、皆さんの名前を知る前にまた来ると言って退店してしまった。

 今度来てくれた時は、ちゃんと名前を聞いておこう。


「お待たせ致しました! 次のお客様、お席へご案内致します!」






*****


「ハァ~……、今日は凄かったわねぇ~!」

「そうですね~……! 冒険者さんたちがあんなに来てくれるの久し振りですよね?」


 二日振りの営業日、なかなかの盛況でお店の営業を終える事が出来た。

 しかも、お客様のほとんどが冒険者さん。

 お持ち帰り用のハンバーガーもたくさん出たし、今日の売り上げは結構な金額になっていそうだ。

 お店の看板を片付け、シンクの中で水に浸けていた食器を洗う。

 この後は~、仕込みをして~、夕食は何にしよっかなぁ~。


「……あ」

「ん? どうしたの?」


 そうだ、思い出してしまった……!


「オリビアさん、すみません……! この後ジョナスさんのお店で小麦粉を扱ってる商店さんを紹介してもらう予定なんです! すっかり忘れてました……!」

「えぇっ!? 大変じゃない! 後はやっとくから早く行ってらっしゃい!」

「はい! あ、片付けはそのまま置いといてくださぁ~い!」


 僕はエプロンを脱ぎ、急いでジョナスさんのお店へと走った。

 後ろからオリビアさんの気を付けてねぇ~、と言う声が聞こえる。

 振り向いて手を大きく振ると、オリビアさんも手を振りながらしょうがないなぁという表情を浮かべていた。


 あぁ~! 何でこんな大事な事を忘れてたんだろう! 新商品もあるって言ってたのに~!!


 すれ違う村の人たちに挨拶しながら走る事、数分……。

 ジョナスさんのパン屋さんが見えてきた……!

 あぁ~……! お店の前でコック服を着たジョナスさんが待ってる!


「ジョナスさぁ~ん!」

「あっ! ユイトくん!」

「ハァ……、ハァ……、すみま、せん……! ハァ……、遅れ、ちゃって……!」


 急いで走ってきたから汗がスゴイ……。

 せっかく紹介してもらうのに、こんな格好じゃ申し訳ないな……。


「いやぁ~、ユイトくん速いなぁ~! 驚いたよ! タオルを貸してあげるから、こっちにおいで」

「は、はい……! ありがとうございます……!」


 ジョナスさんは感心した様に僕を見て笑っている。

 笑顔って事は、間に合った……?

 そんな事を考えながらジョナスさんのお店へ入ると、まだお店は営業中で、お客様もチラホラと……。

 長女のミリーさんがいつものステキな笑顔で挨拶してくれる。

 こんな汗だくで入って、すみません……。


「上からタオルを持ってくるから、事務所で座って待っててくれ。あ、ジュースも用意してるから飲んでいいぞ!」

「わぁ! ありがとうございます! いただきます!」


 ジョナスさんのお店は一階は店舗、二階が住居。

 店舗の奥へ進むと廊下があり、左奥が作業場で、右奥が事務所になっている。

 ジョナスさんにお礼を言い、さっそく事務所へ。


「おや? こんにちは」

「先程はご馳走様でした」


 入った途端、声を掛けられて思わず肩が跳ねてしまう。


「え? あっ! さっきの……!」


 そこにはにこにこと笑みを浮かべる男性と、無表情の男性が……。

 さっきお店に来てくれた人の良さそうなおじさんと、お連れ様の若い男性が座っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る