第150話 元・宮廷魔導士

※今回はトーマス視点のお話(時系列的には144話の後)です。



 サイラスたちに伝達の為、数日振りに自宅に戻り可愛い子供たちと一緒に過ごす事が出来た。やはり家はいいな……。

 出来る事なら、あのままずっと家に籠っていたかったが……。


 ユイトたちの話を聞いた後、バージル陛下たちは所用が出来た事にしあの別荘には戻らず、ギルド所有の一軒家に仮住まいを移した。

 広々とした二階建ての家だ。部屋数もかなりある。

 だが、そのほとんどは使われておらず、半日程掃除に時間を取られてしまった。

 まぁ、言うなればイドリスの家なんだが……。



「ん? トーマス、それは? かなりデカいな……」


 帰って早々、オレの持つ荷物を見てイドリスが声を掛けてきた。

 奴はなかなか鼻が利くからな。


「これか? ユイトからのお土産だよ」

「おぉ~~! マジかよ! ……オレの分も、あるか……!?」


 イドリスはユイトの料理に夢中だからな。

 最近は忙しくてなかなか店に行く時間が取れないと嘆いていたから、これを見せれば一気にやる気も漲るだろう。

 テーブルに置くとソワソワとし始めた。


「ハハ、焦るな焦るな! ちゃんと人数分あるから」

「マジかよ! ユイト最高だぜ~っ!!」


 イドリスの大声に、一体何事だと陛下たちが見張りの団員以外、全員リビングに集まってきた。

 この家は二階もありかなり広いが、いい歳した男が何人も集まるとさすがにむさ苦しく感じるのは気のせいか……。


「陛下、ユイトが差し入れにと作ってくれたんだ。どうする? 食べるのは明日にするか?」

「ユイトくんの料理か……! いや、今食べよう! お前たちも食べるだろう?」

「そうですね、是非」


 イーサンやアーノルドたちも頷く。


「それにしても……。やたらと大きいですね?」

「あぁ、騎士団員の分もあるそうだ。後で見張りの子たちにも食べさせてやってくれ」


 それを聞いていた騎士団員たちは皆、心なしか顔が綻んでいる。

 騎士団の若い連中は、店でユイトの料理を美味い美味いとガッツいていたらしいからなぁ。

 ここの連中は皆、既に胃袋を掴まれていると言っても過言ではないだろう。


 ユイトは誰か食べれないと可哀そうだと言って、必ず多めに作るからな……。

 モッツァレラを使った試作のピザを食べれなかった時も、申し訳ないと言ってオレにピザトーストを作るくらいだ。


「全員分、ですか……? 本当にあの子はいい子過ぎて心配になりますね……」

「だろう? オレもオリビアも、ユイトがおかしな奴に騙されないか毎日心配なんだよ」

「ハハ! それは大丈夫だろう。なんせお前とオリビアの家族だ。この周辺の人間は手を出さないだろう!」


 バージル陛下は大口開けて笑っているが……。


「そうだといいんだがなぁ……」


 ユイトも、ハルトも、ユウマも、皆ものすごく可愛いからな……。

 誘拐されないか、ここ毎日気が気でないんだ…。ハァ……。


 気を取り直して、ユイトがくれた差し入れを拝見する事にしよう。

 中身は聞いているが、聞くのと見るのとでは違うからな。やはり楽しみだ。

 包んでいた布をはらりと捲ると、中には以前使った弁当箱より一回り大きい容器が四つ。


 中身は鶏の唐揚げフライドチキンと、オレの好きなハンバーグとチーズが入ったハンバーガー、鶏肉を煮た新作、らしい。

 それとイドリスもいると聞いて、せっせとサンドイッチを作っていたな。

 よくもまぁ、あんな短時間で用意してくれたものだ。


「ほぉ~! これは? 初めて見るな?」


 陛下も初めて見るのか、煮込み料理を興味深げに眺めている。


「あぁ、何でも欲しかった調味料を使った新作らしい。新しい食材も使ったから、その食材を当ててくれとライアン殿下からの伝言だ」

「食材を? 何か珍しいものか……?」

「面白そうですね」

「団員たちにも考えさせよう」


 こういう事には存外乗り気なんだ、こいつ等は。


「当てた者は? 何か褒美をやるか?」


 アーノルドはニヤニヤと後ろに並ぶ団員たちを見る。

 まぁ、士気を上げるためにもたまにはいいだろう。


「ん~、そうだな……。家……?」

「オイオイ! それは却下だろう! タダで飯が食えるとかでいいんじゃないか?」


 何を言い出すんだ、この男は! 食材を当てて家が貰えるなら誰でも参加するだろう!


「それならユイトさんの料理がいいですね。彼らのやる気も上がるでしょう」

「う~ん……、そうだな……。それだと私たちは食べれないのか?」


 ここに来て自分の心配か? 本当に自由だな……。


「他の者は各自支払い、当てた者だけ無料にすればいいのでは?」

「そうだな! よし! 早速食べてみよう!」


 陛下の掛け声に、皆一斉に口に含む。



「「「「「美味い……!」」」」」



 今までに食べた事のない食感だな……!

 噛めば噛むほど、味がジュワリと染み出てくる。

 周りも全員同じ考えだろう、よく噛んで味わっている。


「これは酒で一杯やりたいな……」

「私もです……」


 酒好きのアーノルドとイーサンは、我先にと自分の分の煮物を確保している。


「これもあの醤油ソーヤソースが使われているのか?」

「新しいと言っていたから、また別の物も使ってるんじゃないか?」

「どこで見つけてくるんでしょうねぇ、ユイトさんは」

「屋台も手伝っていたしな。オレの知らない間に知り合いも増えている様だし」

「これは将来が楽しみですねぇ、何か大きな事を成し遂げるかも」

「ユイトが……? そうだなぁ……。それより騙されないか心配だ……」


 しかしこれは旨いな……。オレも自分の分を確保しておこう。

 すると、隣でずっと黙ったままのイドリスが目に留まる。

 やはり陛下たちの前だと緊張もするか……。


「ハァ~……、美味い……!」


 この男に心配など無用だったな……。

 ユイトの作ったサンドイッチを食べ、しみじみと声を漏らす。


「イドリス……、良かったな……」


 一見すると大柄の強面の男だが、オレにはもうユイトに餌付けされている様にしか見えなかった……。






*****


「さぁ、食べたらまた話を詰めていきましょう。報告では城でも不審な動きがあったそうです」


 王宮に仕える宮廷魔導士数名、そして侍女も数名が何やらきな臭いらしい。

 陛下たちの予定を知っている人間は限られる。

 少なくとも、城に関わる人間がいるのは間違いない。


「そうなると、ここでの狙いはやはり私かライアンだろうなぁ……」

「しかし、フローラさんの養鶏場にあった魔物除けと言っていた護符、アレは別物かも知れません」

「それは、なぜそう思う?」

「あの護符を貼ってから襲われなくなったという事もありますが、あれは並の商人が扱える物ではありません。価値を知らずに譲ったならともかく、あの護符にはかなり強力な付与が施されています」

「付与……、で? その護符に記された名前は?」


 付与した物や魔法陣には、必ず術者の名前がどこかに刻まれる。

 今回、森で大量に見つかった魔法陣にも、詳しく調べてみると全て同じ名前が記されていた。

 これは前代未聞だ。

 見つかってから数日経つが、消える気配が一向に感じられない。

 魔法陣を発動している間は、己の魔力が消費されていくからだ。

 そうなると、その人物はかなりの魔力量を保有している事になる。


 しかし、この森の魔法陣を張った人物とは別に、強力な付与を施した護符を作ったのは……、


「はい、ジェマ・ヴァイオレット。かつて王宮に仕えていた魔導士の一人です。森の魔法陣の名前とは一致しませんでした」

「ジェマ……。待て、待て……、確かその名前……」

「どうしましたか?」

「何か心当たりでもあるのか?」

「確か、このカードに……」


 ユイトたちに貰った指輪と共に入っていた、店主からのメッセージカード。


「“親愛なる友へ。この石は、宿主に子供たちと貴方を選びました。窮地に陥ったとき、必ずや力になるでしょう。迷わず信じた道を進みなさい。店主 ジェマ”……」


 これはユイトたちは知らない筈だ。

 包み紙に隠されるように入っていたからな……。


「その石とは…?」

「これだ」


 オレは自分の左手を掲げ、指輪を見せる。

 ユイトは“ペリドット”と言っていた。


「この石が力になる……?」

「何か特別な細工でも施しているのか……?」


 オレには宝物だが、何の変哲もない石だ。

 バージル陛下やアーノルドたちは指輪を凝視している。


「トーマス、これは何処で?」

「行商市で、ユイトたちがオレたちに買ってくれたんだ。夫婦で持つとずっと仲良くいられるそうだ」

「ほぉ~、それはそれは……。本当に良い子たちだな……」

「だろう? オリビアも同じ石が付いたネックレスを着けていたからな」

「ならオリビアさんも、このカードを持っている可能性がありますね……」

「そうだな……」


 この石が選んだ……。

 もしその元魔導士というのが店主だったなら、これはただのメッセージカードではないのかもしれない……。


「そのジェマ・ヴァイオレットの行方は?」

「はい、それが……。王宮に仕えていたのは五十年以上も昔です。そしてその時、既にかなりの高齢だったようなので……」

「同じ名前の人物ではなく?」

「いえ、ヴァイオレットという家系はこの人物で最後の様です」

「最後の一人……。ますます謎だな……。生きていれば百を超えるのか?」

「そうなりますね」

「もしやエルフ?」

「エルフは長命と聞きますが……。高齢者の姿のエルフなら、軽く千を超えるのではないかと……」

「そうか……」

「強力な付与を施す魔導士……、か……。こちらの味方になってもらえれば助かるんだがなぁ……」

「本当に……」


 重い空気がこの部屋を支配する。

 誰が敵か味方か分からない今、監視を付けてはいるが、別荘にも迂闊に近寄れないしな。


「取り敢えずは、使用人たちと魔法陣の監視だな……。トーマス、またオリビアやユイトくんたちにも協力してもらわないといけないかもしれん」

「それは重々……」


 出来れば巻き込みたくはなかったが……。

 ユイトたちの言う、黒い靄というのを確認してもらわなければならなくなりそうだ。


「動きがない今、こちらから仕向けるしかないようですね……」

「考えがあるのか?」

「相手が手を出しやすい様に、森の近くにある牧場への視察をワザと分かるようにしましょう」

「さすがに危険じゃないか?」

「相手の尻尾を掴み易くする為です。相手も焦れているハズですから、何かするなら森の近くではないかと」

「それも一理あるか……」

「ライアンたちに何かあってはいけないからな。護衛にはエイダンたちを付けよう。アレクも喜んで参加するだろうし」

「アレクが?」

「あぁ~……、ほら! ユイトくんたちと仲がいいだろう? やりやすいんじゃないかと思ってな!」

「はぁ……」

「明日にでもオリビアたちに伝えてくれ。ユイトくんたちの不安になるような事は口外しない様に!」


 そしてこの日、ユイトたちの視察への同行が正式に決まったのだった。


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