第162話 覚醒
「まさかノーマンが……?」
「城にいる筈では……!?」
陛下もイーサンたちも、オレの闇魔法に捕らえられ靄の中からこちらを睨み付けるノーマンを信じられないという表情で見つめている。
アーノルドと騎士たちはいまだ魔物たちを抑えようと格闘しているが、宮廷魔導士のノーマンが現れた事で集中力が途切れたのか押され始めていた。
「クソ……ッ! クソ……ッ! あと少しだったのに……! トーマス! コレを外せ!!」
羨望の眼差しを集め、あの威厳のある姿はどこに行ったのか。
今オレの目の前にいるのは、白髪を振り乱し、オレの闇魔法が放った拘束の鎖から逃れようと藻掻いている醜い老人だ。
自分の置かれた状況が把握出来ないのか、もしくは最後の悪足掻きか。
オレが放った鎖を解こうと、ノーマンは自らの術を何度も何度も掛け続けている。
「師匠……、何故こんな馬鹿な事を……」
王家がいると知りながらこんな事を企てるなんて……。
国家転覆の重罪だぞ……!?
学園では皆に慕われ、その腕を買われて宮廷魔導士に引き抜かれた。
今では宮廷魔導士の最高位……。
待遇に不満は無かった筈だ……。
「馬鹿な事……? お前は昔からそうだったな……! いつも! いつも! オレを見下していただろう!?」
唾を撒き散らし、醜態を見せ続けるこの男。
「見下す……? 何を……」
「公爵家から追い出される運命のお前を哀れに思い指導したのが間違いだった! お前の魔力にいつも私は自分が下だと思い知らされる……!」
そんな事の為に陛下たちを狙ったのか……?
先程から奴の様子が何かおかしい。
目をギョロギョロと見開いて、目玉が今にも飛び落ちそうだ……。
「だがそれも終わりだ! オレに足りなかったモノ! それは膨大な魔力だけ! あの方が分けてくださるおかげでこんなに素晴らしい術も扱える様になったのだ!」
そう言い放つと、ノーマンの体から次々と黒煙が立ち上がり始めた。
骨が軋む音が響き、眼は赤黒く、肌も血管が浮き出ている……。
「まさか……!?」
「嘘だろう……!?」
口は大きく裂け、ノーマンの顔形は見る影もなく、今はただ異形のモノとしか言えない風貌に成り果てている。
「禁忌魔法の“悪魔憑き”か……!」
昔から伝わる禁忌魔法の一つ。
己の魂と引き換えに悪魔と契約し、欲望を満たすだけの力を得るというモノだ。
ただその実態は、体のいい
そんな見栄の為に悪魔に魂を売ったのか……。
【 フハハハハハ! コレナラバ、オマエラモ コッパミジンダァ!! 】
そう言い放つと、ノーマンだったモノは闇魔法を連打し、アーノルドやイーサンたちに攻撃し始めた。
奴の手から次々と放たれる黒い弾丸に、魔物に押されていた騎士団員たちが負傷する。
騎士団員たちに襲い掛かる弾丸をオレの魔法で食い止めながらも、奴の鎖を解くまいと必死に耐え続ける。
「トーマス! こっちはいい! 奴を仕留めてくれ!」
「ムチャ言うな! お前たちを見殺しに出来るか!」
アーノルドはどちらを取ればいいか算段したのだろう。
自分たちを切り捨てようと画策したようだ。
クソ……! どうすればいい……?
このままでは奴を抑えるので手いっぱいだ。
まさか奴の力がこれ程までとは……!
すると突然、目の前がキラキラと輝きだした。
何だ? 目がおかしくなったのか……!? こんな時に……!
《 とーます! それつかわないの? 》
盾を張るのと奴を抑え込むのに必死になっていると、目の前に突然ノアが現れた。
「ノア!? 危ないから下がってなさい!」
思わずハルトやユウマを叱る様な口調になってしまうが仕方ないだろう。
こんな危険な場所に何故出てくるんだ……!
ノアは怒られたのに驚いたのか、オレの肩に慌ててしがみ付く。
《 だって! いつまでたってもそれ! つかわないんだもん! 》
「それ……?」
《 うん! とーますのゆびにある
ノアの示す方には、ユイトたちが贈ってくれた月をイメージした指輪……。
確かカードには……、いや、しかし……!
《 どうしたの? 》
ノアはキョトンとした顔でオレを見る。
可愛いが今はそんな場合じゃない!
「ノア……、この使い方が分からないんだ! 知っているか?」
まさかこんな事を聞くハメになるとはな……。
《 うん! かんたんだよ! いしに、ありったけのまりょくをながしてみて? 》
「この石にか……!? 壊れないか……?」
普段なら躊躇なく流しただろうが、これはユイトたちがくれた大事な物だ……。
下手をすると壊れてしまうかもしれない……。
《 だいじょうぶ! ほらほら! はやくしないと……! 》
「グゥッ!?」
するとオレたちの目と鼻の先に馬鹿デカい岩が降ってきた。
欠片が飛び散り、腕の肉を抉っていく。
奴め……、なりふり構わなくなってきたな……!
「クソ……! 一か八かだ!」
オレは残った魔力をありったけ石に注いだ。
お世辞にも美しいとは言えないオレの黒い魔力を、この石は関係ないとばかりにグングンと吸い込んでいく。
そうしている間にも、アーノルドやオリビアたちは魔物を斬り倒し、渦から迫ってくる黒い手を薙ぎ払う。
ステラが結界を張っている様だが、かなりの時間が経っている。
消えるのも時間の問題か……。何とかしないと……!
《 とーます! いしをみて! 》
ノアが叫び、オレも慌てて指輪を確認する。
すると、オレの流した黒い魔力が石の中でグルグルと渦を巻き、やがてそれが止むと今度はオレの体に逆流してくるのが分かった。
だが不思議と辛くはない……。むしろ……。
今なら……、使えるかもしれない……。
闇の最上位魔法……、
『 我、命ずる……。切り裂け……《
オレが指輪を介し呪文を唱えると、ノーマンの動きを阻むように足下から黒い腕が何本も奴の体に纏わりつく。
【 クソ……! ハナセ! ハナ……、ギャァアアアアアアア─────ッ!!!】
逃れようと暴れる奴の頭上に巨大なギロチンが出現し、奴の体を真っ二つに切り裂いた。
奴の切り裂かれた体からは、とてつもない量の靄が蠢き、オレを仕留めようと一斉に襲い掛かってくる。
だが……、襲い掛かってくる靄をこの石はまるで褒美だと言うように全て残らず吸収してしまう。
それはもう、本当に呆気なく……。
「トーマス! オリビアが!」
「──……!? オリビアッ!」
クソッ! ノーマンを倒したと油断した!
後方で魔物たちと戦っていたオリビア、エレノア、更に結界を張っていたステラまでが頭を押さえて蹲っている……!
オリビアたちの頭には、馬車でも襲ってきた黒い手の残骸だろう黒い靄が纏わりついている。
消滅しても尚、往生際の悪い奴だ……!
エイダンやマイルズも同様に、靄に襲われながらも更に後方で魔物と戦っていた。
間に合うか……!?
オリビアたちの下へ走るが、蹲るオリビアたちには目もくれず、周囲の魔物より上位である魔獣が結界の中に避難していた子供たちに襲い掛かる。
ライアン殿下を狙っているのか!?
ハルト……! ユウマ……! 頼む! 間に合ってくれ……!
「らいあんくんのところには! いかせませんっ!」
オレが魔法を放とうとした瞬間、ハルトが短剣を構え、襲い来る魔獣の前に立ちふさがる。
まるでライアン殿下を庇うように……。
「あっちいってぇ─っ!!」
ユウマも殿下を庇うように、その体に覆い被さった。
魔獣も獲物が増えたとばかりにスピードを上げて襲い掛かる。
クソッ! 間に合え……!!
グルルルルル……ッ、
唸り声が聞こえたと思った瞬間、森の中から一斉にグレートウルフの群れが襲い掛かり、次々と魔獣たちの喉元に噛み付き鋭い爪で切り裂いていく。
「あどるふっ!」
「あどりゅふだぁ~っ!」
「ワフッ!」
ハルトとユウマが安堵の声を上げ、アドルフも助けに来たぞとばかりに可愛く鳴き声を上げるが……。
その周囲には、アドルフたちに切り裂かれた魔獣の死体で覆い尽くされていく……。
「えぇ~……!? 何ですかあのグレートウルフ~……!?」
「従魔か……! こちらの味方……、なのか……?」
ステラたちもよろよろと立ち上がり、驚愕の声を上げている。
「オリビア! 大丈夫か……!?」
足が痛むのだろうか、オリビアは立ち上がれずに地面に蹲ったままだ。
急いで傍に向かい、抱き起す。
「私は平気よ……! まだ、あそこに……!」
「何……!?」
だがそうしている間にも、喜びの声を上げる子供たちの後ろから他の魔獣が襲い掛かろうと潜んでいた。
「ハルト! ユウマ!」
ヒヒィ────ン……ッ、
「嘘だろう……!?」
昂る嘶きと共に大きな体躯で魔獣どもを蹴散らし、四肢を踏み抜いて大暴れしているのは……。
「さんぷそん!」
「しゃんぷしょんも~っ!」
ハワードの牧場で飼われている普通の馬の三倍近い巨体のサンプソン。
ここに来たという事は、ハワードたちは無事という事なのか……!?
アドルフたちに負けじと後ろ足で蹴り飛ばし、魔獣どもの頭を踏み抜いていく……。
子供たちの歓声を余所に、周囲には見るも無残な光景が広がっている……。
「トーマス! 上だっ!」
アーノルドの声が響き上を注視すると、無数の靄がこちらに向けて弾丸を放とうとしていた。
大人しく消えてくれればいいものを……!!
この広範囲に結界は張れるか……!?
ダメだ! 間に合わんっ!!
「うっ!?」
「きゃあっ!?」
諦めかけたその時、辺り一帯を眩いばかりの閃光が覆いつくす。
「ひ、光魔法……!?」
先程までこちらに向かってきていた弾丸も、ハルトとユウマを襲おうとしていた魔物や魔獣たちでさえも、この光に浄化されてしまったのか、塵となって消えた……。
「えへへ……。や、やりました……」
「ライアンッ!?」
「殿下!?」
ライアン殿下はへなへなっと膝を崩し、どさりとその場に倒れ込んだ。
まさか覚醒するなんて……。
「苦手な魔法で我々を助けるなんて……! ライアン殿下……!」
一番に駆け寄ってきたフレッドは、殿下たちの周囲を守る為に戦っていたのだろう。
いつもとは想像もつかない程泥に塗れ、頭も切ったのか額からは血が流れている。
「まさか殿下に助けられるとは……。近衛騎士、失格だ……」
サイラスも腕をやられたのか、力が入っていない様子。
鎧も所々欠け、その顔には悔しさが滲み出ている。
まさかこんな幼い殿下に、闇を消すあんな力があったとは……。
「トーマス、あれはノーマン……、でいいんだな……?」
フレッドからライアン殿下を受け取り、バージル陛下は気を失った殿下の顔を幾度となく撫でている。
「あぁ、間違いなく本物だ……。だが“あの方”が魔力を分けてくれる、と言っていた……。まだ終わってないぞ……」
力を貸した大元がまだ姿を現していない……。
ボロボロになったアーロとディーンも口を開く。
「トーマス様、オリビア様……。ユイトくんとアレクは何処に飛ばされたのでしょうか……?」
「あの黒い靄の先は……」
「オレたちにも分からない……。だが……、必ず生きている。それだけは断言出来る……」
「えぇ、私も……。何故だか分からないけど……、確信してるの……」
ユイト、どうか無事で……。
必ず助けに行くから……。
オレは祈る様に、指輪を握り締めた。
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