第175話 嗚呼、美しき兄弟愛


「おじぃちゃん、めふぃくん、どうぞ!」


 メフィストを片手に抱えながら、ハルトに手を引かれてやって来たのはユイトたち三人の子供部屋。

 もう少し散らかってても良さそうだが、いつも整理されていて感心する。

 あと、この部屋だけは靴を脱がないといけないんだ。

 しかし、これがとても開放的で気持ちがいい。しかも部屋も汚れないしな。

 もし家を改装する時は、全部靴を脱ぐ仕様に変えようかと考えている。


「おじぃちゃん! めふぃくん! ここに、ねてください!」

「じぃじ、めふぃくん、どぅじょ!」

「お邪魔するよ」

「あぃ~!」


 ハルトとユウマにベッドに横になる様に促される。

 まずはメフィストが落ちない様に……、


「メフィストはこっちだな」

「あ~ぃ!」


 メフィストをベッドの壁際に下ろし、よいしょと横になった途端、すかさずハルトがオレの右の手のひらを掴み、ユウマは左の手のひらを掴む。

 そして小さな手で一生懸命、オレの手を揉み始めた。


「おじぃちゃん、おしごと、おつかれさま、です!」

「じぃじ、おちゅかれちゃま~!」


 その言葉だけで、一気に疲れが吹き飛ぶんだが……。

 よいしょ、よいしょと手を揉んでくれるので思わず顔が綻んでしまう。


「おじぃちゃん、きもちいいですか?」

「じぃじ、きもちぃー?」

「あぁ、とっても気持ちいいよ。疲れが飛んでいきそうだ……」

「「ほんと~??」」


 オレの言葉に、二人ともパッと表情を明るくする。

 本当は擽ったいんだがな、これはオレだけの秘密だ。


「ハハハ! あぁ、本当だよ」

「ぼく、がんばります!」

「ゆぅくんも!」


 どうやらやる気に火を点けてしまったみたいだ……。

 二人とも真剣な表情で、オレの手のひらのツボを懸命に押していく。

 何だか体がポカポカしてきたような……。


「ありがとう……。疲れる前に、止めても……、いいんだぞ……?」

「ん~ん! もうすこし、やりたいです!」

「じぃじのちゅかれ! とれるまで!」

「あぁ……、あり、がと、ぅ……」



 スゥ─……、スゥ─……、



「じぃじ、ねちゃった……」

「おじぃちゃん、おつかれです……」

「めふぃくん、こっちであしょぼ……!」

「ぼくたちがいるから、さみしくないでしょ……?」

「あ~ぃ……!」






*****


 ───ハッ……!


 目を覚めすと、そこにはいつもとは違う見慣れぬ天井が……。


 しまった……! いつの間にか寝てしまった様だ……!

 可愛い三人の世話を任されているのに、自分がお世話されてしまってどうするんだトーマス……!


 慌てて起き上がろうとするが、オレの本能がそれを邪魔している。


 そう、両腕と腹に感じる小さな温もり……。


 そっと横を向くと、左腕を枕代わりにユウマがすぅすぅと可愛い寝息を立てて眠っている。

 反対側には右腕を枕代わりにハルトが、そしてオレの腹には、メフィストが寄り掛かって眠っていた。


「グゥッ……!」


 ナンテコトダ……!

 こんな事態に陥るなんて……! 可愛いが起きるに起きられない……!

 少しでも動かせば、ハルトとユウマは起きてしまうし、メフィストは落ちてしまうかもしれない……。

 ここはジッと我慢だトーマス……!


 長い護衛依頼の褒美だと思えばいい……。

 それに長年二人だった我が家に、こんなに可愛くて思いやりのある子供たちが来てくれたんだ……。

 これ以上に幸せな事があるだろうか……?

 答えは否……!


 そんな事を考えていると、ユウマがむにゃむにゃと動き始めた。

 腹にいるメフィストも、ふにゃふにゃ言いながら目を覚ましそうだ……。

 オレはなぜか、急いで寝たフリをしてしまう……。


「むぅ~? じぃじ、まだねてりゅ……?」


 薄っすらと目を開けながら観察していると、ユウマは起き上がりメフィストの顔を覗き込んでいる。

 その表情はとても穏やかで、いつものユウマとは少し違うように感じた。


「あ~ぅ……」

「あ、めふぃくん、おきた~? おはよ!」

「あ~ぃ!」


 メフィストが目をパチパチと瞬きし、目の前のユウマににっこり笑みを浮かべる。

 ユウマはメフィストの小さな手を取り、愛おしそうに撫でている。


「ゆぅくんねぇ、おとぅとできて、うれちぃの! めふぃくん、これからいっぱぃ、あしょぼぅね!」

「あ~ぃ!」


 するとハルトも起きてきた様で、ユウマと一緒に今度はメフィストの頭を優しく撫で始めた。

 オレの腹の上で、こんなに可愛い出来事が起きているなんて信じられない……。

 だが、しばらくするとハルトの表情が曇り始める。

 一体どうしたんだろうか……?


「……いーさんさん、めふぃくんのこと、しょばつ、っていってました……」

「はるくん、しょばちゅって、なぁに?」

「わるいことしたら、つみを、つぐなわないと、いけないって……。とおいところに、つれていかれるって、あーろさん、おしえてくれました……」


 おいおい、アーロ……。オレの知らぬ間に何て事を教えてくれたんだ……。

 ハルトとユウマが不安がっているじゃないか……。


「めふぃくん、どっか、いっちゃう……?」

「んーん! めふぃくん、ぼくたちのおとうと、です! ぜったい、まもります!」


 そう言うと、ハルトはメフィストの顔を見てにっこりと微笑んだ。


「……うん! ゆぅくんも、めふぃくんまもる!」

「ゆぅくん、これは、ぼくたちの、やくそくです!」

「うん! やくしょく! めふぃくん、まもるの!」

「あぃあ~?」

「めふぃくんも、やくそくです! ぼくたちのそば、はなれちゃ、だめです!」

「やくしょく、ねっ!」

「あ~ぶっ!」


 そう言ってハルトとユウマは、メフィストの小さな小指を自分の小指と重ねて約束を交わしている。


 なんて美しい兄弟愛なんだ……。


 あぁ……、神よ……!

 どうかこの瞬間を切り取って保管出来ないものか……!


「……ウゥ……ッ、グスッ……」


 我慢できず、思わず目から熱いものが……。


「あっ! おじぃちゃん、おきてます!」

「ほんちょ! じぃじ! おきてる!」

「あぃあ~ぃ!」


 オレの顔をぺちぺちと触る小さな手に、愛しさが込み上げてくる。

 こんなに幼いのに、弟を守ると誓い合うなんて……!

 なんて優しい子たちなんだ……。


 この瞬間、この子たちの幸せは絶対に守って見せると、オレは固く決意した……。


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