第177話 ジョナスさんの憂鬱
「あ、こんにちは……?」
事務所に入ると、にこにこと笑みを浮かべる男性が……。
さっきお店に来てくれた人の良さそうなおじさんと、お連れ様の若い男性……。
「先程はありがとうございました。とても美味しかったです」
「いえ! こちらこそ……! 来て頂いてありがとうございます!」
おじさんは立ち上がり、僕に手を差し伸べる。
慌てて僕も手を差し出し握手を交わし、隣にいる若い男性とも握手をする。
「お? もう挨拶してるのか!」
すると、ジョナスさんがタオルを片手にひょっこり顔を覗かせた。
僕の顔を見るなり、笑いながら汗を拭いてくれる。
ちょっと恥ずかしいけど、握手で手が塞がっているので有り難い……。
「えぇ、この彼とは良いお付き合いが出来そうですので! ジョナスさんの言った通り先にお店に伺って良かったです。味も素晴らしかった!」
「会長の言う通り、私共の商品を使って頂けていると思うと感動もひとしおです」
お二人は胸に手を当て、料理の味を思い出している様子。
若い男性はほとんど表情が動かないけど、喜んでもらえているなら、こちらも嬉しい!
「あの、僕はユイトと言います。あのお店で働かせてもらっています」
「おぉ! 私とした事が! 申し遅れました、私の名はネヴィル・ローレンス。ローレンス商会の会長をしております」
「か、会長さん……!」
この人の良さそうなおじさんが……!
会長さんって言われると、不思議とそう見えてくる……。
「はい。小麦の他にも、各地の食品関係の流通を担っております。そして、こちらが私の息子の……」
「クリス・ローレンスと申します。こちらのユンカース領の支店を任される事になりました。以後、お見知りおきを」
「は、はい……! よろしくお願い致します……!」
クリスさんは表情をほとんど動かさないけど、ピザを見たときの顔を思い出して、ちょっと笑いそうになってしまった。
想像していたよりも大きい商会みたいで、何だか緊張してしまう……。
各地って事は、ここでは見つからない食材も知っているかも……。
「では、早速ですが新商品を説明させて頂いても?」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
「あぁ、オレは一足先に見せてもらったから。ユイトくん、興味があれば試供品どんどん貰っておきなさい」
「は、はい!」
「ハハハ! 気に入ってもらえる様に頑張りますよ!」
そう言ってネヴィルさんが取り出したのは、二つの紙袋。
「この中身は小麦粉と同じ様な粉なんですが、種類が違いまして……」
ジョナスさんが用意してくれた小さな皿に、少しづつスプーンで掬い、その袋の中身を見せてくれる。
「こちらが王都より北の土地で栽培されている
「は、はわわ……」
あまりの衝撃に、口から変な声が出た……。
慌てて口を塞ぐけど、三人が一斉に僕に視線を向ける。
顔から火が出そうだ……。
「ユイトくん?」
「どうされました?」
「何か問題でも……?」
ジョナスさんもクリスさんも、心配そうに僕を覗き込む。
ネヴィルさんも僕を心配しているのか、スプーンを持ったまま止まっている。
「い、いえ……! この原料のコメって、炊いたりしたら、こう……、白い粒がふっくらしてたり……?」
「えぇ……! その通りです! ユイトさんはコメを御存じで!? 最近流通し始めて、この辺りでも珍しいのですが……!」
ネヴィルさんは興奮した様に身を乗り出す。
「あ、たまたまコメと言う物があると他国の商人さんに教えてもらったんです! その方の国のコメは細長いって言ってました!」
思わずカビーアさんに教えてもらった事にしてしまった……。
今度会った時に口裏を合わせてもらわなきゃ……!
「あ、あと! “ジュンマイシュ”ってこのコメが原料だったり……」
「“ジュンマイシュ”もご存じで……!? ハァ~……、これはこれは……。お見それ致しました……!」
そう言ってネヴィルさんは僕に頭を下げた。
それにはジョナスさんもクリスさんも驚いた様子で固まっている。
「わぁああ! 頭を上げてください! たまたま仕入れてもらったお酒が“ジュンマイシュ”だったんです!」
僕が大慌てでそう言うと、ネヴィルさんは顔を上げまた目を丸くして驚いている。
「もしや、それはジェームズさんの酒屋では……?」
「え? あ、そうです! ジェームズさんにお願いして取り寄せてもらいました……。って、もしかして……!」
「えぇ、それを取り寄せたのが、私共のローレンス商会でございます」
こ、こんな偶然ってあるの……!?
あの“ジュンマイシュ”と“ミリン”のおかげで、料理の幅が広がって感謝しかないんだけど……!
「わぁ! ありがとうございます……! あのお酒のおかげで、作った料理も美味しいって言ってもらえて!」
「いえいえ、それはユイトさんの腕のおかげですよ。私共はただ商品を提供しているだけに過ぎません」
ネヴィルさんの言葉に、クリスさんも静かに頷いた。
「でも! ネヴィルさんたちのおかげで、こうやって欲しくて堪らなかった食材が手に入るんです!! 感謝しかありません!!」
ただ提供しているだけだなんて!
そのおかげで、僕がどれだけ助かっているか……!!
興奮のあまりつい立ち上がり大声で叫んでしまった……。
「そ、そんな風に仰って頂けるなんて……! この仕事を始めて数十年経ちますが、初めてでございます……」
「え、あ、すみません……。本当に助かっているので、つい……」
ネヴィルさんは感動のあまり目頭を押さえ、クリスさんも静かに僕を見つめている。
き、気まずい……!
隣のジョナスさんに助けを求めるが、ジョナスさんもなぜか感動してもらい泣きしていた……。
「いやぁ~、お見苦しいところをお見せしまして! 申し訳ありません」
「いえいえ、そんな……!」
落ち着いたのか、ネヴィルさんはまた人の良さそうな笑みを浮かべて僕に向き合った。
さっきよりもにこにこさが増している様に見える……。
「何か欲しい物はありませんか? 商会に無くても、各地で探す事は出来ますので」
「えっ! 本当ですか!?」
「えぇ、何かご所望の物があればお手伝い致しますよ」
欲しい物……! いっぱいありすぎてどうしよう……!
だけど海鮮類は海の近くか貴族だけって言ってたし、きっと高価だよね……。
香辛料はカビーアさんがいるし、
あ、そうだ……!
「あのぅ……、そのコメって、そ、そのまま挽かずに売ってもらえたり……、します……?」
僕のお願いに、ネヴィルさんは意外だと目を真ん丸くして驚いていた。
だけどすぐに笑顔で頷いてくれた。
「そのまま……、粒のままという事ですか? もちろん、可能ですよ。しかしユイトさんは調理法を御存じで?」
「あ、あの! 僕、色々な食材で美味しいものを作りたくて……! いま勉強中なんです!!」
う、嘘じゃないもんね!
お城で料理教室の先生だってする予定だし!
「そうですか。ならば私共も喜んでお手伝い致しましょう!」
「へ?」
前のめりでにこにこと僕を見つめるネヴィルさん。
何だか、話がトントン拍子に進み過ぎじゃないかな……?
でも、お米が手に入るのはかなり嬉しい!
さっそく炊き立てのご飯に合うおかずを考えないと~!
ハルトとユウマにもおにぎり作って、メフィストには離乳食用のお粥も雑炊も作れるなぁ~!
レティちゃんも、体力を付けなきゃいけないし~!
あ、お店のメニューもかなり増えるぞ~!
「ではユイトさん、今後とも良いお付き合いを」
「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」
あと、注文した小麦粉類は僕たちのお店にも届けてくれるようになるんだって!
その時に次回分の注文書を渡せばいいって言ってくれた。
買い出しがラクになってラッキーだ!
帰りにはここで最後だからと残りの試供品もたくさん貰えたし、今夜はこれで何か作ろうかな~?
そんな事で頭がいっぱいだった僕は、ネヴィルさんがにやりと笑うのを見逃していた……。
*****
店を出て、私たちは商会専用の馬車へと乗り込む。
今回は新商品の紹介と言っていたが、このユンカース領にある全ての店の管理を任される事になった私の顔見せみたいなものだ。
馬車の座席にドシリと座り、父……、いや、会長は私を見てにやりと笑う。
人当たりの良さそうな先程の顔とは打って変わり、貧乏だった祖父の小さな商店をこの国一の大商会へと発展させた男の顔だ。
「クリス、今後あの少年の言う物は逐一、私に報告しなさい。いいね?」
「畏まりました。しかし、なぜあの少年を?」
まだ成人前であろう彼に、フェンネル王国一と呼ばれる大商会の会長が何をそんなに執着するのか?
「あの子が陛下の言う少年に間違いない。アドレイムでは色々有名だそうだ……。今後あの少年が言う物、探している物、欲しがる物、何かあれば全て報告しなさい。必ずその商品は売れる筈だ」
「それ程までに影響力があるとは思えませんが……」
確かに、あの店の料理は今まで行ったどの店よりも温かみを感じ素晴らしかった……。
店に流れていた音楽も、貴族や王都の高級店でしか聴けないものだが……。
「ハハ! まだまだだな、クリス! 私の“鑑定”がそう告げている。あの子は必ず成功するよ。会長の座を賭けてもいい!」
「会長がそこまで言うならば本物なのでしょう……。では彼の欲しがる“コメ”は大量に?」
コメは本来、この国の食べ物ではない。
他国の人間がこの国に移住し、家畜の餌になる穀物を貧しさから自分たちの食糧へと改良した物だ。
あんな馬や牛の餌となる物を欲しがるなんて、本当に変わった子だ……。
客なのでそんな事は口が裂けても言えないが……。
まぁ、そんな米を北の土地へ出向いてわざわざ見つけてきた会長にも、同じ事が言えるんだが……。
「あぁ、出来る限り買い占めなさい。だが出来る範囲で、だ。必ず作り手が得をする様に、やる気を出す様に上手く先導しなさい。報酬もケチらず、双方が得をする。それがこの商会のモットーだぞ」
「はい。畏まりました」
馬車の中での会長と支部長の会話。誰も聞いている者はいない。
幼少時から商いの麒麟児と呼ばれていた父は、この“鑑定”を持って大成功を収め、今現在も現役だ。
「あの少年の欲しがる物……、か……」
私に“鑑定”があれば分かったのかもしれないが、今はただ、会長の言う言葉を信じるしかない。
吉と出るか、凶と出るか……。見物だな……。
*****
「お父さん、大丈夫だった?」
店先でユイトくんと会長たちを見送り、ホッと一息つく。
すると、娘のミリーが声を掛けてきた。
「まさか会長さんが直々に来るとは思わなかったねぇ……」
「あぁ、ホントにな……。ユイトくん、あの会長にかなり気に入られてたよ」
まだこの場所から見える後ろ姿に、オレは溜息を吐いてしまう。
試供品を貰って嬉しそうにはにかむ姿は、ウチの子にしたいくらいだ……。
「え? そうなの? スゴイじゃない……!」
「ハハ……、ユイトくんは癖のあるのに好かれるなぁ~……」
こんなオレの呟きも知らず、ユイトくんは不意に振り返り、オレとミリーを見つけると嬉しそうに手を振っていた。
オレたちも笑顔で手を振り返す。
ハァ……、ユイトくんが変な事に巻き込まれない様に、おじさんは祈ってるよ……。
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